政争編
第217話 恐ろしき謁見
その青年は、『誓約』と呼ばれていた。
目に固く巻き付けられた包帯。くすんだ白の髪。どこか虚弱さを感じさせる細身の身体。白を基調とした騎士めいた服を身に纏い、ボロボロのロングソードを佩いている。
そんな彼は、ローマン帝国の王城を歩いていた。先導にはメイドが一人。ひどく強張った顔で、『誓約』を導いている。
二人は、大きな扉の前で立ち止まった。メイドが振り返って、『誓約』に言う。
「では、白金の剣の冒険者、『誓約』アーサー様。こちらが謁見の間にございます」
「ありがとう」
『誓約』はそっと微笑む。それに、メイドが酷く苦しそうな顔で、付け加えた。
「……ご存じとは思いますが、陛下はひどく気まぐれなお方ですので、どうか刺激することのございませんよう……」
ぺこ、と一つ腰を折って、メイドは扉を開いた。
眼前に、謁見の間が現れる。大理石の床。豪奢な白い石造りの広間。真ん中には赤い絨毯が道のように伸びており、脇には無数の従者らしき人々が立ち、その先には玉座がある。
その玉座には、一人の、大柄な老人が座っていた。
「参れ」
老人の声を受けて、『誓約』は歩き始めた。そこで、気付く。絨毯の左右に立つ人々は、従者などではない。誰もが戦闘に長けた体つきで、だがひどく辛そうに足を震わせている。
『誓約』はそれを無視して、玉座の前に至った。片膝を立てて跪き、老人に向けて頭を垂れる。
「白金の剣の冒険者、『誓約』アーサーです。陛下の招集に従い、この場に参上いたしました」
「面を上げよ」
老人の言葉に従って、『誓約』は顔を上げる。するとそこには、穏やかそうに微笑みを浮かべて『誓約』を見つめる、しわがれた老爺の顔があった。
「……よく来てくれたね、アーサー君。直接こうして顔を合わせるのはいつ振りか。実に懐かしいよ。かつて君に救われたことを、忘れてはいないよ」
ローマン帝国皇帝にして、異世界から勇者として召喚されたかつての少年。魔王を倒したのちに皇帝に至った男。
勇者皇帝、ユウヤ・ヒビキ・ローマン。
『誓約』は彼の言葉に聞いて、肩を竦めた。
「こちらこそ、お久しぶりです、陛下。いつもご依頼ありがとうございます。にしても、こうしてお会いするのは一体何年ぶりでしょうか。恐らく、50年ぶりくらいでは」
「ふふ、そうだね。そのくらいだ。君はずっと若々しいね。外見は、何も変わっていない」
「陛下は、随分と立派になられた。かつては向こう見ずな少年だったのに、今は世界最大のローマン帝国の皇帝とは」
「僕もそれなりに成長したという事さ」
陛下は穏やかに言う。『誓約』はその様子をしばらくじっと見つめてから、「して」と背後に振り返った。
そこに並ぶのは、苦しげにその場に立ち尽くす人々だ。誰もが歯を食いしばり、時には涙を流しながら、一様に足を振るわせて立っている。
「……彼らは?」
「ああ、彼らは僕に向けられた暗殺者たちだよ」
『誓約』は、陛下の説明に振り向く。陛下は、穏やかそうな顔を崩さずに説明した。
「彼らとね、約束をしたんだ。10日間、この謁見の間で立ち続けることが出来たなら、その命を救おうと。だが失敗したら、家族も殺すと」
暗殺者との戦闘がどうなったか、などということを、陛下は語りもしない。語るまでもない、という考えなのだろう。実際、陛下の戦闘能力は群を抜いている。
最強という言葉では、化け物という言葉では、足りない領域。
それは本来、隔絶とか、絶対とか、そういう表現を用いられるべき強さだった。
「それは、いささか悪趣味ですね」
だから、『誓約』は臆面もなく言った。気まぐれで殺されるなら、何を言っても変わらないから。
しかし陛下は穏やかに微笑んで「その通りだ」と頷く。
「こんなのはひどい悪趣味だ。我ながら吐き気さえする。こんな事は許されてはならない。たとえ暗殺者だったとしても、守られる尊厳はあるべきだ」
