第237話 『誓約』の次の策
『誓約』は楽しげにこう語った。
「『ノロマ』は実に強かったよ。判断が本当に速くてね。市街地でなく、周りに彼の守るべき者がいなければかなり難しい戦いになったはずだ」
それに、アルケー・フレグランス、彼の長年のパーティメンバーである錬金術師は「そうなの。良かったわね」と言いながら調合を進める。
傍から見れば、その姿は妙齢の、ひどく美しい女性に見えることだろう。しっとりした雰囲気に声。金色の髪が淑やかに揺れている。
だが、その鋭く尖った耳が、見た目通りではないと示している。アルケーは、エルフだった。外見はまだ若く見えるが、その年齢はとうに200を優に越している。
とはいえ、『誓約』も年齢不詳だ。100年前からの付き合いだが、彼の外見はずっと変わらないまま。
そんな『誓約』が、アルケーの態度に文句を言う。
「……アルケー。もう少し私の話に関心を寄せても神罰はくだらないと思うよ?」
「あなたの話は、戦いのことばかりでつまらないのだもの。わたくしはもっと美しい話を聞きたいわ」
「美しい話って何かな」
「この街だと……そうね。多種多様な種族が入り乱れて商いをするバザールが、わたくしには美しく見えたわ」
「賑やかとは思うけれど、美しいという感じ方は独特だね」
「そう? 感性の相違ね」
100年来の付き合いともなると、当然気の置けない関係になってくる。特に『誓約』はずっと外見も性格も変わらない。アルケーの外見は子供から大人になったが、それだけだ。
「さて」
そこでアルケーは調合を終え、錬金鍋の中身を錬金フラスコに移す。「お」と『誓約』は嬉しそうな声を漏らした。
「準備は終わったようだね。では、次の手に出ようか」
「ええ。『ノロマ』を一時的に無力化した以上、次はローマン皇帝からの依頼を果たしましょう。すなわち―――」
アルケーと『誓約』の声が重なる。
「「ビルク辺境伯の婚姻とローマン帝国離反の防止」」
「わらわの出番、ということだな?」
ひどく小柄な体躯のエルフが、アルケーと『誓約』の前に現れた。セシリア・プリンシ・アカシア。エルフの貴族、ハイエルフの中でもアカシア氏族の姫という高い地位を有する。
その見た目はハッキリ言って幼い少女そのものだが、年齢は120歳に至っているだろう。精神的には十分成熟しているし、エルフの身体は見た目よりも頑丈だ。
「しかし、ローマン皇帝も中々考えおる」
くくっ、と意地悪く笑って、セシリアは笑う。
「親ローマン帝国のアカシア氏族と、離反の疑いがある有能貴族を結婚させることで、貴族のエルフ混血政策を進めながら有能貴族を縛るとは。一挙両得とはこのことか」
「セシリア姫、夫となる相手なのです。ビルク辺境伯の名くらいは覚えてみては?」
「いずれ覚えるものよ。急いで覚えるものでもない。……が、高名な『神の香箱』の筆頭錬金術師たるアルケー殿の言うことなら、聞いておこうか」
肩を竦められ、アルケーはこっそりとため息を。からかわれているのか敬意を払われているのか分からない。
「では、早速行こうか?」
『誓約』の言葉に、アルケーは頷く。
「ええ、そうしましょう。作戦は以前立てた通り……そういえば、『大ルーンの語り部』テリン様は?」
「彼女なら『ノロマ』の落とした右腕をせっかくだから、と持ち帰って以来、ずっと寝込んでいるよ」
「あ、まだあのショックから抜けていないのね……」
『ノロマ』の腕を見せた瞬間、泡を吹いてぶっ倒れたのには驚いた。彼女が協力してくれた方が遥かに作戦の確度も上がっただろうが、いずれにせよ失敗はないだろう。
「では、早々に依頼を完遂させてから、ゆっくり『ノロマ』と戦おう」
「ええ、そうしましょうか」
