第213話 殴竜、シグ

 シグという人間を間近で見て、分かったことがある。


 シグはド天然だ。人間好きで、人懐こい。厳格なように見えて寛容だし、そもそも本人が割とズレている。


 捕虜の俺を外に連れ出して「手合わせしよう」などという破天荒っぷりからも、それは分かる。やりたいことが先。常識は後、という訳だ。


 そんなシグを見ていて思うのが、実際問題として、常識なんてものはシグの前には何の役にも立たなかったのだろう、ということだ。


 ―――シグの殴打に、俺は部屋ごと吹き飛ばされながら、そんな事を考えていた。


「うおぉおおおお!?」


 俺が壁にたたきつけられて、壁ごと砕いて飛んで行く、とかならまだ分かる。だがシグの拳の圧で俺ごと部屋が崩壊してバラバラに飛んで行く、というのだからメチャクチャだ。


 俺は空中を舞い上がりながら、地面から俺をギラリと見上げるシグに気付く。


「ああ、そうだよな」


 俺は、周囲に散らばる瓦礫をすべて認識下に収める。



 シグが跳躍する。俺は結晶剣ごと周囲の瓦礫を一か所に固め、壁を構築する。


 破壊。


 案の定俺の構築した瓦礫壁は、シグの前には盾にもならないようだった。だがシグに一撃使わせる、という時間は確かにあって、それを得られれば俺の目的は一旦達したことになる。


 つまり、だ。


「ウェイド、随分大きな剣だな」


「だろ? まだ使い方分かってないからさ、可能な限りデカくしてみようと思ったんだ」


 デュランダル。握る手に魔力と『巨大化しろ』という意思を込めると、城を真っ二つにしてあまりあるほど、剣は巨大化した。


 俺はそれを、ひとまず重力魔法で補助しつつ、通常の剣のような速度で振り下ろす。


 衝撃は、なかった。


 驚くほどの切れ味でもって、廃城に、山に一筋の切れ目が走った。手応えは本当に微細だった。まるで、包丁で豆腐でも切るかのよう。


「うっわ、この剣すっげ。デュランダルとかサンドラ言ってたっけ? えげつないな」


 だが、無論のことシグはこの一撃を避けていた。俺と一緒に自由落下しながら、驚きの目でこちらを見る。


「その剣、凄まじいな。勝ったら貸してくれ」


「貸すだけでいいのか?」


「じゃあくれ」


「ダメだ」


「仕方ない……」


 諦めるのかよ。


 長剣サイズまで縮める。それもまばたきの時間で事足りた。この変化の幅と、それに対する時間の短さ。


 俺はシグに重力魔法をかけ、宙に浮いたままにさせて着地した。


「む、地面がこない」


「前にオブジェクトチェンジポイント使った時は、足の握力で対抗されたからな。いかにシグと言えど、完全に何もない状態で浮かされればどうにもならんだろ」


「そうか?」


「―――何か破られそうな気がするから、したいこと速攻でさせてもらうぞッ」


 俺は宙に浮くシグに、デュランダルを叩きつけた。だが、ただ振るっただけではない。


 【反発】による起点の剣先の速度の加速。


 【軽減】による重量負荷の軽減。


 からのインパクト直前の【加重】による威力増加。


 直撃タイミングの【反発】の再発動による破壊力。


 重力魔法は、タイミングを理解する必要のある魔法だ。軽いものを思い切り振りかぶり、当たる瞬間で重くする。


 その意味で、このデュランダルという剣は、俺のためにあるような武器だった。


 振り始めのタイミングの、剣の縮小。拳同然に振るわれる小さなナイフ。からのインパクト時の拡大。振り下ろされるのは、巨人の大剣だ。


 シグはそれに興味を抱いたのか、避けようとしなかった。結果直撃。城を切った時よりも遥かに大きな手応えと共に、シグはどこかに吹き飛んで行く。


 そして俺は、デュランダルを見下ろした。


 俺の重力魔法も、以前に比べれば数倍振り幅が大きくなったが、デュランダルはその比ではない。瞬時の変化のふり幅は、限界が見えないほどだ。


 そこで、何か意思のようなものを感じて、俺はデュランダルに「重くなれ」と命じる。長剣サイズのデュランダルは、その通りになった。剣先を地面に置く。地面をえぐり、沈んで行く。


