第239話 金等級以上の乱闘騒ぎ
リージュの提案はこうだった。
「セシリア姫が敵の策のカギになるのでしょう? ならばセシリア姫を拉致してしまえばいいかと」
十歳前後の女の子の口から出てくる策がこれなのだから、本当に貴族は恐ろしいというもの。
俺は、リージュが結局何も変わってないというので「うわ~~~」と爆笑し、一方ちゃんと貴族出身のロマンなんかは、貴族のノリを思い出してニヤリとしていた。
とはいえ俺も右腕を奪われている身。じゃあ姫様いただいてもトントンか、という判断を下し、段取りを整えることに。
「どうやってセシリア姫を補足するか、が問題ですわね」
「あ、俺のアジナーチャクラってので千里眼できるから、『誓約』以外は場所を補足できるぞ」
「なるほど、何でもできますねウェイド君。しかし『誓約』と鉢合わせになると困ります。せめて拉致部隊が逃げる時間は欲しい」
「拉致部隊はウィンディのワンオペで良いから、逃げる時間は俺とロマンが稼ぐので大丈夫だと思う。ただ、一瞬で良いから虚を突きたい。じゃないとウィンディがやられる」
「となると、タイミングの問題になりますの? いつがよろしいかしら」
「どんな生物でも気を抜く瞬間はありますよ、リージュちゃん。例えば今回の場合なら……勝ちを確信した瞬間などでしょうか」
「分かりましたわ! 敵の策が成功する、というその瞬間ですのね!」
段取り決定。次に俺が取り掛かったのは、デュランダルの強化だ。
「ゴルド、シルヴィア。俺が弱くなった分、デュランダル強化できないか?」
「いいぞ、任せろ」
「お兄ちゃん、安請け合いやめて。せめてどういう方向性で強化したいのかとか聞いて」
デュランダルをどうするか、という話し合いは白熱し、その後の鍛冶も(宿に鍛冶用の設備が整っていた。すげぇ)兄妹で勝手に白熱していた。
翌日の朝に死にそうな兄妹から新しくなったデュランダルを受け取り、その説明を受け、俺たちの準備は完了した。そしてちょうどその日に、『誓約』たちは現れたのだ。
俺は左腕にデュランダルの手甲を纏い、大剣を握る。
それに、『誓約』は興味深そうな様子で立っていた。ふ、と奴は笑う。
「『ノロマ』、君はこの短い期間で、何か仕込んできたみたいだね。君の攻撃力の大きな源泉である重力魔法を失っておきながら、君はこう―――ワクワクしている」
「よく分かるな。アレか? 制限下でこそ考え抜いて強くなる、っていうのは、『誓約』もゲッシュで何度も味わってるからか?」
「そうだね、それもある。けれどやはり、ね」
俺は言われ「やっぱそっちか」と肩を竦めた。
俺と『誓約』の戦前の穏やかなやり取りを、ロマンもアルケーも奇妙そうな顔で見つめている。俺たちが前回と違っていきなりやり合わないのは、もう分かっているからだ。
俺たちは笑い、言う。
「「戦闘が楽しくてたまらない、同類だから」」
俺はギラギラと目を輝かせ、『誓約』は笑みを深く深くする。ロマンは「やはり、この領域の人たちは……」と諦めの顔で首を振り、アルケーはため息と共に渋面を作った。
「さぁ」
『誓約』は俺に言う。
「見せて欲しい、『ノロマ』。君の仕込みを。君が何に、ワクワクしているのかを」
俺はニッと笑って、「いいぜ、見せてやる」と上半身の服を取り払う。奪われた右腕。その付け根に、デュランダルをくっつけた。
俺は息を吸い、デュランダルに、変幻自在の剣に命じる。
「デュランダル、義手形態」
大剣のデュランダルを一息に振るう。すると残されたデュランダルの残滓が俺の失われた右腕の付け根から、俺のかつての右腕を再現するように変化した。
鉄の腕。その形は俺のそれよりも武骨で分厚い。正確に言えば、これは、俺の腕というよりもゴルドの腕だ。
「なるほど。その特殊な剣を義手に、か。考えたね」
「ああ。さ、やろうぜ。ここに仕込んだタネは、戦闘中に明かしてやるよ」
俺は息を吐く。デュランダルを両手で抱え、構えを取る。すると、いつの間にかそばに控えていたロマンが、そっと俺に言う。
「ウェイド君、我々の今回の目的は、まずウィンディ君が逃げ切るまでの時間の確保。次に可能な限りダメージを受けずに、敵にダメージを与えることです」