「ふぅ、やっとこのボロ屋を離れて、まともな家で暮らせるというものよな。そちたちとの暮らしは悪くなかったぞ」
やる気満々の『誓約』、それに追従するアルケー、完全にお別れムードのセシリア。
今回の依頼もそう難しくはなかった。早々に終えて趣味に没頭しよう、とアルケーは早くも気持ちが逸れつつある。
「では、要約しましょうか」
ロマンが黒板の前に立って、俺たちに言う。
「ウェイド君の見た面々を考えるに、『神の香箱』の筆頭錬金術師アルケー・フレグランスと、アカシア氏族の姫セシリア・プリンシ・アカシアが、敵の作戦の肝となります」
俺がロマンに伝えた情報から、ロマンはそこまで人物像を明らかにしていた。
どちらも有名な人物なようで、アルケーは『誓約』の相棒を長年務める凄腕。セシリアはビルク卿に対するローマン皇帝からの攻撃だろう、と。
「セシリア姫は単なるビルク卿に打ち込む楔ですから、注意を払う必要はありません。人格はともかく、このゲームにおいては駒でしかない」
問題は、とロマンはしっとりしたエルフの女性の絵にチョークをつける。
「『誓約』の相棒、アルケー錬金術師です」
「質問。錬金術ってどんな魔法なんだ?」
俺が挙手していうと、ロマンは「いい質問です」と微笑む。
「錬金術とは、匂いを操る魔法です」
「……匂い?」
「はい」
詳しく説明します。とロマンは黒板に図を描く。
「錬金術とは、匂いによって神に意思を伝え、魔法を行使する技術です。ですから、密室下でお香に近い形で用いられることが多いです」
「へー?」
ルーンやドルイドと違って、使いにくそうな魔法だな、と思う。だがロマンは、声のトーンを落として言った。
「侮ってはなりませんよ。錬金術の匂いは、嗅いだ瞬間に錬金術師の手に落ちるようなもの。ドルイド以上に曖昧で複雑な使用に耐え、特に密室下では一時的に神になれます」
「……神」
「難しくて分かりませんわ。どうなりますかしら」
イメージがしづらい。という俺の態度とリージュの質問に、ロマンは言う。
「カラスは黒いですよね」
「え、うん」
「密室下の錬金術師が『カラスは白い』と言えば、そうなります」
「……なるほど」
絶対的な威力を有することは分かった。『誓約』の相棒と言うこともある。アルケーと密室で一緒に居たら、今の俺じゃあ負けるなこれ。
「ってことは、敵の作戦は『アルケーの手で無理やりビルク卿とセシリア姫の婚姻が結ばれて、取り返しがつかなくなる』って感じか」
「そうでしょうね。では、ここから我々がどう出るかを考えましょう」
考える。だが、話に聞く限りアルケーをどうにかするのにいくらか策略が必要になるだろう。セシリア姫の扱いにも困る。
そう思っていたら「では、こういうのはいかがでしょう?」とリージュが言った。
俺とロマンは、一通りリージュの話を聞く。聞き終わったとき、俺は「うわ~~~」と笑顔を浮かべ、ロマンは思案の後に悪い顔で「リージュちゃん、君は実に貴族ですね」と笑う。
リージュもまた、ほの暗い微笑を浮かべ、貴族的に言い切った。
「我ながら、悪くない案だと思いますわ。こちらもウェイド様の大切な右腕を奪われております。であれは、我々も奪うべきかと」
「なるほどな、いや、面白い! この策で行きたいな」
「私も賛成です。いくつか準備をしましょう。他に戦える人間がいるなら加えたいですね。別動隊が必要ですから」
「では、ワタクシのウィンディをお貸しします。特に、今回は役に立つと思いますわ」
「そうだな。ウィンディならピッタリだ。じゃあ―――」
俺たちは悪い顔で笑う。
「やろうか。政争らしくなってきた」
俺は思う。貴族、中々楽しいかもしれない。
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