第232話 右腕

 突如の『誓約』の登場に、俺は「梵=我ブラフマン アートマン!」と叫び、瞬時に戦闘態勢を整える。


 同時、『誓約』が剣を構える。悠長なことだ。そう思いながら、俺は「デュランダル」と両腕に手甲を纏い、大剣を重力魔法で宙に浮かせる。


 ―――お前を仕留めれば、あとは消化試合だ。悪いが、最初から全力でやらせてもらう。


 そんな意気込みは、あえなく空振りすることになる。


「これはこれは。せっかちだね、『ノロマ』。


 その言葉で、俺の身体が言うことを聞かなくなる。


「――――ッ!?」


 まるで全身を鎖で拘束されたかのように、俺の身体は動かなくなった。何故。俺は考える。すでに『誓約』も説明は受けている。それに奴の言葉。ならば―――


「確かに、礼儀は払うべきだな。俺はウェイド。『ノロマ』のウェイドだ」


 


 直後襲い来た『誓約』の剣を、俺は大剣のデュランダルで強く弾いた。『誓約』は飛び退り、態勢を整える。


「……驚いた。この初手を破るとは。君、変身魔法使いだって聞いていたけれど」


「お前みたいに初見殺ししてくる奴がいるから、日々研鑽を積み重ねてるんだよ」


「なるほど。思った以上に恐ろしい遣い手みたいだ」


 ―――今『誓約』がやってきたのは、『ゲッシュの神罰による敵の拘束』だ。この戦闘の場に「挨拶をせねばならない」というルールを作って、俺に押し付けた。


 だから俺は、それを見破って挨拶を返した。だから動けるようになったのだ。逆に言えば、挨拶を返さなければ、今頃一撃を食らっていただろう。


 ……なるほど、これがルールメイカー。ゲッシュの達人か。バフ・デバフの支配者と言ったところ。


 『誓約』はボロボロの剣を振るって、瞳が包帯で隠された顔で微笑む。


「今回の戦争は、楽しくなりそうだね」


「ハハ、言ってくれるぜ」


 俺の顔にも自然と笑みがにじむ。今の一瞬で分かった。『誓約』は強い。この初見殺しも、小手調べのようなものだ。


 軽いジャブでヒヤリとさせてくる相手。手練れ。


 俺が、求めている者だ。


「ロマン、手出しすんな」


 俺の背後で口を開きかけていたロマンに、俺は言う。


「一旦、俺一人でやらせてくれ。それで危なくなったら叱ってくれよ」


「……あなたは、本当に総大将に似ていますね。一人で突っ込んで行ってしまうところが、特に―――いいでしょう。怪我はしないように」


「それは約束できないけどな」


「ウェイド君、そこはせめて」


 ロマンの文句を聞き流しつつ、俺は『誓約』に言った。


「今度は、こっちから行くぞ」


 【加重】【軽減】【反発】。もはや唱えるまでもなく制御下にある三つの魔法。それらは圧縮された神の賛美で威力を強化されている。


 それらを一気に解き放ち、俺は『誓約』に肉薄した。


