第236話 商人コインの対処法

 ロマンの反省会でいくらか話し、ある程度政争というものを理解した俺たちは、さて次はどう動くか、という事を考えていた。


 幸いにして、リージュは政治的に、モルルは古龍として成長しつつある。俺もリージュとは政治的なそれこれでは同じ立場として、ロマン相手に戦略を立てていた。


 ロマンは俺たちに言う。


「現状を再度確認します」


 用意された黒板に描かれるのは、簡単な人物像だ。ビルク卿、大商人コイン、『誓約』の3人。


「ビルク卿は我々の味方です。コイン氏は半分程度敵寄りの中立。『誓約』は完全なる敵に当たります」


 ロマンは黒板に、味方、中立、敵、と書き入れていく。それから続けた。


「まず、前回の反省会のおさらいです。ビルク卿はどう評価すべきですか?」


「完全なる味方。自分の意思で俺たちを裏切ることは考えなくていい」


「ウェイド君、よく覚えていましたね。その通り、ビルク卿は自分の後ろ暗い部分、つまり呪術の裏を見せてまで、我々に仲間だと示しました。彼が裏切ることは考えなくていい」


 根拠として、とロマンは続ける。


「ビルク卿は我々を裏切ったとき利益が少ない。アレクサンドル大帝国を敵に回すだけです。有益性がどこにもない以上、やはり自由意志での裏切りは考えづらい」


 次に、とロマンはコインの絵にチョークを付けた。


「コイン氏を評価しましょう」


「油断ならない中立ですわ。大きな利益を見せて商談を成立させるか、一旦敵に回して強制的に言うことを聞かせるかのどちらか。自由意志での協力は困難です」


「リージュちゃんもよく理解しています。コイン氏はそもそも、身内以外には心を開かないタイプでしょう。となれば、懐柔は不可能。リージュちゃんの言うように商談の成立か、潰すかになります」


 最後、とロマンは『誓約』に触れた。


「『誓約』はどのように評価すべきでしょうか」


「「敵」」


 俺とリージュの声が重なる。ロマンは「よくできました」と微笑んだ。


「その通り、『誓約』は敵プレイヤーです。政治的にも金銭的にも、彼が敗北以外の理由で我々と行動を共にすることはあり得ません」


 俺たちは頷く。敵プレイヤー。プレイヤー、というのが肝で、これはつまり、呪術的な考え方だ。


 ロマンは結論付ける。


「この政争というにおける、完全な敵対者であり、我々とは違う盤上の差し手。故に敵プレイヤーなのですね。ビルク卿に倣って、これを『盤上の呪術』と名付けましょうか」


 さて、とロマンは俺たちに向き直る。


「ここからが、今日の本題です。まず、それぞれの勢力に対して、我々がすべき行動を決めていきましょう」


 ロマンは黒板の図を見る。それから、「では、あえてコイン氏から考えていきます」と俺たちに言う。


「コイン氏に対して、お二人はどのような手段に出ますか?」


「難しいな……。利益を見せるっつっても、あのがめつさだと、下手に出るとどこまでも貪られそうだ」


「そうですね。彼に好きにさせるとビルク卿にダメージが行きます。それは良くないでしょう」


 俺が唸り、ロマンが頷く。そこで、リージュが言った。


「まず現状の再確認なのですけれど、ウェイド様、ロマン様は、商人コインの耳打ちを覚えていらっしゃいますか?」


「おや、よく覚えていましたね」


「……そういえば、していたような?」


 ロマンは頷くが、俺はピンと来ず首を傾げる。言われてみれば、商談の席で、受付の小柄な女の子にしていたような、していなかったような。


「では、その商談の直後、何が起きたかは、覚えてらっしゃいますの?」


「そりゃ『誓約』の襲撃だ、ろ……」


 俺は言って、口を閉ざす。


「え、リージュ、まさか」


「貴族や商人がよく使う手ですわ。意外に気付きませんの。商談その場は平穏にお開きにしておき、直後別の人間に襲わせる。これだけ露骨でも、ワタクシが言うまでは気付きませんでしたでしょう?」


 言われて、俺は考える。確かに、あのタイミングの耳打ちは不自然だ。俺たちに関わることと考えるのが自然だろう。そして『誓約』が何故俺たちの場所が分かったか。


「とするなら、ワタクシの考えでは、商人コインは『誓約』とつながっている人物であると認識して問題ないと考えますわ。と言っても、完全な協力関係というより、利害関係」


「リージュちゃんは、流石生粋の貴族ですね。こう言う手練手管をよく理解している」


「貴族こわいわぁ……」


「あら、ウェイド様ももう貴族でいらっしゃいますでしょう?」


「そうだった」


 俺は怖い世界に入ったことを自覚する。そうか、これが政争……。


「そう考えると何か楽しくなってきたな」


「この何事に対しても意欲が高いのは、本当にウェイド君の才能ですね。私も神に愛されていますが、ウェイド君の才能は全く違う凄みを感じます」


「神に愛されてるネタ、段々好きになってきた」


「ネタではありません。真実です」


 ロマンは神妙に首を横に振る。面白い。


「じゃあ話戻すけど、コインはアレだな」


 俺はにっこり笑顔で言った。


「しばこう」


「私もそれがいいかと思います。舐めてかかってくる相手はどこまでも付け上がりますからね」


 憐れコインの絵の上に、ロマンは『攻撃』と記す。中立だからこそ念入りに分からせなければならないときがある。それが今だ。


「それで言ったらアレだな。コイン側に情報流して、俺たちへの防御を固めさせてから攻めた方がいいな」


「ああ、確かに。そういうのは流石、ウェイド君は強いですね」


「? ウェイド様、ロマン様、それは何故ですの?」


 首を傾げるリージュに、俺は薄ら笑いで答えた。


「全力を出して潰されたとき、人間はぽっきり折れるんだよ。俺がウィンディ戦でやったことだし、実はリージュとの初対談でやった事でもある」


「……痛いほどよくわかりましたわ」


 リージュの顔色が悪くなる。トラウマを突いてしまったらしい。だがアレはリージュが悪いので俺は謝らない。


「コイン氏の対処はこれで良いでしょう。ひとまず協力者経由で、『我々がコイン氏の襲撃を企てている』という情報を流しておきます」


 ロマンは、「次ですが、そうですね。ビルク卿と『誓約』は、分けて考えない方がいいでしょう」と俺たちを見る。


「ウェイド君、リージュちゃん。この二つの勢力を考える場合、まず『誓約』の立場に立って、我々をどう攻撃すれば効果的か、という観点で考えてみてください」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る