「凄まじい剣だな、ウェイド」


 戻ってきたシグに目を向けて、俺は言葉を失った。シグが、防御したのだろう腕に、血を流している。刃傷としては軽微なもの。だがそれは、希望そのものだ。


「この剣、すごいぞ、シグ」


 俺は言い返す。言い返して、続ける。


「伸縮自在。重さも自由。とんでもない剣だ。重力魔法のための剣と言ってもいいかもしれない。重力魔法と掛け合わせて使えば、多分、デュランダルの威力は無限に近づく」


 ああ、ゴルド。お前、鉄塊剣の十倍強い剣とか言ってたけど。


 十倍どころじゃない。百倍も、千倍も強い剣だ。


 シグ、と奴の名を呼ぶ。


「俺は、これでお前を倒す。デュランダルなら、それが出来る」


「……ふ」


 シグは静かに笑う。血を垂れ流しにしながら、キラキラした瞳に、獰猛な輝きを宿していく。


「抜かしてくれる。昂らせてくれるものだ。ウェイド。お前は俺がこの数年で出会った、最高の敵だ。最初の手合わせの時お前がした成長を見て、そう思った。お前は、俺に届きうる」


 シグは、俺を指さす。


「否。届いた。お前は、今、この瞬間、俺に届いた。俺と対等になった。だから本気を出すぞ、ウェイド。俺は本気で、お前とぶつかりたい」


 俺は、結晶剣を周囲にバラまいて浮かせる。デュランダルを構える。


 シグはただ、手を僅かに広げ、猛獣のように力をみなぎらせた。


 俺は言う。


「行くぜ、化け物」


 シグは答える。


「来い、化け物」


 俺は、デュランダルを振りかぶった。


 踏み込み。一閃。伸縮するデュランダルの前に距離は無意味だ。シグの胴に向かって切りつける。


 しかしシグは、それをエビ反りになって躱した。俺は口笛を吹き、シグは体勢を戻す。


「では、今度は俺の番だ」


 シグの足元が、爆ぜた。


 シグの爆発的な身体の力の前に、距離は無意味だった。そのまま俺に殴りかかってくる。


 シグは、こういう戦い方をする。何か強い武器や特殊な魔法を身に着けているのではなく、ただ自分の素の強さで勝ちにいく。


 その本質は、根源的な強さの究極形だ。


 誰よりも速ければ、自分の攻撃は当たるし、敵の攻撃も回避できる。


 敵の攻撃よりも固い身体があれば攻撃は通らない。


 そして何よりも強い拳を持っていれば、どんな敵でも一撃だ。


 だが俺は、そんなお前に唯一並び立つ存在だ。


「負けるかオラァアアアアア!」


 デュランダルを振るう。シグの拳と激突する。無限の威力を持つ剣と、無限の威力を持つ拳。


 結果は、相打ちだった。


 デュランダルがへし折れる。シグの拳が血を吹き出しながら弾かれる。


「はぁあ!? おまっ、この剣新品なんだけど!」


「俺の身体だって新品だ」


「何を言ってんだお前は!」


 俺はへし折れたデュランダルに慌てるが、すぐに思い直って意思を込めた。デュランダルは瞬時に変形し、形を整える。


 そうか、この剣は、剣の形に意味などないのだ。デュランダルを打っただろう鍛冶師、ゴルドは、そう言っていた。


 それに、シグは文句を言う。


「しかし、ずるいな。俺は傷ついていくのに、ウェイドの剣は直るのか」


「何言ってんだよ。魔力使ってるに決まってんだろ」


「それもそうか」


 シグは構え直し、言う。


「ならば、いつもの通り力押しで問題なさそうだ」


「……本当に、怖い敵だよ、シグ」


 俺も構え直す。


 まず俺が先手を取り、次にシグが肉薄し、今度は睨み合う。


 膠着。お互いに限界が存在する、という事を意識する。


 俺は精神力、魔力、集中力といったエネルギー。


 シグは体そのもの。


 何もなければ、どちらも無尽蔵だ。だから、うまく自分よりも相手を減らすという事を考える必要がある。


「ふぅうううう……」


 長く息を吐く。どうする。どうすれば優位を取れる。考える。勝つことを。


 だが、意味がないとやめた。


「シグ」


 俺は、一歩踏み込んだ。


「どうすれば勝てるなんて、今更だな。楽しんだ方が勝つ。それだけだ」


 一閃。伸びたデュランダルでシグに切りかかる。シグは拳でそれを破る。デュランダルがへし折れ、シグの血と破片が散った。


「何だ、そんな事を考えていたのか?」


 シグの接近。俺は反応する。シグの動きは捕虜となってからの手合わせで慣らした。反応は出来る。


