第212話 使い捨て
サンドラの脳内で掲げられた目標は、二つだ。
一つは、『使い捨て』及び他の誰かから、残る配達チームを守ること。幸い、『使い捨て』は怯えて後ろに隠れる二人が、実は解錠に取り組んでいるとは気付いていない。
もう一つは、『使い捨て』を倒すこと。実力者のようだが、サンドラにできないとは思わなかった。相手の持つ追尾の魔剣は厄介だが、その程度で負けるとは感じない。
だからサンドラは、「エレクトロバリア」と後ろの二人を守る魔法を行使して、『使い捨て』に向き直る。
「準備はいかがかな、『迅雷』のサンドラ?」
「準備万端。ぶちのめす」
「殺すって言わない辺り、多分性根が優しいんだろうね」
言いながら、一瞬で『使い捨て』はサンドラ相手に距離を詰めてくる。追尾剣。サンドラは判断し、唱える。
「スパーク」
この攻撃より、自分の魔法の方が速い。
至近距離で閃光の魔法が弾けた。その威力は、いつもの比ではない。隠し金を外すと、日々僅かずつ蓄積している魔力を放出して、さらに大きな威力で魔法を発動できる。
しかし『使い捨て』は吹き飛ばされながらも、左手に握る片刃剣でサンドラの魔法を防いでいたようだった。
「ひゅう! やるねぇ! 今のを避けようとしてダメージを軽くするではなく、攻撃が成立すると判断して強行するとは! 流石『混沌』と『殲滅』の娘だ」
「……お父さんお母さんを知ってるの?」
「もちろん知ってるさ。あの二人は伝説だ。私がしがない銀等級の冒険者だったとき、あの二人は揃って白金等級になるんじゃないかと噂だった。結局、そうはならなかったけれど」
「仕方ない。詳しい事情は知らないけど、二人は望んで死んだ。街一つを巻き添えにして」
「壮絶な最期だったと聞いてるよ。そのこともあって、君のことは気になっていた。……だから、もう少し本気を出すよ」
『使い捨て』は『魔切』と呼んだ片刃剣を鞘に納め、両手で追尾剣を握った。そして掴む手を引き絞るように力を込めると、魔剣の瞳がひときわ大きく開かれる。充血し始める。
サンドラは、直感した。
「剣に、無理させてる」
「ご明察だ。これは私の抱える呪いの一つでね。お蔭で『使い捨て』なんていうひどい二つ名が付いたものだが―――私を度々救ってくれた」
行くよ。
『使い捨て』が剣を振るう。すると、刀身がまるで丸められた鞭のように何倍にも伸びてサンドラを襲った。サンドラは目を剥いて、「サンダースピードッ」と高速で回避する。
しかし、それで終わらせるサンドラではない。電光石火そのままに、サンドラは『使い捨て』の背後に回った。着地。まだ『使い捨て』は普通の時間の中でサンドラに反応できない。
「サンダーボルト」
サンドラは腕から静電気を空に放ち、落雷を呼んだ。電光石火の魔法が切れる。『使い捨て』が振り返る。そこに、サンドラは合わせた。
「スパーク」
「甘いね」
逆袈裟に振り上げられた剣閃が、閃光も落雷も、切って捨てた。サンドラはスワディスターナチャクラで間一髪躱しつつも、足場から落下してしまう。
「っと。でも、チャンス」
サンドラはそのまま落下し、身軽に手から着地、からの宙返りで、屋根から屋根へと降りていく。地階の地面に着地した時、幻獣が向かってきて驚いたが、即座に氷兵が槍で貫いた。
氷の槍を中心に、幻獣は体の芯から凍り付いていく。見れば幻獣と同数の氷兵が、広場で合戦を繰り広げている。
「アイス、頑張ってる」
『サンドラちゃん、集中、して……っ。「使い捨て」さん、追ってくる、よ』
「こっちのサポートもばっちり。スパーク」
落下しながらこちらに伸縮する追尾剣で切りかかってくる『使い捨て』。サンドラはそれを回避しつつ、幻獣と氷兵が入り乱れて争い合う広場を駆け抜ける。
「うわっ、こんなことになってるの広場! 『迅雷』ちゃんどんだけ味方連れてきたの!」
「秘密。サンダーボルト」
「ぽんぽん落雷落としちゃってさ。そんな気軽に撃てるような威力の魔法じゃないと思うんだけど!」
「撃てるものは撃てる」
