第219話 それぞれの道、しばしの別れ

 モルルに連れられて輪に入ると「お、モルル連れてきたな? いい子だな~」とアレクがモルルを褒め、塊肉を与える。モルルは「わぁい!」とかぶりつきだ。


「アレク、話って?」


「ああ、これからの話を少ししておこうかとな」


 自分も料理に手を付けつつ、アレクは言う。他の皆に視線をやると、まだ集められたばかりと見えて、料理を口にしつつキョトンとしている。


 アレクは言った。


「依頼した二人目の最強、ニヴルヘイムの魔王、女王ヘルを倒すために、一度ウェイド以外をウチで特訓させようかと思ってる」


「ほう……?」


 俺が目を細め、他メンバーがムッとしたのを感じ取り「まぁ聞けよ」とアレクは宥めに掛かった。


「そんだけ女王ヘルってのは強いんだよ。ウェイドパーティを行かせたらウェイドしか帰ってきませんでした、なんてのは俺も避けたい」


「中々耳に痛いことを言うよね、アレク」


 トキシィが嫌味っぽく言うと「逆もありうるぞ」とアレクは返した。


「ウェイドがお前らの誰かをかばって死ぬ可能性もある。実際、シグとの手合わせでは一度、シグが死ぬ寸前までウェイドを追い詰めただろ? 敵はその領域の強さだぞ」


 今のお前らで十分か? 問われ、俺以外の全員が口をつぐむ。


 アレクは続けた。


「だから、お前らを準最強級の強さまで引き上げたいんだよ。ムティーで言うところのピリア相当。シグで言うところの四天王相当までな」


 あそこまでいけば、ヘル相手なら死ななくなるだろ。アレクはそう語る。


 俺はそこでよく分からなくなって、アレクに尋ねていた。


「アレク、みんなと四天王がどれくらいの実力差があるのか分からないんだが」


「それはあたしも思った」


 俺の言葉にサンドラが賛同を示す。アレクは「そうだな」と首をひねった。


「共通の指標としてシグを出すが、四天王の連中は、全員シグに傷を入れられる人間だ」


 その言葉で、俺以外の全員が凍り付き、俺は何となく理解が追いつく。


 そこで異を唱えたのがサンドラだ。


「アタシは『使い捨て』のブラーダに勝った。……『殴竜』には手が届かなかったけど」


「そうだな。だからサンドラは、ウェイドを除けば一番合格ラインに近い。ブラーダはブラーダで戦い方が幅広いからな。何か知らんが刃は届くんだよあいつ」


 四天王にどうこう、というよりは、自分の強みを押し付けて、最強の領域に指一本でも届かせろ、という話なのだろう。四天王にはそれが出来て、皆にはできていないことか。


「分かり、ました……っ!」


 こういうとき、一番に覚悟を決めるのは、いつだってアイスだ。


「わたしも、ウェイドくんに置いて行かれるのは、嫌、だから……! どうか、よろしく、お願いします……っ」


「そうだね。強くなれる機会は逃すべきじゃない。僕もよろしくお願いします」


 アイスが決めると、クレイも続く。そうなると、トキシィは慌てだし、サンドラを見る。


「じゃああたしも」


「っ!? も、もう! じゃあ私もやります!」


 そしてサンドラが適当なので、トキシィは追い詰められて乗ってくるのだ。傍から見ていると面白い。


「よし、決まりだな。ウェイド、それでいいか?」


「ああ、みんながいいならいい。けど、その間俺はどうすんだ?」


「そりゃ『誓約』だろ」


「あ、俺は一人で倒してこいと……」


 切ないよ。びっくりだよそれは。


 俺がショックを受けていると、「いや、流石に一人なんて無茶は言わん」とアレクは困った風に苦笑する。


「ウェイド、お前にはロマンを付けようと思ってる。それに加えて、この四人以外で数人見繕っておけよ」


「なるほどな。なら、どうしたもんか」


 少し考える。するとモルルが俺に抱き着いて見上げてきた。


「モルルっ! よく分かんないけど、モルル、パパと一緒に行きたい! 最近せんそーでずっと領主のおじちゃんのとこで、ツマんなかった!」


「おお、グイグイ来るな。んー……そうだなぁ。あんまり危ない目には合わせたくないが、そんなこと言ってたらずっと離れ離れだしなぁ」


 緊急の預け先として領主に頼りっぱなしだと、実質的にリージュに明け渡したのと同じになってしまう。せっかく守り抜いた我が子だ。そんなことはしたくない。


 そう思っていると「なら、俺に任せろ」とアレクが言った。


「何か考えがあるのか」


「ああ。あんまり大声じゃ言えない話になってくる。仔細はロマンに伝えておくから、人気のない場所で聞け」


