第211話 乱戦

 サンドラは、近寄ってくる『使い捨て』に身を固くしていた。


 近くで見て初めて、その異様な存在感に気圧された。飄々としていながら、体の中心に芯でも入っているのか、と言いたくなるような体幹。


 なるほど、これが剣で戦うタイプの金等級相当か。そう考えながら、思う。


 願わくば、正面から一度戦ってみたかった、と。


 廃城の天井から、巨人の足が道を踏み潰す。


「うわぁッ!? 何だい何だい!?」


『ガハハハー! 何だァクレイぃ! この城をぶっ壊せばいいのかァ?』


「ま、ひとまず暴れておくれよ。そうそう。それと前に戦ってぼろ負けした殴竜もいるから、今夜こそ頑張ろう」


『何だとォ! リベンジだなァ! ガハハハー! グバッ』


 轟音。登場時点で廃城のかなりの割合を壊したテュポーンが、飛び起きてきた殴竜の拳で胴体からへし折れた。サンドラは殴竜のトラウマに凍り付く。


「よく乗り込んできたものだ」


『ウギャアアアー!』


「くっ、もう少し滅茶苦茶にできると思ったが……! いや、まだだ! テュポーン、土に食らって再生しながら、メチャクチャに暴れよう!」


『ウ、ウォオオオオオー! やってやるゥ! オレはやってやるぞォ!』


「私を忘れちゃダメだよ!」


 空を飛びまわりながら毒をまき散らすトキシィの姿が、崩れた城壁の隙間から見えた。散布された毒は、開けた場所駆け巡る幻獣をダウンさせていく。無論、味方は全員打ち消し薬をすでに飲んでいる。


「うぐ、ゲホッゲホッ! な、何だこの暴れようは! この混沌っぷりはひどすぎないか!」


 毒にむせ、叫ぶ『使い捨て』。そのまま、崩れた壁からどこかに行ってしまったので、サンドラたちはその隙に、とウェイドの部屋へと忍び寄る。


 この騒ぎなら起きて来ても不思議ではないが、そうではないところを見ると、外の異常が中に伝わらない魔法でも掛かっているのだろう。


 扉に手をかける。開かない。「スパーク」と唱え、鍵を破壊に掛かる。


 だが、鍵は壊れなかった。となれば、それは単なる鍵ではない。


「施錠の魔道具……?」


 鍵穴に触れる。それから、カドラスを見た。


「カドラス、この鍵、魔払いの剣で破壊できる?」


「試してみる。退いてくれ」


 カドラスは、その双剣で鍵に切りかかった。キィンッ、と不自然なまでに甲高い音。カドラスは手ごたえを確かめ、言う。


「少し時間をかければ破壊できると思うぜ。力任せに切りつけるというよりは、剣先で魔払いの力を浸透させて、ガチャリとやれるはずだ」


「分かった。なら、こっちは任せて」


 崩れた壁の向こう。戻ってきた『使い捨て』が、目に力を込めてこちらを見つめているのに、サンドラは目を向ける。


「今、音がしたと思ったけれど。ゴホッ。むぅ、この毒は良くないな……」


 まだバレていない? サンドラは訝りつつも、その姿を注視する。


 だがそこで、不意に違和感に襲われるのだ。音。『音がしたと思った』と『使い捨て』は言った。だが、ドリームの不可視の魔法は音すら聞こえなくさせたはず。


「ドリーム、魔法の効果ってどうなってる?」


「え~? 続いてるはずよ。魔力尽きるまで永続だもの」


「そう。ありがとう」


 ならば、『使い捨て』の気のせいか。そう油断―――させようとしているのは、すぐにサンドラには理解できた。


闘神インドラ


「なぁんだ、バレちゃってたか♪」


 『使い捨て』が瞬時に距離を詰め、サンドラに居合いを放った。だがサンドラのスワディスターナチャクラが、無意識で『使い捨て』の攻撃を回避する。反転。サンドラは唱える。


「サンダーボルト」


 パツパツッ、と静電気が昇る。強力な雷となって帰ってくる。


 さぁ、つんざけ。


 落雷が、空から『使い捨て』を打ち抜く。崩壊した廊下で、雷が弾ける。


「ハハッ! 凄まじいね! おぉ、やっと目のも取れたようだ」


 『使い捨て』は腰の剣を抜き放ち、落雷を切り払ったようだった。鋭い片刃剣。スカートのように見えるほど数多く腰に着けられた刀剣の内の一振り。


「ふむ、三人、か。少し前に見たような顔もあるね。逃げていくから見逃したけれど、こうして戻ってこられるなら適切な判断ではなかったかな」


 カドラス、ドリームの二人は、『使い捨て』の視線に、明らかに恐怖で動きが鈍った。それを、サンドラがさらに前に出ることで自分へと逸らす。


「なるほど。今回は君が相手をしてくれるわけだね。良いだろう。君のように有名な冒険者と戦えるのなら、光栄というものだ」


 『使い捨て』は、さらにもう一本剣を抜いた。武骨な、石の塊のような剣だ。


「防御は鉄板お気に入りの『魔切』。攻撃には電撃をものともせず切りかかれる『ロックブレード』」


 二振りの剣を構えて、『使い捨て』は言う。


「お相手願うよ、『迅雷』のサンドラ」


「分かった。じゃあ先手は貰う」


「おっ、やる気だね!」


 接近、肉薄、からの「スパーク」。サンドラの手元で閃光が弾ける。それを、『使い捨て』は正面から切りかかってきた。ロックブレード。閃光はその無骨さの前に潰れて消え、サンドラへと向かってくる。


 だが、今のサンドラにそれは通じない。スワディスターナチャクラの無意識の回避は、集中力の切れない限り何物にも触れられない。


「ほお! 今どうやって避けたのかな? 完全に当たったものと思っていたけれど」


「あまりに遅くて、触れてからでも避けられる」


「ふぅーん? それは随分速度に自信がおありの様で。なら、ロックブレードはもういいかな。刃も使い込んで潰れちゃったし」


 『使い捨て』は二つ名の通り、剣を使い捨てて新しい一振りを抜き放った。刀身には三つの目がぎょろりと開かれている。


「魔剣『フォロイングソード』。敵の動きに合わせて自動で調整してくれる、剣術初心者向けの魔剣だ。まさか今になってお世話になるとは思っていなかったけれどね」


「初心者は魔剣なんて持たない」


「あははっ。君の言う通りだ! それで面白くって買ってしまってね。だからこそ、―――こういう予想外の戦闘で役立つんだよ」


 今度は『使い捨て』の方から、急速に接近してきた。サンドラはそれに焦らず落雷を返そうとして、スワディスターナチャクラ、存在しない赤子が警戒を泣いて訴えた。


「―――ッ」


 退く。飛び退く。間一髪の間合い。遅れたサンドラのサイドテールが、僅かに切られてパラパラと舞う。


「……今、チャクラの回避に剣が伸びた」


「うん、よく見てるね。しかし避けられてしまったな。油断していたから、ここで首を切っておしまいにしようと思ったのだけれど」


「怖い人」


「ちゃんとどういう剣か教えてあげたのに、気にした風もないんだもの。戦闘を舐めてるおバカさんには、いいお灸だと思わないかい?」


 サンドラはむっとして『使い捨て』を睨み返す。そして腕輪の、こう言った。


「怒った。しばく」


「あははっ! それ、君の奥の手かな? いいよ、やろう! ここで君を下せば、この戦争は私たちの勝ちだ」

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