第201話 化け物

 俺の言葉に頷いて、トキシィもサンドラも一目散に駆け出した。殴竜はそれをチラと見たが、どうすることもなく、俺に向き合った。


 殴竜は言う。


「レイジとロマンが世話になったな」


「ん……? ああ、『憤怒』と『自賛詩人』か」


「そうだ。あの二人は、以前俺と手合わせした時のお前よりも強かった。だが、今はお前の方が強い。本来なら、あの二人に追いつくまでに、数年かかるくらいの力の差があった」


 殴竜は、キラキラと純粋な目で俺を見ていた。澄んだ目をしている、と思う。こんな目をする奴が、ここまで強くなれるのか、と驚く。


 殴竜は続ける。


「今も、俺とは比べものにならないほど、お前は弱い。だが、一度まともに戦いたくなった。急速に強くなるお前に、きっといい影響を与えられると」


「何だよその師匠面は。師匠なら間に合ってる」


「何。師匠面なんてことじゃない。俺とお前はあくまで敵だ。だがお前が気持ちのいい少年だったから、せめて好敵手でありたいと思ったのだ」


 殴竜は構える。そこに漲るエネルギーに、俺は身震いした。


 以前の手合わせ。アレは、まったく本気じゃなかった。タメを作っているのも、俺の準備を待っていただけだった。それを理解させられた。だから。


 だから俺は、興奮に笑ってしまう。


「いいな。いい顔だ。ギラギラしていて、若い頃を思い出す」


「お前何歳だよ、殴竜」


 俺も構える。そして呪文を、真言を唱え、奴と激突する準備を重ねる。


「ウェイトアップ、ウェイトダウン、リポーション、ブラフマン


 それに、新しい願いも。


「重力の神よ。俺に力を貸してくれ」


 全身のチャクラが目覚める。俺にかかった重力魔法が、大幅に拡張される。加重も軽減も反発も、俺は縦横無尽だ。


 静寂が下りる。木屑だらけの地面を踏みしめる。お互いの集中力が限界まで高まっていく。


 そして、均衡が破れた。


 殴竜が踏み込んできた。『憤怒』すら置いてけぼりにしそうなほど、素早い踏み込み。だが俺はそれを目で捉えられた。


 結晶剣。それを三つ。鋭く迫る。かつてよりも、よほど素早く重い一撃になった。


 それを、殴竜は受け止めた。薙ぎ払うのではなく、受け止めた。殴竜は、に、と笑う。


「これ一つで成長が見えるな。ならば、もう少し真に迫ろうか」


 結晶剣に、殴竜の魔力が注ぎ込まれる。三振りが俺の支配下から外れ、殴竜は三振りを投げ返してきた。


 俺は新たに三つの結晶剣で殴竜の三つを迎え撃つ。弾速は俺の方が速い。かかっている重力も重い。だから負ける道理はなかった。


 だが俺は、殴竜に奪われた三振りに俺の結晶剣が負けるという事を予見して動いた。


 俺の結晶剣はいとも簡単に砕け、まっすぐに俺目掛けて向かってくる。俺は対抗策として、結晶剣をさらに大量に呼び出し、直後に手元で爆裂させて砕いた。


 そこから、サハスラーラチャクラ、第二の脳の『森羅万象の支配』でもって再構築する。


「結晶の大剣」


 魔力を込め、鉄塊剣のように硬化させて振るう。俺の重力魔法の影響を受けて、振るには軽く、受けるには重く、当たれば弾く剣となる。


 さらに飛んでくる三振りに重力魔法で威力減衰をかけ、俺は結晶の大剣で三つを振り払った。砕けない。結晶剣は、普通なら簡単に砕ける剣なのに。


 ―――まぁいい。俺は返す刃を、さらに踏み込んできた殴竜に振るう。


「悪くない」


 殴竜に捕まれ、止められる。一瞬腕力勝負をしようとしたが、やめた。動く気配を感じなかった。ならばそれはそれでいい。戦闘は本来、自分の得意分野を押し付けることだ。