 振りかぶるは拳。鋭く隙が小さく、しかし大抵の敵には致死の威力を持つ、手甲状態のデュランダルを纏う俺のジャブだ。


 俺の速度についてこられる人間は少ない。俺は瞬時に『誓約』の至近距離まで迫り、拳を放つ。


 それを、『誓約』は剣で受け流した。


「おっ」


「この速度で、この威力。『殴竜』と殴り合った噂は、本当みたいだ」


 返す刃が俺に迫る。俺はすぐさま拳を戻して、剣を躱した。ボロボロのナマクラに見えるが、どうせ見た目通りの剣ではない。


 ―――用心しろ。不死殺しはどこにでもいる。


 一合のやり取りを終え、俺たちは距離を取り合った。軽く挨拶を交わしたようなものだが、お互いに底が見えないという感触がある。


「怖いね、君は」


 『誓約』は言う。


「単純に強すぎる、という以上に何かをたくさん隠している。対策はしてきたけれど、どこまで必要で、どこからがブラフで、どれが奥の手か分からない」


「お前に言われたくないな、『誓約』。俺よりもよほど秘密が多く見えるぜ。見た目通りのボロボロの剣なら、俺の拳を受け流せるはずがない」


 砕けて終わりだ。俺がそう言うと、ふ、と『誓約』は笑う。


「そうだね。君は『殴竜』と違って分かりにくい。彼を殺す自信はあったけれど、君は分かりづらい。だから」


 『誓約』は、言った。


「『宣言する。私はこれから君に搦め手で勝負を挑む。それを君に明かすことでもって不利の証とし、神より助力を受ける誓約とする』」


 ―――ゲッシュ。


 『誓約』の存在感が、明らかに増したのが分かった。搦め手。何をする気だ、と俺は警戒する。


「では、行くよ」


 直後、『誓約』が、消える。背後から、「ひっ」とリージュの声が響く。


「ッ!? 『誓約』ッ! まさか!」


 俺は振り返る。そこでは、俺の仲間たちがいた。


 身を竦ませているリージュの姿。ウィンディは必死な様子でその手を引こうとし、ロマンは二人を庇うように立ち、こちらを伺っていた。


 だが、『誓約』はいない。


 ロマンが叫ぶ。


「ウェイド君ッ!  『誓約』は―――ッ!」


 俺はハッとして再び反転する。その時、すでに『誓約』は肉薄していた。


「ゲッシュを破れば神罰が下る。私は、嘘を吐かないよ」


 俺は理解する。今のゲッシュそのものが、神に誓った『搦め手』であったのだと。


 『誓約』の突進。俺は巨大化させたデュランダルでこの一帯を切り崩して仕切り直す―――という案を、街への被害の大きさから却下する。


 代わりに、破れかぶれでその辺の荷物を重力魔法で捉え、『誓約』に投げつけた。


 一閃。『誓約』は瞬時に俺の攻撃を切り伏せて、変わらない速度で迫る。至近距離。俺は腹を決めて踏ん張り、拳を放つ。


 だが、『誓約』は一気に姿勢を低く落とし、俺の拳を躱した。剣ではなく体当たり。


 ―――どこまでも、虚を突いてくるッ!