「分かってる。勝ちを急ぐなってことだろ? 安心しろよ、重力魔法抜きで勝てると思うほど、うぬぼれちゃいないさ」
「それはよかった」
「じゃあ」
「ええ」
俺は姿勢を低く落とす。ロマンは両手を広げ、劇場のように演技がかった動きを見せる。
「―――神よっ! まずは戦闘開幕のファンファーレを爆炎で彩りください!」
ロマンの言葉と同時、屋敷中が爆発し、戦闘の火蓋が落とされた。
直後俺と『誓約』が飛び出し、ぶつかり合った。剣同士の鍔迫り合い。視界の端で爆発によろめくアルケーが、フラスコを地面にぶつけてこの場から逃げ出そうとする。
「アルケーは守らせてもらうよ、『ノロマ』ッ!」
「そうか、この状況だと、必然的には鍵はアルケーか。ならッ!」
俺は『誓約』の剣を受け流し、右腕に浮かんだルーンをなぞる。
「一つ目の仕込みだ、楽しんでくれよ」
【加速】
ルーン魔法が発動する。俺は『誓約』から離れて、瞬時にこの部屋を脱出した。重力魔法の加速セットよりは遅いが、その分制御がやりやすい。
「行かせるものか―――くっ!」
「私のセリフです! さぁ魔法よ吹き荒れよ! 神に愛された私の魔法を!」
『誓約』の足止めはロマンがやってくれるようだ。俺は安心して、アルケーに集中する。
「加速ついでに、
アジナーチャクラ、第二の瞳を開眼する。その中でも、動体視力に値する能力を高める。
すると、ちょうど今発動しているルーン魔法『加速』に合わせて思考までもが加速する。逆説的に、世界がゆっくりになる。ああ、面白いな。チャクラも魔法も、まだまだ掘れる。
俺は廊下に飛び出し、俺視点でゆっくりと駆けるアルケーの背中を捉えた。周囲には僅かに香薬の匂いがある。俺は以前ロマンに言われた通り息を止めた。
「『ノロマのウェイド、止まりなさい』ッ!」
「聞くかよバ―――――カ!」
俺は加速した足でアルケーに肉薄する。アルケーは舌を打ちながら、右腕で円を描き、左手でフラスコを投げてきた。
「あなたのために言ったのに、聞かないのなら仕方ないわね」
空中でフラスコが不自然に割れる。中身がこぼれると同時、猛烈な風が俺を吹き飛ばした。
「うぉっ、くっ! 流石、この程度はやってくるか! でもなぁ!」
俺は右腕を振るう。
「まだ仕込みは残ってんだよ。―――借りるぜゴルド、お前の魔法」
デュランダルで作った右腕。俺の元の腕よりもゴツイ腕。それはつまり―――ゴルドの腕と言うこと。
ならば、使えるはずだ。俺は義手からルーンを消し、代わりに魔法印を浮かべる。
「クリエイト・チェーン」
鉄の義手から鎖が放たれる。それは強風に抗って、アルケーの腕を拘束した。
「なっ!?」
「ああ、強い風だ。だから、一緒に吹っ飛ばされようぜ!」
鎖を引く。アルケーの体勢が崩れ、風に巻き込まれて俺の方に飛んでくる。
俺は風の勢いを受けて、廊下端の壁に直立した。そこに飛ばされてきたアルケーに、右腕を振るう。
一撃。アルケーの胴体に、鉄の腕が突き刺さる。
「が、ぁ……!」
「第一目標は達成だ。ついでにお前も連れ帰ってやるよ」
風がやむ。俺は地面に降り立ってから、クリエイトチェーンで生成された鎖で、アルケーを拘束しにかかる。
そこで、殺気が来た。俺は咄嗟に大剣を振るう。
『誓約』のボロボロの直剣が、俺の大剣をバラバラに切り裂いた。
「なっ!?」
「悪いね。ゲッシュの誓いにより、アルケーが傷つくほど私は強くなるんだ。彼女は大切な仲間だから、あまり乱暴にされると困る」
一瞬で、俺の鎖の拘束を切り崩す。『誓約』によるアルケーの奪還。だが俺が彼女に叩き込んだ一撃はかなり重い。今回の戦闘では役に立たないだろう。
「ご、ごめんなさ、い。アー、サー……」
「いいんだよ、アルケー。君の本領はここじゃないのだから、気にしないことだ。となると、私たちの今回の達成目標は―――」
そこで、爆発が廊下の屋根を大きく砕く。その上空に浮かび、ロマンが大演説をかましている。
「やはり室内よりも開けた地こそ我が本領! さぁ『誓約』よ! 神に愛された私の一撃を食らいなさい!」
「……もう、逃亡以外には残されていないね。大丈夫、君のことはちゃんと守りきるさ、アルケー」
