第221話 旅路にて:誓約の話

 俺の旅路で、すでに付き添いにつけられていると決められている人間が、一人いる。


 ロマンティーニ。『自賛詩人』の異名を持ち、メチャクチャ自画自賛しながら戦う、よく分からん魔法の使い手だ。


 俺はそのことについて、特に何とも思っていなかった。仲間に実力者が居た方がいい、というくらいの考えでいたし、振り返るとシグに続くナンバー2がロマンだと思ったからだ。


 だから今、俺はアレクに、文句の一つでも言っておけば良かっただろうか、と考えていた。


「では旅の余興にお聞きください! 作詞作曲私! 『何故神々は私を愛したか』!」


「あのテンション戦闘中だけじゃないのかぁ……」


 しんどい。思ったよりしんどい存在だったロマン。どうしよう。


 俺は荷馬車に揺られながら、渋い顔で眉をひそめる。他の面々も、苦笑いをしていた。


 他の面々。つまり、俺が今回の旅のお供に選定したメンバーのことだ。


 まずモルル。胡坐をかいて座る俺の懐で丸くなって、ロマンを見て首を傾げている。


 次にシルヴィア、ゴルド。冒険者をやめた、といっても完全に戦力にならないわけではないので、保護者兼デュランダルの整備を任せるつもりだ。


 さらにリージュとウィンディが、俺たちの前を行く貴族用の馬車の中にいる。貴族を寝返らせる以上、貴族の知恵として必要だと考えたのだ。領主も『いい勉強になる』と言っていた。


