第206話 鍛冶

 アイスがレベリオンフレイムの協力を取り付けた頃、サンドラはカルディツァのメイン通りを歩いていた。


「ここ」


 そして道端の焼き鳥屋に寄る。


「へいらっしゃい! おお、サンドラちゃん! 今日は何にする?」


「適当に三本」


「あいよっ!」


 焼き鳥をいくらか包んでもらう。それをくわえながら、サンドラは真横の鍛冶屋に入っていく。


「あ、いらっしゃー……何か見たことある」


「ウェイドパーティのサンドラ」


「ああ、道理で。初めましてね、サンドラ、アタシはシルヴィア。レベリオンフレイム所属よ」


「よろしく」


「ええ、よろしく」


 鍛冶屋のカウンターに近づきながら、二人は軽く挨拶を交わす。それから、サンドラはキョロキョロと周囲を見回す。


「何か探してるの? それとも鍛冶の依頼? 武器を買いに来たとか」


「ウェイドの剣、取りに来た」


「……あー……」


 サンドラが言うと、シルヴィアはとてもげんなりした顔で言う。


「あなたからも言ってくれない? お兄ちゃんが今結構無理してて、やめてって言っても聞かないのよ」


「これで、とうとう準備が終わったぞぉおおおお!」


「うわ……」


 シルヴィアが言うなり、奥から噂のゴルドのものと思われる声が聞こえてきて、シルヴィアは嫌そうな顔をする。


 一方サンドラは無表情のまま、体を傾けてカウンター奥の様子を盗み見ようとする。


「何してるの」


「うーん……一言じゃ説明できないというか、アタシもよく分かってないというか。見る? お目汚しって感じの光景になると思うけど」


「見る」


 シルヴィアに答えてすぐ、サンドラは焼き鳥を食べ終え、ひょいっとカウンターを飛び越える。「普通に入り口から入ればいいのに……。まぁいいわ、こっち」と奥へ向かうシルヴィアに続いた。


 そしてその光景がちょっと予想外過ぎて、サンドラは「わお」と驚きを口にする。


 そこに居たのは、上半身裸で、右腕にびっしりと魔法印を書き込んだ禿頭の男だった。彼は妙な魔方陣の中心に座り込んでいて、ぜぇぜぇと息をついている。


「……どういうこと?」


「分かんないわ。最高の剣を作るためには、これしかないって」


 サンドラの質問に、シルヴィアは首を横に振る。そこで、ゴルドはサンドラに気付いたようだった。


「うん? お前は……ウェイドのところのサンドラだな。良いところに来た。ここからちょうど鍛冶を始めるところだ。今は、昼前か。なら夜明け前には出来るぞ」


「早い」


「お兄ちゃんは鉄魔法使いだから、短縮できるのよ。本当なら一、二週間かかるって聞くけど」


 そこで、ゴルドは言う。


「ああ、今日はシルヴィアにも手伝ってもらうぞ。早く仕上げたい。可能な限り早くな。おれの直感だが、おれの剣がウェイドに渡れば戦争は終わる」


「その自信どこから来るのよ……。っていうか、いつもはアタシに手を出すなって叱るくせに、どういう風の吹き回し?」


「何、ルーン魔法の練習で、最近熱心だから任せられると思ってな。それに、今回ばかりはおれの手でやる訳にはいかん」


 さて、と言いながら、ゴルドは魔方陣の中で起き上がった。それから、説明してくる。


「シルヴィア、ここからはおれの説明に従って動いて欲しい。サンドラ、お前もあまり驚かないで見守ってくれ」


「何よ何よ。何するつもり?」


「分かった」


「サンドラも安請け合いしちゃって」


 ともあれ、二人は話を聞く体勢になる。ゴルドは、説明を始めた。


「まず前提として、この腕の魔法印の話をする。この魔法印は見ての通り、直接腕を刻んで書き込んだものだ。おれの実力では到底届かないところまでは書き込んである」


「……どういうこと?」


 首を傾げるシルヴィアに対し、サンドラは表情を強張らせる。


「それ、結構マズい奴。神罰が下りかねない」


「えっ? はっ? お兄ちゃん何やってんの!?」


「ああ、大丈夫だ。普通なら神罰は下るが、この魔法陣の中に居る間は下らない。この魔法陣は、ルーン魔法で『神の目から隠す』ように記した。実際、おれに神罰は下っていないだろう?」


