第215話 戦後処理
俺はサハスラーラチャクラ、アナハタチャクラで回復しているはずなのに、色んな限界が来て、シグの直後にその場に崩れ落ちた。
勝ち、という事でいいのか。分からない。だが、もう限界だった。アナハタチャクラが軋んでいて、指一本動きがしない。
しかしシグが立ち上がったから、俺は戦慄した。
「俺は、まだ、負けて、いないぞ」
よろよろと、シグが亀の歩みで俺へと近づいてくる。俺はアナハタチャクラに集中して、集中して、やっと立ち上がる。
「上、等、だ……! まだ、楽しい戦いは、終らねぇぞ、この野郎が……!」
二人揃って、限界のまま拳を振りかぶる。ゆっくりの拳。それがお互いを打ちのめそうとして。
「はい、そこまで。お前ら、戦争は終わりだ」
止められる。男の声。どこかで聞いたような、そんな声だった。
俺は、何者だ、と思う。目がかすんで、まともに見えない。だがそれでも、死力を振り絞ってそいつのことを見る。赤い髪。飄々とした顔。
俺は、目を剥く。
「……アレク?」
「ああそうだ。お前とお前のパーティの兄貴分にして、凄腕商人のアレクだ」
「何で、ここに……」
アレクは、ニッと笑って、シグに目を向ける。
そして、言った。
「シグ、言われたもの、持ってきたか?」
「……腰の、袋、に」
言って、シグはその場にぶっ倒れた。アレクはシグの腰に結ばれた麻袋の中を漁って、何かを取り出す。
それは王冠だった。
アレクは、シグの持ってきたらしい王冠を、したり顔で被る。
「……は? え、アレク、お前、それ、どういう……」
「ウェイド。お前はあらゆる点で俺の期待を超えてきた。成長速度。そこからもたらす結果。お前はどんどん強くなり、そしてシグを、世界最強の一角を切り崩した」
だから、そんなお前に敬意を表して、俺も名乗ろう。アレクは、俺を見る。
「商人アレクとは仮の姿。俺の正体は、悪名高き戦争国家の王。アレクサンドル大帝国建国者にして、初代皇帝。人呼んで―――」
アレクは、ギラギラとした目で笑う。
「―――傲慢王アレクサンドル」
「―――――ッ」
俺はそれを聞いて、ただ言葉を失った。混乱のあまり、足から力が抜け、その場に尻もちをついてしまうほど。
アレクは、そんな俺に手を差し伸べながら、言う。
「ウェイド。お前に称賛の言葉を送りたい。お前は、掴みうる最上の結果を得た。カルディツァ領主と描いていたシナリオの中じゃあ、これ以上のものはないんだぜ」
「な、に、言って」
「ともかく、戦争は終わりだ。お互いに英雄のカードをすべて切った。残るは凡人どもの泥沼戦争だ。そんなのは俺が許さねぇ。だから、講和だ」
ニッ、とアレクはいつも通り、得意げな笑みを浮かべた。
「お疲れさん。一旦、ゆっくり寝てろ。詳しい話は、起きてからしてやるよ」
俺はその姿に、いつも通りの安心感を得て、そのまま意識を落としてしまう。その落ち行く眠りの中で、聞くのだ。
「しかし、この惨状どうすっかな……手が足りねぇぞ。ったく、腕がなるなぁおい」
翌日、起きるとそこはパーティハウスだった。
リビングに起きだしてくると、メンバー全員が揃っていた。俺たちは昨日戦ったはずでは、とキョトンとしたものだ。その一瞬遅れて、嫁さん三人にもみくちゃにされた。
ひとまず首を傾げながら朝食を取っていると、アレクが現れこう言った。
「おはようさん。事の顛末を話してやるから、ついてきてくれ。領主邸に向かうぞ」
俺たちは目をパチクリさせながら、アレクについていく。
たどり着くは領主邸。もう戦争ムードも終わって、後処理に誰もが追われていた。ドラゴン入りの檻もどこか隅にゆっくりと運ばれていく。鎧を着込む兵士も少ない。
そんな領主邸を横切っていると、シャドミラが現れて、俺たちを案内した。たどり着くのはいつもの客室。入ると、領主が下座で待っていた。
「おお、おいでになりましたね、アレクサンドル帝」
「ああ、カルディツァ辺境伯。では、講和について話そうか」
アレクは対面に座り、俺たちは何となく領主様の後ろに立ち並んだ。見ると、シグ及び四天王たちが、アレクの後ろに立ち並んでいる。全員傷だらけだが、シグが一番満身創痍だ。
「さて、では互角に終わった今回の戦争の結末を述べる。殴竜軍の将軍連中も、そちらの秘蔵っ子たちもぶっ倒れ、この戦争は引き分けだ」