 俺は体当たりで突き飛ばされ地面を転がる。瞬時に立ち上がるも、『誓約』の勢いは止まらない。


 真横で、ロマンが「神よ!」と詠唱を始めている。だがこの猛攻の中では、恐らく俺と『誓約』の間で決着をつける方が早い。


 俺はまず回避から立て直しを図ろうと考え、直後に『ロマンが真横に居る』と言う状況に違和感を覚えた。


 すぐ後ろ。そこには、迫ってくる俺たちに恐怖して動けなくなっていた、リージュの姿がある。


 ウィンディが「フォロイングウィンド!」と『誓約』にナイフを飛ばしながらリージュの手を引く。牽制しながらリージュを守る、ウィンディに取れる最適解。


 だが『誓約』にあっさりとナイフを打ち返され、ウィンディは崩れ落ちた。ウィンディの手で救われるはずだった、リージュがその場に残されたまま、『誓約』は俺の懐に入る。


 迫る直剣。避けることは可能だ。だが、このまま避ければリージュに当たる。


 俺は咄嗟の判断でリージュを庇い、『誓約』の追撃を右腕で受けた。


「『ノロマ』、君は強い人だ」


「やられたぜ、強いな『誓約』」


 俺の右腕が、切り上げる刃に根元から斬り飛ばされる。


 血が舞い、軌跡を描く。だが、俺はすでにアナハタチャクラを起動している。この程度の怪我は怪我に入らない。


 そんな楽観を、俺は


「デュランダルッ! 穿てッ!」


 戦闘の途中から空中に控えさせていた大剣のデュランダルを、『誓約』の立っている場所に重力魔法で、強烈な威力で突き立てる。


「おっと」


 『誓約』が回避した瞬間、大剣が地面を深く貫いた。地面の石が砕け、爆ぜるようにして周囲を煙に巻く。


 それが、俺の最後の重力魔法だった。


 魔法印の刻まれた右腕を失い、魔法が失われるのが分かる。アナハタチャクラは起動していながら、俺の右腕の喪失を


 魔法印を失えば魔法を失う。魔法印が刻まれた右腕を失えば、当然に魔法印も失ったとみなされる。


 いつでも、嫌な感覚だ。初めてのイオスナイト戦と同じく、重力魔法が使えなくなる感覚というのは。


「『ノロマ』。君はどんな大怪我を負って蘇ると聞いたよ。だから、手を打たせてもらった」


 煙の中で、『誓約』の影が遠ざかっていく。


「私からの怪我に対する、治癒能力の否定。それが、私があらかじめ誓っていたゲッシュだ。私の肉体は治癒しないし、そんな私に斬られた君も治癒しない。このまま失血死する君とも思えないが、ひとまずの挨拶とさせてもらう」


 『誓約』は、穏やかな笑い声を上げた。


「楽しい戦争をしよう、『ノロマ』。では、今日はここで失礼するよ」


 煙が晴れる。そこには、すでに『誓約』の姿はなくなっていた。


「……やられたぜ。ったく、中々痛手負わせてくるじゃんか。ワクワクさせてくれちゃってよ」


 仲間を狙うをしたのは腹が立つが。でも有効打になったしなぁ。やりおる。


 そう思いながら、俺は振り返る。


 リージュは顔を真っ青にして、俺のなくなった腕の輪郭を両手でなぞっていた。ロマンはまるでお通夜のような顔をして、沈鬱に俺を見つめている。ウィンディなど完全な絶望だ。


「ウェイド君、すいません。状況が込み合っていて、助けるべき場面で助けられませんでした……」


「ウェイド様、ああ、ごめんなさい、ごめんなさい……! ワタクシの、ワタクシの所為で……!」


「申し訳ございません、ウェイド様。ボクがお嬢様を守り抜ければ、こんな事には……」


「え、空気おも」


 俺だけテンションが違う。っていうか俺の腕からこぼれる血でリージュがびちゃびちゃだ。ウィンディも自分のナイフが刺さっているが、まぁ銀の暗器ならこのくらいは大丈夫か。


「んー、このままだと出血多量で流石に死ぬな。ロマン、火出せるか? あっつい奴」


「は、はい。できますが、何を……?」


「じゃあデュランダル焼いてくれ」


「……火を」


 その一言だけでロマンは火を出して、俺が地面から抜いた、大剣の方のデュランダルを焼いた。デュランダルは赤熱し始める。


「じゃ、次にウィンディ。リージュの目を塞げ」


「っ。はい」


「え、何、何ですの? ウェイド様は何を」


「ちょっとグロイので、子供に見せるのはアレかなって」


 俺はリージュの目がロマンの手で塞がれたのを確認しつつ、右腕の断面をデュランダルに押し付けた。


 ジュウウと音がする。断面の傷が焼けていく。火傷の痛みが走る。だが、傷は焼け潰れ、血が流れ出るのが止まる。


 とはいえ、この程度の痛みは慣れたもの。俺は傷を焼きながら考えた。


 重力魔法は一旦なくなった。右腕も喪失状態。アナハタチャクラでの治療はこの場じゃあ難しい。だがデュランダルはあるし左手の結晶瞳も残っている。チャクラそのものも無事だ。


 俺は頷いて言った。


「燕に運命吸われてた時よりはマシだな」


 むしろ、程よい制限があった方が楽しめる。いいぜ、『誓約』。楽しもうじゃねぇか、この戦争を。


 傷口をデュランダルからはがす。焼け潰れた断面から、血はすでに流れない。

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