 俺は殴竜の懐に飛び込んで、拳を放つ。


「そうか、『ノロマ』。お前の本領は、拳か」


「剣も悪くないが、そっちは重力魔法でいいんでねッ!」


 アッパー、躱される。フック、躱される。ストレート、躱される。


 まるで、打つ前にはすでに避けられているかのような素早さが、殴竜にはあった。『憤怒』『自賛詩人』の両方が語ったこと。遥か格上。確かに、届かないと思わされる。


 だが、それでも俺は手を止めない。攻める。攻めて、攻めて、攻めて。


 何かを、掴む。


「『ノロマ』。お前は本当に恐ろしい武人だ」


 拳が殴竜にかすり始める。皮一枚に届き始める。当てる。当てろ。俺以外には、もう殴竜に勝てる見込みはないとされている。俺が勝たなきゃいけない。俺じゃなきゃカルディツァは守れない。


 俺は、さらに奥に踏み込む。


「ッ! ハハ!」


 殴竜が笑った。俺も、成長の快感に口端が吊り上がる。


 これだ。これでいい。さらに速くなれ。殴竜を殴り飛ばせ! 俺は回避に専念する殴竜に、のめり込むように拳を放つ。


 ストレート、かする。ジャブ、かする。連打、かする。アッパー、かする。フック、かする。ストレート、かする。もっとだ。


 連打、かする。連打、かする。もっと、もっと! 連打! 連打! 連打!


 さらに攻め込め! 拳を限界まで軽くしろ! 軽くなったら反発で弾け! スピードが出たら重くして威力を出せ! 人間の出せる領域を超えろ! 人間なんてやめろ!


「ハ」


 俺は、笑いを止められなくなる。


「ハハハハハハハハハハハハッ!」


 俺の拳の余波で、殴竜が躱した先の地面がえぐれる。木屑が弾ける。ボロボロの葉が舞う。


「いいぞ」


 殴竜が言う。


「凄まじい。お前は、今の俺に唯一届きうる。戦闘で背筋がヒヤリとしたのなんて、いつぶりか分からないほどだ。俺にもお前のように、かつては強敵を前に昂ったことがあった」


 奴は、こう続ける。


「ありがとう、『ノロマ』。礼に、お前には俺からしか渡せない贈り物を送ろう」


 俺の拳が受け止められる。その余波に土が荒れ、木屑が舞った。俺は止まらないリズムを止められた衝撃で、一瞬忘我してしまう。


 そこに、殴竜は拳を振りかぶった。


「その名も、だ」


 顎。俺は殴竜の一撃を受けて、グルリと回転した。世界が回る。平衡感覚が破綻する。俺は空と地面の上下すら失って、地面に沈む。


「ぐっ、ぁっ、まだまだぁッ!」


 それでも跳ねて起き上がる。第二の心臓アナハタチャクラが壊れた平衡感覚をも補完する。そこに、殴竜の手が迫った。


 殴竜の手が、俺の胴体を貫く。肋骨ごと心臓を掴まれ、引きちぎられる。


「かっ……は……っ」


「お前は降参しないだろう。だから、お前の不死の能力が尽きるまで、俺はお前を壊し続ける。いつでも気を失っていい。俺も、甚振るのは嫌いだ」


 掴みかかる手が俺の足を薙ぎ払う。俺は両足を失って地面に落ち、内臓の全てを踏み潰された。苦痛に思わず叫ぶ。直後に取り戻した足で、自分の内臓を失ってでも起き上がる。


「ここから逃げ出すとは。流石だな」


「こんなところで褒められても、嬉しくないんだよッ!」


 俺は拳を放つ。殴竜もそれを迎え撃つ。クロスカウンター。俺の首が宙を舞った。だが再生した瞬間に、俺は殴竜の頬に拳を打ち据えた。


 殴竜の身体は、鋼のようだった。


 ここで言う鋼とは、比喩だ。今の俺は、恐らく鋼程度なら素手で突き破れる自信がある。だが、殴竜はそんな俺にとってのだった。適した表現が見つからないほど、奴は硬かった。