「ここまで頑張ってくれるとは、領主の立場としても、鼻が高いですね」
アレクのまとめに対し、領主は満足そうに頷いている。俺たちはそのやり取りの異様さに、何も言えずただ見守るばかり。
「そんな訳で、だ。あらかじめ決めていた通り、戦後処理についてだが」
「ええ、分かっております」
アレクと領主が頷き合う。お互いが、それぞれに言った。
「アレクサンドル大帝国側からは、カルディツァ辺境伯に、アレクサンドル大帝国における侯爵の地位を贈呈、および魔法技術者の派遣を執り行う。ルーン魔法が欲しいんだよな? 是非カルディツァでも発展させてくれ」
「カルディツァ領からは、アレクサンドル帝に、カルディツァ領の恭順を。我々はローマン帝国を離れ、アレクサンドル大帝国領として皇帝に尽くすと約束します」
「ならば、さらに報酬をくわえよう。カルディツァ侯爵。お前にカルディツァ領の全権を委任する。以前と変わらない働きを期待するぞ」
「光栄にございます。陛下」
淡々と、朗らかに進められる話に、俺たちはついていけない。「じゃ、これがその条約証書だ。サインを」「はい、締結いたします」と領主はさらさらとサインを書く。
「ということで、だ」
アレクは、俺たちを見た。
「お前らは、これからはアレクサンドル大帝国臣民ということになる。皇帝は俺だ。これからもよろしく頼むぞ、英雄たち」
「え、と。喋っていいんだよな、もう。……どういうことなんだ、アレク? お前は、何だ? 何も分からないんだが、その」
「裏切ったのか、か?」
アレクに問われ、俺は頷く。
「俺たちを裏切ったのか? 裏切る気で来たのか? それとも……分からないんだ。衝撃が大きすぎて、何も」
「結論から言うが、『裏切るのをやめた』が正しい」
アレクは手を組んで、背もたれに寄り掛かる。リラックスした態度で、俺たちに説明し始めた。
「元々俺がカルディツァに来たのは、侵略の下見だ。お前らと会ったあの日は、下見最後の日だった。そのままカルディツァを離れて、すぐにでも戦争を吹っかけるつもりだった」
「は!?」
「だが忘れ物で、拠点にしてた今のお前らのパーティハウスにちょっと戻ったら、お前らに出会った。妙に気になってな。それで数日侵略を遅らせて様子見してたら、お前らが面白いことに気付いた」
「……」
アレクの語られる話が異様すぎて、俺は挟む口を持たない。
「で、しばらく見守ってたら、まーお前ら事件に巻き込まれるわ成長して帰ってくるわで、超面白いじゃんか。あーこれシグの再来だって思って、本腰入れて育てることにした訳だ」
「カルディツァ一番の幸運が、それでしょうな」
領主はサインを書き終えて、アレクに渡す。アレクは証書を確認して「確かに」と懐にしまい込んだ。
「じゃあ、何で戦争を起こしたんだ」
「必要だったから」
俺の質問を、アレクはバッサリ切り捨てる。「まぁ聞けよ」と続けた。
「だから俺は、戦争だけでカルディツァを落とすことをやめた。経済に入り込み、大商店を中心に絡めとった。クレイの投資関連もそうだ。そうやって、カルディツァ経済を手中に収めた」
「……」
「最後に俺は、この街に深く入り込んで、ここの領主は殺すには惜しいと判断した。その上で領主に身分を明かして、二人でシナリオを構築した」
つまり、この戦争のシナリオだ。アレクは語る。
「先ほどの話だが、戦争は必要だった。俺は何が何でもカルディツァを手に入れる必要があった。大迷宮ってのは国家関係においてとてつもない価値があってな。奪われたら取り返さなきゃならないものなんだ」
奪う。奪われる。アレクは、今回奪った側だ。だとしたら、奪われた側は。奪われ、取り返さなければならないのは誰か。
「だが、カルディツァ領をただの交渉で受け渡す、なんてのは通らない話だろ? まずもって領民が頷かない。領民ってのは領地の要だ。だから、領民が戦争で『せめて自治権を勝ち取った』という形に持っていきたかった。領民を納得させるための戦争だった」
「今回の戦争はね、かなり特殊なんだよ、ウェイド殿。普通、こんなに大英雄が出そろって、兵士たちに被害の出ない戦争は起こらない。カルディツァ領民の死者は、現状で確認する限り数十を超えない。そしてその全てが、元ナイトファーザーの構成員だ」