「お、おう」


 相変わらず秘密の多い奴だなぁ、と思ってから、そりゃそうか、アレクって皇帝だしな、と納得する。


「……」


 何で俺、自分の家に皇帝招いてホームパーティーやってんだろ。今更意味わかんなくなってきた。


「じゃあ、ウェイド君とはしばらくお別れか。寂しくなるね」


 クレイが言うと、釣られて嫁さん三人が寂しそうな目で俺を見てくる。「そうだな」と頷いて、俺は杯を掲げた。


「だが、より良い未来のための、一時の別れだ。寂しいのは事実だが、悲しむことじゃない。新たな門出に乾杯だ」


「うん……っ。ウェイドくん、カンパイ」


「そうだよねっ。カンパイ、ウェイド!」


「カンパイ。……寂しいのは事実だから、今夜」


「サンドラ、子供の前でそういうのやめなさい」


「はい」


 トキシィに叱られ、すん、となるサンドラだ。俺とアイスは「まずサンドラがトキシィの尻に敷かれてるよな」「どっちかというと、お母さんと子供の関係に近いかも……?」と。


「そうだな。新たな門出に乾杯だ。で、詳しい日程だが」


 アレクは流れるように四人に詳細な話をし始めたので、俺はモルルを抱き上げて、レベリオンフレイムの話に混ざろうかと視線を巡らせる。


 だが、そんな中で一人、フレインだけが隅っこでチビチビ飲んでいるのを見付けた。


「……よし。モルル、あの隅っこにいる兄ちゃんに突撃してこい。怒鳴られるかもしれんが、負けずに煽るんだ。できるか?」


「あの怖い人……? ん~……やる!」


「よし行ってこい!」


「わー!」


 モルルを地面に下ろすと、モルルは一直線にフレインに突撃していった。「うぉお!? 何だお前!」とフレインが驚きながら叫ぶと「やーいぼっちー!」と煽って戻ってくる。


「モルル、百点満点だ! 最高の煽りだったぞ!」


「えへへ。モルルはできる子!」


「すごいぞ~! モルルは可愛いしすごい子だなぁ~! ナイスチャレンジ!」


「えへへへへ」


 俺がしきりにモフモフモルルを可愛がっていると、ド睨みしながらブチギレ顔でフレインが寄ってきた。


「おい……ウェイドお前、オレのこと舐めてんのか?」


「え? うん」


「殺すぞ」


「殺すぞは良くないって。殴るぞくらいにおさめて」


 ガツーン、と殴られる。「パパ!?」とモルルが叫ぶ。


 俺はふっと笑った。


「効いたぜ……フレイン、また腕を上げたな……」


「……帰っていいか?」


「ダメ。何祝いの席で辛気臭く飲んでんだよ。俺に付き合え」


「クソ、面倒くさいのに捕まった……」


 俺がフレインの肩を勝手に組んで、フレインと一緒に隅っこに座る。もう抵抗する気がないと見えて、フレインはされるがままだ。


 俺はモルルを膝の上に座らせ、ぐびと飲んでから問いかける。


「で? 死んだ奴の分まで飲むんじゃなかったか」


「今飲んでるだろうが」


「楽しく飲むもんだと思ってたんだよこっちは。色々あったけど、それでも何とかやってやったぞってな」


「……そうだな。まずは改めて、それを祝うか」


 二度目の乾杯を交わして、俺とフレインは杯を口にした。モルルは俺の膝から飛び降りて「リージュと遊んでくる~」と去って行く。


「お前んとこの娘は自由だな。ちゃんと躾てんのか?」


「愛をたっくさん注いで育ててるからな。自由でワガママなのは、健全な成長の証拠だ。言うことはちゃんと聞くしな」


「ハ。言うじゃねぇか。確かに、訓練所に来たばかりのお前は、むっつり黙って何も言わなかった。今は、人のことを人とも思わねぇ傍若無人っぷりだ」


「よせよ、褒めるなって」


「お前どんどん無敵になるな」


 俺がくつくつと笑うと、フレインはつられて苦笑した。また同時に酒を飲む。それからフレインは確認してくる。


「シルヴィアとゴルドから、話は聞いたな」


「ああ、鍛冶師になるんだってな。確かに、デュランダルの整備はあの二人にしかできない」


「どっちもまぁまぁ強かった。特にゴルドは、肝が据わってたな。シルヴィアはすぐに泣きごとを言うが、文句を言いながらついてきた」


 俺はフレインが何を言いたいのか、何となく察して言った。


「安心しろ。俺も出世頭だ。あの二人の食い扶持くらい簡単に稼げる」


「ああ、頼んだ。どっちも鉄魔法使いの、何で冒険者やってたか分からん二人だ。鍛冶師にすればよほど花開くだろうよ。特に連中、まだデュランダルの出来に満足してないと見える」