「躱す気を失った俺に攻撃を当てる者は少なくないが、まだ躱す気を失っていない俺が殴られたのは、何年振りだろうか」


 殴竜がクロスカウンターの右拳を引き、そのまま俺に左拳を叩き込んだ。その一撃一撃が俺を殺した。俺は殴り返し、何度も殴竜に一撃を叩き込んだが、無意味だった。


 滝のような量を放たれる拳が、俺を打ちのめした。頭が潰れ、手が潰れ、足が潰れ、胴体が潰れた。


 重力魔法で殴竜を引き離そうとした。だが無駄だった。靴越しに、殴竜は地面を強く掴んでいた。ただ足の握力だけで、俺の全力の『反発』を跳ねのけた。


 サハスラーラチャクラでの『森羅万象の支配』でも、殴竜には届かなかった。手で触れ、理解と干渉が成立する前に、殴竜の拳が俺の身体を爆ぜさせた。


 アジナーチャクラで確実に当たる場所を殴っても意味がなかった。殴竜の拳の軌道を未来予知しても、回避できるほど殴竜の拳は遅くなかった。


 最後に俺は、アナハタチャクラ、第二の心臓をサハスラーラチャクラで支えようとした。サハスラーラチャクラは第二の脳。集中力の根幹。集中力が切れなければ、アナハタチャクラが無限に耐え抜く。


 そんな狙いも、ただ物力で叩き潰された。殴竜は何かに気付き、途中から俺の頭を集中的に砕き続けた。脳が砕け、脳が砕け、脳が砕け、サハスラーラチャクラを起動する集中力すらなくなった。


 だから俺は、勝利に足りないのは攻撃力と回避だと課題を見付け、―――沈黙した。


 手が持ち上がらない。体が回復しない。言葉を発する気にもならない。


 殴られ過ぎて、死に過ぎて、集中力が完全に切れていた。


「……」


 殴竜が拳を止める。そして問いかけてきた。


「復活限界か」


「……」


 俺は僅かに頷く。それ以外、まともに反応できない。思考もまとまらない。勝つとか、負けるとか、悔しいとか、もっととか、何も頭にない。


 空っぽだった。それくらい、俺は出し尽くした。


 そんな俺を、殴竜は肩に担ぐ。


「お前は捕虜として俺の陣地に拘束する。久々に、楽しい戦いだったぞ」


「……」


 殴竜は歩き出す。そこに、駆け付けてきた者が居た。


「ウェイド君は、渡さない!」


『おいおい何やってくれてんだよ人間がよォオオオオオ!』


 土の巨人。クレイのテュポーンが、殴竜に拳を放った。殴竜はそれを見上げ、軽く拳を放った。


 その一撃で、テュポーンの腕が根元から砕け散った。もう全長100メートルにも届きそうなテュポーンが、まるで相手にならない。


「ッ! まだまだ!」


『オラァアアアアー!』


 テュポーンは反対の腕で殴り掛かる。その腕は途中からドラゴンへと変貌し、炎を吐きながら殴竜を食らおうと迫りくる。


 だが、結果は同じだった。


 殴竜の軽い殴打で、テュポーンのドラゴンの腕は砕けた。テュポーンはその勢いに負け、後ろに倒れる。その衝撃で地面が揺れ、テュポーンは胴体から真っ二つになった。


「くっ、こんな、実力差があるのか……!」


『クソがァアアアアー! オレ本体ならよォオオオー! こんなチビに負けねぇのによォオオー!』


 テュポーンを尻目に、殴竜は膝を曲げた。そして、跳躍する。景色が一気に飛び、瞬時に周囲が空へと変わる。


「安心しろ、『ノロマ』」


 殴竜は言った。


「手厚い待遇を約束する。お前ほどの武人を、無碍には扱わないぞ」


 大地がものすごい速度で遠ざかっていく。向かう先には、山の上の城。こんなところがあったのか。そう思いながら、俺は意識を手放した。

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