第235話 古龍の戦い方
エキドナは、モルルと相対するにあたって、観衆を制限した。
「我とのこの稚児……モルルと言ったな。我とモルルだけで、古龍の御業の伝授を行う。人間には真似できぬ芸当だが、何人たりとも同席を許さぬ」
「やだっ! パパは一緒なの!」
「え~……じゃあそこの……ウェイドとか言ったな。そちは同席を許そう。特別な計らいぞ」
「同族に甘い……」
ということで、俺だけモルルのワガママで見学を許可されることに。
エキドナはモルルを連れ、適当な部屋に入った。俺もそれに追従する。何か知らないけど勝手に扉が閉まって鍵が掛かる。便利。
エキドナは振り返り、ふふ、と不敵に笑った。
「さて、モルルとやら。まずは改めて名乗ろうか」
エキドナは豊満な胸をやりすぎなくらい張り、胸元に手を当てて言う。
「我が名はエキドナ! 『最古の古龍』エキドナである! そなたには今より、『古龍の魔』を伝授する! 努々励むがよい!」
「わー! ……わー?」
「おいウェイド。お前の娘何も分かっていないぞ」
「エキドナお前、俺が同席するの渋った割に一瞬で俺を頼るじゃん」
「そういう単なる子供の相手は親の仕事ぞ。やれ」
じゃあ渋るな。
勝手だなぁコイツ、と俺はエキドナに呆れながら、屈んでモルルに視線を合わせる。
「モルル? 今回このエキドナさんが来てくれたのは、モルルの特別な力を引き出すためなんだ」
「モルルの特別な力?」
「そうだぞ~。モルルは古龍だから、特別な力があるんだ」
「おぉー!」
モルルは好奇心旺盛なので、こう言うことを言うと食いつく。目をキラキラさせて、エキドナに向き直った。
「エキドナおばさん! モルルにその、こりゅーのま? を教えてくれるの!?」
「うむ、そうだぞ。だが次に我を『おばさん』などと呼んだら例え同族でも殺すぞ」
「ひゅ……」
モルルが驚き過ぎて呼吸がかすれる。俺はモルルを抱きしめつつ抗議だ。
「おい、モルルはウチで蝶よ花よと育ててるんだぞ。悪意をぶつけるな」
「蝶よ花よと育てられる古龍など聞いたこともないわ」
それはそう。
「ぱ、パパ~……」
「おーよしよし。びっくりしたな。大丈夫だぞ~。次にエキドナがモルルに『殺すぞ』って言ったら、パパがエキドナを半殺しにするからな~」
「あ? 貴様転生者だからと言って舐めて「舐めてねぇよ」
俺はエキドナに向き直る。エキドナが俺の表情を見て黙る。
「お前の強さは見たら大体わかった。殺せる。十分殺せる。お前はシグより弱い。だからモルルを傷つけるようなことを言うなら半殺しにする」
エキドナが冷や汗を流し始める。顔を青ざめさせ、しかし果敢に言い返してくる。
「っ……! だ、だが貴様は、今腕を失って」
「こんなの何のハンデでもねぇよ。試すか?」
「……」
エキドナは完全に沈黙する。ダメ押しに、俺は言った。
「分かるか? 殺さざるを得ない敵じゃないんだよ、お前。手加減できる程度の敵なんだ。分かったら、俺の大切な娘に悪影響を与える言葉はもうやめろ。……分かったか?」
何度かパクパクと口を開閉してから、かすれた声で言った。
「もう、言わぬ」
「ならいい」
俺は微笑みかける。エキドナがぶるりと震えてから、「ハァっ、はぁ、はぁ……」と息を吐く。
その様子を見兼ねて、モルルがエキドナに近づいた。
「ごめんね、エキドナ……せんせ。パパ怖いよね。分かる」
「も、モルル~……」
エキドナが涙目でモルルを抱きしめる。モルルは大天使なので、慈愛の表情でエキドナを抱きしめ返していた。なんて尊い光景……。
仲良くなった理由が俺への恐怖なのには気付かないふりをしておこう。
