第233話 意気揚々と

 帰宅一番で、俺は元気いっぱいにみんなに言った。


「腕斬られちゃったわ! 『誓約』強いな!」


「斬られちゃったじゃないでしょぉおおおお!?」


 シルヴィアの悲鳴が面白くて、俺は笑ってしまう。モルルがポカンとしながら俺の腕のあった場所を見つめ、ゴルドもしばらく俺のなくした腕を見て、言った。


「ウェイド、お揃いだな」


「バカッ! お兄ちゃんのバカッ!」


 シルヴィアにゴルドがしばかれている。俺は二人から視線を外して、みんなを見た。


 宿の、広い部屋だった。会議室と言うには温かな雰囲気のある部屋で、談話室という雰囲気がある。


 しかし俺以外の面持ちは絶望的で、唯一モルルだけが「パパがケガしてるの初めて見た……。パパってさいきょーだと思ってた……」と傷口をペタペタ触っている。触るな。


 俺は口を開く。


「さて、ちょいと痛手を負ったが、それより得られた情報の方が大きいから、それをまとめて行こうか」


「待ってウェイド。ちょいと痛手? 得られた情報の方が大きい? れ、冷静に聞いてね。あなた、腕を落とされたのよ?」


「知ってるわ」


 シルヴィアのツッコミに渋面で返す。体がすっ飛んでくくらいの惨状なら数百回味わってるっての。半分以上やったのはムティーだが。


 俺はため息を吐き「いいかお前ら」と呼びかける。


「俺の腕が飛ばされたくらいでギャーギャーと喚くんじゃない。俺はどうせ右腕くらい治せる。今ちょっと治せないだけだ」


「で、でもっ! ワタクシの所為で……!」


「お嬢様……」


 リージュは自責の念に駆られてしまったのか、ずっと泣いている。それをウィンディが慰める図だ。


 そこでウィンディが俺に、「一つ、質問をしてもよろしいでしょうか」と言ってくる。


「どうぞ」


「その、ボクの中のウェイド様は、それなりに思い悩むタイプだと思っていたのですが、この状況でケロリとし過ぎているような気がしていて」


「そりゃあの時は俺じゃなくてパーティメンバーだし」


「……自分の怪我では悩まないと?」


「俺、仲間が死ぬのは嫌だけど、自分が死ぬ分には楽しく戦って死ねるならそんなに気にしないと思うんだよな」


 俺がついポロッとそんなことを言うと、一同ドン引きになる。唯一ゴルドだけ深く頷いている。多分鍛冶の果てに死ぬなら満足とか思ってるんだろうな。


 と考えていると、モルルが俺に険しい顔で言った。


「パパ、命大事にしなきゃダメ」


「いや、するけどさ。今回は状況が状況だったというか」


「しなきゃママに言う」


「します」


 アイスにガチ叱られするとヘコむんだよな……。仕方ない、命は大事にしておこう。


「この場にいないのにこの影響力……。すごいわね、アイス」


「アイス様はウェイド様の第一夫人ですので」


「なるほどね……偉大だわ……」


 シルヴィアの疑問にウィンディが答えている。


「じゃ、早速ここまでの情報をまとめていくが」


 再び俺が言うと、今度は誰も異を挟まなかった。空気もうまく和らいだようだ。俺自身がまったく気にしていないのがよかったのだろう。


「まず、敵である『誓約』の情報を俺から発表する。次にロマンから政争面の評価と反省、今後の手立てとして考えられる選択肢について指導してもらう」


「承ります。ウェイド君が、そんなになっても精力的に動くのなら、私も手を緩めることはしません」


「助かる」


 ロマンはむしろ気合が入ったように見えた。こういうところは武人だな、と思う。


 俺はみんなに説明を始めた。


「『誓約』との軽いやり取りで分かったことは、まずおさらいとして、奴はやはりゲッシュの達人ってことだ」


 俺は左手の指を立てていく。まずは人差し指だ。


