第205話 援助要請

 クレイが領主邸で交渉を終えた頃、アイスはレベリオンフレイムの拠点を訪れていた。


「いる、かな……っ。気配はするから、多分いる、よね」


 多少の逡巡があったが、ウェイドのためならアイスは迷わない。呼び鈴を鳴らすと、扉が開かれる。


「誰だ」


「ひぅっ」


 物騒な挨拶に、アイスは怯む。


「ん? これはこれは。ウェイドのとこの……えーっと」


「あ、アイス、です……っ」


「そうそう! ごめんな、ちょっと印象薄くてさ。っと、まずは扉を開けるか」


 扉が開かれる。そこから現れたのは、カドラスだった。「よう、アイスちゃん。ま、立ち話も何だ。入ってくれよ」とパーティハウスの中に招かれる。


 だが、アイスは少し看過できなくて、先に進んで行ってしまうカドラスに問いかけていた。


「あの……っ! その、傷は」


「ん? ああ、これか」


 カドラスは包帯の巻かれた腕を掲げる。添え木で固定された、かなりの重傷だ。


「いやー困ったよ。戦争始まってそうそうこれだもんな。いきなりビッグネームとの戦いでさ、まぁ生きて帰れたから、ある意味運が良かったのかもだが」


 カドラスは何でもない風に言いながら、「ここに座ってくれ。みんなを呼んでくる」と居なくなった。仕方がないのでそこに座って、アイスは所在なく待っている。


 そうしてしばらくすると、揃いも揃って傷だらけのメンバーがぞろぞろとやってきた。フレイン、カドラス、そしてもう一人は見慣れない女性。


 妖艶で、独特の雰囲気を醸す女性だった。踊り子のような薄絹のヴェール。褐色の肌。露出したしなやかな腹部。薄紫の髪の長い髪が、浮いているようにふわふわと漂っていた。


 アイスはそちらに視線を吸い寄せられていると、目の前にドカッと座ったフレインに驚かされてしまう。


「よう、アイス。満身創痍のレベリオンフレイムにようこそ、だ。……何の用で来た?」


 フレインの態度は殺伐としていた。上半身は裸で、鍛えられた腹周りを包帯でぐるぐる巻きにしている。


 アイスは強張った顔で、口を開く。


「……まずは、そっちで何があったのか、聞かせて欲しい、な」


「ハッ。それを聞くか? おいおい勘弁してくれよ。何が悲しくて、目の上のタンコブの嫁さんに、自分の情けない話をしなきゃならないんだ」


 皮肉たっぷりに鼻で笑って、フレインは言う。だが、アイスは退かなかった。


「これからわたしのする話に、関係がある、から。だから、話して、欲しい……っ」


「……外見に似合わず、強情だな」


「そんなこと言われたの、久しぶり、かも」


「最近言われてなかったのかよ。ウェイドパーティじゃ常識か」


 バツが悪そうにフレインは頭を掻いて、舌打ちしてから話し始める。


「そんな大したことじゃねぇ。『使い捨て』に挑んで、散々やられただけだ。オレは腹を掻っ捌かれ、カドラスは腕を折られ、ドリームは……アレ、ドリームお前怪我してなくねぇか」


 フレインが妖艶な女性に振り返ると、彼女は言った。


「え、だってアタシ幻覚で隠れてたし」


「お前ホント……。まぁいい」


「っていうか、アイスちゃんアタシとは初めてだよね。アタシ、ドリーム。よろしくねぇ」


 蕩けそうな笑みを向けられ、アイスは同性ながらドキドキしつつ「は、はい。よろしくお願いします」と頷く。


 フレインは続けた。


「幸いなのが、シルヴィアとゴルドが、しばらく休みでいなかったことだ。アイツらは五体満足で、今頃ウェイドの新しい武器を作ってる。……居ても太刀打ちできなかっただろうから、いなくて正解だ」


「……もう一人、は?」


 アイスが尋ねると、全員が目を伏せる。アイスは、それで察してしまう。


「……いつになっても慣れねぇな。仲間を失うってのは」


 フレインは立ち上がり、どこからか酒瓶を四つ持ってきた。それを各々一本ずつ投げ渡し、指でコルクを抜く。


 そしてグビグビと飲み下し、ダン、と机に叩き付けた。


「さぁ、話したぞ。お前の用件を言え、アイス。お前は、何でここに来た」


 フレインの詰問に、アイスは答える。


「まず、確認、するね。ここから話す話は、すぐに緘口令の敷かれる極秘情報。だから、秘密にして、欲しい、の……っ」


「緘口令ってことは、戦争がらみの超重要情報か。いいだろう。秘密にする。お前らも秘密にしろ」


「はいはいバカリーダー」


「了解したわバカリーダー」


「バカどもも秘密にするとのことだ。さぁ、言え」


 フレインは急かしてくる。アイスは一呼吸置いて、告げた。


「ウェイドくんが、殴竜さんに、負けた、の。それで、捕虜になってる……っ」


「―――ッ!」


「……おいおい。そりゃあ」


「あー聞かなきゃよかった! 故郷帰りたくなってきたわ」


 フレインは目を剥き、カドラスは口端を引きつらせ、ドリームは頭を抱えて嘆いた。


 だが、フレインはそれでも冷静だった。口元を押さえ、僅かに考えを巡らせてから、聞いてくる。


「オレたちに話を持ってきたのは、救援要請か。つまり、ウェイド奪還の」


「そう、だね……っ。他に、頼りにできるような強くて信用のおける冒険者は、いない、から……」


「……」


 フレインは、腕を組んで目を瞑った。カドラスもドリームも、目配せし合いながら、成り行きを見守っている。フレインは十数秒の長考を経て、答えた。


「断る。昨日の件で、今回の戦争の内、将軍連中は手に余ると判断した」


「っ。ま、待って……っ」


「いいや、待たねぇ。オレはこう見えてパーティリーダーでな。他のパーティメンバーの命を背負ってんだよ。すでに一人失ってる」


 その言葉は、身内の死を経験したことのないアイスには重すぎた。フレインは、畳みかけるように言う。


「オレたちが行っても無駄死にだ。悪いが、今回ばかりは断らせてもらう」


 フレインはカドラスに視線をやって「お客様がお帰りだ。案内してやれ」と立ち上がろうとする。


 だが、それをアイスは許さなかった。


「アイスブロウ」


「っ! ……アイス、お前」


 椅子とズボンが雪だるまによって氷漬けにされ、フレインはくっついて立ち上がれない。


 アイスは言った。


「交渉は終わらせない、よ。それに、そっちの戦力も正しく評価した上で、危険の少ない配置を考える、から。だから、話を続けさせて、欲しい、な」


「いっつも他のパーティ連中に紛れてるような引っ込み思案の女が、他と同じく金等級なんておかしいとは思ってた。お前、ウェイドのとこでも一番肝が据わってやがるな?」


「うん。良く言われる、かな」


「……チッ。調子狂うぜ。分かった。こっちの事情も考えてくれるってんなら交渉を続けよう。ただし、報酬は積んでもらう。白金貨一枚だ」


 言いながら、フレインは腰を椅子に預け直した。アイスは頷く。


「分かった。支払う、ね」


「……こっちは吹っかけてんだよ。動じろ」


「ウェイドくんと引き換えなら、白金貨一枚なんて、安いものだと思う、かな……」


 アイスとフレインのやり取りを見て、「おいおい、アイスちゃんってこんな怖い子だったのかよ」「女は見かけによらないけど、この子は特に、って感じ~」とカドラス、ドリームが言い合っている。


 フレインは明らかに機嫌を悪くして、問うてくる。


「それで? どう手伝えってんだ」


「まだ具体的には話せない、かな。ひとまず、協力してくれる約束だけ、取り付けに来た感じ、だから……っ」


「……そうかよ。分かった。ならどっかのタイミングで呼んでくれ。白金貨一枚の報酬だ。いつでもどこでも馳せ参じてやるよ、クソッたれ」


「ありがと、ね。フレイン、くん」


「礼なんざいるか。死んだら化けて出てやるからな」


 アイスは立ち上がり、玄関前に移動して一度ペコリと頭を下げて、その場を辞した。玄関を出て数歩離れる。


 すると、大声が追ってきた。


「おい! このケツのくっついてんの解除してから帰れ!」


 アイスはそれに肩を跳ねさせ、慌ててフレインのパーティハウスへと戻っていく。

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