それから少しして、エキドナは咳払いをした。「では」と改めてモルルに語り掛ける。
「今回モルル、そなたに伝えるのは、先ほど言った通り『古龍の魔』である。ではそもそも、『古龍の魔』とは何か?」
「はい!」
モルルの元気いっぱいな返事に頷いて、エキドナは大きく口を開けた。その明けた口の中を、自分で指さしている。
「見えるか? 古龍は姿を変えられるが、唯一変わらないのがこの喉奥に刻まれる『古龍の印』である」
「ん~? あ! 見付けた! カッコイ~」
エキドナの開けた口をのぞき込むモルル。「うむ」とエキドナは口を閉ざす。
「この古龍の印に魔力を注ぎ、舌でスライドさせて口内から取り出す。すると古龍の印を操作できるようになる。その操作術こそが、我ら『古龍の魔』、と言うことになるのだ」
「ほー……」
「と言っても、言葉では中々分かるまい。まずは見せよう」
エキドナはそう言って、口を閉ざした。それから一瞬口をもごつかせて、口を開き何かを取り出す。
龍の形をした、複雑な魔法陣。
浮かび上がる幾何学模様のそれに触れ、エキドナはくるりと回す。すると古龍の印は回転しながら広がり、空中で制止した。
「これが、古龍の印である。この古龍の印に様々な操作を加えると、龍の姿に変じたり、ドラゴンブレスを吐けたりする」
「ドラゴンブレス!」
「うむ、そうだぞ。ドラゴンブレスだ。どんなものにも遮られぬ最も鋭き魔。神の盾すら吹き貫く、古龍の古龍たらんとする魔である」
大興奮のモルルに、したり顔で講釈するエキドナだ。俺も説明が面白くて聞き入ってしまう。
「まず簡単に、腕のみ龍に変じて見せよう」
エキドナは宙に浮かぶ古龍の印を軽くなぞり、それから手を突きだした。エキドナの手が古龍の印をくぐる。
途端、人間の手であったはずのエキドナの手が、古龍の印を境にドラゴンのそれに変化した。皮膚は黒色のうろこに変化し、爪は巨大に尖って完全に凶器だ。
俺は「おお」と目を丸くし、モルルは「すごーい!」とはしゃぎだす。
「エキドナせんせ! これ! これモルルもできるようになるの!?」
「うむ、無論だ。この古龍の魔は、操作方法次第で無数の効果が表れる。そのすべてを一気に教えても覚えていられぬ故、今日は『変身の魔』と『ドラゴンブレス』のみ教えるぞ」
「わーい!」
モルルはもろ手を挙げて喜び、体を揺すって全身で喜びを表現だ。俺は「エキドナ、教えるの上手いじゃん」と言うと「舐めるなよ人間め」とエキドナは調子に乗った。
俺は、エキドナにモルルは任せてもいいだろう、と判断して部屋を出ると、扉のすぐそばにロマンが立っているのを見付けた。
「お、どうしたんだ、ロマン」
「ああ、いえ。敵に近い存在ですから、警戒を。思いのほか和気あいあいとしていたので、無意味でしたが」
ロマンは苦笑して言う。俺は肩を竦め「あいつは少なくとも、同族のモルルはには優しいと思うぞ」と答える。
「そうですね、そのようでした。……ところで、一応言っておくのですが」
「え? うん」
俺はキョトンとしてロマンを見る。ロマンは諦めの表情で言った。
「エキドナは良く裏切るので、ある程度は警戒しておいてください。壮絶な裏切り方はしませんが、しょーもない裏切りは頻繁にするので……」
「……何で裏切る奴呼んだんだ?」
「王に聞いてください」
ちなみにアレク曰く『裏切ると分かってる奴なら対処もしやすい』とのことだった。その理屈は分からんでもないし、確かにモルルを教育できる古龍なんて他には居ないだろうが。
……え~……?
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