第209話 奪還会議2
アイスは、目を閉じていた。
見るのは、殴竜軍の本拠地である廃城だ。そこで、遠巻きにウェイドと殴竜が戦っているのを見る。
ひどく激しい戦いだった。最初は、残像を辛うじて捉えられるかどうか、というような速度で、二人は攻防を交わしていた。
だが、段々目が慣れてきた。まだ速すぎるが、それでも数時間観察していれば、分かることも多くなってくる。
「……すごい。ウェイドくん、殴竜さんの攻撃、半分くらい躱せるようになってる……」
直接の戦闘を通して、感覚を掴むのが早い、とは思っていた。だが、もう回避能力に限っては、世界最高レベルへと手を伸ばしつつある。
ウェイドも、愛しの旦那様も頑張っているのだ。そう思うと、やる気がアイスの中に溢れてくる。
そんな思いを胸に抱きながら、アイスは目を開いた。
「では、これからウェイドくんの奪還会議を、始めます……っ」
目の前には、全員が揃っていた。ウェイドを除くパーティメンバーに、フレインのパーティメンバーも勢ぞろいだ。
クレイ、トキシィ、サンドラ。フレイン、カドラス、シルヴィア、ゴルド、ドリーム。
そして、この場を取り仕切る、アイス自身。
その全員が、ウェイドパーティハウスのリビング、中央机に集合していた。
時間は、早朝。ウェイドが捕虜となった翌々日のことだった。
「お前が取り仕切るのか、アイス」
フレインに言われ、「うん……っ」とアイスは答える。
「わたしは、こういう作戦立案に関しては、多分誰よりも慣れてる、から……っ」
「クレイ、本当か?」
「本当だよ。そもそも群体型の金等級は、アイスさんだけだからね。戦術はともかく、戦略を練れるのはアイスさんだけだ」
「チッ、分かった。なら軍師サマ、オレたちはどうすればいい」
「うん、説明する、ね……っ」
アイスは、地図を机に広げる。
「……こりゃなんだ。見たことない建物だが」
「アイスちゃん、これもしかして、殴竜の本拠地のマップ?」
「うん……っ。全容が把握できたから、作った、の……っ」
トキシィの確認に、アイスは頷く。それに、フレインパーティがどよめく。
「ウェイドパーティって、本当に全員ヤバいのな……。敵の情報、筒抜けじゃねーか」
「いやはや、同じ冒険者として自信を失ってくるわね。まぁアタシとは領域が違うけど」
カドラス、ドリームが各々言っている。アイスははにかんで、「続ける、ね」と言う。
「お願いするのは、とってもシンプルなこと、です。今日ゴルドさんが用意してくれた、『デュランダル』って言う剣を、ウェイドくんに渡してほしい、の」
半ば忘我していた様子のゴルドは、隣のシルヴィアに揺すられて目を覚ます。だが、その事で責める者は居なかった。
一番目立つのは、失った右腕だ。
中身を失って垂れている右袖には、血がにじんでいる。フレインパーティの様子をうかがう限り、先日までは無事に生えていたのだろう。だが、切り落とされた。あるいは。
色濃く出ている目の隈に心配を集めながらも、ゴルドは禿頭を撫でつけて言う。
「ああ、完成した、からな……。是非、渡してほしい。シルヴィア」
「……うん」
反対に、シルヴィアの目は赤く腫れていた。泣きはらした目元だ。シルヴィアは、一抱えほどの剣を机の上に置く。
「これが、デュランダル、よ……。ごめん、アタシも疲れてるの……。サンドラ、説明してもらって、いい……?」
「分かった。説明を引き継ぐ」
サンドラが口を開く。一昼夜鍛冶に付き合ったそうだが、ケロッとした顔をしていた。
「この剣はデュランダル。少し触って分かったけど、ウェイドの攻撃力を大きく底上げしてくれる剣になる。特徴は、形を変えられること」
「形を変える、というのはどういうかな」
クレイの問いに、サンドラはそっとデュランダルに触れる。
すると、デュランダルは見る見るうちに縮み、短剣に変化した。アイスはそんな剣を聞いたこともなくて、瞠目してしまう。
「こういうこと。形を変えずに、重さも変えることが出来る。効果は割と青天井。変化速度も一瞬。切れ味は異常」
サンドラは自分の手持ちのナイフを持ち、ナイフと化したデュランダルを押し当てる。刃と刃をかみ合わせるように。力を入れず、ゆっくりと。
だが、それでもナイフはまるでバターのように切れていった。サンドラのナイフがキィイイイイ、と甲高い金属音と共に切れていく。
最後に、キン、と小さく音を立てて、ナイフは切断された。その断面は、あまりにも滑らかだ。
「この剣は、多分世界最高レベル。聖剣を名乗れる」