「もう少し殺してもよかったよな。今回のウチの傭兵どももそうだが、どうせ屑だろ?」
「まぁまぁ。戦争での報奨金で、ある程度彼らの懐も潤いますし、治安はすぐには荒れませんとも。その間にまた新たな手を打てばいいことです」
「お優しいことだ」
くつくつと、アレクと領主は笑い合う。その中に、俺の知らない前提があるように感じた。俺は息を吸い、そして吐く。
アレクに、尋ねた。
「何で、そんなに手を尽くしてまでカルディツァが欲しかったんだ」
「ローマン帝国を潰すためだ」
アレクが言う。その瞳は、今まで見たこともない目だった。兄貴分としての優しい目でも、ギラギラとした狂気の目でもない。もっと冷たい、底冷えするような感情。
「ウェイド殿、私からも付け加えさせてほしい」
領主が、俺に振り返る。その瞳には、アレクの瞳と同じものが宿っている。
「ローマン帝国現皇帝は、人でなしだよ。召喚勇者としてこの世界に来て、魔王を殺したまでは良かった。だが矛先を失った奴は、力を持て余し、非道の限りを尽くした」
「その被害に苦しんだものは多いぜ、ウェイド。奴の独善で殺された奴、奴隷に落とされた奴、辱められ、踏みつけにされた奴。そんなのはごろごろいる」
中でも、とアレクは俺から視線を逸らした。俺の横。俺は、アレクの視線の先を追う。
「中でも、もっとも苦しめられたのは、旧ギリシア王国の王族だろう。……お前と再会した時は、驚いたぜ」
アレクの視線に射抜かれたその人は、一歩歩み出た。そして、俺に、俺たちに振り返る。
「アレクさんが名乗り出た以上、僕も身分を隠す必要がなくなった。だから、この場で改めて名乗らせて欲しい」
「クレイ」
クレイは姿勢を正し、俺たちに言う。
「僕の本当の名は、クレイグ・ホリエスト・ギリシア。旧ギリシア王国王家、唯一の生き残り。行方不明のギリシア第三王子が、この僕だ」
「……マジで?」
「大真面目さ」
クレイは微笑む。だが、その瞳に宿る色は、冷たい。その正体に気付き始めて、俺は顔を強張らせる。
「俺にとって、最初カルディツァは、ローマン帝国を潰して、丸々乗っ取るまでの足掛かりでしかなかった」
アレクは、総括を始める。
「だが、事情が変わった。お前ら英雄の卵の存在。領主、クレイという同志がいたこと。だから、この戦争は、こんなにも短く、円滑に、それでいてらしく終結した」
「色々と、変だとは思った」
サンドラが言うと、アレクは肩を竦める。
「ああ。変な戦争だっただろ。そりゃあそうだ。全部、一つ残らず、計算づくの戦争だ。死者は悪党と屑ばかり。あとは英雄連中がぶつかるだけのショー。観客は民衆。そして」
アレクは、笑みを消す。
「本当の目的は、悪逆非道のクソ皇帝、ローマン帝国皇帝、ユウヤ・ヒビキ・ローマンを釣り出すこと」
俺はそこで、やっとその瞳の色の正体に気付く。
それは、殺意だ。
「ウェイド。それにウェイドパーティ全員。ここからは、俺とお前ら、直接の交渉だ」
アレクの言葉と共に、領主がアレクの隣に座る。俺たちはお互いに顔を見合わせ、アレクと領主の正面の椅子に座った。
「……交渉って、何だよ」
「お前ら、俺につかないか」
アレクは、俺たちに問いかける。
「つくって、何だよ」
「シグとかと同じ扱いにならないかって質問だ。特にウェイド、お前はもう世界最強の一角になった。望むものはすべてやる。地位も名誉も財産も。そして何より―――」
アレクは、俺に笑いかけた。
「世界最強の敵を、お前にやる」
その言葉に、俺の背筋はどうしてもゾクゾクしてきてしまう。
「ウェイド、お前はシグとは違う。まだ強すぎる自分に絶望してないし、適性外の困難を楽しむよりも、戦闘に没頭していたい時期だろう。だから、それをやる。報酬も無論弾む。何なら領地をやって貴族にしてやってもいい。俺の直接の部下だから、侯爵家ってところだ」
「……領主様に並ぶってことか?」
「そうだ。権力関係なんて、全く気にしなくていい身分だぞ。何たって、お前の上に居るのは現状俺だけだ」
「そりゃあ、楽でいいが」
「だろ? で、肝心の敵だが」
アレクは、指を三本立てる。
「三人。残る世界最強の内、三人をお前に任せたい」
「三人、か」
「ああ、三人だ。まず白金の剣の冒険者『誓約』」
アレクは、人差し指を折る。
