第234話 エキドナ、襲来
リージュを交えてロマンと反省会を終えたところで、階下から大きな音が響いた。
「……? 何だ? ちょっと見てくる」
「私も行きましょう、ウェイド君。リージュちゃんはここで待っていてください」
俺とロマンの二人で談話室から出て、階段を下る。すると玄関扉の破片の上に立った、女性に気付いた。
存在感のある女性だった。絶世の美女。背が高く、漆黒の髪を地面に垂れるまでに延ばしている。腕を組み、形のいい眉は吊り上げられ、明らかに怒っている様子だ。
女性は、高らかに声を上げる。
「傲慢王を出せ! 今日こそあの不遜なバカモノを縛り首にしてくれる! 出さねば時間が経つごとに、一人一人縊り殺しだ!」
「誰……?」
俺は全く心当たりのない襲撃者に、怒るとかそれ以前に引いていた。っていうか目的のアレクはここに居ないし。何あの人、こわ……。
そう思っていたら、隣でロマンが大きなため息を吐いた。
「え、ロマン知り合い?」
「……そうですね。知り合い、ではあります。ウェイド君、君にはすでに話してある人物ですよ」
「マジ? 全然心当たりがないというか」
そこで、俺の背後からぶつかってくる小さな体に気付く。振り向くと、モルルが「どーしたのパパ? わ、変な人いる」とマイペースに驚いている。
「……」
それで、俺は思い当たってしまう。ロマンの語った、後々に合流すると聞かされていた存在。モルルの教育係として呼び出されたという人物(?)。
女性は、名乗りを上げる。
「我が名はエキドナ! 古龍エキドナである! このような嫋やかな外見で侮るならば、早々に一人縊り殺してくれる! 返答やいかに!」
「うわぁ~~~! あいつかぁ~~~! あいつがエキドナかぁ~~~!」
常識なさそ~~~! 対応面倒くさそ~~~!
と思いつつ、俺は渋面で階段を降りていく。無論ロマンも道連れだ。多分放置すれば本当に死人が出る。ついでにモルルが俺に引っ付いてくる。
エキドナはロマンを見て言った。
「む、……貴様、覚えがあるぞ。傲慢王に傅く武人の一人であったな」
「こんにちは、エキドナ。我が王の要請にこの地に赴いていただき、誠にありがとうございま」
激突。エキドナが龍のそれに変化させた腕をロマンに振るい、ロマンに注がれる祝福がそれを弾く。
「チィッ……! あの時の厄介な神の守護か。面倒な……」
「あまり暴れないでいただきたいですが、あなたにそう言っても効かないでしょう」
ロマンは帽子のツバを指でつかみ、反対の手で指を曲げて挑発する。
「おいでなさい。もう一度あなたに、神に愛されるというのがどういう意味なのかを思い出させてあげましょう」
「ほう……? 人間ごときが生意気な。良いだろう。お前ごとこの地を焦土にして―――」
「いやいやいや、待て待て待て」
俺は二人の間に割って入る。エキドナはキョトンとし、ロマンは我に返って「そうでしたね。ここで暴れるのはマズい」と冷静になる。
俺はエキドナに言った。
「お前、古龍エキドナなんだよな? お前がここに来る原因になったのは、俺の娘だ。あとアレクはいないから、ここで暴れても何の意味もないぞ」
「何だ貴様は……? 傲慢王がいないのは奴らしいとして、貴様の娘?」
「モルルだよ!」
エキドナのそばに駆け寄って、モルルがびょんと跳ねた。その様子を見て、エキドナは目を剥く。
「―――古龍!? そなた、古龍ではないか! 創造主が新たに生み落としたか? 我以外の古龍はすべて神になったものだとばかり」
「んー? よく分かんないけど、秘密なの!」
口元で指を交差させ、ばってんを作るモルル。何しても可愛いなウチの娘。天使か?
「というか、何だその首輪は……」
エキドナの声に、底冷えするような怒りがにじむ。モルルお気に入りの大きな首輪に触れ、わなわなと震えだす。
「誇り高き創造主直接の眷属たる古龍に、服従の首輪……? 無礼にもほどがある。誰がつけた」
「パパ!」
ハツラツなモルルの返事に、ものすごい目でエキドナが俺を見た。「貴様か……。貴様が、古龍たるこの子の尊厳を穢したのか……!」と今にも俺をなぶり殺しそうな目で見ている。
戦闘は避けられないか? と俺は僅かに考えた。戦うことそのものは良いが、周囲に被害が出過ぎる。そもそもここはビルク領における俺たちの拠点だ。ぶち壊しにしたくない。
そう思っていたら、エキドナが何かに気付いたような顔をした。
「……何だ。貴様、この世界、シルヴァシェオールが迎える初めての転生者か。ならば、不服だが事を荒立てるほどではない」
エキドナは、剣呑な態度を潜める。俺は転生者などと直接言われたのは初めてで「は?」と声を漏らしてしまう。
「え、ちょ、ちょっと待て。どういうことだ。何で分かった。何で俺許されたんだ。意味が分からん」
「貴様ら外の人間は、創造主より祝福を贈られている。つまり創造主と同格の人間と言うことだ。創造主の眷属たる我らが創造主の同格に傅くのは、おかしなことではない」
フン、と鼻を鳴らしつつも、エキドナは明言した。俺は意味が分からず首を傾げるが、モルルの「パパはとっても偉いってこと!」という適当な説明でうやむやになる。
そこで、再びロマンが口を開いた。
「ええと、ウェイド君がテンセイシャ? とかいう話はよく分からないので飛ばしますが、ひとまず矛を収めてもらえるということで良いですね?」
「不服だが、良いだろう。傲慢王もいないのだな? ならば早々に、我を呼び出した理由を述べよ」
ツンケンした態度ではあるが、敵対的な態度はやめてくれたと見ていいだろう。俺は前に進み出て、エキドナに説明する。
「さっき言った通り、この子、モルルの教育をして欲しい……って話なんだが、ひとまず一旦上の階に行こう。ここじゃギャラリーが多すぎる。
エキドナが破った扉から、やじ馬が宿の中をのぞき見ている。俺は「見せもんじゃねぇぞ~」と野次馬を追い払いつつ、「ゴルドー! 扉直してくれー!」と大声を呼ぶ。
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