第225話 思わぬ出会い

 バザールで分担して買い出しに動いた結果、俺は迷子になっていた。


「ここどこぉ……?」


 俺、モルル、ウィンディと、ゴルド、シルヴィアで動いていたから、恐らくモルルはウィンディが見てくれているはずだ。なので俺だけが純然たる迷子である。


 まさかこの年になって迷子になるとは。と思ったが、よくよく考えれば俺もカルディツァから出たことのない身。そりゃあ今までは迷わなかったはずだ、とため息を一つ。


 とはいえ、バザールのどこかにはいるはずだ。マイペースに店を見て回っていれば、いずれは見つかるだろう。


 ……最悪重力魔法で空飛んで、直で宿に変えればいい。大人だからそのくらいはできる。


 ということで、俺は気持ちを切り替えて、バザールを楽しむことにした。チラと見ると、興味深い出店がたくさんだ。


「お、ボウズ! ウチの雑貨は掘り出し物がたくさんだよ! 見てってくんな!」


 店主からそう言われてしまっては、好奇心旺盛な身としては弱い。「じゃあ遠慮なく……」とホクホク顔で雑貨を眺める。


 見てみると、何ともこの辺りの雰囲気ではないような雑貨ばかりだった。俺は店主のおっさんに質問する。


「おっさんって旅商人か? この辺りであんまり見ないものばっかりだ」


「おぉ! ボウズお目が高いねぇ! その通り、オレは旅する商人って奴でな。も少し東の方にあるシュメール神話圏の方から色々と持ってきてんだ」


「ほー?」


 俺は煌びやかな宝石を見る。「そいつを盗もうなんて考えるなよ? ボウズ。高価だからな」と店主はニヤリ笑う。


 俺は一瞬第二の瞳、アジナー・チャクラを開いて、口端を持ち上げて言い返す。


「店頭に並べるのは偽物ってか。そりゃ高価なものを扱うなら、それが妥当だよな」


「ほう! ボウズ、本当に見る目があるみたいだな。じゃあ、あっちの方から特注で買い付けたこれが、何か分かるか?」


 店主は俺に挑戦状をたたきつけるように、小箱を取り出した。パカ、と開く。それを見て、俺は懐かしさに「おお!」と唸った。


「眼鏡だ! うわー懐かしい。そういやカルディツァでは一度も眼鏡を見たことなかったな」


「へへ、ボウズ、中々いいところの出だな? こりゃシュメール神話圏の高度文明の産物の一つ、ボウズの言う通り『メガネ』って代物だ。弱視を補うアーティファクトよ」


「アーティファクトではないだろ」


 アーティファクトって魔法と掛かってるダンジョンの出土品じゃん。眼鏡は違うだろ。


 俺が淡々と言い返すと、店主は「うぐ……」と言葉に詰まる。なるほど、こいつアレだな? 俺が金を持ってると見透かして、持ち上げて高値で売りつけようとしたな?


 とはいえ、ちょっと記念に買っておきたい気持ちはある。俺自身は目がいいが、前世の匂いがするものというか、記念品という枠で一つ。


「一つ買うよ。適正な値段でな」


「金貨一つ」


「舐めんなよお前」


 ギロ、と睨むと「冗談冗談。ボウズ、お前意外に恐ろしい目で睨むな……」と店主はもろ手を上げた。


「ただ、貴重なものだから高いぞ。アーティファクトじゃないにしろ、銀貨三枚だ」


 俺は考える。アーティファクトだったら大銀貨はくだらないから、適正な値段には近いのだろう。だが日本円換算9万円か……前世でちゃんと買ったら2、3万くらいだから。


「大銅貨五枚」


「銅貨!? おいおい舐め過ぎだぜボウズ。そんなのじゃ話にならん」


「銀貨一枚」


「いいや、まだ安いね。銀貨二枚に大銅貨五枚!」


「銀貨二枚」


「フン……ま、いいだろ。毎度あり!」


 俺は銀貨を二枚差し出して、眼鏡の入った小箱を受け取った。思い出として買うにはちょっと高い買い物だが、この程度ならポケットマネーの範囲内だ。


 普通にしてると金使わないしな。お小遣いのお金は平等に分配されているが(サンドラ以外)、基本あまり買い物をしないのだ。


 俺は「サンキュ」と言い残して、その場を去ることにした。


 また適当に周囲の出店を眺めながら歩く。途中でふと思い立って、小箱を開けて耳に掛けてみる。


「うわっ! 度キッツいなぁ~。ハハ、懐かしい」


 前世ではしていたなぁなどと少し思う。メガネ。前世ではさして好きでもなかったが、こうやって改まると趣深い。


 そんな風に適当に歩いていると、人にぶつかった。


「うお」


「キャッ!」


 俺にぶつかって、弾かれるように倒れる女性。俺は極めてゆっくり歩いていたので、どちらかというとこの女性が駆け足でまっすぐ俺に体当たりしてきた、という感じだ。


 とはいえ、自分は悪くないから、と素通りするのも決まりが悪い。「大丈夫ですか?」と俺は転んだ女性に手を差し出した。


 その女性は、ニット系の厚着と帽子をした、豊かな藍色の長髪の女性だった。目つきが悪く、俺を睨んで……ないな、これ。目を細めて俺がどんな人物か見ようとしてるだけだ。


「す、すすすすす、すいません……っ! あの、あのあのあの、こ、こなたはその、目が不自由でございますれば、悪意があってそちら様にぶつかったわけではなくてですね」


 早口で弁明するのに忙しいらしく、俺の手に気付く様子もない。不器用な人だなぁ、と思うとちょっと面白くて、「大丈夫ですよ」と慌てる手をそっと握って立ち上がらせた。


「わ、ぁ」


「お怪我は?」


「い、いえ、ございません……」


「それはよかった。目、悪いんですか?」


「あいえそのあの、こ、酷使する日々が続いておりまして、それで近くのものも見えなくなってしまった次第と言いますか、あの、……はい」


 面白いなぁこの人。すっげーオタクっぽい。


 俺も前世ではガチャを回しまくっていた一般オタクだったのもあって、今世では抱かなかった類の親近感を味わっている。


 こう言う不器用そうな人をみると、ちょっと助けたくなるんだよな。昔の尖ってた頃の俺を思い出して、そういう気持ちになるのだ。


 それで、俺は抱えていた小箱を思い出し、クスッと笑ってしまう。


「うーん、何ていうか、運命みたいなのってあるんですね」


「は、い……?」


「いやぁ、さっき掘り出し物で、結構高かったんですけど、つい買ってしまったものがあって」


 俺は小箱を開けて、女性に眼鏡をかけてあげる。


「……ふぇ?」


「どうですか? 俺にはキツかったんですけど」


「……せ、世界が、明瞭に……」


 女性のすぼめられていた目が、眼鏡を境にパッチリと開かれる。そうなると印象がガラッと変わって、美人さんだったんだなぁと思ったりする。


「な、ななな、何ですか、これ。す、すごい……! 世界が、世界が美しいです!」


「あははっ。それは良かったです。俺には無用の長物ですし、気に入っていただけたならぜひ使ってください」


「えっ、あ、えぇっ? で、ですがその、そちら様とこなたは、い、今会ったばかりで」


「まぁそういうこともあるんじゃないですか? それでも気になるようだったら、今度また会ったときに何か奢ってください」


「う、あ、え、……はい」


 顔を真っ赤にして俯き、女性は頷いた。二十そこらくらいに見えるが、こうもしおらしいと年下に見えるのだから不思議だ。


 と、そこでウィンディとモルルの影が見つかった。ちょうどいいな、と思って、「では」と俺は歩き出す。


 すると、女性が俺に声をかけてきた。


「あっ……! あ、あの、こ、こなたは、テリン、と申します」


 俺は振り返り、まばたきしながら「? はい」と返す。可愛い名前だな。


 ……何か今、既視感あったな。どこかで聞いた名前か? うーん?


「そ、その、そ、そちら様のお名前を、お、教えていただき、たく」


「ああ」


 マジで奢り返してくれるつもりなのだろうか。ノリで買って気まぐれであげただけだから、何も気にしなくていいのに。


 とはいえ、こんな必死になって聞かれると、答えない方が失礼というもの。俺は軽く微笑み返して、答えた。


「俺は、ウェイドって言います」


「――――え……?」


「それじゃ、またご縁があれば」


 俺は軽い足取りで歩き去る。良いことした後は気持ちがいいなぁ、なんて適当な事を考えながら。











 メガネなる不思議な道具を簡単にくれた少年、ウェイドが歩き去って行くのを見送りながら、テリンは固まっていた。


 その四肢は、小さく、しかし確かに、ぶるぶると震えていた。「ウェイド、ウェイ、ド……」と呟きながら、入り乱れる心に揺さぶれつつ歩き出す。


 自分よりいくつか年下の、爽やかな少年だった。あんな雰囲気の少年に優しくされたことなど皆無なテリンだったから、思い出し、反芻するだけで顔がゆだるほど熱くなった。


「運命、世界の美しさ、あの爽やかで可愛らしい笑顔……。あ、ああ、何ですか、何ですかこの気持ちは」


 本の虫とでも言うべき人生を送ってきたテリンにとって、実在する人物に対して恋心を抱くのは、それこそ人生初の出来事だったと言っていい。


 基本的に、冒険譚や神話に出てくる色男のような登場人物に、テリンは無数の恋を捧げてきた女だ。実在する男は、肉体があって、恐ろしい。


 だが、少年は、違った。無償の優しさでテリンの世界を簡単に変えてしまった。夕焼けに染まる街の美しさなんて知らなかった。バザールの賑やかな楽しさも知らなかった。


 だから思う。


 何故、その少年が、よりにもよって『ウェイド』なのだと。


 しばらく歩く。途中で裏路地に入って、いくつかの角を曲がる。そうすると陰に扉があって、それを鍵で開け、入る。


 するとそこに、三人の人物が、居間で話し合っていた。


 目に包帯を巻いた青年。しっとりと長く金髪を伸ばす知的なエルフの女性。小柄で華美な服を着たエルフの少女。そして野暮ったい自分。


 何でこんな特殊人物の中に、自分が混ざっているのだろうと疑う。それから、陰口で処刑された同僚を思い出し、首を振る。


「帰って来たね、テリン」


「は、はい……」


 青年に促され、テリンは席に着く。すると、青年は改めて口を開いた。


「では、現地に集まり―――奇しくも今回の標的である『ノロマ』のウェイドに全員が遭遇したようだし、改めて自己紹介と行こうか」


 テリンはハッとする。どうやってそれを知ったというのか。だが青年は、悠然と足を組んで微笑む。


「まず、私は白金の剣の冒険者、『誓約』アーサーだ。次に」


「長らくアーサーと共に戦っております。『森の賢者』、『神の香箱』筆頭錬金術師、アルケー・フレグランスです」


 包帯の青年が、噂に聞く『誓約』アーサー。しっとりと妙齢のエルフの女性が、アーサーの仲間の錬金術師。森の賢者、というのはエルフの研究機関だっただろうか。


 次に、小柄なエルフの少女……というか、幼女が口を開く。


「次はわらわか? わらわはエルフ・アカシア氏族の姫、セシリア・プリンシ・アカシアである。こたびはローマン皇帝の要請に従って、ビルク辺境伯に嫁ぐため参上した」


 最後に、三人全員の視線が自分に向く。うう、と怯む心に叱咤して、テリンは名乗った。


「こ、こなたは……『皇帝の金の暗器団』所属、『大ルーンの語り部』テリンと申します……」


 ほう、と『誓約』とエルフの錬金術師が感嘆する。自分には似つかわしくない大層な異名に、荷が重い、と俯いてしまう。


 『誓約』が言った。


「実に頼もしいメンツだね。アルケーの頼もしさはずっと知っているし、セシリア姫もこの政争を制するには不可欠な存在だ。それに―――」


 『誓約』はテリンを見る。テリンは「ひぅ」と首を肩に埋めて縮こまる。


「広大なローマン帝国において、たった五人しかいないと言われる『皇帝の金の暗器団』の一人が助力してくれるとは。きっと今回の戦争も楽しくなるね」


 さぁ、と『誓約』は包帯で目の伺えない微笑みを浮かべた。


「早速、今回の標的『ノロマ』のウェイドご一行をどう切り崩すか、考えるとしようじゃないか」


 テリンは、揺れる。陛下の命令は絶対だ。背けば死あるのみ。高給を貰っている恩もあって、裏切るなんてありえない。


 しかし、敵が、まさか、あの爽やかで優しい少年、ウェイドなんて。


「……ぅ」


 初恋と義務感。その間で、テリンは揺れに揺れる。












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