「……」
陛下は、『誓約』にそっと視線を送った。
「だからするのさ。―――そちらをご覧。彼は、もう限界だ」
陛下が指さした方向で、処罰される暗殺者の一人が崩れ落ちた。途端、何らかの魔法が作動して、破裂する。
謁見の前に血しぶきと臓物が飛び散る。周囲の立ち尽くす暗殺者たちが震えあがり、震える足を叱咤して立ち続ける。
陛下は、小さな鐘を玉座から取り、チリンと鳴らした。するとメイドたちが大勢集まり、速やかに血と臓物を片づけていく。
「何でこんなことを、と思うかい?」
陛下に問われ、『誓約』は「ええ、まぁ」と曖昧に答える。
陛下は言った。
「実はね、特に意味はないんだ」
「……」
「あと、これは彼らには秘密なのだけれどね」
ふふ、と陛下は優しげに微笑む。
「彼らはこれで死ぬけれど、実のところ彼らの家族は殺さない。代わりに死体と遺族年金、死に様を魔法で撮影したものを送る。するとね」
嘆かわしい、という風に眉を垂れさせ、陛下は僅かに首を振った。
「悲しいことに、半分は自殺する。生活の不安が解消されたのに、だ」
「……もう半分は、どうなるのですか?」
「面白いことに、僕を殺しに来る」
「……なるほど」
『誓約』は、これが栄華を極めるローマン帝国の皇帝か、と思う。民は豊かに暮らす優れた治世。魔王を倒すほどの英雄譚。だが、やっていることは理解がしがたい。
かつては、もっと純朴で、まっすぐな少年だった。あれから一体、何があったのか。そう、『誓約』は疑う。
「本題に入ろう。つまり、アーサー君。君を呼んだ理由だ」
陛下は言った。
「最近、アレク君が頑張っているだろう?」
「アレク……傲慢王アレクサンドルですね」
「うん。有望株だ。彼が今、ビルク辺境伯領を狙っているようだから、阻止してきて欲しい」
「というと、傲慢王の討伐ですか」
「いいや。アレク君は現地には来ないからね。彼の手の者が居れば排除しつつ、辺境伯家が裏切れないようにして欲しい。その為の策と人員は用意してある」
後で紹介するよ、と陛下は言う。
「つまり、陛下の用意した策がうまく回るように、戦力的な後ろ盾として立ち回れ、と」
「そうだね。概ねそのようなふるまいで問題はない。僕が用意した人材は揃ってとても優秀だから、君はどちらかというと念のための人員だ」
だが、と陛下は息を吐いた。
「それはそれとして、恐らく簡単にはいかない。アーサー君。君は―――『ノロマ』と呼ばれる冒険者を知っているかい?」
ここでその名を聞くとは。そう思いながら、『誓約』は首肯した。
「はい、聞き及んでいます。『ひとたび会えば、世界のすべてがノロマに見える』。故にノロマ。『ノロマ』のウェイド」
「恐らく彼は、アレク君についた」
「――――」
『誓約』は、僅かに目を瞠った。カルディツァ戦役の噂は耳にしていたが、まさか。
「シグ君に並んで、今僕が注目している一人だ。シグ君はアレク君の制止で止まってしまった―――止まれてしまったけれど、ノロマ君には期待している」
「……何をですか?」
「ふふ、何をだろうね。では、詳しい話を始めようか」
参れ。陛下のその一言で、奥から数名の人物が現れる。
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祝! 『ノロマ魔法』コミカライズ決定!!!!!!!!!!
以下の近況ノートからご確認ください!
一森が好き勝手喚いてますので、一緒に喚きましょう!
https://kakuyomu.jp/users/Ichimori_nyaru666/news/16817330654088534255
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