第220話 拝命とこれから

 俺はカルディツァ領主の謁見の間で、アレクから叙勲式を執り行われていた。


 玉座にはアレク―――アレクサンドル帝が座り、両脇にはシグを始めとする臣下たちや、俺のパーティメンバーたち、カルディツァ領主の一族たちが並んでいる。


 俺は真っ赤な絨毯を、練習通りに恭しく進み、アレクの前で片膝をついて首を垂れた。


 アレクが立ち上がる。儀礼剣に口づけをし、俺の右肩に剣を乗せる。


「汝、ウェイドに問う。汝はアレクサンドル大帝国に忠誠を誓うか。アレクサンドル大帝国を祖国とし、その発展に身を捧げるか」


「誓います」


 アレクが儀礼剣を、俺の左肩に移す。


「汝はアレクサンドル大帝国皇帝、アレクサンドルたる余に忠誠を誓うか。臣下として我が命に従い、忠義を尽くすか」


「誓います」


 アレクが剣を下す。それから、高らかに宣言した。


「ならば、汝にヴュルテンベルク侯爵領及び、汝の魔法属性、重力を意味するグラヴィタスを姓に与える」


 一拍置いて、アレクは言った。


「これより、汝はウェイド・グラヴィタス・ヴュルテンベルクとなる。よいか、ウェイド・グラヴィタス・ヴュルテンベルク侯」


「拝命いたします」


「うむ。ではこれにて、簡易的ながら叙勲式を終了する。……改めてよろしくな、ウェイド」


 張り詰めた雰囲気は一気に弛緩し、アレクは俺の頭をくしゃくしゃに撫でた。「照れるって」と俺はアレクの手を除けてはにかむ。






 領主邸は、しばし騒がしかった。


 俺たちの出立に合わせて、カルディツァの領主が物資を準備してくれたのだ。「ありがとうございます、領主様」と声をかけると、領主に言うと、彼は首を振った。


「いいや、ここが正念場だからね。それに、もう『領主様』などという呼び方はよして欲しい。私たちは以降、同じ家格の人間だ。対等に、親しく付き合っていこうじゃないか」


 俺はその返答にほけっとしてしまって、曖昧に頷いてからその辺で座り込んでいた。それからしばらく物思いにふけり、いくらか時間がたってから言った。


「俺、貴族じゃん!」


 びっくりした! 何かあれよこれよと流されたら貴族になってた! ってことは何? 俺もヴュルテンなんちゃらとかいう領地の領主なのか? はー!


