第207話 尋問

 サンドラがゴルドの鍛冶を見守っている頃合い。夜。トキシィは戦場から領主邸に戻ってきていた。


「ふぅ、疲れたねクレイ」


「そうだね。とはいえ、随分と暴れたし、牽制は出来ているんじゃないかな」


 今日は初めて軍の指揮下で動いたが、結果は上々というところだろう。


 将軍連中とは今日は遭遇せず、それより下の指揮官たち率いる軍隊と戦った。無論圧勝。トキシィの毒海で大軍が沈んだし、遠くで大暴れするクレイのテュポーンは見ものだった。


「で、この後は軽く領主様に挨拶と戦果報告して、……家に帰る?」


「いいや、出来ることは可能な限り早く済ませてしまおう。他の二人も順調に進めてくれているそうだから、僕らも休んではいられないってね」


「そうだね。アイスちゃんが敵の廃城の作りの調査と戦略立てをして、サンドラが……何だっけ。鍛冶を見守ってるんだっけ」


「アイスさんのも中々だけど、サンドラさんのもハードらしいよ。口で説明するのは難しいって」


「サンドラのことだからサボってるだけじゃないの~? ……なんてね。サンドラでも、ウェイドのためなら頑張るだろうし、本当にわちゃわちゃしてるんだろうな」


 よっし、とトキシィは背筋を伸ばす。そして、クレイに言った。


「仕方ないから、私たちも続いて頑張りますか! 確か、『憤怒』と『自賛詩人』の尋問だっけ?」











 二人の尋問官に連れられ、トキシィとクレイは地下牢に連れられていた。


「この先に『憤怒』、『自賛詩人』がいる。どちらも貴族だ。協力的な態度でいる限りは、手荒な真似はするな」


「つまり、非協力的な場合は、多少手荒な真似はしてもいい、ということですか?」


 尋問官の釘刺しに、クレイが問い返す。それに尋問官は微妙な顔をして答えた。


「手荒にするのは、意味がないと思うぞ。どちらも常人の力では傷つきもしない。それなら口説き落とそうとする方が、まだ効果があるだろう、という提案だ」


「なるほど。ひとまず覚えておきます。じゃあトキシィさん。僕は『自賛詩人』を」


「うん。私は『憤怒』の尋問をやるよ」


 隣り合う地下牢の、二つの扉。その内トキシィは左、クレイは右の扉に、尋問官と共に入った。


 トキシィの眼前には、地下牢とは名ばかりの、石造りの丁寧な部屋があった。『憤怒』は拘束されておらず、ベッドの上でぼーっとしている。


「……拘束されてないの?」


 トキシィの問いに、まだ若い尋問官が答える。


「そもそも、有効な拘束具がないんです。『憤怒』に関しては、胴体から剣を抜き治療する代わりに、捕虜として拘束する際反抗しないことを約束する、と」


「そんな口約束みたいなので効果あるの……?」


「ある……。おれたちみたいなのは、その『口約束を守る奴だ』っていう認識があるから、捕虜として好待遇を受けられる……。逆に言えば、『口約束を守らず拘束も出来ない奴』は殺すしかない……」


 ベッドで横になったまま、『憤怒』は口を開いた。寝返りを打ちながら、むにゃむにゃと続ける。


「尋問に来たのか……? 好きにしろ……。王からは、好きに答えていいと許可が下りている……」


「……この手の尋問は、嘘とか、そう言うのの口を割らせるとか、そういうのがつきものだって思ってたけど」


「そういうのは、話す権限の与えられてない、下の兵士にするんだな……。おれたちは、許可が下りてる以上、正直に話す……。ロマンの話と突き合わせて、事実確認でも取れ……」


「……分かった」


 確かに、両者の話が一致している限りは、概ね真実を話していることになる。二人の話が一致してなお不安な点が残るなら、言葉の通りさらに下士官を尋問すればいいだろう。


 ただ一つ気になって、トキシィは尋ねていた。


「『好きに答えて良い』って、どういうこと?」


「王の決定だ……。おれたちが答え渋って、腕を切り落とされるだのといった戦力ダウンする方が、情報よりも大きな損失だと王は判断した……。だから、どんな状況だろうと、おれたちには全てを話す準備がある……」


