第210話 そして深夜がやってくる

 アイスは、ウェイドパーティハウスで一人、地図を広げていた。


 あるのは、ペンと目隠し、そしてコーリングリング。作戦達成に十分な人材は揃っている。ここから先は、アイスの責任だ。


 アイスは、長く長く息を吐きだした。地図を確認する。地図も、移動ルートも、、全て頭に入っている。


 やるしかない。やらなければならない。アイスは静かに覚悟を決め、目隠しで目を覆った。


 コーリングリングを、こする。


「みなさん、作戦を開始して、ください……っ」


『了解』『応』


 一斉に、全員の声が返ってきた。アイスは全員そろっていることを確認しつつ、意識を配達チームへと集中させた。


 配達チームは、サンドラを中心にカドラス、ドリームという順番で進んでいた。ドリームの魔法で姿を隠し、森の中で塀を見上げている。


『……ここ、侵入口だったよな』


『そう』


『わーたっかーい。……どう登んのよこれ~』


 サンドラ以外の二人が、ブーブーと文句を垂れている。サンドラはアイスの雪だるまをツンツン指で突いてから、カドラスとドリームの腰回りに手を回した。


『うぉっ? さ、サンドラちゃん? 今になって俺の魅力に気付いちゃったか?』


『カドラス~、空気読みなよ~。こ・れ・は、サンドラちゃんアタシ目的だから』


『お前も冗談言ってんじゃねぇかよ!』


『二人ともうるさい。サンダースピード』


 二人はサンドラの魔法に巻き込まれ、全身を電気と化した。サンドラは平然と壁を駆け上がり、塀の上へと昇る。


 魔法を解除すると、カドラスもドリームも、『な、なるほど……』『わーすっご。五メートルとか垂直に登んなかった?』と言っている。


 そこで、アイスは言った。


「サンドラちゃん……っ、ここからは、わたしの雪だるまが道案内する、ね。それについていくようにして、進んでくだ、さい……っ」


『了解。そんな感じで』


『おう。じゃあここからは会話は最低限な。ドリームの魔法で騒いでも他に聞こえないとはいえ、緊張感が薄れる』


『おしゃべり魔人のアタシとしては、ずーっと話してたいところなんだけど~』


『ドリーム、お前はもう少し真面目にやれ』


 言い合いながら、三人は城壁の上を進む。そしてカドラスが中央広場を見て、『うお』と声を漏らす。


 そこには、無数の幻獣が居た。休んでいるように見えるが、身じろぎをする様子を見るに、眠ってはいない。


「幻獣は、城内にたくさんいるから、気を付けて、ね……っ。特に、ニオイに敏感そうな幻獣は、避けて進むようにするので、そっちも気を付けて……っ」


『了解。殺すのは?』


「それも、可能な限り避けて、欲しいな。『幻獣軍』さんに感知されちゃう、から」


『だって』


『なるほどなぁ。幻獣は一回戦ったが、三匹を一人で相手取ると厳しいな』


『アタシは一匹も無理ね~。ま、そもそも気づかれないんだけど』


『あたしは最近壊滅させた』


『金等級が銀等級に張り合ってくんなって。はー、サンドラちゃんとここまで差が付くとはなぁ……。これが狂気の違いって奴か』


 三人は城内に入っていく。そこで別のコーリングリングから、『定期連絡』とフレインの声が聞こえた。


『現在城内に変化なし。幻獣どもは変わらず巡回してやがるし、「使い捨て」も同様だ。あの女騎士が危険なのは伝えたな?』


「うん……っ。大丈夫、遭遇しないように誘導する、よ」


『そうしてくれ。メンバーを殺された借りを返すのは、強くなってからでいい』


 アイスは聞くだけ聞いて、再び配達チームを先導し始める。


 幻獣の動きは把握しているし、どこに何が居るのかも分かっている。だが、それと同時に


「止まって。少し後退……っ」