 拳。デュランダルを振るう。シグの拳を弾き、デュランダルにひびが入る。直す。


「急に止まったから、体調でも悪くしたのかと心配したぞ」


「お前の天然っぷりは本当に極まってるよな!」


 シグの足が俺の足を払おうとする。片足は無事躱したが、もう片方が引っかかった。


 俺は転ぶ。シグはノータイムでマウントを取ってくる。だが負けないぞ、来い。


 シグが俺に、拳の滝を振らせる。


 怒涛。目視すら難しい無数の殴打。そのすべてを、俺は第二の瞳、アジナーチャクラで違わずデュランダルを振るった。


 何度も何度も剣と拳がぶつかり合う。鉄の破片が、シグの肉片が散らばる。一撃でもまともに貰うな。そこから調子を崩される。


「アァァァアアアアアアアア!」


 俺は叫んで剣を振るう。振るうときの負荷の軽減と、インパクトの加重を毎回切り替えるのが頭をおかしくする。シグは拳を振り下ろすだけでいいが、俺は剣を振るいながら魔法を高速で切り替え続ける必要がある。


 何度も、何度も剣を振るう。そこで気づく。シグの拳から白いものが見え隠れし始めている。その表情にはどこか痛みをこらえるものがあった。


 ああ、シグ。お前も必死なのか。


 なら、負けて堪るものか。


 拳、軽減、剣、インパクト、加重。拳、軽減、剣、インパクト、加重。拳、軽減、剣、インパクト、加重。拳、軽減、剣、インパクト、加重。拳、軽減、剣、インパクト、加重。拳、軽減、剣、インパクト、加重。拳、軽減、剣、インパクト、加重。拳、軽減、剣、インパクト、加重。拳、軽減、剣、インパクト、加重。拳、軽減、剣、インパクト、加重。


 頭が訳わからなくなっていく。正しい順番がゲシュタルト崩壊を起こす。拳がきたらどうする? 剣を振るう? 違う。軽減する。軽減してから剣を振るう。それで加重を、違う。


「遅れたな、ウェイド」


 シグの拳が俺の頭蓋を砕く。アナハタチャクラ、第二の心臓で俺は復活する。死んでいても剣は振るえる。震える。ふる?


 加重は、インパクトの寸前だ。


 俺は間違えない。間違えてもすぐにリカバリを取る。シグは獰猛に笑いながら、僅かに歯ぎしりをしている。拳の肉が削がれて骨がむき出しになりつつある。


 俺は、死を一回くれてやることにした。


 狙いを拳から外す。シグは反応しなかった。痛みに耐えて連打することに、集中しすぎていたのだろう。頭を潰された俺がシグの胴を一薙ぎした後に、遅れてシグは飛び退いた。


 俺は素早く立ち上がる。シグの胴体に一閃、傷の道が出来ている。浅い。だが。血が流れている以上、繰り返せば倒せる。


「……やるな、ウェイド」


「まずは、一撃だ。シグの拳を切っても、骨で殴られ続けそうだったからな」


 シグの拳は、すでにボロボロだ。血をダラダラと流し、一部骨がむき出しになっている。


 一方俺も、だいぶ魔力を使っていた。サハスラーラチャクラ、第二の脳で回復するが、油断はできない。


「今、魔力を回復したか?」


「バレたか」


「なるほど。頭の周りに妙な気配があったが、そういう事か。頭を殴るので、間違っていなかったらしい」


 シグは、俺の脳を長時間破壊し続ければ、サハスラーラチャクラの精神エネルギーの増幅が出来ず、破綻することを理解している。


 飛び道具を持たないシグが唯一俺を下す方法だ。だが、問題はシグがそれに、独力でいとも簡単にたどり着けるという事。


 俺は息を吐きだし、冷静さを取り戻す。


 改めて、思う。この勝負は、一筋縄ではない。俺は着々とシグを攻略しなければならないのに対して、シグは一度、俺の脳を数十秒壊し続けられれば勝ちだ。


 だが一方で、俺にも優位はある。俺は回復の手段が潤沢で、シグは回復の手段を持っていないという事。


 常に万全の状態で戦える以上、段々俺が有利になっていくはずだが。


「ふ、ふふ、楽しいな、ウェイド。戦闘をこんなにも楽しんだのは、いつ振りか」


 シグは血を垂れ流しながら、闘気を全身に立ち昇らせていた。その表情は不敵。手負いになってなお、その迫力は増すばかり。


 そんな姿に、俺もワクワクして、笑ってしまうのだ。


「ああ、たまんねぇよ。お前は、最高の敵だ、シグ」


 俺はデュランダルを構える。シグは傷だらけの拳を構える。


 願うなら。


 この戦闘を長く長く、楽しめることを祈ろう。

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