第222話 旅路にて:ゲッシュ遊び

 俺は重力魔法で軽く飛んで、先を進むリージュの馬車の窓に顔を出した。


「あら……。っ!? びっくりしました! 何をなさっているんですの! ウェイド様!」


「リージュ! ウィンディ! ゲッシュ遊びしようぜ!」


「はい?」


 カパッと馬車の扉を開け、二人に【軽減】をかけて荷馬車の方に連れ出す。「危ないっ! 危ないですわ!?」と慌てるリージュと「いつかのことを思い出しますね」と微笑むウィンディ。


 ……ウィンディ、もしかしなくても、思い出してるのって俺がお前ボコした時のことじゃないか? 何でそんな懐かしい顔できんの?


 ということをイチイチ突っ込んでいては物事が進まないので、俺は走る荷馬車に二人を連れて魔法を解除する。


「ウェイド、ず、随分強引な方法でご息女様を連れてきたわね……」


「同じ貴族となったのだ。不敬罪も何もないのだろうな。羨ましい」


「お兄ちゃんがそこで羨ましがってるのシンプルに怖い」


 俺は「そこ兄妹! 漫才を始めるな!」と注意してから、何となく全員が円の形に座るように誘導する。


 それから俺はモルルとロマンの間に座って、「じゃあロマン、よろしく」と促した。


「承りました。では皆さん、これから簡単なゲッシュ遊びをします」


「特に説明もなく何かが始まりましたわ」


「お嬢様、お気を確かに」


「ウィンディの宥め方おかしくね?」


 もっと何かあっただろ。『余興みたいなものでは?』とか。


「ルールを説明します」


 ロマンもロマンで進め方が強引だなぁ。俺が言えたことじゃないけど。


「ゲッシュ遊びとは、神との約束ごとであるゲッシュを用いた遊びです。神と簡単な契約を交わし、それを守れなければちょっとした神罰が下ります。神罰が下った人の負けです」


「説明がもう面白いよな」


「神罰で遊ぼうっていう考えが一番神罰にふさわしいわよね」


 シルヴィアが火の玉ストレートを放っている。


「ルールは簡単。まず親となる人物が、『我らはみな、この場に言ってはならぬ言葉を有する。それを右隣の人物が定める。本人がその言葉を知ることはまかりならぬ』とゲッシュを結びます」


 今回は私が親を務めます、とロマンは言う。


「それぞれみなさんは、隣の人物の『言ってはならない言葉』をゲッシュで決めます。決められる側の人は耳をふさいで聞かないでください。知ってしまった時点で神罰が下ります」


