第202話 奪還会議1

 その日の夜、パーティハウスの雰囲気は異様だった。


 クレイは、腕を組んで見つめる。無論クレイも、ウェイドを奪われて後悔や自責の念がないわけではない。


 だが、周囲の荒れようが自分の遥か上をいかれると、どうしても冷静になってしまう。


「―――」


「私が……私が救援要請なんかしなければ。私が……っ」


「……」


 右から、まっすぐ虚空を見つめているアイス。後悔に泣き続けるトキシィ。静かに落ち込んでいるサンドラだ。


 トキシィなどは感情を吐露できているからいい方で、多分一番マズいのがアイスだろう。サンドラのように元々感情表現が大人しいタイプでもないのに、まったく何を考えているか分からない。


 クレイは、息を吐く。こういうとき、パーティの柱となるのが副リーダーとしてのクレイの役割だ。


 クレイにはウェイドほどの求心力はないが、だからこそ、ウェイドを取り戻す、という事を愚直に推し進める必要がある。特に、今のようなときは特に。


 だから、クレイは手を机につき、口を開いた。


「ウェイド君を取り戻そう。どんな手を使ってでも、やり切ろう。そのために、みんなで話したいと思う」


 クレイが言うと、トキシィ、サンドラの二人が正気を取り戻した。アイスは、まだ反応がない。一旦放置して、トキシィとサンドラがしゃんとしたら三人で話そうと決める。


「……取り戻す……うん。そう、だよね……取り戻さなきゃ……」


 言いながら、トキシィは震えだす。気持ちは、クレイにも痛いほど分かった。殴竜。まるで自分が赤子のように簡単に無力化される経験は、強くなったと思っていた今ほど効く。


 だが、サンドラはまっすぐだった。


「ごめん、クレイ。取り乱してた。ウェイドを取り戻す。まずは、一緒に考える」


「サンドラさん、助かるよ。トキシィさんもしっかり。殴竜と戦うのが怖いって言うなら、君は毒だけでも十分に役に立てる」


「……うん。そう、だよね。あのレベルまで強い相手だと、私は正面から戦うのは得策じゃない。私の本領は毒、だから。……やろう」


 強い視線で、トキシィは顔を上げる。これで二人、気を取り直してくれたと見ればいいか。最後に、とクレイはアイスを見る。トキシィ、サンドラの二人も。


「アイスさん。アイスさんは」


「黙って、今、集中してるから……っ」


 ぴしゃりと言われ、クレイは口を閉ざす。集中。クレイは察して、残る二人にも目配せし、沈黙する。


 それから、数分。パーティハウスのリビングに、無言の空間が出来ていた。張り詰めた無音。それを、アイスが破った。


「殴竜さんの拠点、見つけた、よ……っ。ウェイドくんが運ばれてるの、確認したから、確実……っ」


「流石アイスちゃん! 情報戦攻城戦最強!」


「アイスは本当にいい仕事する。お見事」


「……アイスさん。本当に君は流石だよ」


 アイスは汗を拭って、疲れた様子で微笑んだ。それから、近くの棚から地図を取り出して広げる。かなり大きい地図だが、使い込まれたものだ。


「ここ……っ。この山を越えた先の、捨てられた古城。それを、密かに改築して、根城にしてる……っ」


「なるほど。ここに、ウェイド君が居るんだね」


「早速行ってくる」


「サンドラ、待って」


 気の早いサンドラを、トキシィが止める。サンドラもサンドラで冷静になったのか、しずしずと席に戻った。


「気が急いた。このままだと無理」


「そうだね。無理だ。殴竜は、強すぎる」


 クレイの言葉に、またも沈黙が満ちた。殴竜を倒して、ウェイドを救い出す。それを、どうやれば達成できるか分からない。


 ぶつかって分かった。金等級に至ってもなお、殴竜相手では全員児戯に等しい。こんな絶望は、いつぶりか。ドラゴンでさえ笑って捕まえられるようになってなお、高すぎる壁。


 だが、アイスは言った。


「殴竜さんが強すぎるのは……今回は関係ないと、思う、よ……?」


 その言葉に、全員が首をひねった。意味が分からなかった。だって、殴竜が連れ去ったウェイドを、殴竜を倒さずにどう助け出すというのか。


 その疑問を前に、アイスは続けた。


