第241話 モルルの成長発表会
セシリアの話の通り、教えられた『誓約』の住居はもぬけの殻だった。
「……急いで逃げた跡があるな」
部屋の隅に転がっている銅貨を拾い、俺はアジナーチャクラで見透かす。アルケーが触れた痕跡。セシリアの話は、本当だったということだろう。情報はあえなく消費期限切れだ。
試金石として有用だった、というところか。セシリアは本当に中立で、ひとまずウチで人質をやっている間は俺たちに情報を漏らしてくれる。
だが、土壇場で嘘をつかれて窮地に陥るのも面白くない。全く興味はないが、後でエルフのことを聞いて、嘘が見破れるかについても確かめておこう。
俺は他に何か残っていないか、と探して、一つの巻物を拾う。
「これは……あの眼鏡の人の奴か?」
テリンとか言っていたはず。思い返す度に思うが、まさか彼女も『誓約』陣営だとは。世間は狭い。
俺は一人のこの場で妙なことが起こっても嫌なので、巻物をもって拠点に戻った。
拠点に戻ると、モルルが頬を膨らませて俺にぶつかってきた。
「パパパパパパ!」
「あーそうだったな。話を聞くって約束だった。ごめんな、ちょっと急ぎだったんだ。今から付き合うよ」
「もー! でも今から聞いてくれるから許してあげる!」
「ありがとな、モルル」
「んー!」
まだ怒っているが言葉が優しいので面白可愛い。俺はモルルを抱き上げて、居間に移動した。
今には、ゴルドシルヴィア兄妹と、古龍エキドナが座っていた。ゴルドが熱心にエキドナの話を聞いていて、シルヴィアがその様子にドン引きしている。いつも通りだな。
「よう、何話してんだ」
俺が声をかけると、ゴルド、エキドナの順に答えてくる。
「帰ってきたか、ウェイド。せっかく古龍と話す機会を得たのでな。武器素材としての古龍のうろこについて聞いているところだ」
「モルル、ウェイド。このゴルドとかいう男、頭がおかしいぞ。威嚇してもまったく退く様子がないどころか、軽く炙ってやっても怯みすらしなかった」
「おれのことよりも古龍の素材の情報の方が重要だ」
ゴルドの様子にエキドナが辟易している。シルヴィアが「本当に命を大事にしてよお兄ちゃ~ん……!」と力なくゴルドを揺すっている。
俺とモルルは答えた。
「諦めろ」
「ゴルドにーちゃはヤバイ。強くはないけど、ヤバさはパパと同じくらい」
「!? お前何者だ……!?」
「ただの鍛冶師だが?」
「古龍と転生者にあの反応をさせるのは生半可ではないぞ。何を『おれ何かやっちゃいました?』みたいな顔をしている」
ゴルドは俺の目から見てもイカレてるから仕方がない。話も半分くらい通じてないと思ってる。
俺は席に腰かけつつ、「んで」と兄妹に言った。
「正直、どこまで古龍について分かってる?」
「ん、その確認は、ああ、モルルちゃんの古龍情報についてだな。悪用はしない」
「デュランダルを鍛えるためについてきてるアタシたちが、その持ち主であるウェイドの娘に悪い考えを持つことはないわ。もちろんちゃんと黙ってる。墓場まで持ってくわよ」
「二人は信用できる仲間だよホント」
フレインは災難だな。よりにもよってこの二人が抜けるとは。あいつ今頃何してんだろ。
「じゃあ普通にモルルの話は聞かせても問題なさそうだな」
「モルルちゃんの話って?」とシルヴィア。
「ああ、訓練頑張ったって話だったから、聞かせてもらおうと思って」
「へー、面白そう。アタシたちも聞いていい?」
「そうだな、おれも興味がある」
「モルルがいいならいいぞ。古龍情報握ってるなら今更だ」
「みんなにもお話してあげる!」
モルルが元気に言う。愛娘がみんなから可愛がられている優しい空間だ。エキドナは口を閉ざして眺めているが、モルルには温かな目を向けている。
「えっとねえっとね! モルル今日は、ドラゴンブレス吹けるようになったよ!」
「あー、言ってたな」
ドラゴンが口から放つ火、くらいのイメージだが。どのくらい強いのだろうか。
そう思っていると、エキドナが言った。
「モルル、見せてやれ。我が古龍の印に向けて撃てば、被害もない」
「うん!」