というか、それで言えばその『気軽に撃てない魔法』を一刀の下に切り捨てて追いかけてくる『使い捨て』も、十分に強すぎる。
サンドラは考える。攻守においては、ほとんど互角だ。サンドラは『使い捨て』の攻撃を何とか躱せるし、『使い捨て』はサンドラの攻撃に対処できる。
となれば、一計を案じる必要があるだろう。サンドラは考え、そして閃いた。
「そうだ。敵が剣使いなら、久しぶりに使える」
サンドラ本人でさえ、中々使わない魔法。かつてイオスナイトの配下に使ったっきりの一手。
「エレクトロマグネット」
「えっ、うひゃっ!」
『使い捨て』の剣を、電磁力で強烈に引き付けて奪う。サンドラの手に舞い込んできた剣を掴んで、返す刃を放ってやる。
「くっ、まさかそんな魔法を隠していたとは!」
「違う。忘れてた」
サンドラの手に渡った追尾剣は、伸縮して『使い捨て』を叩きのめす。流石は剣の名手だけあって、彼女はすぐさま抜いた『魔切』で追尾剣を防いでいる。
だが、これで形勢逆転だ。
サンドラは手応えから判断して、追尾剣をやたらめったらに『使い捨て』に打ち据える。その攻撃の全てが『使い捨て』によって防がれるが、それでいい。
今サンドラがダメージを与えているのは、『使い捨て』ではなく追尾剣そのものだ。
「ぐっ、返せッ!」
「返さない」
迫ってきて奪い取ろうとしてくる『使い捨て』を、電光石火の魔法で翻弄する。一気に壁を駆け上がって、屋根の上から『使い捨て』に打ち込む。無論防がれ、そしてその時が来た。
追尾剣が、砕ける。『使い捨て』の顔が、蒼白になる。
「……これで、終わり」
サンダースピード。再び電光石火となって、サンドラは『使い捨て』の正面に立った。歯噛みした『使い捨て』が剣を抜き放ち切りかかってくるが、もう無意味だ。
スワディスターナ・チャクラが、あらゆる攻撃をサンドラにすり抜けさせる。僅かな揺らぎ、ブレで、避けるまでもなく『使い捨て』の剣戟は当たらない。
「くっ、これなら! これもダメ? ならこっちは!?」
『使い捨て』は剣を抜き放っては捨て、抜き放っては捨てる。そして最後には、お気に入りと評した片刃剣一つを握りしめ、サンドラに壁際まで追いつめられる。
「何か言い残すことは?」
「……あはは」
『使い捨て』は苦笑して、言った。
「首から、一思いに頼むよ」
「残念。あたし、あんまり人は殺さない主義だから。スパーク」
弾ける閃光をまともに受けて、「使い捨て」は崩れ落ちた。その倒れる姿に告げる。
「さっき言ってたお父さんお母さん、好きだけど、尊敬はしてない。だって、敵を殺して死んで満足なんて、ありきたり」
サンドラは、ウェイドを思い浮かべる。以前の死にかけた姿。不死になってからむしろ、真の強敵を前に、死に近づいたサンドラの旦那様。
だがウェイドは、自分の死の予感を前に笑っていた。
「―――生きてこそ。どんな絶望の中に居ても明るく試行錯誤してこそ、理想の狂気だから」
「それは……なるほど、真似しがたい、ね」
その一言を最後に、『使い捨て』は意識を落とした。さて、とサンドラは二人が無事解錠を済ませただろうか、と振り返る。
そこには、殴竜が立っていた。
「っ、まず―――サンダースピードッ」
サンドラは一目散に逃げだした。電光石火となって駆け出す。殴竜は、もう前回のように目で追ってなんてくれない。いきなり電気と化したサンドラの速度に合わせて、追ってくる。
サンドラはせめて時間を稼ぐため、むやみやたらに駆けまわった。壁を駆け上がり、屋根を伝い、さらに上へ上へと上がっていく。
そして、惨状を理解するのだ。
「……全滅」
クレイも、トキシィも、アイスの氷兵も、全てが倒れていた。幻獣も一匹残らず倒れていて、死屍累々となっている。
なら、カドラスとドリームは。サンドラは咄嗟に崩れた壁からウェイドの部屋の扉を見る。
そこに姿はない。逃げ―――いや、逃げていない。サンドラがドリームの不可視の魔法から外れたから、二人を見えなくなっているだけだ。二人はなおも解除に努めている。
なら、サンドラは役割を全うしなければならない。