「だって、元から殴竜さん、は、ウェイドくん以外倒せないって、言われてた……から。それを、わたしたちで為そうっていうのは、筋違いだし、無理、だよ……?」


「無理って、どういうこと? 確かに、無理だと私も思う。けど、それじゃあウェイドを諦めるの?」


「トキシィちゃん、落ち着いて……? ウェイドくんを諦めるわけ、ないよ……。それだけは、ありえない」


 アイスの、ただ事実を述べる、という声色の返答を聞いて、トキシィは口を閉ざす。それから、「ゴメン。頭に血が昇ってた。続きを聞かせて?」と先を促す。


「うん……っ。その、ね? そもそも、ウェイドくんを助けるには、殴竜さんを倒さなきゃいけない、っていうのが、まずもって大きな勘違いだと思うの……っ」


「というと、どういうことだい?」


「その、ね? ウェイドくんは、カルディツァの誰よりも強いし、誰よりも強くなる。きっと、殴竜さんに捕まって、捕虜になっても、そう」


 それに、クレイは何となく先を理解し始める。


「僕らが助け出すのではなく、ウェイド君が脱出するのを、僕らがサポートする、という話かな」


「うん……っ! それが、多分一番近い、と思う……っ。もちろん、わたしたちで倒せる相手なら、倒してしまった方がいい、と思うけど、殴竜さんだけは、話は別で」


「アイスの言いたいこと、分かった。ウェイド、最近あのいっちばんデカい剣、鍛冶に出したとか言ってた。それを渡すとか?」


「そうそう……っ! そういう、ウェイドくんの、助けになることをすべきだって、思うの……っ」


「で、でも、早く助け出さないと。ウェイドがその、拷問とかにあったら」


「あわない、よ」


 トキシィの不安に、アイスは首を振る。


「ウェイドくんは、そんなに弱い人じゃない、から。それに、殴竜さんも、ウェイドくんには、そんなことしない、と思う」


「確かに殴竜、あたしたちが逃げる時妙なこと言ってた」


「あー……好敵手とかなんとか?」


「そう、それ」


 クレイは、話し合う三人の話を聞きながら、様々なことを考える。どう助けるか。誰に助けを求めるか。何を調達するか。方法はどうするか。


 口を開く。


「いや、にしても悠長に構えている時間はないよ。ウェイド君が捕虜になったことは、僕らだけの秘密には留めておけない。アレだけ激しい戦いだったんだ。見てる人は居るし、その口に戸は建てられない」


「という、と……?」とアイス。


「兵の士気の問題だよ。ウェイド君の敗北を知れば、カルディツァの兵の士気は、かなり下がる。まず領主様に伝えて対策を打たなければならないし、僕らだってウェイド君救出作戦だけに専念は出来ない」


「それは何で?」とトキシィ。


「戦争は、今も続いているからだよ、トキシィさん。今日戦って分かったけれど、兵士相手には僕らは圧倒的だ。今日の動きを見た指揮官たちは、軌道修正して僕らの動向を前提に作戦を組み立てるようになる。その分、自由には動けなくなる」


「領主は、自由に動けるようにする、と言ってた」とサンドラ。


「ここまでの戦力を想定してないからだよ。殴竜軍五万の兵の内、今日だけで僕らは一万前後撃退してる。単純計算で、将軍との激突を避けて僕らを運用すれば、五日で殴竜軍は撤退まで追い込めることになる」


 それを伝えると、各々が考え込む。クレイは続ける。


「もう少し弱くて、でも将軍相手の切り札、というのが領兵たちの考えだった。けど蓋を開ければ、僕らの力は敵兵を一掃するのにも有用だった」


 領主はきっと、それに応じて動く。


「だから僕らは今日の功績だのなんだのとこじつけて褒美と役職を与えられ、軍の指揮下での運用になっていくはずだ。殴竜軍の敵兵をもう数万退ければ、ひとまずはカルディツァの勝利になるからね」


「勝利、なの? でも殴竜は倒せてないし、ウェイドも奪還できてないよ?」


「そうだ。カルディツァにとっては勝利でも、僕らにとっては敗北になる。だから考えて動かなきゃならないんだ。領主の求めに答えつつ、ウェイド君のためになる準備を整え、カルディツァでなく僕らのために動いてくれる人員を確保する」


