第203話 捕虜

 目を覚ますと、知らない天蓋だった。


「天蓋……?」


 ベッドの上に掛ける蚊帳のような奴だ。お洒落ベッド特有の。知らない天蓋も何も天蓋付きベッドなんて初めてだ。


 俺は上体を起こして、何でこんなところにいるのか記憶を探る。思い出されるのは殴竜に敗れた記憶。ハッとなって部屋を飛び出す。


 そこで、声をかけられた。


「やぁ少年。どこに行くのかな?」


 扉に振り返る。見たことのある容姿だった。甲冑を着た女騎士。腰に付けられる剣は本数が多すぎて、スカートのようになっている。


 似顔絵を見た時はかっちりした人なのかなと思っていたが、実際に話してみると、飄々としているな、と俺は思った。


「『使い捨て』」


「おや、私の二つ名。知っていてくれたんだね、『ノロマ』くん。ただまぁ捕虜になったんだ。せっかくだから、私のことはブラーダと呼んでくれ。君のこともウェイドと呼んでも?」


「……いいけど」


「ま、立ち話はなんだ。ついて来てくれたまえよ」


 『使い捨て』―――ブラーダは、俺背後から奇襲されるなんてことは考えもしていない、という軽い足取りで、スタスタと先を行く。俺は釈然としないながら、ひとまずついていく。


 その過程で、問う。


「何で俺、拘束されてないんだ?」


「されてるさ、少年。拘束具じゃないだけだよ」


「……?」


「分からないなら、シグに聞けばいい。彼が決めたことだからね」


 シグ。殴竜シグ。今までぶつかってきた将軍連中は、『総大将』と殴竜を呼んでいた。ブラーダは、彼らよりも殴竜に近しい人間なのか。


 そんな事を考えつつも、俺は体に何か魔法的な細工がされたのか、と疑って、体をポンポン触った。それにブラーダはくすくす笑いながら、「この角を右だ」と廊下を曲がる。


 そうやってついていくと、廊下の途中、扉の開け放たれた部屋の中で、唸り声を聞いた。


「ん?」


「おぉおおぉぉぉおおおお……!」


 その女性の様子は、異様だった。長い髪を振り乱しながら唸っている女性。俺はそれを見て、思わずぎょっとしてしまう。


「え、な、何だアレ」


「ん、ああ。お見苦しいところを済まないね。アレはミスティ、『幻獣軍』さ。ほら、先日君のところの『氷軍』『毒海』『迅雷』の三人娘に、一方的にやられただろう? それで発狂中なんだ」


「あ、ああ。なるほど……」


「ミスティは特に幻獣を手塩にかけて手懐けるタイプだったからね。幻獣は召喚魔法で呼び出すものだから、厳密には死はないのだけど」


「何というか、その、言葉がないというか」


「そうだね。何も言わなくていい。戦争とはそういうものだ。捕虜とてまだ敗者ではない以上、謝罪は不必要だよ」


 飄々とそんなことを言うブラーダについていくと、テラスらしき場所にたどり着く。そこには、お茶会のようなテーブルについた、殴竜の姿があった。


「む、来たか」


「やぁ、連れてきたよ、シグ」


「手間をかける、ブラーダ。さて、『ノロマ』……いいや、あえてウェイドと呼ぼうか。ひとまず、座って欲しい」


「……」


 俺は警戒しつつも、筋骨隆々の腕で示される通り、素直に殴竜の体面の椅子に腰を下ろした。横の席にはブラーダが落ち着く。


 殴竜は語った。


「さて、一度お前の状況を説明するが、今のお前は我が殴竜軍の捕虜という立場だ。元々殴竜軍は捕虜を丁重に扱う慣わしになっているが、お前は特に能力の高い捕虜のため、貴族と変わらない待遇を取っている」


「貴族ってのは、捕虜になっても拘束がないのか?」


 俺が両手をアピールして言うと、殴竜は苦笑した。


「何を言う。目の前にいるだろう。世界最高クラスの拘束が」


「……ああ、なるほど。逃げてもお前がふん捕まえるから、手錠なんてものは要らない、って訳か、殴竜」


「その通りだ。その上金等級の冒険者など、どんな拘束をしてもさしたる意味はない。今のお前なら鉄くらい引き裂けるだろう?」


「まぁ、そうか。でも魔法印を使えなくする、みたいなのもしないのか」


「しない。ウェイド、お前の成長を阻害するのは、武人としてしたくない。お前はそれだけの価値がある。戦争後は、仲良くして欲しいと今の内に頼みたいほどにな」


「侵略戦争仕掛けた奴が、か?」


「それはウチの王に言え」


「傲慢王か」


 俺は、何となく殴竜の人柄が見えてきて、背もたれに寄り掛かる。


 それから、ちらとブラーダを見て、殴竜に言った。


「でも、そんな風に自分を過信しすぎるのも良くないんじゃないか? もし俺が、ブラーダとか、『幻獣軍』の……ミスティを人質に取って逃げ出す、みたいなことをしたらどうするんだ」


 殴竜は、肩を竦めて言った。


「しないだろう、お前は」


「……」


 俺はバツが悪くなって、口をへの字に曲げて鼻を鳴らした。よく人のことを見ている奴だ。負けた上に丁重に扱われて、そんな暴れ方をするほどみっともないことはない。


 そう思っていると、殴竜が言った。


「し、しないよな? ウェイド、お前は本当に、俺以外はもう太刀打ちできない程度には強いんだ。そういったことはしないでくれ」


「しないって。不安になるな。お前世界最強の一角だろドンと構えててくれ」


「え、少年ってそんな強いの? 私とミスティ二人がかりなら勝てるくらいの気持ちでいたんだけど、太刀打ちできないの?」


 俺は思ったより親しみやすい殴竜の人柄にツッコミを入れ、ブラーダは予想外の力関係に困惑する。


 殴竜は言った。


「ひとまず、親睦会などはどうだろうか。ウェイド、お前とは話したいことがたくさんある」


「えぇ……? 何で殴竜、俺のことそんな好きなの……?」


「すまないね、ウェイド。シグはこの通り、ちょっと天然が入っててね」


「なるほど……」


 俺が納得するのに、殴竜は「天然など入っていない」とフルフル首を振っていた。そういうとこだと思う。

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