第197話 クレイ&テュポーンvsウェイドvs『自賛詩人』

 『自賛詩人』は、とてつもない大声で、こう続けた。


「君たちのような怪物と相対するのには慣れていましてね! どこからでも掛かってきなさい! 君たちなど、一捻りしてあげましょう!」


 外見的に少年にすぎない俺を侮るのならまだしも、テュポーン相手にも同じテンションでモノを言うのだから侮れない。


 俺はテュポーンの視線の高さまで上昇してから目配せすると、テュポーンはテュポーンの方で俺のことを見ていた。


「なぁ、テュポーン。というかクレイ」


「何だい?」『何だァ?』


 あ、普通にテュポーンの口からクレイの声が聞こえてきた。この状態でも会話できるのな。


 そんな二人に、俺は一つ問いを投げかける。


「……競争、しないか? あいつ、どっちが先に倒せるか」


「へぇ?」『ふゥん?』


 テュポーンの目の色が変わる。困惑から、好奇のそれへ。


「テュポーンを身にまとった僕は、中々強いと思うけど」


「確かにそれはそうだ。俺じゃあ出せない威力もバンバン出してて、見てて楽しかった。けどさ、スピードには難があるし、相手は一人の人間だ。軍相手に戦うのとは違う。だろ?」


『ウェイドォ……。お前ェ……』


「何だよテュポーン」


『最高だァアアアアアー!』


 言いながら、テュポーンは腕を振り上げ、一気に走り出した。俺はそれに「あっ、ズルいぞ!」と言いながら追いすがる。


『ガハハハハハー! 敵の嫌がることをなァー! するんだよォー! 競争する以上、ウェイドは敵だァー!』


「テュポーン伝説の怪物とは思えないくらいお茶目なんだが! クレイこれどういうこと?」


「まぁ僕と打ち解けたのも、勝負事だったしね。勝ち負けが好きなんだよ彼は」


「そういう問題か?」


 言いながらも、俺は重力魔法で加速に加速を重ねる。そしてふと「敵の嫌がることか」と思いついて、テュポーンの前を陣取った。


『アン?』


「リポーション」


『ガバフッ』


 俺はテュポーンの胸元を足蹴にする形で、反発の力を活用しさらなる加速で『自賛詩人』へと近づく。


「ウェイド君。この事は覚えておくよ」


 あ、中にクレイ入ってるの忘れてた。ちょっと後が恐くなってきたな。


 そしてちょっとしたロケットみたいな速度で接近する俺に、『自賛詩人』は居丈高に言った。


「その程度の速度で迫ってきたからと言って、私に通じるはずがないでしょう! 神々の全てに愛された私ですよ?」


「その自信はすごいが、そういうのは結果で示せよ」


 俺は結晶剣を殺到させながら、自分でも一つ握って切りかかる。


 その瞬間に、『自賛詩人』は言うのだ。


「何をバカなことを。私が告げた瞬間には、それが結果なのですよ」


 接触。切りかかる。そして結晶剣が奴に触れ―――結晶剣が、砕け散った。


 まるで静止画のようだった。構えるでもなく平然と、アルカイックスマイルを浮かべ、帽子の前部分を掴みながら、奴は結晶の破片の中に直立していた。


 胴体を一薙ぎしたはずだった結晶剣は、意味をなさなかったのだ。重力魔法で向かわせた他の剣も同様に、『自賛詩人』の身体を前に粉々に砕け散っていた。


 それに俺は、ワクワクして口端を吊り上げてしまう。


「おぉ―――ッ! やるじゃんかお前! 四天王、タフなの多くていいな!」


「全力の攻撃が通じなかったとき、それをして喜ぶ、とは。あなたが『ノロマ』ですね。我らにとって最大の敵になりうる少年。いやはや、末恐ろしいことです」


 ですが、と『自賛詩人』は続ける。


「あなたはここで終わりです。何故なら、この『自賛詩人』ロマンティーニが、君を下すため。私が君を無力化し、カルディツァ攻略への大きな足掛かりと―――」


「あ、テュポーンが追いついてきた」


「は?」


 『自賛詩人』が影の方に振り返る。そこには、すでに思い切り拳を振りかぶったテュポーンが立っている。わぁ下から見るととっても大きい。


 しかし『自賛詩人』の自信は止まらない。


「ふ、巨人だから何だというのですか。私は神々に愛された男」


『その神々に怯えられ、唯一立ち向かってきた最強の神をねじ伏せたのが、オレだァー!』


「ふむ、なるほど。それは―――」


 『自賛詩人』は、アルカイックスマイルを保ったまま言った。