 そして、とロマンは〆た。


「あとは自由に話をしましょう。その人が言いそうなことを『言ってはならない言葉』にすると上手くいきやすいですよ」


「なるほどな……」


 俺は思った。


 これNGワードゲームだ……。完全にNGワードゲームだ……。


「ふぅん? 結構面白そうね」


「楽しそう! 早くやろ!」


 最初は引き気味だったシルヴィアも食いつき、モルルはテンションが爆上がりしている。


「ゲッシュ遊びの中でも、一番簡単なもののひとつですね。『禁忌言葉』と呼ばれています。では、早速お隣の方の禁忌の言葉を決めていきましょうか」


 ロマンが言うと共に、ゲームが始まった。






 開始時点で決まったNGワードは、それぞれこうだ。


 モルル、『パパ』。


 ロマン、『神』。


 リージュ、『ですわ』。


 ウィンディ、『お嬢様』。


 シルヴィア、『ルーン』。


 ゴルド、なし。


 そして無論、俺は自分のNGワードのみ不明、という感じだった。


 ちなみに何でゴルドはなしなのかというと、ルールを半分くらい聞いておらず、自分のNGワードを聞いて神罰が落とされたからだ。


「あがががががっ!」


 ゴルドがシルヴィアにNGワードを宣言された瞬間、妙な悲鳴を上げながら震えだしたものだから、皆目を丸くして驚いていた。


「これは、聞いてましたね? このように、ゲッシュを破ると神罰が下ります。神を欺くことは不可能ですよ」


 白目をむいて倒れるゴルドを見て、みんな顔面蒼白になる。それを案じて、「ああ、心配はし過ぎないでください」とロマンは言った。


「単にNGワードを言うだけではここまでのことにはなりません。『知ってはならない』という一番重いルール違反をしたからこうなっただけですよ」


「じゃ、じゃあ、言ってしまったら、どうなるんですの?」


「ちょっと痺れるくらいですかね。では始めましょうか」


 ニコリと微笑むロマンに、緊張が荷馬車の内に張り詰めた。中々楽しいゲームができそうだ、と俺はついつい口端が持ち上がってしまう。


「じゃあ何の話をするか。最近ハマってるものとかの話を順繰りしてくとか?」


 俺が言うと、ギロ、とシルヴィアから睨まれる。


「誘導が露骨なのよ、ウェイド。絶対誰かに禁忌を踏ませるつもりでしょう」


「そう言うゲームだからな」


 と言いつつ、シルヴィアは勘がいいな、と思う。ドンピシャでシルヴィアのNGワード『ルーン』狙いだったが、躱されたか。


 と思ったら、食いついてきたのはリージュである。


「では、ワタクシから話させていただきますわね。最近では、ワタクシ、チェスにぞっこんですの」


 絶妙にNGワード『ですわ』を回避してくるリージュだ。幸運か狙ってか、中々やる。


 と思っていたら、ウィンディが怪訝そうな顔で言った。


、モルル様に負けて以来ろくに遊んであががががががかっ」


「かかりましたわね、ウィンディ」


 リージュのニヤリと笑う様子を見て、全員で瞠目した。ワンキルが上手すぎる。


「高貴な血筋の人間たるもの、知略を巡らせる機会は普通の方より多いんですの。この手のゲームは大得意なんですのよ」


 クスクスと笑って、リージュは崩れ落ちたウィンディの頭を余裕げに撫でている。でも今モルルに負けたって言われてなかったか? 気のせい?


 にしてもこれは……手強い。しかも今の『高貴な血筋の人間たるもの』って回りくどい物言い、多分『貴族』がNGワードの可能性を加味して避けたやつだろ。こいつガチで強いぞ。


「痛い目見ました……。が、まぁほどほどですね」


 ウィンディはしょぼくれた顔で姿勢を正し、そっと身を引いた。生き残った面々で何となく参加者の円を縮める。


 シルヴィアは言った。


「アタシも結構ハマってるのがあってね。って魔法なんだけど、ドルイドについてももっと詳しく教えて欲しぴゃあっ!」


「シルヴィア……話題を躱したまでは良かったのに……」


 俺は「おいたわしや……」と涙目のシルヴィアを見る。相手を罠にかけようとした途端自爆とは。美味しいなぁシルヴィア。


「ビリビリするぅ……。負け……」


「負けたら下がるんだぞ、シルヴィア」とゴルド。


「うるさい! ルール違反して負けたお兄ちゃんに言われたくない!」


 ごもっともである。


 シルヴィアが抜け、円がさらに小さくなる。残るは四人。俺、モルル、リージュ、ロマンだ。


 視線は自然と、ドルイドを質問されたロマンに集まる。「なるほど、やられましたね」と面白がって微笑みながら、ロマンは語り始める。


「とはいえ、先ほどドルイドについて語ったばかりなのですが。どんなことについて聞きたいですか?」


 ロマンの物言いに、モルルが「むぅ?」と首を傾げる。今のを直感レベルで怪しいと気づくとは、モルルも地頭がいい。


 今のロマン話は逆誘導で、要するに『聞きたいことのメイントピックが私のNGワードですよね?』ということだ。


 だが生憎、俺はそれに気づいているし、リージュも気づいているのか目を細めてロマンを眺めている。


 そこで、モルルが俺を見上げ、聞いてきた。


、どんなこと聞きた、ひゃいんっ!」


 ―――惜しいッ! 今モルル、俺とロマンを共倒れさせようとしたな!? だがそこにNGワード『パパ』を埋め込むのが俺だッ!