 なるほど。確かに殴竜四天王レベルの強さなら、軍の秘密情報などを歯牙にもかけない実力がある。つまりは、四天王に勝利できる実力があるなら、情報など誤差でしかないと。


 勝てるなら知らなくても勝てるだろうし、勝てないなら知っていても勝てない。金等級や将軍連中は、そういう領域の人間だ。


 とはいえ、トキシィは「なら尋問してもしなくても同じだ」とはならない。ウェイドのためなら、可能な限り聞くべきことを聞いておきたい。


 だからトキシィは椅子を引き寄せて、ベッドわきに座り込んで問いかけた。


「なら聞かせて。殴竜について。殴竜の強さの秘密。殴竜の弱点を」


「……」


 『憤怒』はのそりと起き上がって、面倒そうにトキシィを見た。


「先に言っておくがよ……、総大将に、弱点なんかねぇ。ただ、頂点なんだよ……。最強。……それが、総大将なんだ」


「それは私が聞いて判断する。話せること全てを話して」


「……分かった」


 『憤怒』はため息を吐きながら、ボリボリと首裏をかいてポツポツ話し始める。


「総大将は……、元々どこかの孤児だったんだと。この孤児ってのが重要で、つまり、ただの孤児じゃなかったんだ」


「それは、貴族とか?」


「違う……。何つーかな……。とても珍しい神を信仰している村の出身だったらしくってな。その村以外では、その神は信仰されてなかった」


「……」


 トキシィは着地点が見えず、黙って先を促す。


「良い村だったんだそうだ……。村人全員が家族みたいで、温かな村だったと。じゃあ孤児にはならないんじゃないかって、思うよな?」


「……受け入れてくれる村人が、一人も居なくなった?」


「は……いい想像力してるぜ。その通りだ。。何もかもが殺され、犯され、貪り食われたって聞くぜ……。悲惨だったらしい」


 殴竜は、そんな村の唯一の生き残りだった。誰も彼もが死んだ中で、最後に生き残ったのがかつての殴竜―――シグ少年であったと。


「そこで関わってくるのが、珍しい神さんだ。その神さんは、総大将が最後の信仰だった。総大将以外その神を知らなかった。総大将が死ねば、神は信仰を完全に失う」


「……信仰を完全に失うと、神はどうなるの」


「消えるんだそうだ。神にも死はあったんだとよ……。だから、村を守っていればいい、みたいなささやかな神も抵抗した。そして、少年だった総大将に持ち掛けた」


 ―――死なないでほしい。生き抜いて。あなたから神として受け取る全てを、あなたに返すから。


「……神として受け取る全て、って?」


「命、想い、後悔、そういうものは、神の信仰になって神を肥やすらしい。だが、それを丸々神は総大将に返した。結果どうなったと思う?」


 トキシィは想像がつかなくて、首を横に振る。『憤怒』は笑った。


「殺した敵の、全てが総大将の力になったんだと。力、速度、知性、信仰、魔力。ゴブリンを殺せばその力が総大将の力に足され、オークを殺せばその力が総大将に足された」


「……」


「まだイマイチ分かってないみたいだな……。要するに、足し算だ。総大将とオークが二人で協力しなきゃ持てない箱があったとする。だが、総大将はオークを殺せば、一人でその箱を持ち上げられるようになる」


 そこまで聞いて、トキシィはその話のすさまじさに気付き始める。


「じゃ、じゃあ、ゴブリンを百匹殺せば、百匹分の腕力が殴竜に?」


「なる……。そうやって強くなった総大将は、さらに強い敵に挑む。結果起こるのは、足し算どころか倍々ゲームだ……」


 『憤怒』は、まるで誇らしいことを語るように説明する。


「少年だった総大将が1の力で、同じく力1のゴブリンを殺す。総大将の力は2になった。だから次は、2の力のコボルトを殺して4になる……」


 そして『憤怒』は言うのだ。


「仮にドラゴンの力を1000とするなら、たった十回戦えば総大将は届いちまう……。実際、さして戦闘を重ねてなかったって聞くぜ。そうして、総大将は少年の身でドラゴンキラーになったんだ」


 たった十回の戦闘で、素の力でドラゴンに匹敵するようになる。実際、何の武器も持たずに殴竜はドラゴンと戦ったのだろう。そして殴り殺し、力とした。


 だから、殴竜。


 拳でドラゴンに勝利するもの。


「総大将は、そこから気に食わないもの全てを殴り続けた。盗賊、悪徳領主、魔人、魔王、そして神。総大将は、実は魔王を倒した勇者にして、神を殺した大魔王だったそうだ……!」


 そして総大将は、王と出会った。


「王は総大将をしてこう言った……。『神を殺した以上、お前はもう神だ。それ以上にはもうなるな。もう何も殺すな。それ以上の強さを、人間は許容できない』」


 王は、総大将に手を差し出した。


「『俺の下につけ、殴竜。お前、頭もいいんだろう? なら、もっともどかしい思いをしないか。俺のところで将軍をやれ。人の上につくってのは、厄介で、苦しくて、難しいぞ』」


「……それで、殴竜は傲慢王の下に?」


「下ったそうだ。それ以来、総大将は虫一匹殺していないらしい。だが、王曰く、どんな強敵も淡々と殺していた冒険者時代よりも、ずっとすっきりした顔になったって話だ……」


 トキシィは一通り聞いて、考え込む。その話が本当なら、恐らく本当に殴竜に弱点はない。不死だったり、毒だったりといった飛び道具を全く持たず、素の身体能力だけですべてを圧倒してきたことになる。


 つまりは、その領域にまで、ウェイドを高めなければならない。


「分かったか? 総大将は、神なんだよ……。神にたった一人愛された使者。現人神となった人。それが、殴竜シグなんだ……」


 トキシィは頭を抱える。最強。文字通りの、最強だ。弱点なんてものはない。


 破る方法は、唯一、地力で勝利するだけ。


「……分かった」


 トキシィは立ち上がる。『憤怒』に「諦めたのか?」とからかわれ、睨み返した。


「冗談言わないでよ。ウェイドだって、殴竜に勝てる。情報提供ありがとう。ウェイドをそこまで高めて勝利して見せるから、期待してて」


「……この話を聞いて心が折れねぇんだから、筋金入りだな」


 言って、再び『憤怒』はベッドの上に横になる。トキシィは怒気にも似た闘志を抱えて、地下牢を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る