第208話 圧縮

 親睦会がとり行われていた。


「……」


「ウェイド、これも食べないか? 美味いぞ」


「シグ……お前は何だ? 俺の兄ちゃんか?」


 少し大きめの客間らしき部屋。大きな長机に所狭しと広げられる料理の数々。そして中央に座り、何かいかにもめでたい感じの帽子をかぶせられた俺。


 殴竜は俺の苦言を気にせず、俺のさらに続々と料理を盛っていく。ついでに自分はその倍の量を食べる。


 俺は助けを求めるように、ブラーダを見た。ブラーダは飄々と笑って言う。


「シグは世話焼きなんだよ。許してあげて」


「俺って捕虜だよな……? 本当に捕虜か……? 実は四天王入りが決まった新しい将軍だったりしないか?」


「ウェイドが新しい将軍に来てくれるなら、歓迎会はこんなものじゃないぞ」


「嘘だろ……?」


 この時点でだいぶ盛大だが。四天王以下の指揮官も数人混ざって食べてるし。隅っこに涙目でやけ食いしてる『幻獣軍』ことミスティいるし。


 しかも、もう二つ名呼びする相手もいない。シグのごり押しで、俺もシグと呼ぶことになってしまった。何でだよ。友達かよ。


 仕方なく、俺は料理を口に運ぶ。あ、マジでうまい。ここ戦場だよな? 自信なくなってきた。


「ちなみに料理も一時間で全部シグが作ったよ」


「シグお前何でもできんの? 超人か?」


「現人神と呼ばれることはあるぞ」


「超人も超えて神なのかよ。じゃあもういいよ何しても」


 俺は両手を挙げて降参の構えだ。シグはその手にパンとワインを持たせてくる。何で?


「ブラーダ……助けてくれ。シグの天然っぷりに、俺ついていけないよ」


「諦めて。レイジとロマンが揃うとバカ三人衆になってもっとひどいから、まだマシ」


「これで……?」


 でも想像できる。『憤怒』レイジも、『自賛詩人』ロマンティーニも、思い返せば結構変人だった。多分シグとも波長が合うのだろう。


 俺は仕方なくパンをワインで流しこみ酒瓶を置く。


「良い飲みっぷりだ、ウェイド。どうだ一つ、飲み比べなど」


「シグお前、絶対自分の体重分のアルコール飲んでもケロッとしてるだろ」


「もう少し多いな」


「じゃあ、なおさらやんねーよ」


「ウェイドはつれないな……」


 そこにブラーダが首を振る。


「シグ、そんなことないよ。ツッコミ入れるだけでちゃんと相手してくれる辺り、ウェイドもかなり優しいよ」


「……そうか! 確かにブラーダの時は完全に無視だったし、それに比べれば確かに優しいな」


「ブラーダ完全に無視したのか? シグを?」


「だってウザいじゃん」


「まぁウザいけど」


 殴竜軍でのシグの扱いってどうなってるんだ、と思わなくもない。何だかフレインを彷彿とさせる。フレインはバカ扱いで、シグはウザイ扱いなのかもしれない。






 そうして謎の親睦会とやらを済ませ、満腹になった俺とシグは、城を出た先の森の中で対峙していた。


「さて、食後の腹ごなしと行こうか、ウェイド」


「……将軍と手合わせする捕虜なんか聞いたことないんだが」


「そのまま勝てたら、この戦争はカルディツァの勝利となるぞ」


「余裕綽々で言ってくれちゃってよ」


 俺の皮肉に、シグは「ふ」と笑う。


「案ずるな。手加減はする。武器も身につけてはいないだろう?」


「え、シグお前武器も使うのか?」


「? いいや、使わないが」


「じゃあ何で言ったんだよ」


 俺の指摘に、シグは首を傾げている。こいつ本当に敵の総大将なのか? 俺は疑問でいっぱいだ。


 だが、シグが構えを取れば、緊張感が戻ってくる。殴竜と呼ばれる大英雄の凄みに、強制的に俺の意識は臨戦態勢に入る。


 俺も構えを取って、唱えた。


ブラフマン、ウェイトアップ、ウェイトダウン、リポーション、神よ俺に加護を」


 俺の言葉に、シグは口端を吊り上げる。


「随分と長い呪文だな」


「数が多いんだよ、唱える奴の。何かいいのないか?」


 俺の軽い相談に、シグは答えた。


「圧縮してしまえばいいだろう」


「圧縮?」


「そうだ。ロマンの秘技なのだが、まぁ教えても文句は言わんだろう」


 多分怒られると思う。


「呪文とは、全て神へのメッセージだ。だから、要するに神に伝わればいい。頻繁に行く店で、いつも同じ注文をしているとき『いつもの』で済むようにな」


「そのシチュエーション人生で一度もないけど」


 とはいえ、分からなくもない。ブラフマンはもうルーティンになって変えたくないので、圧縮言語を別に設定すればいい、ということになる、のか?


「圧縮言語ってどう設定すればいいんだ?」


「それこそ会話すればいい。この呪文をまとめてこう呼びたいがいいか、と交渉するのだ。成立すれば、同様の効果が得られる」


「そういうもんか……。じゃあ、えっと」


 俺は魔法を切ってから、空を見上げながら言う。


「ウェイトアップ、ウェイトダウン、リポーションの三つと、神への賛美をまとめた言葉を、『アートマン』って呼ぶな」


 すると、三つの魔法が魔法印を通じて俺の身体に掛かったのが分かった。しかも、ちゃんと魔法が拡張済みのそれだ。「おお」と俺は効果に嬉しくなってしまう。


「便利だな、これ。やりやすい」


「……アートマン、とは?」


「ん、ああ。師匠から教わった真言の一つでさ。自分、って意味らしいんだ。厳密にはもっと小さい、自分の根源、みたいな意味らしいんだけど」


「なら、いつも言っているブラフマンというのは」


「宇宙だってさ。まぁ全てってことだと思うんだけど。全は一、一は全とか何とか言ってたよ」


 肩を竦めて言ってから、俺は改めて構えた。シグも構える。


 俺は言った。


ブラフマンアートマン


「ふ……面白い。ではやろうか」


 シグは、歯をむき出しにして笑う。そして言うのだ。


「お前は、神を垣間見るだろう」


 シグの足元が、弾ける。

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