「次に、アレクサンドル大帝国にもう一つある大迷宮。その直下で蘇った魔王『女王ヘル』」
アレクは、中指を折る。
「最後に、ローマン帝国現皇帝、世界各国に禍根を残しながら、まだ悠々と生きながらえているクソ野郎。ユウヤ・ヒビキ・ローマン」
アレクが、薬指を折った。それはそのまま、握りこぶしとなる。
「この三人を、殺してほしい。そうすれば、後は俺とシグがやる。ローマン帝国を滅ぼし、旧ギリシア王国領をギリシア侯爵領としてクレイに任せ、全部アレクサンドル大帝国で呑み込む」
話が壮大すぎて、俺は面食らってしまう。そこに、クレイが隣で俺を見た。
「ウェイド君。是非、受けてくれないか。僕は、君と共にこの雪辱を晴らしたい。君のその力で、あの皇帝を、憎きユウヤ・ヒビキ・ローマンを殺してほしい」
俺はその迫力に、熱量に気圧される。気付けば、部屋中の全員が、俺を見つめていた。
俺は、考える。最強の敵三人。貴族となる選択肢。これからのこと。
クレイの反対側を見る。俺の求婚に答えてくれた、三人の愛しい奥さん。三人は、俺にどうこうと言わず、ただ俺の決断を待っていた。
俺は、俺の手の平を見つめる。一年前は、枯れ枝のようだった手。だが今は、筋張って、ゴツゴツとしている。
ならば、俺の結論は、一つしかない。
「……俺はカルディツァのスラムの、痩せ犬だった」
ぽつりと言った言葉を、誰も茶化さず聞いている。
「でも、冒険者訓練所で、チャンスを貰った。俺はカルディツァに感謝してる。あのチャンスがなければ、俺は未だにスラムでゴミ箱を漁ってたかもしれない。狂ったままの親父に殺されてたかもしれない」
俺は顔を上げる。アレクを見る。
「アレクは、カルディツァを尊重してくれた。俺を、尊重してくれた。思えば、ずっと助けてくれてたよな。だから、その恩返しには、ちょうどいいかもしれない」
クレイを見る。
「クレイは、俺のパーティをずっと支えてくれた。資金繰りなんて全然分かんないでも、クレイに任せてれば苦労なんてなかった。ずっとうまくやってくれてた。俺は、クレイにも報いたい」
だから、と俺はアレクに向き直った。
「受けるよ。むしろ、話の都合が良すぎて、心配なくらいだ。いいのか? 俺が最強の敵三人なんてのを、持っていっちゃってさ」
「―――ああ! 是非持ってってくれ、ウェイド!」
俺とアレクは固く握手を交わす。場の空気が、一気に弛緩したのが分かった。クレイが脱力して「これで全部計画通りだ……」と呟く。
「え、クレイもこの戦争のシナリオ知ってたのか?」
「まぁ、少しはね。とはいえ戦争は戦争だから、八百長もないし、全員本気だったよ」
「ああ、だから言ったろ、ウェイド。お前は、最高のシナリオにたどり着いたってさ」
シナリオはシナリオでも、ルート分岐があったという事らしい。確かに、シグ相手に実力を示さなければ、こんな話を提示されることもなかったのだろう。
補足として、クレイがいくつか例を挙げる。
「ルートとしてはカルディツァ敗北まで想定されてたからね。賠償金とか取られるし自治権もないパターン。アレクさんがカルディツァ開発に本腰入れるシナリオ」
「ウェイド殿、君に託させてもらったよ。それ以外、私には思いつかなかった」
「マジかよ……」
俺はまばたきしつつ、二人を見る。すると、アレクの後ろで立っていた、包帯でぐるぐる巻きのシグが、俺に歩み寄ってきた。
「歓迎会、しないとな」
「お前そればっかりだな」
何だか力が抜けてしまって、俺は背もたれに寄り掛かる。
「ということで、だ」
アレクは、この場を締めに掛かった。
「ウェイド侯爵。追ってお前の待遇を伝えるので、今しばらくは待機を命じる。ひとまず、お前の姓を用意するところからやらないとな」
「あとは、そうだね。この戦争に関して活躍してくれた分、私からもいくつか餞別代りの報酬を見繕っておこう。楽しみにしておいてくれ」
「ウェイド君、ドンドンお金持ちになっていくね」
「もうパーティの全財産がどれだけの規模か分からん」
俺の苦笑に、パーティのみんなが笑う。ひとまず、八百長無しながら仕組まれた戦争は、終結したようだった。
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