「最初に俺は、奴から挨拶され、直後動きを縛られた。気付かない内に『挨拶をすべし』っていうゲッシュを結ばれ、俺が挨拶するまで神罰が下ってたんだな」


 次に中指を立てる。


「その次の軽いジャブを交わし合って分かったのは、奴は俺の攻撃をボロボロの剣で受け流したこと。俺の拳はその程度の剣を砕けないほど、弱くない」


 つまり、だ。


「あの剣は多分、尋常じゃない受け流しのゲッシュが掛かってる。通常の攻撃は効かないと考えた方がいい」


 薬指。


「さらに新しいゲッシュの宣言。『誓約』のルールメイカー的な面を感じたのはここだ。今回は自分の逆境を作ることで、逆説的に動きがよくなった」


 さらにリージュを狙うことで虚を突かれ、見事腕がなくなった。戦術レベルなら負けていなかったと思うが、戦略で敗北した。


「で、腕を斬り落とされたわけだが、ここで俺はさらに2つのことが分かった」


「2つー?」


「ああ、そうだぞモルル。2つだ。―――まずは、『誓約』の剣は多分何でも切れる剣だ」


 人間の腕というのは中々頑丈で、簡単に切り落とせるものではない。だが『誓約』はボロボロの剣でいとも簡単に切り落とした。とするなら、そういう効果があると考えた方がいい。


 アレクがシグと意地でもぶつけない訳だ。防御力の高いシグに、防御無視は鬼門もいいところ。


 もし虚を突かれて腕の一つでも落とされれば、かなり苦しいことになる。俺の腕は生えるが、シグは生えないだろう。


「次に、奴は自らの治癒を封じる代わりに、剣で斬られた対象の治癒も封じる、みたいな効果でゲッシュを誓ったらしい」


 だから。


「だからあいつにも怪我をさせれば、俺の腕もまた生やせる。自分の怪我を放置するわけには行かないから、ゲッシュが解かれるってわけだ」


『おぉ……!』


 俺の推測に、皆がどよめいた。そう考えると、そこまでひどい状況じゃないのも分かってくるだろう。


 だから、良くも悪くも挨拶なのだ。俺は異常な攻撃力こそ封じられたものの、デュランダルがある以上、並大抵の相手には負けないまま。そう気にすることではない。


「要約すると、『誓約』は防御力無視の攻撃と、攻撃力無視の受け流しを使い、単なる戦闘にルールを追加することで別のゲームを構築する戦略家だ」


 俺はそこまで言って、笑う。


「強いぞ。お前らじゃ困難な敵だ。だがそれ以上に、俺の獲物だからな。手を出さずに、遭遇したら逃げて、俺を呼べ」


「パパはいつも強敵が出るとギラギラする」


「楽しいからな、仕方ない」


「諦め……」


 愛娘に諦められてしまった。まぁそれはいい。


「じゃ、次はロマンの政争講義だな。ロマン」


「はい、ではウェイド君に向けて、今回の反省点、次の手について講義や議論をしていきます。多少専門的になってきますので、興味のない方はこのタイミングで抜けてもらっても構いませんよ」


 その言葉に、ぞろぞろとみんなが散っていく。俺の話を聞いてたのも、多分俺の怪我が気になったのが大きいだろうしな。こんなものだろう。


「……政治に興味があるのは、ウェイド君を除けばリージュちゃんだけですか」


 最後に残ったたった一人、リージュは、涙目のまま、ロマンを見つめていた。それから、リージュは、言う。


「ワタクシは、ウェイド様の弱点になりに来たのではありません。少しでも役立てるのは、貴族たるものやはり政治だと思います。是非、参加させてください」


 リージュは涙をぬぐって、強い口調で言いきった。俺とロマンは顔を見合わせ、「将来有望じゃないか?」「まさしく、ですね」と明るく言い合う。

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