第214話 喰い合い

 シグを倒すにあたって、シグの身体を徹底的に壊す必要があると考えていた。


 拳は、もう半壊だ。だが、拳は物質でしかない。固めていればいいだけで、シグの拳の威力の源泉ではないのだ。


 腕、胸、腰。


 そういった筋肉の連なりの中で、シグの全てを破壊する一撃は生まれている。


 だから、壊し方というのは、そう言うことだった。シグの身体の一つ一つを狙って、戦闘から切り離していく。


 そのために必要なのは何か。それは、シグの回避を阻止して攻撃を着実に加えること。回避されない一撃。予測できない切りつけ。縦横無尽。


 一つ試してみるか、と俺は左手の結晶瞳を叩く


 俺はシグの周囲に結晶剣を飛ばした。シグは自分に飛んできた結晶剣を容易く破壊するが、地面に突き刺さった結晶剣まではどうもしない。


 これは、布石の一つだ。だが活躍は今ではない。


 俺は姿勢を低くする。その場でも切りかかれるが、しない。シグにはそんな攻撃は通じない。


 だから俺は、反発で軽くなった体を地面から射出した。


「中々の速さだ、だが、っ?」


 シグが俺を叩き落そうとするが、俺はシグの頭上を飛び越えた。シグは予想を外し、拳を外す。


 だから俺は、地面に刺さった結晶剣を浮かせ、それを足場に反発した。


 切りかかり。一撃。虚を突かれたシグは、薄皮一枚、足に傷を負った。


「ふむ、素早いな」


「次行くぞぉッ」


 再びの反発の射出。俺は空中に浮く結晶剣を足場に、三次元に切りかかる。横腹。


「ふ、頭を使うものだ」


 シグは口端を上げる。「だが」と息を落とす。


「その程度で勝てると思うな」


 シグはさらに結晶剣を足場に切りかかる俺を、瞬時に捕捉し向き直った。蹴り。俺の身体は両断され、胸を踏み潰される。


「そら、形勢逆転だ」


「いいやまだだね!」


 俺はデュランダルを、重力魔法だけで浮かせ、インパクト強化でシグを突き刺す。薄皮一枚の傷。だが、シグは状況が理解できず、眉を顰める。


 その隙に、俺はシグの足元を抜け出し立ち上がった。デュランダルを手に戻す。シグは俺を不可解な目で見ている。


「驚いたぞ。何が起こったのかよく分からなかった」


「小手先の技だってバカにできないってことだ」


 だが、この作戦はダメか、とも思う。こんなにも簡単に対応されてしまうとは。


 俺は素早く飛び退って、距離を取り直す。シグはそんな俺を、じっと見つめている。


 俺は考える。次は何を仕掛ける? どんなのが楽しいだろう。真っ向勝負も楽しいだろうが、まだだ。勝つにしろ負けるにしろ終わってしまう。もっと長く楽しまなければ。


 とするなら、逆。遠距離戦から、始めていこう。


 俺はデュランダルを宙に浮かせる。重力魔法で浮かせているなら、魔力のパスは通っている。デュランダルは浮いていてもサイズも重さも形も変わる。問題なく、操れる。


 とするなら、だ。


 俺はデュランダルに魔力を注ぎ、分裂しろと命じる。デュランダルこれまでとは違い、ゆっくりと分かたれた。


 三振り。


 デュランダルは、三振りまで増える。それ以上は難しいようだ。しかし、十分だろう。無数に増えるなら、結晶剣がお役御免になってしまう。


「シグ」


 俺は左手を右拳で打ち、数百という結晶剣を叩きだす。


「趣向を変えて、遠距離戦と行かないか? お前も、拳圧を飛ばせるだろ」


「ふむ、それは、面白い提案だ。是非受けよう」


 シグは半身になって、拳を大きく振りかぶる。俺は結晶剣を無数に広げ、その剣先の全てをシグに向けた。


 俺は、シグに手を伸ばす。


「さぁ、始めよう」


 シグに、結晶剣が殺到する。シグはそれに、何もしなかった。俺は眉を顰める。


 結晶剣が集まりすぎて、シグは針玉のようになっていた。だが、何もしない。沈黙したままでいる。俺は首を傾げてから、もう一度手を差し伸べた。


 第二射が降り注ぐ。針玉が一回り大きくなる。シグと言えども圧死してしまうのではないか。俺は段々心配になってくる。


 そして第三射。俺は一本デュランダルを混ぜて、一斉に結晶剣を殺到させた。


 シグの声が、上がる。


「この時を待っていた」


 衝撃波が、全てを破壊して広がった。


 結晶の破片が、雨のように降り散らばった。俺は思わず目を覆う。そして腕の覆いを外して、瞠目した。