「マズイですね」


 テュポーンの拳が、『自賛詩人』ごとこの大地を大きく砕く。


「うおおおおお! 地面が砕けたぁ!」


 俺はまるでアトラクションに乗ったようなテンションで、砕け崩れる崖から跳躍し、そのまま重力魔法で飛翔する。


 一方勝ち誇るのがクレイとテュポーンだ。


「楽しい余興だったね」『ガハハハハハー! 勝負は俺の勝ちのようだなァ、ウェイドォ』


「そうか? 俺は見逃してなかったぜ」


『アン?』「何をだい?」


 派手に上がる土煙の中から、現れる影があった。こいつもこいつで、常に絵になる登場の仕方をするな。何なんだろう。癖なのだろうか。


 煙を拳で払い、アルカイックスマイルと共に『自賛詩人』は登場する。


「なるほど。これは見誤っていたようですね。私の敵たる少年二人は、実に厄介なようだ」


 しかし、と『自賛詩人』は続ける。


「それすら私の勝利と栄光の糧にして差し上げましょう! さぁ神々よご照覧あれ! 我が栄光の下に、雷を演出ください!」


 『自賛詩人』の言葉に従うように、突如浮かぶ雲が黒く染まり、俺とテュポーンの下に雷を落とした。


 俺は「やべ」と言いながら結晶剣を差し向け、その隙に素早く動いて躱す。一方テュポーンは、『ゼウスの雷霆より弱ェ』と言いながら雷を


「すげー!」と俺。


「は?」と『自賛詩人』。


 テュポーンはニタァと笑い、『自賛詩人』を見下ろした。


 クレイとテュポーンが、揃って告げる。


「この雷、お返しするよ」『返すぜェ、詩人』


 そのまま、掴んだ雷を『自賛詩人』へ叩きつけた。


 砕け地崩れを起こした崖の上に、雷が走った。俺は跳躍して回避し、『自賛詩人』は「巨人の雷など恐るるに足りませんね!」と早口で言う。


 結果、全員無事で、その場に立っていた。そして周囲には、逃げ遅れて電撃に焼き焦がされた炭化死体の数々と、草一本生え残らない大地。


 そこで俺は気づく。


 ……この勝負ヤバいぞ。余波だけで全然人が死ぬ。その癖肝心の俺たちは無傷と来た。この平原一帯が破壊される前に、『自賛詩人』を倒す必要がありそうだ。環境破壊反対。


 俺はどうしたもんかと考え始める。空中でいくらか距離を取って、テュポーンは『自賛詩人』のぶつかり合いを観察だ。


『そんなものかァ!』


「ふっ、まずは私にダメージを入れてから、粋がって欲しいものですね!」


 テュポーンの足の蛇の薙ぎ払いを避け、『自賛詩人』は「我が神に並ぶ怪力をご覧あれ!」と数トンの重さがありそうな瓦礫の塊を、テュポーンに投げ返す。


 その威力はかなりのもので、テュポーンをのけ反らせるくらいの威力を持っていた。


 だが、テュポーンにぶつかったところから飲まれ、そのサイズを大きくするに留めていた。テュポーンは倒せないだろこれ。心配は無用そうだ。


 となると、『自賛詩人』の力のカラクリを暴く、という事を考えるのがいいだろう。


 当然だが、人間は怪物のような力は持っていない。あるのは魔法、あるいは魔だけだ。


 だから、『自賛詩人』の力も、俺の知らない魔法、魔である可能性が高い。そしてその最も高い可能性は、奴の言葉の数々だ。


『神々に愛されている』『雷を演出ください』『神に並ぶ怪力』


 エンチャントの魔法文字も、技名を口にするだけの簡単魔法も知っている。だが、今のところ詠唱魔法らしい魔法には出会ったことがない。


 将軍を務めるだけあって特殊なそれには違いないだろうが、恐らくあれは、詠唱魔法に類する何かであるのは間違いないはずだ。


 気になるのは、『マズイ』と言ったときのこと。テュポーンが『自分は神々に恐れられたし、最強の神ゼウスにも勝ってる』という話をした。


 それで、俺は何となく『自賛詩人』との戦闘の土俵に立つ方法を理解し始める。


 ―――なるほど。つまり奴は、初手で敵全てを自分の土俵に引きずり込んでおきながら、ルールを教えずに戦っていたという訳だ。


「ズルいな。そりゃあ、お仕置きが必要だぜ」


 俺はニヤリ笑って、手を広げた。周囲に結晶剣が集まり、円状に展開する。そして俺は、呼びかけた。


「『自賛詩人』! お前は虎の威を借りる狐だ。仕方がないから、こすいお前の土俵に立って戦ってやるよ」

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