「物理的に、もう二度と打てないほどの剣となった……。ウェイドの手に渡れば、おれは、殴竜に勝てると、考えている……」
息絶え絶えで、顔も体も満身創痍という状況で、なおゴルドは輝かんばかりの目を宿していた。だが、気持ちは分かってしまう。この剣なら。そう信じさせてくれる輝きがあった。
サンドラはデュランダルに触れ、軽い鈍らに変える。
「こうしておけば運ぶのも簡単。だから、所持者がウェイドに接触さえできればいい」
場に納得の雰囲気が流れる。そして、アイスに再び注目が集まった。
「三チームに分かれて、届けて欲しいと思って、ます」
アイスは、全員の顔を見回す。
「まず、わたしとフレインくんは、遠隔支援チーム……っ。わたしは、みんなにわたしの雪だるまを持ってもらって、案内します……っ。フレインくんは、狙撃で陽動と排除、を」
「フン、まぁ妥当か」
フレインは危険の少ない役割に、満足そうだ。
「クレイくんとトキシィちゃんは、土壇場チーム……っ。配達チームが危ないとき、雪だるまに合図を送る、から、巨人化したり、毒をまき散らしたりして、暴れて欲しい、の」
「まさに土壇場だね」
「大暴れして、全部うやむやにしちゃえ~って感じ? アハハ、楽しいそうでいいね」
実のところ、一番危険なチームでもある。だからこそ、実力のある二人に任せている。この戦争の流れを見る限り、死ぬことはないだろう二人だ。それに、殴竜は人を殺さないという情報もある。
「最後に、サンドラちゃん、カドラスさん、ドリームさんが、配達チーム……っ」
フレインが、目を細める。
「おい、十分危険な振り分けじゃねぇか。危険はなるべく排してくれるって話じゃなかったか。え? 軍師さんよ」
「安全は、可能な限り確保して、配備した、よ……っ。身軽に動ける三人で、構成した、の。サンドラちゃんが居れば高速で逃げられ、る。カドラスさんは魔法を無力化する剣を持ってる、し。ドリームさんは、幻魔法で透明になれるん、だよ、ね……?」
「あちゃー、それ知られちゃったから、こんな役回りになっちゃったか。耳聡いっていうか、記憶力いーね、アイスちゃん」
ドリームは、含みのある目でこちらを見つめてくる。一方、カドラスは「すまんが」と小さく手を挙げた。
「この通り、腕の骨が折れてる。剣はまともに使えない状況だ。力になりたいのはやまやまなんだけどよ。この体ではどうしてもキツイ」
「あ、それだけど、追加報酬というか、前払いというか、治す準備があるよ」
「は?」
トキシィが言うのを受けて、カドラスはポカンと口を開けた。トキシィはカドラスに歩み寄っていき、「じゃ、先に治してくるね~」とカドラスを別室に連れて行ってしまった。
「……ということ、で……っ」
「いや、何がという事なんだよ」
「アイスさん、流石にちょっと強引だよ」
苦言を呈され、アイスは縮こまって「ごめんなさい……っ」と頭を下げる。するとそこで、ハイテンションのカドラスが戻ってきた。
「おいクソガキィ! 治ったぞオイオイオーイ!」
「マジかよ……!」
鼻高々に胸を張って、トキシィは席に着く。カドラスは意気揚々にフレインに絡んで、フレインからウザがられている。
「もちろん、カドラスだけじゃないよ。怪我してる人たちは、前払いで全員治してあげちゃう。その上で、今日の深夜、協力して欲しいの」
アイスの代わりに、トキシィは言った。そうなると、怪我だらけのフレインパーティは実利を取らざるを得ない。
だが、流石に一人は難しい者もいる。
「そ、それって、お兄ちゃんも……!?」
「あー……ごめん。ゴルドさんの腕の欠損は、治せない。腕の断面を肌で覆って、傷の処置は出来るんだけどね」
「……そう……」
「シルヴィア、気にするな。おれとて、治せるという安易な気持ちで鍛冶に望んでいない」
シルヴィアとゴルドのやり取りに、場の空気がしんみりしかける。だが、そんな事をしている場合ではない。アイスは、「じゃあ、まとめます……っ」と場を締めに掛かる。
「今のチーム分けで、今日の深夜、仮称殴竜城への潜入作戦を執り行います……っ。詳細は、各員と詰めていきますので、それまでこのパーティハウスで待機してください……っ」
『了解』『応!』
パーティごとに特色のある返事を聞きつつ、「まず配達チームの三人と、お話させてください……っ」とアイスは会議を続ける。
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