モルルは軽い足取りで少し離れた場所に立つ。二人(?)の古龍は同時に口をもごもごと動かしてから、舌でペッと古龍の印を吐きだした。
「穴」
まずエキドナが自らの古龍の印に触れ、くるりと回した。印は黒い光を放つ、空中にできた穴のようになる。ブラックホールとも違う、概念としての『穴』が現れる。
それに、モルルは自分の古龍の印に向かって、「すぅう」と大きく息を吸った。それから、腰を折るほど力を籠めて、モルルは印に息を放つ。古龍の印をくぐり、単なる息が変貌する。
ドラゴンブレスが、放たれた。
それは、真っ白な光線だった。純粋な破壊の光が、『穴』に吸い込まれて消えていく。
俺は興味本位で、「
「痛った!?」
目が潰れ、血が流れる。慌ててアナハタチャクラ、第二の心臓で修復する。
「パパ!?」
「ウェイド! どうしたの!?」
モルルが慌ててドラゴンブレスをやめ、シルヴィアが立ち上がって俺に近寄ってくる。俺は「いや、大丈夫だ。びっくりした……」と完治した目を何度か開閉し、手で血を拭う。
呆れた顔をするのはエキドナだ。
「ウェイドよ……そなたは命知らずだな。純然たる破壊の力がドラゴンブレス。例え異形の魔であっても、触れようとすれば破壊されるぞ」
「ああ、実感したよ。マジでアジナー・チャクラ砕かれててビビったわ。すげーな古龍」
言いつつ、俺はアジナー・チャクラを修復する。うん、完治。心配そうなモルルを撫でながら「ごめんなモルル、パパちょっと無謀だった」と謝る。
「……もー! パパ! 命知らずすぎ! 怒るよ!」
「いや、申し訳ない。ごめんな」
「ダメ、ママに言う」
「!? 本当に! 本当にごめん! 命を大事にするから! 許してくれ!」
俺は謝り倒しだ。それを眺めながら「ウェイドにここまでさせる『ママ』とは誰ぞ」「度胸の据わってる子がいるのよ。奥さんの一人で」とエキドナとシルヴィアが話している。
「……どうしたら許してくれる?」
「えー……? うーん……。でもパパ、約束したのに破ったから……」
モルルの判定は厳しめだ。俺はモルルを抱きしめて頬ずりする。
「頼むよぉ~。許してくれよ~」
「うぅ~……甘えてもダメ!」
「お願いだよ~モルル~! パパを許してくれよ~!」
「……も、もー! 今回だけだからね!」
「ありがとうモルル~!」
俺はぎゅっとモルルを抱きしめる。優しい子に育ったなぁと感涙だ。モルルは不満そうに頬を膨らませながらも、「むー……よしよし」と俺の頭を撫でている。
それを見ていたエキドナたちが、ぽつりと零す。
「……恐ろしい人たらしだな、ウェイドは。子供をあのやり方でたらし込んだぞ」
「正直お嫁さんが三人は全然少ないと思うのよね。絶対倍は抱えられる人だと思うわ」
「シルヴィアがどういう考えでそう言っているのかは分からないが、お前から見たらずっと高嶺の花、あがっ!」
「お兄ちゃんは黙ってて!」
兄妹のやり取りを見て、俺は笑い、モルルもつられて笑う。その後に「そういえば義手だけど」と感想と改善案を伝えて「また二人たらし込んでおる……」とエキドナが漏らす。
そんな風にして、俺たちは数日を過ごしていた。政争では次の手をどう作るかをロマン、リージュと考え、モルルをあやし、デュランダルの強化を期待する。
幸いにして、俺たちの拠点はロマンや他の協力者の手によって、上手く秘匿されていると聞く。『誓約』たちは拠点の移動で疲弊しているだろうし、力を蓄えるなら今だろう。
一週間が過ぎる。俺たちはある程度次の手を固める。ビルク卿も領主として的確に動いていたし、順風満帆だ。
そこで俺たちは、動き出すきっかけとなる情報を得た。
すなわち―――コインが、俺たちへの防御を固め終わり、要塞を構築したという情報を。
俺とロマン、リージュは机を囲って、にんまりと笑う。
「では、次の手を打つとしましょうか」
「そうですわね。身の程知らずには鉄槌を。打たれたワタクシだからこそ、効力は保証しますわ」
「リージュも言うようになったな。じゃあ―――やろうか」
貴族三人は静かに、悪辣に微笑んだ。
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