「どこを見ている」
耳元から聞こえた声に、サンドラは思わず振り向いた。殴竜が至近距離に迫っている。逃げようとしたが、無駄だった。サンダースピードが剥がされる。電光石火の魔法が解ける。
「ッ、
「無駄だ」
サンドラに、殴竜は無数に掴みかかってきた。スワディスターナチャクラ、存在しない赤子がサンドラに殴竜の手を躱させる。だが、その度に集中力が物理的にそがれるのが分かった。
サンドラは逃げようとする。だが、殴竜が短い距離で、まるで瞬間移動のように回り込んできた。掴む手。怒涛のごとく連続する、伸ばされる掴む手が、サンドラの集中力をガリガリと削り。
ぷつん、とサンドラは集中力が切れるのが分かった。
「掴んだぞ」
スワディスターナチャクラが、お腹の中で疲れ切って目を瞑る。殴竜の手がサンドラの手を掴み、思い切り引いて投げ出した。
崩れた壁から、ウェイドの部屋の扉横へ。衝撃を伴って、サンドラは壁にたたきつけられる。全身が痺れて、まともに動かない。
腰からこぼれるはデュランダル。ウェイドに届けなければならない最後の希望。
その時、鍵が開いた音がした。サンドラは目を見開く。これで―――
「なるほど、そこに二人いたか」
殴竜の手が薙ぎ払う。カドラスとドリームの二人が、一発で吹き飛んだ。沈黙。銀等級の二人が、殴竜の相手になる訳がない。
「これで、終わりか? それとも、まだ手があるか」
淡々と、殴竜はサンドラを見下ろして問いかけてくる。サンドラは震えながらも、疲れ切った頭を回転させ続ける。
扉は。僅かだが、開いている。他に手はあるか。クレイもトキシィもダメ。アイスの雪だるまはいつの間にか砕けている。カドラス、ドリームも起き上がれるわけがない。
だから、こう言った。
「フレイン、デュランダルを」
『言われなくても分かってんだよ。スナイプファイア』
その瞬間、デュランダルがひとりでに跳ねて、扉の隙間にもぐりこんだ。殴竜は目を剥き、ふ、と笑う。
「してやられたな。見事だ」
殴竜は、扉を殴って破壊する。
ひしゃげた扉が部屋奥へと飛んだ。直後、それらは空中で真っ二つになって散らばる。
そこには、ウェイドが立っていた。周囲にいくつもの結晶剣を浮かべ、右手に握る長剣となったデュランダルで扉を切り払っていた。
殴竜が言う。
「ということだ。お前の仲間は、死力を尽くしてお前に切り札を託したらしい。羨ましいことだな」
「ああ、羨ましいだろ。自慢の仲間達だ。俺みたいな囚われのお姫様がヒーロー気取れるのは、みんなのお蔭だぜ」
ウェイドは、軽口をたたいてサンドラを見た。その優しい微笑みに、サンドラはグッと来てしまう。
だから、言った。
「ウェイド。あたしたち、頑張った。超がんばった。だから、勝って。あたしたちに―――カルディツァに、勝利を」
「任せろ」
ウェイドは、構える。左手を前に、右手のデュランダルを肩に。
それで思い出したように、こう尋ねてくる。
「避難はできるか?」
『ウェイドくん……っ! それは、大丈夫。今、フレインくんと氷兵を向かわせてる、から』
「了解。頼むぜアイス、フレイン」
コーリングリングから聞こえてきたアイスの言葉に、ウェイドは肩から余計な力を抜いた。そして言う。
「
ウェイドに、魔法がかかる。魔が宿る。チャクラが起動し、神がウェイドを祝福する。
ウェイドは言った。
「ようやくだ。ようやく、お前に届く牙を手に入れたぞ、シグ。これで、お前と対等に戦える」
それを前に、殴竜は笑った。
「やっと、準備が終わったな、ウェイド。この時を、この瞬間を、どれだけ待ったか。……死力を尽くして、楽しもう」
だがな、と殴竜は構えを取る。何かが、殴竜の背後で、殴竜を守るように肩に触れる。
「楽に勝たせはしない。ウェイド、お前はきっと、神を垣間見るだろう」
ウェイドと殴竜が相対する。カルディツァの唯一にして最後の希望と、神同然の大英雄が、激突した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます