第230話 商人コインという男
無事手土産を手にした俺たちは、上機嫌でコインのいる旅鉱ギルドに向かっていた。
「……そういえばさ、何で『旅鉱』ギルドなんだろうな」
俺がポツリというと、ロマンとリージュ、御者席のウィンディまでも首を傾げる。
「何で、と仰いますと?」
「いやさ、リージュ。鍛冶ギルドなら鍛冶ギルドで良いじゃん。何で旅する鉱山なんだろうなってさ」
「ああ……。小さなころから帝都でよく見ていましたから、そういうものだと思っていましたわ」
どうなんですの? とリージュはロマンに視線を向ける。大人勢はこういう時に知恵袋にされがちだ。
ロマンは「彼ら、つまり人間とドワーフの出自に関する命名なのですよ」と語った。
「そもそもからして、『旅』という行為は、人間にしか許されていない行為なのです」
「……ん?」
「我々人間には、普通の行動に聞こえますよね。もちろんそう頻繁にするわけではないですが、行うのなら問題なくできる行為。それが我々人間にとっての旅です」
「そう、だな」
「ですが、そうではない種族の方が多い」
その説明で、俺はやっと理解し始める。
「人間以外って、旅ができないのか?」
「不可能、と言うほどではないにしろ、かなり抵抗感が強いと聞きます。純血のエルフ、ドワーフ、獣人はとにかく住処を離れることを嫌うとか」
「かつての奴隷狩りは、そういう性質を利用して行われたと聞き及んでおります」
御者席のウィンディが言う。
「ボクが小さなころに撤廃された異種族の奴隷制ですが、それまでで街で見た奴隷の異種族は全員、この世の終わりみたいな顔をしてました。口を開けば故郷故郷で」
「皇帝による混血政策が進むにつれて、本当の意味の純血は減るでしょうから、そうなると変わるんでしょうけどね」
そこまで言って、「ああ、もちろん例外はいますよ」とロマンは言った。
「例えばエルフは、生後二百年以内にエルフの森を出ると、視野が広がり旅ができると言います。それまでに森を出ないと、恐怖で出るという発想そのものができなくなるとか」
「へ~……。要するに、人間の血っていうのは旅の象徴なわけか」
故郷を離れる、ということができ、かつ鉱山や鍛冶といったドワーフらしさを失わない。そういうところから、旅鉱ギルドという名は付いたのだろう。
そんな話をしていると、馬車が止まる。「じゃあ行くか」と俺たちは4人で馬車を降りた。
旅鉱ギルドは街の一等地に建てられ、立派な店構えをしていた。俺たちは中に入ると、武器が所狭しと並べられた店内で、冒険者らしき連中から一気に視線を向けられる。
……懐かしいな、こういうの。カルディツァではもう俺にこんな目を向けてくる奴いないもんな。
「よーお身なりの良いお三方。ダメだぜぇ~? 護衛も連れずにこんな冒険者が集まる場所に来ちゃあよぉ~」
下卑た笑みを浮かべながら、男が俺に肩を組んでくる。俺はとりあえず冒険者証を取り出そうとして、貴族服だから持って来なかったんだ、と思い出す。
「凡ミス」
「あ? さて、じゃあ代わりにオレが、護衛を務めてやるよぉ~。値段はざっと……有り金全部でどうだぁ~? ギャハハハハハ!」
高笑いする男に、リージュが「これだから下賤の者は嫌ですわね……」とこぼし、ロマンは笑いをこらえて「無知は怖いですね……」とプルプル震えている。
俺は大きなため息を吐いて、肩を組まれた腕に触れる。
「オブジェクトポイントチェンジ、オブジェクトウェイトアップ」
「ん? 今何のまほ」
う、という前に、男は天井に落ちた。「あでっ!」と声を上げて天井にぶつかり、直後【加重】がかかって貼り付けになる。
「は? な、何だこれ? お、おい! 下ろせよ! おい!」
「分かった。下すぞ」
「え? ―――あがっ!」
天井からもろに地面に落下して、男は短い悲鳴を上げて失神した。俺たちを見て笑っていた連中が、一気に凍り付く。
俺はその男を踏みつけて、カウンターに向かった。リージュ、ロマンが俺に続いて男を踏んでついてくる。
俺はカウンターで同じく凍り付いていた小さな女の子に、預かった手紙を差し出した。
「ここの支配人、コインに会いたい。これ、ビルク辺境伯から紹介状」
「っ! は、はい! 領主様からのご紹介ですね! すぐにご用意いたしますので、少々お待ちください!」
女の子はハキハキと受け答えて、奥へと駆けて行った。「年の割にしっかりしてるな。リージュも負けてられないな?」と言うと「ウェイド君、今の成人ですよ」とロマンが言った。
「え? マジ?」
「はい。耳が少し尖っていました。あの感じならハーフドワーフの成人女性ですね」
「へー……。ドワーフってもっとこう、老けてるイメージあったけど」
っていうか、馬車で見たドワーフは如何にもおっさんフェイスだったよな。アレ?
と俺が首を傾げていると、ロマンは答える。
「純血のドワーフならそうですね。ハーフドワーフは小柄なまま人間の若さが残るんです。結果、ある程度の年になるまで子供に見えるとか」
「面白いなそれ」
俺が感心していると、リージュが「だとしても、ワタクシの方がしっかりしていますわ」と謎に張り合ってくる。「そうだな~」と撫でると「ウェイド様のおバカっ!」と怒り出す。
そこで、先ほどの受付の女の子が戻ってきて、俺たちに言った。
「コインギルド長が、お会いになるそうです。こちらにどうぞ」
女の子に付いていく中で、ひどく野太い声が響いてきた。
「馬鹿野郎! お前こんな屑みたいな武器が売れっかよ! 儲かる武器持ってこい!」
巻き舌の、いかつい声。ヤクザみたいな人なんだろうなぁと思いながら進む。受付の子が扉を開くと、強面のドワーフの鍛冶師が泣きべそをかいて部屋を飛び出していく。
「お見苦しいものをお見せして申し訳ございません。この中にどうぞ」
「は、はい……」
俺は曖昧に頷いてから、入室する。すると、そこにいたのは上半身裸の、小柄な少年だった。
ん? あー……んん?
「おう! あんたらが領主様の紹介できたっていう連中か! まぁいい、ひとまずそこに座ってくんな」
その少年の口から、先ほどの野太い声が出てきたものだから、俺たちは戸惑いに視線を交わす。だが、狼狽を明らかにするようなメンツはこの中に居ない。
俺たちはソファに並んで座る。それから、まじまじとその少年を見た。
ドワーフなのか、浅黒い肌と僅かに尖った耳を有した少年だった。線が細く、ショタと表現しても問題ないような外見をしている。
それが、葉巻を吸って、両手のすべての指にゴテゴテとした指輪を付けて、俺たちの目の前で眉間にしわを寄せているのだ。
何だこのショタ。治安わっる。
「んで? 随分身なりが良いようだが、貴族か? それともオレ様と組みてぇっていう若手の商人か? え?」
巻き舌全快で、ヤクザもかくやという話し方をする少年。俺はまさかと思いながら、名乗った。
「お初にお目にかかります。私はウェイド・グラヴィタス・ヴュルテンベルク。新しくヴュルテンベルク侯爵を拝命しました貴族です。この二人は俺の付き添いで、どちらも貴族」
「リージュ・オブ・ノーブルですわ」
「ロマンティーニ・マンハイム伯爵と申します」
「ふん、貴族として最低限の礼儀はあるようだ。おっと名乗り遅れたな。オレ様はコイン。ビルク辺境伯領の旅鉱ギルドのギルド長を務めている」
葉巻を吸い、コインは「ぷはぁ」と煙を口から吐き出す。所作は完全にマフィアのドンなのに、外見はショタそのもの。
―――やっぱりかぁ~~~! やっぱりこの治安極悪ショタ、大商人のコインかぁ~~~!
という感情は愛想笑いの奥底にしまい込み、俺はにこやかに話を続ける。
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