第218話 戦争終わりに
戦争が終わって数日、俺たちは数日の休みを貰っていた。
最近大きな戦い続きだったから、やっと自由になれた、という気がしている。ナイトファーザーに、殴竜軍。激戦続きだ。
「うぇ~~~……」
「ウェイドがダレてる……珍しいね」
ソファで溶けていると、「うりうり」と紫のポニーテールを揺らして、トキシィが俺の頬を突いてくる。「ヴェ~~~」と俺は鳴き声を上げた。
そのやり取りに、モルルとリージュを昼寝に寝かしつけているアイスが言った。
「トキシィちゃん……っ。ウェイドくん疲れてる、から。そっとしておいてあげ、て?」
「まぁアレだけの激戦を乗り越えたんだもんねぇ……。お疲れ様、ウェイド」
「……」
「ねぇこんなに死んでることある?」
「珍しくて、可愛い、よね……っ!」
「うーんこの盲目っぷり」
俺はトキシィに撫でられたり突かれたりしつつ、しばらくボーっとしていた。
うららかな平日の午後のことだった。先日のアレクの要請に承諾し、『しばらく準備するから待ってろ』と言われての、のどかな一日。
俺は昼寝からモルルとリージュが起き出して来て散々おもちゃにされ、適当にほっつき歩いていたサンドラに帰宅ついでにキスされたりセクハラされたりし、夕方ごろにやっと起き上がった。
「ウェイドが起きた」
「ん、おはようサンドラ」
「おはよう?」
サンドラの金のサイドテールが揺れる。その視線に従って、赤く染まる外の風景を見る。朝焼け、じゃないな。夕方のそれだ。
俺はさすがに反省する。
「……今日の俺ゴミだったな……」
「そういうこともある。あたしはしょっちゅう」
「その自覚はあんまり持たない方がいいんじゃないか?」
「ゴミでも生きてていい。それがこの世界」
「いきなり壮大な話になってきたな」
サンドラ独特の話しぶりに、俺はくくっと笑った。夕方、見ればアイス、トキシィ、モルルにリージュ、ウィンディまでもが、いそいそと大量の料理を机に並べている。
「……アレ? 今日何かあったっけ?」
俺が首を傾げると、トキシィが「あ! ウェイド起きてる!」と声を上げる。その声に反応して、モルルが俺の方に突進してくる。
「パパパパパパ!」
「効果音呼びのブームまだ終わってないのか」
俺はヒョイとモルルを抱き上げて、「なぁモルル」とその小さな耳に問いかける。
「今日って何があるんだ……? 置いてかれてるパパに、こっそり教えてくれ」
「えー! パパ、知らないのー!? 今日はね! れびりよん? フレインのパーティが、作戦の打ち上げに遊びに来るんだよ!」
大声で言うモルルに、「こっそりって言ったろこの~!」「キャー! アハハハハッ」と俺はそのモフモフの髪ごと抱きしめて、盛大にくすぐるのだった。
そろそろ日が沈む、という頃になって、クレイに連れられたフレインパーティが現れた。
「よう。来てやったぜ」
「おう、よく来たな。せいぜいゆっくりしてけ」
「言われるまでもねぇ」
ぶっきらぼうな言葉を交わし合って、フレインを迎える。それから他の面々に目を向けて、「みんなもゆっくりしていってな」と歓待だ。
カドラス、シルヴィア、ゴルド、ドリーム。それぞれが俺に軽く手を振りながら、家の中に入っていく。最後にここまで先導を務めたクレイが俺に声をかけてくる。
「流石、ウェイド君はフレイン君の対応に慣れてるね」
「どういう意味だ?」
「いや、他意はないんだ。単純にこう……フレイン君との会話って難しいじゃないか」
「ああ……」
ぶっきらぼうだからな。特に目的のない雑談振っても、基本塩対応からスタートする奴だから、やりずらさはあるだろう。
俺はクレイに、ひそひそとコツを伝授する。
「あいつはな、基本無茶振りとかで雑に振り回すと楽しいぞ」
「え? う、うーん……ちょっと想像がしにくいね」
それを地獄耳で聞きつけ、少し離れた場所からフレインが怒鳴った。
「おいウェイド! コソコソと何言ってやがんだ!」
「フレインをいじる方法をレクチャーしてる」
「あぁ!?」
「なるほど、こういう……」
フレインは舌を打って腕を組む。「怒りっぽい奴はその場で怒鳴ったり暴れたりはするけど、言っちゃえばそれで済むからな。それが分かれば楽なんだよ」と俺はクレイに伝えた。
それから俺は何となくフレインの近くに寄っていって、乾杯の音頭を待っている面々に向き直る。
「ではみんな、今回は集まってくれてありがとう。そして、敵陣営に捕まった俺を助けてくれたことについても、深く感謝を述べたい」
「散々だったぜ。だが殴竜なんて大英雄を前にして、ひとまずの相打ちにまでこぎつけた。オレたちみたいな若造でそこまで行けりゃあ上々だ」
それぞれのパーティリーダーとして、俺たちは会話のように、演説のように言い合う。それから揃えて、杯を掲げた。
にっと笑って俺は言う。
「レベリオンフレイムの尽力に」
皮肉っぽく口を曲げて、フレインは言う。
「ウェイドパーティの奮闘に」
それから、声をそろえた。
「「乾杯!」」
『カンパーイ!』
その場の全員が、杯を掲げ、近くの者とぶつけ合った。俺はフレインに杯を近づけ「仕方ねぇな」とぶつけ返してもらう。
それからグビリと一飲みして「ぷはーっ! いやぁやっと戦争がちゃんと終わった気がするな!」と。
フレインは言う。
「まずは飲まねぇとな。死んだ奴の分までよ」