「そんな人、いるの、かな……」


「いるさ。嫌っているふりをしておきながら、ウェイド君をとっても好きな人がね」


 その物言いで、みんなの脳裏にとある人物が思い浮かぶ。


「領主様への対応は僕がやる。緘口令を敷くように進言するのも、僕らが完全に軍隊の指揮下にならないようにするのも。だから、他は誰かに任せたい」


「えっと、じゃあ私は」


「あ、トキシィさんはまず間違いなく軍の指揮下に入るように言われるから、そっちに集中してもらうのでいいよ」


「えぇ!? ああ、でもまぁ、私の猛毒息吹ドラゴンブレスは軍隊向きか……。毒だから下手な場所で使われるのも嫌だろうし」


「僕も同じだね。自由に動けるのは、アイスさん、サンドラさんだけだと思う」


「うん……っ! じゃあわたしは、救援依頼を、してくる、ね……っ!」


「あたしは武器取りに行く。出来てなかったらせっつく」


「そうだね。じゃあそんな感じで任せるよ」


 各々が頷く。それから一気に気が抜けて、「あーウェイド~! 心配だよ~!」とトキシィがサンドラに泣きつき、サンドラが「よしよし」と無表情のままあやしている。


 クレイも少し疲れて、立ち上がり「ちょっと外に出てくる」と玄関を出た。


 夜。暗がり。まだ寒い。もうそろそろ、春の温かい時期になってもいい頃合いだと思うが。


 そう思っていると、後ろから「クレイくん」と声をかけられる。


「ああ、アイスさん。さっきはありがとう。みんなの気持ちがまとまったし、何より敵の本拠地が分かったのが大きい」


「ううん……っ。ウェイドくんのためだから」


 アイスはニコニコとしながら、クレイに答える。そしてクレイは、やはりと重ねて思うのだ。


「アイスさん、一番無理してるね」


「え……?」


「大丈夫だよ、。あの二人の愛情が軽いなんて思わないけれど、ずっと一緒だった僕らには、前のムラマサの件といい、今回の件といい、ちょっとキツすぎる」


 クレイが言うと、アイスは表情を穏やかに保ったまま、「ふふ、そうかも、ね……っ」と笑った。


 そこには何もない。理性があるように見せかけているだけで、内心はぐちゃぐちゃだ。


 クレイは言う。


「僕らは、まだ強くならなければならないんだね」


「うん……。そうだ、ね」


「もう足りたと思った。けど、まだ足りなかった。もっともっともっともっと、僕らには先がある」


「強くならなきゃ……」


「まったく、ツイてないよ。ドラゴンを鷲掴みにしてねじ伏せられたから、もう十分だと思ったのに」


「まだまだ、だったね……。お互いに、そう」


「強くなりたい。ウェイド君は、ちょっと追いついただけではどんどん先に行ってしまう。きっと、守れるくらい強くならなきゃいけないんだ」


「ウェイドくんを、守りたい、な。ウェイドくんはドンドン強くなる、から。しばらく追い越されなくなるくらい、ウェイドくんが勝てないくらい、強くなりたい……」


 殴竜。奴はウェイドに限らず、パーティの全員を挫折させた。ウェイドはこの程度ではへこたれず、そのまま殴竜を超すほど強くなるだろう。だが、パーティメンバーは違う。


 二度の挫折。ウィンディ。そして殴竜。もっと強くなるには。金等級になってすら敗北を喫した。なら次は、白金等級を超えなければならない。しかしその先は?


 ウェイドはこの先も強くなる。最強の先へと進んでいく。そのとき、どうする。ただ置いてかれるばかりなのか。それともついていくのか。あるいは―――追い越してしまうか。


 そんなもの、決まっている。


「……体が冷えてきた。中に入ろうか」


「そう、だね……っ。入ろっ、か」


 表面上は穏やかに、クレイとアイスは笑い合う。だが二人はどちらも、澱んだ熱量の中に心を置いていた。


 強くなる。強くなる。強くなる。


 そんな執着めいた意思を宿す二対の瞳が、闇の中に浮かんでいた。

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