「びっくり過ぎる……」


 息を長く吐き出しながら、目をパチクリとさせてしまう。俺も出世したなぁ。


「……」


 俺はちょっと頬をつねってみる。痛いというほどではないが、感触はある。夢ではない。夢じゃねぇんだこれ……。


「人生ってのは、何が起こるか分かんねぇもんだなぁ……」


 まぁ、いいだろう。なってしまったものは仕方がない。俺は頬をパンパンと叩いて気合を入れると、「よう」とアレクが近寄ってきた。


「お、アレク。……あー、これからはちゃんとした呼び方の方がいいか?」


「その辺りは後回しで良い。どうせ俺たちはまだ、侵略ばっか、土地を奪ってばかりいる蛮族国家だ。そういうのは一通りやって、落ち着いてからで十分だぜ」


「ほー、そういうもんか」


「何なら子孫に丸投げしてもいいぞ。貴族の一代目ってのはそういうもんだ。お前に与えた領地も、今は行政官が回してるしな」


「……ま、落ち着いてから考えるわ」


「ハハ、それでいい」


 距離感を変えずに、アレクは俺の隣に座った。改めて、こいつは懐に入るのがうまいよなぁなどと思う。


「これからの話をしようか」


 アレクは言う。


「ウェイド。俺たちが本国でアイスたちを鍛えている間に、お前にして欲しいことについて詳しく伝える」


「『誓約』だったか? 白金の剣の冒険者の」


「そうだ。シグは相性が悪くてぶつけられなかった、世界最強の一人。今の世におけるあらゆる紛争の覇者。勝利の亡者。約束された勝利」


 アレクは、一呼吸おいてその名を告げた。


「―――白金の剣の冒険者、『誓約』アーサー」


「……」


 シグをぶつけられなかった。それを聞くだけで、俺の背にぞくりとしたものが走る。


「俺なら勝てるって?」


「いや分からん。が、シグが行ったらかなり不利を強いられる。下手すれば死ぬ。ウェイドはしぶといから、何かあっても生きて帰ってこられるかもしれない」


「シグが不利って想像つかないぞ俺……」


「ま、詳しい話はロマンがしてくれる。俺から伝えるのは、もっと全体的な話だ」


 肩を竦めて言われ、俺は「そうかよ」と口を曲げた。「拗ねるなよ」とアレクに肘でつつかれ、「やめい」と俺は嫌がる素振り。


「ウェイド。お前にして欲しいのは、ビルク辺境伯領をアレクサンドル大帝国に寝返らせることだ」


 俺はその言葉を受け止め、咀嚼し、尋ねる。


「寝返らせる、ってことは、シグがカルディツァにやったみたいに戦争を仕掛ける、みたいな形じゃないんだな?」


「ああ。今のビルク辺境伯はローマン帝国を激しく嫌ってる。だから口説き落として寝返らせて来いって感じだ」


 俺は首を傾げる。


「カルディツァ侯爵もローマン帝国嫌いで寝返り済みだったろ? 何が違うんだ?」


「あーっと、説明が足りなかったな。まぁその、領主がちょっと特殊でな。特殊っつーか天才的っつーか。ビルク領はそれで足りるんだよ。あそこの価値の大半は、領主だからな」


 随分高く買っているらしい。俺少し考え、アレクの言葉を継ぐ。


「で、それにあたって『誓約』の邪魔が入る、ってのがアレクの予想なわけだ。『誓約』はローマン帝国側の人間なのか?」


「話が早いな。その通り、『誓約』はローマン帝国……の依頼を多く受ける。理由としては、ローマン帝国は豊かで金払いがいいんだな」


「お前だってかなり持ってるだろ、アレク」


「そりゃ持ってるは持ってる。これでも帝国名乗ってんだぜ? だが、『誓約』を何度も雇うほどの金は中々積めん」


「ちなみに一回どのくらい?」


「白金貨十枚くらい」


「やっば」


 白金貨一枚で確か三億だから、依頼一回で三十億……。一回でそれだから、戦争の度に三十億が飛んでいく……。


 俺は言った。


「国家予算じゃん」


「ローマン帝国にはマジであるらしいぞ、『誓約』予算」


「うーわ」


 ドン引きだ。そんな金何に使うのか。


「で、だ」


 アレクは俺に向き直る。


「お前に頼みたいのは、先言った通りビルク辺境伯を俺たちに寝返らせることだ。だが、こっちの交渉はロマンがメインで進める。お前はそれを見て政争ってものを学べ」


 で。


「『誓約』から入る茶々のすべてを退け、直接激突し、排除。可能なら殺すか、『誓約』もこっちに寝返らせる。それがお前の一番の仕事だ」


「寝返らせる、がありなのか」


「『誓約』は敵方にいるなら邪魔だが、味方に引き込められるのであればそれが一番いい。金は何かの代替物だからな。戦争でシグとアレだけ仲良くなったウェイドなら、あるいは」


「買い被りだ。アレはシグが異様に俺を気に入ってくれただけだっての」


「それはあるかもしれんな。カッカッカ!」


 アレクは笑い、「ま、そんなとこだ」と立ち上がる。


「もう行くのか?」


「ああ。ウェイドがボケッとしてる間に、それぞれ準備は済ませてある。お前も自分のとこのチームにちゃんと合流しろよ」


 じゃあな。行ってアレクは、足早に去って行った。当然ながら、忙しい身分なのだろう。皇帝。あんな気のいい近所の兄ちゃんみたいな奴が。俺は「分からんもんだなぁ」と一言。


 それから、俺も立ち上がった。


「ま、やれるだけやってみるか。どう転ぶかは全然分からんが」


 俺は伸びをして、意気揚々と歩きだす。

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