 シグが、デュランダルの一振りを握っている。


「あっ、お前! ズルいぞお前ダメだってそれは!」


「三本あるんだ。一本くらい貸してくれ」


「そんなおもちゃねだる子供みたいなこと言うな!」


 シグは得意になって、手元で剣を回す。存外慣れた手つきで、デュランダルが手元で回る。


「遠距離戦は、俺の勝ちのようだな。では、次の勝負は俺から提案しよう」


 シグは、俺に剣先を向ける。


「剣術勝負だ。先ほどまで何度か切られたが、やはりウェイド、お前は剣士ではない。だから、同じく剣の不得意な俺と、剣でやり合おう」


「苦手対決って?」


「楽しいだろう」


「ああ、ワクワクして止まんねぇよ」


 俺は二振りのデュランダルを手に掴み、二刀流を気取る。


 風が吹いた。お互いが、期を待っている。緊張が張り詰めている。だがその一方で、俺は可笑しくて仕方なかった。


 元は一つだったデュランダルが、お互いを敵とする者の手に握られている。デュランダルも、まさかの展開だろう。俺だってそうだ。


 俺もシグも、ニンマリと笑っている。焦れるように、前に出す足が地面を踏みにじる。


 耐え切れなくなったのは、同時だった。


 俺もシグもまったく同じタイミングで飛び出した。剣を振りかぶり、切り掛かり合う。お互い本職でないだけあって、その扱いは力任せだ。


 だが、それでも両者、攻撃力自慢なことに変わりはない。斬り合ったデュランダルは双方刃こぼれしながら弾き合う。


「は」


「ふ」


 それが。


「はは」


「ふ、ふはは」


 本当に。


「ははっ、あはははっ」


「ふははっ、ははははははっ!」


 堪らなく、楽しかった。


「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 切り合う。ぶつけ合う。力任せの剣が、何度も何度も互いの肉体を切り裂き、食らおうと乱舞した。


 俺は二刀流でめちゃくちゃに切りかかり、シグは手の速さに任せてハチャメチャに振りまくる。『憤怒』やブラーダが見たら怒り出すのではというくらいの力任せ。


 刃こぼれしたデュランダルの破片が飛び、シグの剣を躱しきれなかった俺の身体が簡単に両断されては再生し、俺の二刀流を防ぎきれなかったシグの身体が着々と傷つけていく。


 勝手知らぬ正面勝負だが、メチャクチャで楽しかった。痛みなんてものはもう忘れた。脳からは滾る戦闘への脳内報酬が激しくやり取りされていて、俺は爆笑しながら切って切って切りまくる。


 剣。


 剣の残像が、俺たちの周囲を無数に彩っている。まるで針山の中心に居るような、奇妙な気分だった。俺の剣の残像なのか、シグの剣の残像なのかも分からない。


 分かるのは、終わりが近づいている、ということだけだ。


 俺の首が飛び、シグがとうとう足の健を切ってガクンと片膝をついた。俺の首はすぐさま治るが、シグはそうもいかない。


「……寂しいな」


 シグは、よろよろと立ち上がりながら言う。


「こんなにも楽しい戦闘が、もう終わろうとしている。俺は、それが寂しくてならない」


「そうだな。俺もそうだ。ずっと、ずっと続けばいい」


「だが」


「ああ、そうだ。俺たちには、背負うものがある」


 シグは獰猛に笑って、剣を投げ捨てた。俺はそれを重力魔法で回収し両手と魔法の三刀流になる。


 シグは、拳を構えた。


「結局、俺たちはこれなのだ。拳。拳で、語らうしかない」


「ああ。その通りだ。俺も、いつもの戦闘スタイルに戻るよ」


 両手のデュランダルを変形させ、拳にフィットする形に変える。デュランダルが、俺の腕覆いに変化する。手甲。いつもと違うのは、柄だけが手の平に残り、拳が握りやすいこと。


 これで、俺らしく戦える。両手は拳。剣は魔法で振り回すだけ。


 残る結晶剣を、全て爆裂させる。砕け散った結晶がパラパラと地面に落ち、この場に魔力を充満させる。それは、脳が破壊され続けてもアナハタチャクラをしばらく支える魔力となる。


「さぁ、最終決戦と行こう、ウェイド」


「ああ、やろうぜ、シグ」


 二人してファイティングポーズを取る。今度も全く同時に、肉薄し合った。


 拳と拳の応酬が始まる。無限の攻撃力と無限の攻撃力が交差する。シグは一撃で俺を一度死に至らしめる拳を何度も連打し、俺は何度も当てることでシグをダウンさせうる拳を連続させる。