ロマンが落とした雷を、『誓約』はボロの直剣で切り捨てる。「この感じ、テュポーンにあしらわれた時と似ていますね!」とロマンは歯噛みする。
「ですがまだまだ終わりませんよ! さぁ神々よ! ご喝采を! この領主邸という戦場に嵐を! 落雷を! 大雨による大洪水を!」
天候が一気に荒れる。屋根を失った俺たちの上で暗雲が垂れ込め、雷が落ち、大雨が痛いほどの大粒で降り注ぐ。
その中で、俺は静かにほくそ笑んだ。
「この環境変化は助かるぜ、ロマン。―――結晶針」
俺は左手を叩き、結晶瞳から透明な針を大量に生みだした。それを鉄の義手で掴み空に放つと、重力に従って、結晶針は雨に交じって『誓約』に降り注ぐ。
『誓約』はロマンが落とす大魔法の猛攻を剣でいなすのに精いっぱいだ。そこに存在感のない結晶針が混ざる。刺さらなくてもいい。刺さればもっといい。
タイミングは―――今だ。
「爆ぜろ、結晶針」
針となっていた結晶が、一斉に爆ぜる。
「ッ、いつの間に」
『誓約』が動揺に声を上げる。効果はどうだ、と俺は様子を注視する。
魔力を大量に含んだ結晶の爆裂は、急激な結晶の成長という形で現れる。だから針が体に刺されば内側から伸びた結晶に抉られるし、近くにあるだけで怪我をする。
それで今回はどうなったかと言えば―――結果は、上々だった。
「―――ふ、やるじゃないか、『ノロマ』」
残念ながら、『誓約』に直接刺さっていた結晶針は一つもない様子だった。『誓約』の服がこの大雨の中濡れていないのを見る限り、雨粒のすべてを切り弾いたのだろう。
だがそれでも、斬り弾かれた雨粒にまで『誓約』は意識を払わなかった。だから四方から突如現れた結晶のいくつかに肌を食い破られたし、それに阻まれ動きが止まった。
何よりも大きいのは、奴のボロの剣が結晶に穿たれて半ばから折れたこと。
その勝機を、逃す俺ではない。
俺は【加速】で再び肉薄し、結晶を砕きながらデュランダルの大剣を大きく『誓約』に振り下ろす。『誓約』はアルケーを抱え、剣は半ばで折れ、詰みに近い。
「いやまったく、楽しいな。『ノロマ』、君は本当に強い敵だ」
『誓約』はふふと笑って、よりアルケーを抱き寄せる。
そして、言った。
「今回は、君に勝ちを譲ろう。次は、負けないよ」
「お、おおおお、お待たせしましたッ! 『誓約』さんとアルケーさんを回収しますっ!」
突如として何もない場所から、見覚えのある女性が現れる。俺があげた眼鏡をかけた、ニット系の厚着と帽子をした、豊かな藍色の長髪の女性。
確か―――テリンとか言う名前の人だ。
その人が、大量のルーンが記された巻物を広げ、三人まとめて囲うように広げている。
「大ルーン起動! 外界からの干渉を拒絶します! 転移まで3、2、……ふぇっ?」
俺の大剣が見えない壁に弾かれる。そのタイミングで、テリンと俺の目が合った。俺は困惑が勝つ中、テリンは顔を真っ青にして「ああ、あああああ」と涙目で震えだす。
そこで、転移が発動した。
掻き消えるように、三人の姿がなくなる。俺はポカンとしながらその残滓を眺めていると、ロマンが上空から降りてきた。
トン、と着地音。ロマンは肩を竦め、皮肉気な笑みを浮かべて近寄ってくる。
「十分な戦果でしたね。完全勝利まであと一歩でしたが、目標から考えれば十二分と言ってもいいでしょう」
雨脚が弱まり始める。かと思えばもうやんでいて、雨雲は薄まり、隙間から陽光が差し始める。
「セシリア姫の拉致の完遂報告が今ウィンディ君からありましたし、ダメージも与えた。ですが、『誓約』のあの性格を考えれば、恐らく彼も傷を焼き、ゲッシュは解かないはずです」
「……だろうな。あいつは覚悟が決まってる。俺が与えたダメージじゃ、まだまだだ。……ハハ、楽しすぎるぜ」
俺は体をなぞって、雨粒を落とした。それから、ぐっと拳を固めて高く掲げる。
「ともあれ、これで一勝一敗。さ、再びの政争パートだ。悪だくみと行こうぜ、ロマン」
「ええ。今日のところは、ここでお暇しましょうか」
俺たちはボロボロになった領主邸から、ロマン操る強い風に乗って、高く高く飛び立った。
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