 ちなみに俺はのびのび過ごしたかったから、皆と同じで荷馬車に揺られる選択を取った。それに合わせて、ロマンも荷馬車に搭乗だ。


 そう言う面々が、一通り自己紹介を済ませ、馬車に揺られているのが今だった。お互いのことはとりあえず分かったが、話しかけ方はまだ分かっていない、という段階。


 それをいきなり歌いだしたロマンがかき回した、というのが現状だった。


「ご静聴、ありがとうございました……」


 しっとり言うロマンに、俺は我に返る。見るとみんな感心した様子で拍手していた。アレ、ロマンの歌、良かったのか? 考えに集中してて全然聞いてなかった。


「さて、では場もほぐれたことですし、ウェイド君、いくつか君と話しておくことがあります。聞きたければ、他の皆さんも」


 モルルを抱く俺に、ロマンは向き直ってくる。シルヴィア、ゴルドの二人も、興味深そうにそばに移動だ。


 ガタン、と荷馬車が揺れる。モルルがビクリと跳ねたので、そっと肩に触れて落ち着かせる。


「話って?」


「敵である『誓約』について。もう一つは、モルルちゃんへの、我らが王からの贈り物についてです」


 モルルが、「贈り物?」と首を傾げた。「ええ、そうですよ。ここなら余計な耳もありませんから」と穏やかにロマンは微笑む。


「どちらから先に聞きますか」


「んー……モルル、ごめんな。気になるだろうけど、今は敵の話から先に聞かせてくれ」


「もー、パパはワガママなんだから~。でもパパのお仕事も大切だもんね。いいよ」


「ありがとな~モルル~!」


「キャー!」


 ちょっと小生意気な物言いが可愛くて、俺はモフモフとモルルを可愛がる。モルルはキャッキャとはしゃいでいる。


「話には聞いていましたが、本当に仲の良い親子ですね」


「ありがとな、ロマン。それで」


「ええ、『誓約』についてですね。どんな遣い手か。どんな脅威か、という話を、これからさせていただきます」


 ロマンは居住まいを正して、俺に言う。


「端的に申し上げるならば、『誓約』とはゲッシュの達人です」


「ゲッシュ……聞いたことがあるな。俺の家が、ゲッシュの絡み合いで疑似的に意思があるとか何とか」


「そうですね。そのことは王からも聞き及んでいます。しかしウェイド君、そもそもゲッシュとは何かを、君は理解していますか?」


 俺は問われ、考える。それから、首を横に振った。


「いいや、改めて考えると知らないな。ゲッシュって何なんだ? 約束ごと、みたいなイメージはあったけどさ」


「そうですね。神に対する誓い。それがゲッシュです。言葉の魔法たるドルイドの、一側面」


「ドルイド?」


 俺が眉を顰めると「なるほど、ではドルイドから話しましょう」とロマンは微笑む。


「ウェイド君、私の魔法は覚えていますか?」


「ああ、あの」


 俺が頷くと、「どんなのー?」とモルルが増したから俺の顔を見上げてくる。静観に徹していたシルヴィアとゴルドも「そうね。まずそこから教えて欲しいわ」「頼む」と。


 俺は説明する。


「ロマンと戦争で戦った時さ、ロマンずーっと『私は神に愛されています! だからその程度の攻撃は効きません!』って言ってたんだよ。で、実際にほとんど効かねぇの」


「ほー? んー?」とモルル。「お兄ちゃん、どういうことか分かる?」「さっぱりだな……」と兄妹も首を傾げている。


「あとは『雷を落としてください神よ!』とか言って雷を落とす、とかしてたよな」


「ええ、そうですね。それこそがドルイド。特に私の使い方、ということになります」


 では改めて説明しますが、とロマンは仕切り直した。


「ドルイドとは、ウェイド君が話した通り、神に願いを告げることでそれを叶えてもらう魔法です。触媒となる木を通じて、神に言葉を届けるのですね」


「それだけ聞くとメチャクチャ強く聞こえるな」


 実際ロマンは強かったが。


 しかし、ロマンは首を横に振る。


「いいえ、誰でも私のようにできる訳ではありませんよ、もちろん。色々コツがありますし、強い魔法を使うには、その分神に愛される必要があります」


「その、『愛される』って言うのが分からないんだよな」


 何だよ愛って。どうすれば愛されるんだ?


「それもまた才能ですが、神話上での神の恋人に自分を似せてみるとか、私のように道化を演じてみるとか、コツコツ魔法を使うことで、神との信頼関係を築く、などですね」


 道化の自覚あったのか、というのは置いておいて。ロマンの説明を聞いて、俺は思う。


 何か、芸能人と民衆の関係みたいだな……。人気があると大きくの力(芸能人なら金)がもらえる、的な……?


 そう考えると、腑に落ちるところが多い。アイドル的なアプローチもできれば、ロマンみたく芸人でも行ける。コツコツ魔法を使う、というのは動画の毎日配信みたいなものか。


 ……ドルイド系ユー〇ューバー……。


「愛されるってことがちょっと分かったかもしれない」


 俺がドヤ顔で言うと、ロマンは「何よりです」と頷く。


「例えば変身魔法も神に『似る』ことで成長するように、ドルイドも神に『愛される』ことがより強い魔法に繋がるのですよ」


 ほー、と俺は感心する。にしても、この世界の魔法、成長理由が曖昧なの多いな。多分ロマンみたいな強力な遣い手も、相当に少ないんだろう。


「そして、この言葉の魔法であるドルイドの一側面である、ゲッシュとは何か」


 ロマンは言う。


「先ほど言った通り、ゲッシュとは『誓い』です。ケルト神話圏の騎士が使う魔法で、『これこれの誓いを守るから、代わりにこれこれの力をください』と神に誓約を交わすのです」


「なるほど、面白いな」


 誓いを守るという負担を誓い、代わりに力を得る。分かりやすい関係だ。


「というと、制限が厳しいほどもらえる力が増すとか」


「ええ、まさにその通りです。代償を差し出し、苦しむほどに力を得る。神との契約。それこそがゲッシュです」


 そして、とロマンは繋いだ。


「破ると、もれなく破滅がやってくる。それもまたゲッシュでしょう。受け取った力が大きいほどに破滅も大きい。些細なゲッシュならば、痛い目を見こそすれ、死ぬほどにはなりません」


「ふぅん……なぁロマン、少し思ったんだが」


 俺は問いを投げかけた。


「ゲッシュって、みたいなやり方ってできるか? もしくは、を勝手に決める、とか」


 俺の問いに、ロマンは目を丸くして黙りんだ。それから、「ふふ、なるほど。王よ、本当にあなたは……」と小さく笑う。


「何だよ」


「いえ、―――ウェイド君、まさに君の言ったやり方を、『誓約』は取ってきます。若かりし頃の彼は、『ルールメイカー』などという異名を持っているほどでした」


「ルールメイカー、ねぇ」


「ええ。といっても、一方的にルールを課せるわけではありません。その場の、神が肯定する範囲の人間。彼らに適切なルールを設け、自分含む全員でそれを守る」


「で、守れないと」


「神罰が下る、という訳です。面白いですよ。他の魔法とは違って、ドルイドは神の意志を感じる機会が多い」


 俺はそれに思うところがあって、ううむ、と唸った。モルルは何も分かっていない顔であくびをし、他二人も難しい、という顔でいる。


 そこで、ロマンは言った。


「案ずるより産むがやすし。一度この面々で、簡単なゲッシュ遊びをしてみますか?」


「やる!」


 モルルが大きな声で言ったのが可愛くて、俺は高笑いを上げてしまった。

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