「……マジで?」


 まだデュランダル強くなんの? えっぐ。それ聞いて俄然囲いたくなってきた。


「にしても、その、フレイン自身は大丈夫なのか?」


「何が」


「つまりその、短期間でメンバーが半分になる訳じゃんか」


 戦争で死んだ一人。離脱する鉄魔法兄妹。残るはカドラス、ドリーム、フレイン自身だけだ。


 するとフレインはこう答えた。


「問題ない。どうせこの街からはもう出る」


「それは……」


「ああ。さっきのお前らの話とは違う。この街から離れて、もう戻らねぇって意味での、出る、だ」


 それを聞いて、俺は口を引き締める。フレインは続けた。


「領主からの公表を見て、『ああ、裏で取り決めがあったんだな』ってのはすぐ分かった。名義だけアレクサンドルに移して、実効支配はこれまで通りだろ」


「そうだな。カルディツァ辺境伯家は、侯爵家になってそのまま存続だし、政治をするのもあの家のままだ」


「むしろ、ルーン文字って言う、新しい魔法技術が入ってくるらしいじゃねぇか。よりカルディツァは豊かになる。それはすぐに分かった。けどよ……」


 フレインは気の抜けた顔で、ふぅと息を吐いた。


「その取り決めの裏で、オレの仲間は死んだんだぜ」


「……」


「完全な善人じゃあ、なかった。ナイトファーザーの元構成員で、あくどいこともやったって聞いてる。だがよ、仲間だったんだ」


「ああ」


「政治がそういうもんだってのも、クソ親父から聞かされて育ったから、知ってるつもりだ。キレイごとなんて腹の足しにもならねぇのも、嫌ってほど知ってる。けどよ」


 フレインは、一人、酒を飲む。


「仲間の死を、はいそうですか、って許すわけにはいかねぇよ」


「……そうだな」


 俺は相槌を打って、酒を飲む。フレインはまた飲んで、いくらか顔を赤らめて続けた。


「復讐はお前を助けにいくので十分したから、もういい。だが、カルディツァには居られねぇ。だから、オレたちはカルディツァを去る。ローマン帝国の帝都に向かうつもりだ」


「帝都か」


「ああ。そこでまた、一旗揚げてやる。強い仲間も増やすし、バカドラスもドリームも強くする。オレも、もっと強くなる。見てろよ、ウェイド。お前に追いつくなんてすぐだぜ」


 言いながら、酔いが回ったと見えて、フレインはくた……と壁に寄り掛かる。すると様子を見兼ねたカドラス、ドリームの二人が「おうおう」「あら」と言いながら寄ってきた。


「クソガキはもうダウンか。相変わらず弱いなぁお前。おい見ろよ少年。クソガキな、この火傷痕、皮膚が薄いから、酔うと赤くなるんだぜ」


「うるせぇ……黙れ……」


「バカリーダー。祝いの席で一人だけ喪に服さないの。悲しむならみんなで。アタシたちも付き合わせなさいな」


 俺は空気を読んで立ち上がり、フレインをカドラスたちに任せることにした。少し歩くと、僅かに足元がふらついている。少し夜風にでもあたるか、と外に出た。


 外に出ると、春先の冷たい風が俺の頬を撫でた。カルディツァ戦役でちょうど冬が終わり、新しい春がやってきた、という気がしている。


 すると、後ろから扉を開く音が聞こえた。二人分の足音。俺は振り返る。


 小さな貴族のお嬢様、リージュと、その執事にしてかつての仇敵、ウィンディがそこに立っている。


「こんな祝いの席で、お一人ですの?」


「お嬢様、お体を冷やします。肩掛けをどうぞ。ウェイド様も」


「おお、助かる」


 俺はまるで主人のようにウィンディに肩掛けをかけてもらい、リージュに目をやった。


「みんな色々あるみたいだからな。モルルは?」


「たくさん食べて、そのまま寝てしまいましたわ。たまに驚くほど聡いのに、こういうときはワタクシよりもずっと小さな子で困ってしまいます」


「いつも遊んでくれてありがとな」


「いいえ、望んだことですので」


 いつかの事件を思い返す。当時は今よりもずっと高飛車で、高圧的だったリージュ。だが今は実に淑やかで、いつかは献身的に俺たちを助けてくれた。


「子供ってのは成長が早いな」


「そのお言葉、そっくりそのままお返ししますわ。少し前までウィンディより少し強かった程度の冒険者が、今や世界最強の一角ですのよ」


「ほら、返しもうまくなった」


「まぁ。褒め言葉として受け止めますわね」


 俺とリージュは並んで、クスクスと笑う。


 するとそこで、強い風が吹いた。リージュが震える。


「中に入るか」


「はい、ウェイド様」


 ウィンディが扉を開けたので、俺は軽く「サンキュ」と言って中に入る。何となく、『誓約』の打倒に連れていくメンバーを決めながら。

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