 サンドラは見下ろす。炭で簡単に描いただけの粗雑な魔法陣。これが、ゴルドの命を守っている。


「ちょっ、そういう重要な話は早くしてよ!」


「だから最初に話している。で、だ。ここからが本題だ」


 ここまでの話も十分驚きだったが、ゴルドの話は止まらない。


 ゴルドは、これからの計画を話す。


「おれはこれから、腕を鉄に変化させたうえで切り落とす。それを芯にして、剣を打つつもりだ。限界まで魔法印を刻んだ鉄魔法使いの腕が、剣の芯となる」


 その説明に、二人は言葉を失った。ギラギラと輝くゴルドの瞳には、何の躊躇も存在していなかった。


「凄まじい剣になる。鉄魔法を内側に秘めた、変幻自在の剣だ。名前ももう決めてある。『デュランダル』。おれが作ったバカみたいな剣を愛してくれたウェイドに、これを贈るんだ」


 沈黙が下りた。理解不能の狂気が、そこにあった。それに、シルヴィアは耐えられなかった。


「え……い、いや、それ、どういうこと? お兄ちゃん、熱でもあるの?」


「おれは健康そのものだ。俺は腕に魔法印を刻むまでやった。そして切り落とす。そこからは、お前がやるんだ、シルヴィア」


「え、い、意味わかんない。や、やだ。やだよ。何それ。そんなのに巻き込まないでよ」


 シルヴィアは恐怖に涙さえ浮かべながら、ふるふると首を横に振った。そんなシルヴィアの腕を掴んで、ゴルドは言う。


「もう魔法印を刻んでしまった。おれは腕を切り落とすまでは、この魔法陣から一生出られない体になったんだ。取り返しのつくところはすでに過ぎた。だから諦めて手伝ってくれ」


「何よそれ! わけ、訳わかんないよ! やだっ! お兄ちゃん頭おかしいよ! 何でウェイドの剣作ろうって言って、腕切り落とそうなんて考えつくの!? どうかしてる!」


「おれは未熟な鍛冶師だ」


 ゴルドは、迷わない瞳で言う。


「だが、おれにしか打てない剣はあると思っている。いずれ打てればいいと思っていたが、殴竜が来てしまった。大英雄にも勝てる武器が、今、必要になったんだ」


「だからって!」


「犠牲を払う必要があると思った。俺の未熟さを埋めてしまえるほどの犠牲を。ウェイドと話して、不思議なほどすんなりこの発想に至った。名前さえも、あの時に決まった」


 ゴルドは禿頭を撫でて、穏やかに笑うのだ。


「恐らく、あの瞬間に言われたんだ。創造主に、『打て』と。『伝説になるような剣を打て』と。おれの頭の中には、『デュランダル』なんて言葉はなかった。だが浮かんだ。そういうことだ」


「訳わかんない! 訳わかんないぃ……!」


 シルヴィアはパニックになって、ゴルドにしがみつきながら泣いている。サンドラはそれに目を剥いて、流石に驚きを隠せずに見つめた。


「創造主が、そう言ったの」


「ああ。神に言われたようには感じなかった。もっと上のナニカ。だから、創造主だと思った」


「……そう」


 創造主。この神を、人間を、魔人を、そして世界を創った者。祈りに応えない超常の存在。信仰を求めず、ただすべてに『生きよ』と祝福する


 神に愛されたとか、神に命じられたとか、そういう風なことを言うものは居る。それは実際に良い影響が出たりするので、重用される。あるいは、重用目的でうそぶく者もいる。


 だが、創造主はそういう事をしない。したという話すら聞かない。この世界において、創造主とは滅多なことでは口にしない存在だ。知っているが語るべきではない。そういう存在。


 それが囁いたというのなら、きっとゴルドのそれは本物だ。


 サンドラは、そっと部屋の入り口に立った。シルヴィアは涙を流しながら、サンドラを困惑の目で見ている。


「何……? サンドラ、何してるの……?」


「シルヴィア、ごめんなさい。初対面で、こんな厳しいことは言いたくない。けど、……あなたは、剣を打つべき。兄の腕を芯にして、剣を打つべき」


「――――ッ」


 シルヴィアは竦み上がる。嫌だと首を振り泣きじゃくる。だがもう、鍛冶は始まってしまっている。ゴルドは鍛冶が終わらなければ、生きて日の目を見ることさえできない。


「では、切り落とすぞ」


「やだっ! やだぁっ! やめて! やめてお兄ちゃん! やだぁ!」


 ゴルドが、深く息を吸う。「アイアンアーム」の一言で腕が鉄と化していく。そして鉄にならない腕の根元を目がけて、大剣を落とした。

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