 だが、拳の応酬は本領だった。だからお互いに、全く食らわない。何よりも早い攻撃なのに、何よりも正確なのに、剣での応酬とは全く違う様相を呈している。


 それが、乱雑にお互いを切り合う剣の応酬よりも、負荷が高かった。食らわないのに、息が苦しい。本気だからこそ、譲れない。


 その最中、シグが叫んだ。


「ウェイド! 俺は王の期待を背負っている! 王は俺の親友だ! 腐れ縁でバカ仲間だ! 俺は王の夢が叶った世界が見たいと思った!」


「シグ! 俺は大切な仲間が何人もいる! だからカルディツァを守らなきゃならん! 嫁さんが三人も居て、親友が三人いて、娘も一人いる!」


 アイス、トキシィ、サンドラ。三人の嫁さん。


 クレイ、アレク、フレイン。三人の親友。


 モルル。たった一人の娘。


 俺はさらに拳の速度を上げる。


「ウェイド、お前その年で子持ちなのか!」


「ああ! 子供のためにも、負けられねぇんだよ!」


 拳がかち合う。お互いに激しく弾き合う。シグとの拳で打ち負けないなんて、と改めて思う。シグは血を流しながらギラギラと笑う。


「俺にも好きな人がいた! もう遥か過去のことだ! 姉のようだったその人は、オークに犯され殺された!」


 シグの拳が俺の顔目がけて迫る。俺は咄嗟に首で避けるが、風圧で頬が裂ける。


「俺は誓った! 弱い者が虐げられる世界を終わらせようと! だから神と契約を結んだ! 神にとって俺はたった一人の忠実な信徒となり、俺にとって神は唯一の神となった!」


「お前も壮絶な人生送ってんな! でも、俺は負けねぇぞシグゥ!」


「俺だって負けるものか、ウェイドォ! お前の家族には悪いが、勝つのは俺だ!」


 お互いの拳が、頬に突き刺さった。俺の首は飛び、シグの脳が揺れた。揃って膝をつく。けれどすぐに立ち上がる。


「オラオラオラオラ! 膝が笑ってんぜシグ! お前の殴竜の名前が泣くぞ!」


「お前こそ土壇場の成長はどうした! この戦闘で、一度も起こっていないとは、もう『ノロマ』は返上だな!」


「その二つ名、ぶっちゃけそんなに気に入ってねーんだよ!」


「それは悪かった!」


 シグのボディブローが、俺の胴体を貫く。同時俺は、重力魔法で呼び寄せた剣のままのデュランダルでシグを突き刺した。


 威力の増大のやり方が分かってきて、シグの胴体をデュランダルが貫通している。シグは目を剥いたが、やはり獰猛に笑った。口から血がにじむ。しかし、そんなことは些事だった。


「それで!? どこが成長してないって!? 一撃で剣に貫通されたのは誰だ!? えぇ!?」


「使い慣れていない武器に慣れただけの話だろう! 口論で勝った気になるなよ、ウェイド!」


「ああそうだな! 俺たちの本領は、あくまで殴り合いだ!」


 お互いのフックが突き刺さる。殴竜は頭から血を流し、俺は頭蓋を割られて一瞬絶命する。だがそこで仕掛けられた頭への連打を、即座にしゃがんで避ける。


 立ち上がりざまにアッパー。シグは歯の隙間から血を吹き出す。その隙に俺は胴体のデュランダルを抜き放つ。シグから血が溢れる。


 その、俺の遅い動作を見逃すシグではなかった。素早いジャブで俺の頭は飛んで行く。治る傍からまた殴られ、立ったまま俺は、脳を破壊され続ける敗北ルートに入りかける。


 だが、頭が潰される前に放った筋肉への電子信号が、三発でシグの猛攻を止めた。


 シグの腕へのフック。シグは関節に衝撃を受け、右腕の動きがぎこちなくなる。俺はそこで頭を再生させ、踏み込んだ。


 連打。頭へ。体へ。シグが大ぶりの構えを取ったら、一歩下がって剣のデュランダルでシグの足に切りかかる。シグはさらに健を切断され、再び膝を地に着ける。


 それでも、シグは笑顔も迫力も失わない。


 手負いの獣。まさにそんな風だった。シグはよろめきながらも立ち上がる。そして威力の変わらない拳を放つ。


 いつだって俺は敗北の危機に瀕している。シグはここまでやっても崩れない。俺は恐ろしさを覚え、畏敬の念を覚え、そしてやはり、楽しくなってしまう。


「シグ」


「何だ、ウェイド」


 なおも激しく拳を交わしながら、俺は言った。


「ごめんな。俺、この戦いを終わらせるよ」


 影。シグはチラと上を見て絶句した。頭上で、地面を埋め尽くすほど巨大になったデュランダルが浮かんでいる。


 その隙を、俺は見逃さなかった。拳のデュランダルでシグの足を狩り、膝関節を砕く。返す拳でシグの胴体に開いた穴を貫きかき回す。さらに返す拳で、シグの顔面を殴り倒した。


 シグが体勢を崩し、吹き飛ぶ。俺は指を一本高らかに空に向け、下ろした。


 巨大化したデュランダルが、シグ目がけて落下する。シグは咆哮を上げ、ボロボロの身体で拳を振りかぶった。


 落ちるデュランダル。放たれるシグの拳。


 打ち勝ったのは、シグだった。


 城と同じほどの大きさにまで膨れ上がったデュランダルは、シグの拳を受け完全にバラバラになった。俺はその光景に顔を引きつらせ―――


 デュランダルの破片を一身に受けながら、シグはバタンと仰向けに倒れた。改めてみればシグは全身血まみれで、息を切らして、限界を訴えるように喘いでいた。


「ゼェ、ゼェ、ぐ、体、が、動か、ない」


 シグが、藻掻くように言う。俺はそれに、拳を天に掲げ、シグ同様にぶっ倒れた。

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