第240話 こんにちは、人質姫

 帰宅した俺とロマンを待っていたのは、泰然自若とした態度のセシリアだった。


「くはははははっ。面白い! 面白いぞ、そちたち! わらわの婚前に、実にふさわしい催しであった!」


 セシリア・プリンシ・アカシア。エルフの姫。外見的には少しリージュより年上といった程度の少女が、余裕で爆笑をかましている


 拘束はほとんど最低限で、片腕に簡単な手錠をしている程度のものだ。それが尋問室の奥の鉄格子に繋がれていて、セシリア本人は足を組んで椅子に座っている。


「……これ本当に人質?」


「ボクがまやかしで騙されていなければ、セシリア姫本人のはずです、が」


 俺の疑問に、ウィンディが自信なさそうな顔で肯定する。ウィンディも人外めいた戦闘でなければ十分有能なので、多分本人なのだろう。


 尋問室に居るのは、俺、ウィンディ、ロマンの三人だ。拉致実行メンバーである。ちなみにビルク卿はお疲れの様子だったので、別室で寝かせている。


 セシリアは上機嫌に言った。


「まったく、人間の地は奇々怪々だな。それで、わらわはこの後どのように扱われる? ローマン皇帝に反旗を翻す人間ならば、非道には扱うまい?」


「まぁ、そりゃしないが」


「それは重畳。くくっ。いずれ役立つ時が来るかもしれぬし、優しく丁重に扱っておくれよ? そうすれば、わらわも素直に振舞おう」


 のらりくらりと言ってのけるセシリアに、只者ではない雰囲気をヒシヒシと感じる。外見が幼く見えるだけに、扱いが難しい。


 そこで、尋問室に現れる者がいた。


「あら、帰ってらしたのですわね、ウェイド様、ロマン様」


「あ! お帰りパパー!」


「お、モルルにリージュ」


 俺に抱き着いてきたモルルを抱き上げつつ、近寄ってきたリージュを撫でる。「キャー!」とモルルははしゃいで言った。


「ねパパ聞いて聞いて! モルルね! ドラゴ」


「はーいストップな」


 ドラゴンブレス周りは多分やばい情報なので、俺はモルルの口をふさぐ。「ほむ?」とモルルは口をふさがれながら首を傾げている。


「おぉ? 何だ何だ。尋問が始まると思っていたら、育児が始まったぞ」


 流石に予想外だったのか、セシリアがキョトンとしている。俺はモルルを下して「あとでその話は聞くから、それまでシーな」と人差し指を口に当てて言いつつ、リージュを見た。


「お帰りを言いに来てくれたのか? 後ででよかったのに」


「いえ、尋問室が騒がしかったものですから。セシリア姫殿下と今後についていくつかお話すべきかと」


「リージュその年で尋問まで……」


 リージュ末恐ろしすぎる。どんな貴族になるつもりだ。闇の貴族じゃんもうそれは。


 と思っていたら「ち、違いますわ! 本当にただのお話です!」とリージュは弁明する。


「とするなら、そうですね。政争メンバーでここは固めましょうか。ではすみませんが、ウィンディ君、モルルちゃん、二人は外へ」


「畏まりました、ロマンティーニ様」


「ぶー! パパ、後でお話聞いてね! 絶対!」


 二人はそれぞれの反応をしながら、外に出ていく。「さて」とロマンが椅子を三つ持ってきて、その一つに座った。


「セシリア姫。今後についてのお話をしましょうか」


「うむ、良いぞ。そこな二人も座るがよい」


 くくっとセシリアは笑う。姫、王族ゆえの立ち振る舞いからか、どうも主導権を握られている気がしてならない。


 俺たちは揃って座る。俺を中心に、ロマンとリージュがその横に。


 セシリアは笑う。


「では、改めて名乗ろうか。わらわはエルフ族アカシア氏族の姫、セシリア・プリンシ・アカシアである。そちたちの名乗りは要らぬ。『ノロマ』『自賛詩人』、それに……ああ、貴様カルディツァ貴族の人間か。数十年前は


 セシリアは片眉を歪めて嫌味っぽく言った。リージュは「生まれる前に買った恨みという訳ですのね」と涼しい顔で躱す。実に貴族的なやり取りだ。


 しかしセシリアもリージュに頓着するつもりはないらしい。俺に目を向け、尋ねてきた。


「それで、どんな話をするのかや? 『誓約』どもの拠点の場所か? それともアカシア氏族の秘密でも知りたいか」


「単刀直入に聞きます」


 ロマンは、声を低くして問いかける。


「あなたは誰の味方ですか。『誓約』か。あるいはローマン皇帝か」


 セシリアの答えは、堂々としたものだった。


「わらわはである。わらわは姫ゆえ、忠誠など持ち合わせてはおらぬ。あるのは自らの安否という自己中心性と、民の安否という国主一族の義務のみ」


 泰然とした態度を崩さず、セシリアは言ってのけた。俺たち三人はその様子を黙して観察した。


 ―――嘘は、ない。


「私は嘘を感じませんでしたね。お二人は?」


「ワタクシも同じですわ。ウェイド様はいかがですか?」


「アジナーチャクラでも嘘は感じなかった。なら、嘘じゃないんだろう」


 俺たちは全会一致で嘘はないと判断して、頷き合う。


「つまり、セシリアっていうこのエルフの姫君は、『誓約』陣営に居ただけの完全な中立勢力、ってわけか」


「くくっ。わらわの立場をよくよく理解してくれて大変助かるぞ、『ノロマ』。奴らの仲間と思われて、無用に甚振られるなどごめん被りたいのでな」


 セシリアはそう言う。実に立ち回りが上手い少女だ。エルフは長寿、ってのが前世のテンプレートだったが、このセシリアは一体何歳なのやら。


 俺は言う。


「じゃあ、こちらの情報は『誓約』に関わるものなら嘘を疑わなくて良いってことだな? 逆にエルフに関わることなら、関係があるから嘘が混じることもある」


「そうなる。が、そちたちはどうせエルフに興味はなかろう? それとも見目麗しきわらわをして、奴隷に飼いたいと思うか?」


「そういう趣味はねぇよ。何で可愛い嫁さんが三人いて手出ししなきゃなんないんだ」


「くくっ、そう気を悪くするな。では、そうだな。硬い椅子はそろそろ飽きてきたことだし、待遇を上げるために、『誓約』どもの情報をいくつか売るとしようか」


 俺たちの間に緊張が走る。「と言っても」とセシリアは言った。


「わらわは奴らに『何かあれば裏切るぞ』と再三言い含めているのでな。すでに夜逃げを始めている頃のはず。わらわの情報は、賞味期限が短いぞ?」

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