「……そうだな」
フレインは、くぴ、と軽く飲んで、そのまま部屋の端の方に移動する。周りの面々のように騒がしく飲むような気分ではないらしい。
それに付き合おうか迷っていると、銀髪ツインテールをなびかせる少女と、禿頭の男がこちらに寄ってくる。
シルヴィア、ゴルド。意外にも兄妹らしい二人が、これに声をかけてきた。
「お疲れ様ね、ウェイド。随分な奮闘だったって聞いたわ」
「ウェイドぉぉおおおお! ありがとう! ありがとう! おれを、大英雄を倒した剣の鍛冶師にしてくれてありがとぉぉおおおおおお!」
「わぁ熱量」
せっかくシルヴィアが一番に声をかけてくれたのに、泣きながら俺を抱きしめてきたゴルドの勢いで、全部塗りつぶされてしまった。俺は苦笑しつつそれを受け止める。
「っていうかゴルド、お前その腕……」
「ああ、デュランダルになった」
「は? え? は?」
意味の分からない答えに、俺は目をパチクリとさせてしまう。
「ウェイド、聞いてないの?」
ゴルドを俺から引きはがしながら、シルヴィアは言う。
「聞いてないって、何を?」
「デュランダルの素材。お兄ちゃんの腕よ?」
「……えっ? はっ?」
「ほら、見てよお兄ちゃん。これが普通の反応よ? お兄ちゃんがやったことってそのくらい意味わかんないんだからね?」
シルヴィアの複雑そうな物言いに、ゴルドはにっこり笑う。
「おれに悔いはないぞ、シルヴィア」
「本当に、これだからお兄ちゃんは……」
深く深くため息を吐くシルヴィアだ。俺は小さくして携帯していたデュランダルを手に取り、まじまじと見る。
「これ、ゴルドの、腕……」
「ああ。厳密に言うと、おれの腕を鉄魔法でまるごと鉄に変えて切り落としたもの、ということだな」
「……十倍強い剣とは聞いてたけど、ゴルドお前……」
いや、とそこで俺は首を振る。こんな風に呆気にとられるだけはよくない。
俺はゴルドにまっすぐに向き合う。
「こっちこそありがとう、ゴルド。デュランダルは最高の武器だ。墓まで持っていける。そう言う武器だった」
「ああ、是非使い倒してくれ。鍛冶師冥利に尽きる」
俺はゴルドの残された腕と握手を交わす。すごい鍛冶師から、とてつもない剣を受け取ってしまったものだ。
だが、そこで、俺は違和感を覚える。
「……ゴルドって鍛冶師だったか? レベリオンフレイムの一人だよな。冒険者なんじゃ? その腕は……」
「ああ、そのことについてだがな」
ゴルドとシルヴィアは視線を交わし合ってから、俺に言った。
「おれたちは、今回の件で冒険者をやめることにしたんだ。鍛冶師でやっていこうと思ってな」
その言葉は、静かな衝撃だった。
「……そうか。銀にまでなったのに、冒険者をやめちゃうんだな」
「良くも悪くも転機だったのよ。危険な目にこれ以上遭わないって思えば、そう悪くない決断だと思ってる」
シルヴィアは確かな目つきで頷く。覚悟はすでに決まっているらしい。そう言う目だった。
「そうか……」
「何だ、寂しいか?」
「ま、短い付き合いだけど、知らない間じゃあないからな」
ゴルドにからかわれ、俺は苦笑気味に肩を竦めた。すると、ゴルドは言う。
「ならそう気にしたことじゃない。どうせデュランダルの鍛冶が出来るのはおれくらいだ。むしろ会う機会は増えるかもしれないぞ?」
「あ、そう言う感じ?」
「アタシもルーンを結構頑張って勉強してるし、そもそもお兄ちゃん一人だとまともな鍛冶が出来ないから。だから、その、これからもよろしく、ウェイド」
多少早口で、僅かに顔を赤くしてシルヴィアは言う。俺はそれに「そうだな、よろしく」と微笑んだ。
にしても、ルーンか。ルーンという魔法文字。なぞると輝き、効果を発揮する。
「ところで、デュランダルって変形するだろ? ルーンって刻めんの?」
ふと気になってシルヴィアに聞くと、「ふふ、甘いわねウェイド」とほの暗くシルヴィアはほくそ笑む。
「その辺りはね、アレクさんから仕入れたこの『大ルーン大全』で勉強中よ!」
ババーン! とシルヴィアはかなり分厚い本を取り出した。大ルーン大全とな。
「大ルーンってアレか? あの転送陣とかの」
「あ、そうそう! ルーンって基本三文字のところを、もっと記述して複雑なことをさせられるようなのが大ルーンなのよ。で、その大ルーンの教本がこれ」
俺は著者の欄を見る。『テリン』と書かれている。可愛い名前だな。
「この著者のテリン先生はね、ローマン帝国でも有数の大ルーン使いで、ルーンに関わる様々な研究結果が載ってるのよ」
「へぇえ?」
「ルーンの本場はやっぱりアレクサンドルみたいだけどね。テリン先生には独自研究もたくさんあるらしいし。だから、ちゃんと読めば解決法もあるはず!」
「ほー……」
この世界にはまだまだ俺の知らないことかたくさんあるなぁ、と思う。今は重力魔法とヨーガ主体で上手く纏まっていてあまり食指が伸びないが、いずれ手を出してもよさそうだ。
そんなことを話していると、モルルが俺の足元に抱き着いてきた。「うお、どうしたモルル~」と言うと、「アレクにーちゃが呼んでたよ!」と。
見ると、アレクを中心にして、ウチのパーティが何となく集まっているのが見えた。俺はモルルに手を引かれ、そちらに向かう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます