第223話 旅路にて:『誓約』とモルルへの贈り物
ロマンは、ゲッシュ遊びをこう〆た。
「今のが、ごくごく簡単なゲッシュということでした。神に何かを誓い、その代償に力を得る。ただ、今回は力を求めなかったので、軽微な罰で済んだのですね」
「一回やると分かりやすいな」
それに思うのが、結構他人に対してゲッシュを結ぶのが簡単ということだ。自分も対象にすればいいだけで、その場にいる全員を巻き込んでしまえる。
つまり、ゲッシュとは自分のバフにも使えるし、一方で他人を縛るデバフにも、転じて神罰という攻撃にもできる訳だ。使いこなすとかなり強いだろう、というのはすぐに分かった。
―――ゲッシュ遊びを何度かやって、みんな解散して思い思いのことを始めた辺りのことだった。荷馬車の外ではいくらか日が暮れはじめている。
モルルはリージュに連れられて先頭のちゃんとした馬車に移ってしまったし、兄妹は鍛冶の専門的な議論を交わしている。
ウィンディは風魔法で今日の夕食の食材を狩ってくるとか言って、離れて行ったという始末だ。打ち解けて、皆自然体になってきた、というところだろうか。
俺だってロマンと『誓約』を分析しているしな、と思いつつ、確認する。
「このゲッシュを、『誓約』は使いこなしてくるわけだな?」
「ええ。ドルイドの魔法使いの端くれとして彼と会ったことはありますが、恐ろしい遣い手でしたよ」
ロマンは目を伏せ、声を低く言う。
「視界、内臓の多く、睡眠という行為そのもの、数人の肉親」
俺は、目を剥く。ロマンは続ける。
「彼はそういったものを神に誓い、封じ、あるいは捧げて力を得たといいます。あれほどの代償を、長年にわたって神にささげ続けられる人間はそう居ません」
「……どう、強いんだ?」
「『遮るものなし』という表現が、素の彼の実力を良く表しています」
ロマンは、俺をまっすぐな視線で射抜く。
「剣を振るえばそれは切れ、受け流せば意味をなさない。総大将のように広範囲を薙ぎ払うことはありませんが、防御不能、攻撃無効、という強さが彼にはあります」
「それに加えて、ゲッシュでこっちを縛ってくる、と」
「ええ。ですから王は、総大将に『誓約』との戦闘を許しませんでした。総大将は強靭な肉体故に、防御をあまりしない。しかし『誓約』の刃は総大将を切り刻む」
なるほど、それは確かにシグとは相性が悪いはずだ。シグも風圧だけで殴ったりはできるが、一定以上の力を持つ相手にそれは通じない。
しかもシグは、ゲッシュなど気にもせず行動するだろう。ドンドンドツボにハマるのが目に見える。アレクの判断は正解だ。
「逆に俺だと目があるってのは」
「単純な攻撃はウェイド君には意味がない。君は私が知っている中でも、トップレベルに不死身の肉体を持っていますから」
切り刻まれるのは前提、という事らしい。アレクは次に会ったら文句を言ってやろう。
しかし、ふむ。こちらからの攻撃はどの程度通じるのか。例えば直接重力魔法をかけられるなら、その時点である程度は優位が取れるが。
「ちょっと探るか」
「はい?」
俺は第二の瞳、アジナー・チャクラを使って、今の情報だけで千里眼を使えないか試してみる。右手の中指で右目を閉じてチャクラを開眼させ、情報を頼りに影を探す。
中指の下、まぶたの下で、俺の眼球がキョロキョロと動いている。俺の中にアジナー・チャクラが選別した、無数の魔の情報が流れ込んでくる。
フレインVS傀儡子で助力したとき、フレインをこう言う風に探したのだ。実際、それで見付けられた。
だが、見つからない。ゲッシュで自らを強固に拘束し、その中で強く力を練り上げる存在は、まず間違いなく目立つはずなのに。
俺は、右目を開ける。
「ウェイド君?」
「今、ちょっと『誓約』を探してみた。でも見つからなかった。多分『誓約』、魔に類する直接攻撃、全部通じないなこれ」
「……これは驚いた。いえ、その通りです。彼には魔法が通じない。―――今、直接確かめたのですか?」
「ああ。そういう方法がある。魔法じゃないけどな」
「……白金の松明、『無手』譲りの、チャクラ、ですか」
「アレクに聞いたか?」
俺は肩を竦め、それから息を吐いた。
「なるほど、やっと分かってきた。ちょっと不気味だな。シグに肩を並べるようになってなお、こう言う風に感じる相手がいるとは」
「口元、笑ってますよ」
「つい、な。敵は、強ければ強いほど楽しいからさ」
くくっと笑って、俺はロマンを見返す。「筋金入りのようですね」とロマンは苦笑した。
「となると、一度軽くやり合って、また考える方がよさそうだな。その話を聞く限り、シグよりも敵を逃がさない能力は低そうだ。威力偵察が通じると思う」
「敵を逃がさない、というのは総大将の得意分野ですからね。それと比べれば、そういう手も通じるでしょう」
俺は頷く。ひとまずの方針はこれで良いだろう。まだ情報が足りていない。そもそも接触すらしていない敵だ。あまり考えを凝り固まらせるのもマズイ。
俺は「フー」と息を長く吐いて、一度気を抜いた。それから「あ、そういえばさ」と話題を変えてロマンに尋ねる。
「モルルへのアレクからの贈り物ってのは何なんだ?」
「ああ、アレですね。……多少小声で言いますので、あまり驚いて大声などは出さないように」
「え? う、うん……」
俺はロマンに耳を寄せる。ロマンは、そっと俺に耳打ちした。
「―――王は、モルルちゃんの教育係に、『最古の古龍』エキドナを呼びよせています。モルルちゃんが『古龍の魔』を使いこなし、ウェイド君の力となることを望んで」
「……は?」
耳を離す。ロマンの顔を見る。深刻そのもの、という顔。
「……マジ?」
「はい」
「俺、その、何というか、……神話上の存在を、人生で一度も会うことを想定してなかったんだけど」
「実在は、していますから。それに、彼女と違って神にはなっていますが、同列に扱われるテュポーン、ヒュドラは、お仲間が召喚しているではありませんか」
「確かに……」
小声でやり取りする俺たち。
確かに、テュポーンヒュドラを言われるとその通りだ。しかし俺は、それでも神話時代からの古龍に、生で接することは考えていなかったのだ。
言うなれば、何ていうか、テュポーンとかヒュドラとかは、呼び出された強いマスコットというか。神話とは別の存在として飲み込んでいた節がある。今自分で気づいた。
「生古龍か~……」
とりあえず、モルルが強くなるためのそれこれ、というだけで、この旅が生半可なものにはならないことが判明した一幕だった。
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