「ビリビリ……」


 モルルは足がしびれたときみたいな絶妙に不快そうな顔で引き下がる。


「今のは禁忌設定が上手かったですね。このゲームの定石こそ知らないものの、やはりウェイド君は頭が回る」


「どーも」


「あら、ウェイド様、語彙を変えて来ましたわね? いつもと少し雰囲気が違いますわ」


「人のガードを見抜くのやめてくれ」


 残る三人、俺、リージュ、ロマンは、口端をそれぞれ持ち上げながら睨み合う。こいつらは手強いな。俺もいまだ、自分のNGワードがどこにあるか予想もついてないし。


「じゃあ、話を引き継ぐが」


 俺は言う。


「ドルイドについての質問ねぇ……。神に愛されるといいって言ってたけど、こう、具体的なやり方とかってのが分からないんだよな。結構人によってやり方が違ってきそう、というか」


 俺の質問に、「む……」とロマンは難しい顔をする。


 それは、誘導をなくしたためだ。厳密に言うと、俺は素で聞きたいことを聞いているだけ。


 だから、誘導は見えない。というかない。すでにシルヴィアが十分誘導をしているから、俺からさらに絞り込んでヒントを与える必要がないのだ。


 ロマンは僅かに考え、それから口を開く。


「方向性は多くありますよ。言葉ですから、詩の朗読に似た形でも、歌でも構いません。国によっては聖歌という形でドルイドの魔法を唱える流派もあるとか」


「へぇ、そりゃ面白い」


「でしょう? 奥が深いのです、ドルイドは。歌、詩、狂言、漫談、言論、何でもよいのです。本質はやはり言葉でありメッセージですから。そのメッセージが、に伝わればそれで」


「かかった」


 一瞬、ロマンがぴくっ、と震える。ロマンのNGワードである『神』を踏んだのだ。ふふ、と笑って、ロマンは言う。


「やられました。話せば話すだけ、十分にリスクでしたね。ウェイド君がほとんど誘導らしいものをしなかったのは、すでに終わっていたからですか」


「いい読みだ。……にしても反応が薄いな」


「この程度の痺れは、戦い慣れている人間にはさしたるものではないですから」


 なるほどな。確かに俺の加重ストレートとか食らっても、死ぬような奴じゃないしな、ロマン。


 俺は納得して、ロマンが下がるのを見届ける。そして姿勢を正せば、真向かいにてリージュが俺とひざを突き合わせていた。


「―――さ、最後はリージュ、俺とお前だぜ」


「ええ、楽しくなってきましたわね」


 不敵に笑う俺とリージュ。しかし、ここまで巧妙に避けてきたということは、恐らくリージュはNGワード『ですわ』を、禁忌候補に入れているに違いない。


 一方俺は、いまだに自分のNGワードが何なのか分かっていない始末。この不利をどう覆すか―――


「では、ここからが真の勝負。お覚悟なさいまひぃぃぃいんっ!」


「あ、勝ったわ」


 勝ち申した。俺はもろ手を挙げて勝利宣言である。マジで偶然言ってなかっただけかよ。


 見るからに軟弱なリージュは、訪れた微弱な神罰ビリビリにブルブル震えて、「きゅう……」とへたり込んだ。


「いやぁ勝ったな。んで結局、俺のNGワードって何だったんだ?」


「えっとね、パパの禁忌は『モルル』だよ!」


 そこで、慌てたようにロマンが言った。


「あっ、モルルちゃん、今それを言うと」


「あががががががかっ」


 何故か俺にも神罰が下って、俺は激しく振動する。痛い、はまぁ痛いのだが、耐えられる。だがそれ以上に痺れて正常に体が作動しない感じ。


 パタン、と倒れてから、俺は「なして……」と呟く。するとロマンが「えっとですね」と苦笑い。


「まだその、勝利者が決まって、ゲッシュ遊びの終了を宣言してなかったので、『禁忌を知る』という禁忌に触れてしまったわけです」


「油断したぁ~……」


 俺の情けない声に、皆から笑い声が上がる。ひとまず、打ち解けるのに一役買えたと思えばいいか、と俺は「パパ、ご、ごめんね?」と申し訳なさそうにするモルルを撫でるのだった。

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