 指示に従って、三人が少し下がる。その先の道を、真っ白な虎の幻獣が横切った。スンスンと鼻を鳴らしているが、風と距離のお蔭で気づかれずに済む。


「もういいよ、進んで……っ」


『進む』


 真夜中の静寂があった。その中を、三人は進んでいた。幻獣を避け、露見を回避して進んでいく。


 そこで、難しい局面に差し掛かった。


「止まって……っ」


 三人は停止する。アイスは、複数の条件を確認して、眉根を寄せた。


「……三人とも、聞いて……っ。もうすぐで、ウェイドくんの部屋、なの。でも、ね? その前に、『使い捨て』さんがしばらく陣取ってて、退いてくれない、の……っ」


『それは、中々の難事』


『「使い捨て」はマズいぜ。サンドラちゃんはともかく、俺とドリームは手も足も出なかった』


『フレインはちょっと抗ってたけどね。大魔法は使う余地がなかったから、やっぱり負けちゃった』


「……」


 アイスは考える。ウェイドの部屋は窓のない個室で、扉以外にはたどり着く方法がない。この数日は、『使い捨て』は巡回していたはずなのに。


 とはいえ、この程度なら、想定の範囲内の『想定外』だ。アイスはさらにもう少しだけ逡巡し、そして賭けに出ることにした。


「フレイン、くん。狙撃を、お願い……っ」


『どこに』


「……」


 アイスは熟考の末に、告げる。


「『使い捨て』さんを挟んで、配達チームの反対側、に」


『分かった。スナイプファイア』


 『使い捨て』から見て右側から進んでいた三人とは反対。左の道の曲がり角を少し曲がったところにある窓から、フレインは狙撃した。


 その、石をえぐった音に、『使い捨て』は反応した。


『ミスティ! 侵入者だ! 幻獣を走らせてくれッ!』


「―――ッ」


 判断が迅速すぎる。多少不審に感じてくれた方が好都合ではあるが、単なる物音とは全く思ってくれないのが将軍たるゆえんか。


 廃城内の全ての幻獣が起き上がり、場内を駆け出した。配達チームのエリアにぶつかるのはまだ少し時間があるが、それでもタイムリミットが決まったことに変わりはない。


 『使い捨て』はそれから、左をじっと見つつも、右、つまり配達チームのいる方角をも気にしていた。先ほどの音が本物か、あるいは陽動かを考えているのだろう。


 確率は二分の一だ。アイスは、外して……っと祈る。左に探しに行け。こちらの実力を侮れ。アイスはじっと祈り、そして―――


『悩むのはバカバカしいね。


 右中指の指輪を、『使い捨て』は取って地面に投げた。すると見る見る内にその指輪は姿を変え、『使い捨て』同様の姿を取った。


 『使い捨て』は言う。


『写し身の指輪よ、左の道は任せよう。私は右の道を行くよ』


 指示を受けた写し身は一つ頷いて、左の道を進む。一方本物の『使い捨て』は、配達チームのいる右の道へと進みだした。


 カドラス、ドリームが『マズイマズイマズイッ!』と騒ぎだす。サンドラが、『アイス、指示をお願い』と目つきを鋭くする。


 アイスは歯噛みしつつも、ことにした。


「―――クレイくんッ、トキシィちゃんッ、暴れて!」


『出番がないかとヒヤヒヤしたよ』


『よーっし、暴れるぞぉ~!』


 廃城の屋根の上で待機していた二人が、目をギラギラ輝かせて笑う。二人は、言った。


『さぁやろうか、テュポーン』


『行くよっ、ヒュドラ!』


 クレイが手を噛んで、屋根に開いた口に血を飲ませる。トキシィの肩から、ヒュドラの幻影が伸び広がる。


 ここからが、本番だ。アイスは気を引き締め、配置していた無数の雪だるまを氷兵に変貌させた。

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