第224話 到着、ビルク辺境伯領

 数日をかけて、俺たちはビルク辺境伯領にたどり着いた。


「やっと着いた~!」


「着いた~!」


 俺とモルルは荷馬車を降りて、ぐっと伸びをした。シルヴィアがそれを見て、「二人とも動きがそっくり」と笑っている。


「そりゃ親子だからな」


「親子だから!」


「ハイハイ。いいから宿に荷物運んじゃいましょ」


 ビルク辺境伯領、高級住宅地周辺に位置する宿の前。


 アレクの手配で、すでに宿を丸々一つ貸し切り状態にされているという話だった。だから俺たちは、全員で荷馬車の荷物を全員で持ちだしている。


「リージュも良く働くなぁ。前まで絶対こんな事やんなかったろ」


「傲慢は身を滅ぼす、とワタクシに叩き込んだのはあなたではなくって、ウェイド様?」


「それは確かにそうだな」


 小さな体でキビキビと小さな荷物を運ぶ姿は、何となく見ていて愛らしい。モルルはモルルで、自分の倍くらいのサイズの大荷物を担いでいたりするから面白い。


「それに、こんな場面で横柄なふるまいはできませんわ。貴族が数人に、伝説級の剣を打った鍛冶師。ウィンディではどうにもなりませんもの」


「ウィンディ、お嬢様にディスられてんぞ」


「どうぞ犬のように扱ってください」


「いい笑顔になるな」


 男だか女だか分からない中性的な顔立ちで、爽やかに微笑むウィンディ。言ってることがこれでさえなければ……。


「とはいえ、この場に馳せ参じることが出来る、という事だけで、ボクは光栄ですから。あの時、ボクを殺さずにいてくれて、ありがとうございます、ウェイド様」


 ウィンディは頭を下げ、それから強い目で俺に言う。


「微力ながら、お力添えをさせていただきます。本当に、微力の限りではございますが」


「あの時のウィンディは結構脅威だったけどなぁ」


「御冗談を。あれほど遊ばれたことは、ボクの人生でも後にも先にもアレだけです」


「それを言われると弱い」


 俺たちは軽口を交わしながら、それぞれの部屋に荷物を運び込んでいく。


 部屋は基本的にペアだ。俺とモルル、リージュとウィンディ、シルヴィアとゴルド、ロマンは一人、という具合だ。


「状況によっては襲撃が予想される事態になります。非戦闘員は、戦力となる人間と同じ部屋に入るように」


 ロマンに言われ、親密度との兼ね合いを取ったのがこう言う部屋割りだ。シルヴィアが渋い顔をしていたが、ゴルドはどこ吹く風だった。


「んじゃ、長丁場になるなら、一旦買い出しでも行くか?」


 俺が誘うと「行く!」とモルル、「同行しよう」とゴルド、「じゃあアタシも」とシルヴィア、「荷物持ちとしてお使いください」とウィンディ。


「ロマンとリージュはいいのか?」


「私は、現地の協力者がここを訪ねてくる予定になっていますから。神に愛された私と言えど、分身はできません」うるせぇなこいつ。


「ワタクシは少し疲れてしまったので、休みますわ……ウィンディ、ウェイド様の指示に従いなさい」


「はい、お嬢様」


 ということらしかった。ロマンがいるなら、何があっても安全か、と俺たちは出発を決める。


 高級住宅街の宿だけあって、高級ホテルを思わせる石造りの床を踏み、俺たちは宿を出る。通りを進む人間はみな身なりがいい。


 俺はカルディツァよりもいくらか温かい風を感じ、異郷の地に来たのだな、としみじみ実感する。


「どうした、ウェイド。妙な顔をして」


「ゴルド。いや大したことじゃないんだけどさ。俺、カルディツァから出るの初めてだったから」


「ああ……確かにな。おれもそうだ。そう思うと、少し不思議だな」


「だな」


 適当なことを言い合いながら、俺たちは歩き始める。宿の主人からもらった地図を頼りに、市場に向かう足取りで。


「お、あそこじゃないか?」


 市場は、カルディツァとはまた少し違った賑わいを見せていた。カルディツァは大通りがあって、しっかりとした構えの店がズラリと並んでいるが、ここは出店が多い。


 まるで日本の祭りや、バザールのような光景だった。小さな出店を構えて、小さな広場で所狭しと呼びかけている。


 こう言うのを見るとテンションが上がってしまうのはみんな共通と見えて、モルルは目をキラキラさせて俺の服を引っ張ってくる。


「パパ! あそこ! あのおかし食べたい!」


「ああ、いいぞ。じゃあ一通り見てから、必要なもの見繕って分担って感じにするか」


 俺が呼びかけると、兄妹とウィンディは頷いた。俺はモルルと手を繋いではしゃぎながらバザールに突入する。


 その過程で、妙な風体の三人組とすれ違った。


 眼前にいた時は気付かなかったのに、すれ違った瞬間に、一定の距離の範囲に入った途端に、その存在感の大きさに突如として気付いた。


 先頭を歩く青年は、目に長い包帯を巻いてなびかせ、薄汚れた灰色の騎士服を身に纏っていた。その後ろに付き従うのは、ちょっと驚くほどの美貌を持った妙齢の女性、少女。


 すれ違うのは一瞬だ。だから、それだけのことで受けた大きな衝撃に、俺は口を閉ざす。


 そこで、シルヴィアが言った。


「わ、すごい。今の人見た? 後ろの二人、耳が長かったわよ」


「そう、ですね。ボクも初めて見ました。いくつか上の世代ですと、奴隷としてよく見たとか言う話は聞かされますが」


 本当に珍しいものをみた、という口振りで、二人は話す。俺とモルルは首を傾げて、「ゴルド、知ってるか?」と解説を求める。


 ゴルドは唯一、さして興味のない素振りでこう言った。


「エルフだ。ローマン皇帝が異種族の奴隷取り扱いを禁止して以来、ほとんど見ることのなくなった非人間の種族筆頭だな」


 それならおれは、ドワーフに会いたいものだが。そういうゴルドをよそに、俺は「この世界ってエルフ居るのか……」と呆然と呟く。


 だが、それそのものは些事だろう。後ろの二人は、恐らく只者ではないにしろ、前を歩く一人に比べれば取るに足らない。


「……パパ?」


 俺の表情の険しさに気付いて、モルルが俺を呼ぶ。俺はハッとして表情を緩め、それから優しくモルルの頭を撫でた。


「大丈夫だ、怒ったりしてない。ただ―――」


 俺は後ろを振り返る。あの三人の影は、とうに消えている。


「アレが今回の敵、『誓約』かって、そう思っただけだ」


 連中も俺には気付いたことだろう。だが、今はお互いに準備が整っておらず、控えたというところか。


 次遭うときは、まず間違いなく戦闘になる。


 準備は進めておかないとな。そう思いながら、俺は「買い出しは、さっさと済ませちまおう」と足早に進む。

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