第204話 伝令

 ウェイドが捕虜となった翌日、クレイは領主邸に赴いていた。


「おや、これはクレイ殿。済まないが、よほど重要なことでもない限りは、他の指揮官に―――」


「領主様、押してお願いいたします。領主様のお時間を、いただけませんでしょうか」


 通常入れない執務室に押し入って、クレイは領主に直談判する。その様子にただ事ではないと領主も理解し、「承知した。シャドミラ以外出ていきなさい」と命じる。


 そして、領主の執務室に、クレイ、領主、金等級のメイドのシャドミラの三人のみが残された。


「それで、何の用かな」


 領主の問いに、何処か強張った色があった。クレイは、淡々と述べる。


「我がパーティのリーダー、『ノロマ』のウェイドが、殴竜に敗れ、捕虜となりました」


「なんとッ」


「それは……」


 領主、シャドミラの両方が、動揺に声を失った。


 だがそれでも領主。彼は、シャドミラに鋭く命じる。


「緘口令を敷くように指揮官たちに通達しなさい。兵たちや、冒険者の傭兵たちに決してこの話が漏れないように」


「畏まりました」


 シャドミラが影を残して居なくなる。影。これで領主のみの安全だけは守れるようにしてあるのだろう。油断のないことだ。


 とはいえ、この動揺は隙のまま。逃さず、クレイは畳みかける。


「つきましては、その救出の援助をいただきたく存じます。具体的には、戦争における我がパーティの、自由行動の継続。必要資金の援助。捕虜『憤怒』『自賛詩人』の尋問の権利を」


「ま、待ちたまえ。まだこちらも飲み込めていないのだ。それに、呑めない要求がいくつかある」


 やはりか、とクレイは思う。十中八九、ウェイドパーティの自由行動についてだろう。だが、完全に指揮下に入れば、それこそウェイドの救出に支障が出る。


「……ウェイド殿が捕虜となった、というのは本当かい」


「はい。昨日の戦闘で、殴竜との直接対決にて敗れ、捕虜となりました。敗因としては、ぶつかる時期がまだ早かったものと考えております」


「仲間の立場から見て、もう少し時間があれば、勝ちえたと。そう思うのかな?」


「はい。そもそも我がリーダーは、。簡単なことをきっかけにして、目に見える速度で強くなっていく。少なくとも、戦闘前では『自賛詩人』よりも弱い中で、成長し勝利しました」


「そう、だな。目覚ましい成長ぶりの話は聞いているし、二つ名がそもそもそういう由来だ。ならば、……最初から希望はなかったのだ、と自棄になるべき時ではない」


 だからこそ、領主は悩ましそうに唸り出す。そこにクレイは、一言挟んだ。


「状況によっては、身代金と交換、と言う手もあるかと存じますが」


「いいや、難しいだろう。ウェイド殿を除けば、殴竜に勝利する余地のある人間は、カルディツァには居ない。身代金ごときで変換は成立しまい」


 だろうな、というところだ。クレイも昨日考えて、その結論に至った。捕虜交換でも難しいだろう。殴竜は、みんなの力を合わせれば勝てる、という敵ではない。


「せめて『無手』殿が居れば話は違うだろうが……」


 領主は、珍しくも分かりやすく表情を苦しげに歪めている。クレイも内心は同じだ。衝撃が重すぎて、顔に出せないだけ。


 ならば、淡々とすべきことをしなければ。


「ならば、奪還作戦しかないかと。すでに我がパーティでは、その方針で進めております。どうかご理解とご助力の方を、お願いいたします」


「ぐ、む……。分かった。可能な限り譲歩しよう」


 言質を取った。クレイは腰を折りながら、心中でほくそえむ。


「だが、それでも要求の全ては呑めない。とくに、君たちパーティの自由行動は、昨日でもって終わりとさせてもらいたい」


「詳細にお願いします」


「単純に、戦況に与える影響が大きすぎる。君たちが現れれば敵軍は確実に壊滅するが、動きが読めないからカルディツァ軍も撤退せざるを得ない。君たちが複数人で動くだけでも、正直過剰戦力だ。可能ならバラして、領兵に補助をさせたい」


 想定通りの要求だ。クレイは頷く。


「承知しました。軍の指揮下に入れ、というご命令ですね。ですが、我々全員が軍の指揮下に入ると、奪還作戦に割くべき人員を確保できません」


「……なるほど。つまりクレイ殿は、奪還作戦にはウェイドパーティの人間が必要不可欠になる、と言いたいわけか」


「その通りにございます」


 領主は、しばし考えるように唸る。天秤に掛かっているのは、様々な可能性についてだろう。


 殴竜が以後出てこなければ、兵力をウェイドパーティで減らして勝利できる。兵力が決定的に欠ければ、殴竜軍とて占領はうまくいかないからだ。一時退却までは押し返せる。


 一方で、殴竜が動き回れば、それこそウェイドの二の舞になる。着々と追い込まれることになるだろう。ウェイドの拘束具合にもよるが、可能性としてはこちらの方が高い。


 確実なのは、やはりウェイド奪還作戦が成功すること。そしてその上でウェイドの戦力強化を図り、ウェイドが殴竜を打倒することだ。


 領主は、口を開く。


「ならば、半数。常に二人カルディツァ軍の指揮下に置いて欲しい。特にクレイ殿、トキシィ殿を優先的に貸してくれると助かるが、どうかね?」


「……承知いたしました。では、その条件でのみましょう」


「ありがとう。すまないね、君たちの戦力の有無で、アレだけ戦況が様変わりするところを見せられてしまっては、レベリオンフレイムのように自由にはさせられなかった」


 クレイは、うまいこと譲歩した、領主が譲歩を勝ち取った、という形を演出することが出来たことに満足する。


 ここからは、クレイが要求する番だ。クレイは、領主を見据えて繰り返す。


「では、こちらの要求に関しても、ご一考をお願いいただけませんでしようか。必要資金の援助と、捕虜『憤怒』『自賛詩人』の尋問の権利についてです」


「尋問は、カルディツァの尋問官の管理下で許可しよう。必要資金だが、どの程度必要かね?」


「白金貨を、二枚ほど」


 クレイの要求に、領主が僅かに固まる。


「一枚ではダメかな?」


「良いでしょう。では白金貨一枚の資金援助のほど、よろしくお願いいたします」


 クレイのあっさり具合に、領主は『やられた』という顔をする。正直金は足りているので、資金援助なんてものは必要ないのだが、動揺ついでに取れそうなので言ってみたのだ。


 結果は上々。金はいくらあっても困らない。クレイは、すべきことの一つ目が終わった、と領主に口上を述べる。


「では、本日はご要望の通り、私クレイと、トキシィがカルディツァ軍の指揮下に入りたく存じます。何なりとご命令を」


「……ああ。では、シャドミラの指示に従って、各指揮官の下について欲しい。シャドミラ」


「はい、ここに」


 影の中に現れたシャドミラが、クレイに目をやる。それから「うまくやりましたね。では、こちらへ」と言うので、クレイは「何のことですか?」ととぼけておく。

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