第196話 巨人

 俺たちは真っ逆さまになって地面へと落ちていく。急激な勢い。クレイは不慣れな分顔を引きつらせているが、俺は空中戦など慣れたものだ。


「リポーション。オブジェクトウェイトダウン」


 落下の衝撃を殺しつつ、ふわりと着地する。戦場のど真ん中に降り立った俺たち二人を、周囲の兵がキョトンとしながら見つめている。


 ……何だアイツら……? ……敵、か……? ……誰も殺さないなら殺すぜ、ガキの耳でも戦果は戦果だ……つーかあの二人、どこから……


 周囲は俺たちに動揺しているようだ。クレイは俺に視線をやり、俺は頷いた。


 クレイが、地面にウォーハンマーを突き立てる。杭のようにとがった部分が地面にめり込み、力の道が通る。


 クレイは、言った。


「さぁやろうか、テュポーン」


 クレイは指を口に運び、ガリ、と強く噛んだ。血が流れ、それを地面に落とす。


 すると、その血を飲もうとするように、地面に口が開いた。血のしずくを口が受け止める。そして舌なめずりをし、言った。


『アァ、やろうゼぇ。皆殺しだァ』


 クレイの足元に、大穴が空いた。違う。これも口だ。クレイを丸飲みにする巨大な口。


 クレイが、そのまま中に飲み込まれていく。その姿が地中に消える。


 俺は「おぉ、何かすごいぞこれ……!」とワクワクしながら魔法で飛んで避難する。


 クレイの異様な光景に、周囲の兵たちはどよめいていた。「何だ今の?」「おい、俺に聞くなよ。それより前線が押され始めてる。俺たちも続くぞ」と言い合っている中だった。


 巨人の手が、大地より盛り上がった。


「!?」「何だぁ!?」「おいっアイツら今これで押し上げられて」「にっ、逃げろぉ!」


 上空十数メートルで浮く俺よりもいくらか高い位置まで、巨人の腕は伸びていた。そして、拳は強く握られる。


 パァン、という音を立てて、巨人の拳から血の雨が降った。伸び出す時に握られた数人の敵兵。握りつぶされたのだ、と理解する。


『アァ……。いい、いいゼ。血だ。血があると、気分がアガる』


 離れたところにもう一方の手が伸びあがる。同じく兵たちを握りつぶし、血の雨が降る。そして両手が大地に指を突き入れ、大地を腕力で割り始めた。


 そこから出てきたのは、土の巨人だった。まるで、地の底から這い出てくる魔王のような奴だった。俺は「うおおおお」と興奮しながら見守る。


 奴は、まさしく巨人だった。全長50メートルはくだらない、巨人。それからずぬりと地面から出てくる一挙手一投足で、敵兵たちが容易く潰れて死んだ。


 そして大地に登り立ち、巨人は言うのだ。


『アァン? 何だこのちいせぇ体はァ……。マァいぃ。暴れまわって土が付いたら、デカくなれる』


「え、これ以上デカくなんの?」


『アン?』


 俺のつい言っていた言葉に、巨人は反応した。クレイから話は聞いている。テュポーン。ギリシャ神話最強最悪の怪物にして巨人。神々の王ゼウスを、一度下した化け物。


 テュポーンが俺を見て、言う。


『オォ……! お前クレイが言ってたウェイドってのだなァ? お前のことはクレイが随分褒めてたゼぇ。今度オレともやろうなァ』


「え! いいのか! やろうやろう!」


『クハハハハ……! まさしくバケモンだなァ。こんなちっちぇのに、オレと喜んでやりたいってよォ』


 テュポーンは何だか嬉しそうに、俺を見てうんうん頷いている。こいつ思ったより気さくでいい奴だぞ。えー今度バチボコにやりあいたいな。何なら殴竜前でもいい。


 そんな俺にひとしきり頷いてから、テュポーンは『ジャ、やるかァ』と地面を見下ろした。


 俺もテュポーンの肩辺りまで上昇して、その様子を見つめる。遥か上から見下ろす巨人に、人間はもはや表情を伺うのも難しい。アジナーチャクラで見てみると、全員が絶望に染められた表情をしている。


 テュポーンは腕を変化させ、竜の形に変化させた。そして空へ向けて掲げ、力を籠める。


『マズハ、噴火だァ!』


 右腕の竜から、溶岩があふれ出る。


 テュポーンは右腕の噴火を続けながら、『ガハハハハハー』と進軍する。それだけで足元の兵たちは潰れ、さらに後ろの兵たちが溶岩に呑まれて溶けていく。


「やべぇ~……!」


 俺はもう楽しくなってしまって、暴れまわるテュポーンを前に観戦の構えだ。気分は怪獣の大暴れを見ているような感じ。何かもう楽しい。スッキリする。


 敵兵は前線から恐怖で総崩れになっていて、味方も巻き込まれないように必死に撤退を決め込んでいる。これアレだな。コーリングリングで連絡した方が良かった奴だな。


 俺は今更遅いかなぁと思いながら、コーリングリングをこする。


「あーっと、ハーティ様? 巨人が暴れてるのウェイドパーティのクレイなので、よろしくです」


『ウワハハハハハハ! 何だアレ! おいおいおいおいウェイド殿! 流石にアレはメチャクチャ過ぎだウワハハハハハハ!』


「ハーティ様ぶっ壊れてんじゃん。大丈夫ですかー、おーい」


『は!? 撤退するか!? 撤退に決まっているだろう! 前線は元ナイトファーザー所属の冒険者が主体だが、積極的に死なせろとは言っていないぞ!』


「え、アイツらそんなことになってんの? 可哀想」


 伝えることは伝えたか、と俺はコーリングリングを振って通信を終える。


 にしても、と俺はテュポーンに再度目をやった。テュポーンは足を、とぐろを巻いた蛇のようにして、その部分を地面で回転させるようにして範囲内の敵兵を全滅させている。


『皆殺しだァァアアー! ガハハハハハハー!』


 体がデカすぎて間延びしている邪悪な笑い声を聞きつつ、俺は「いやー、これは見ものだわ。すっげー」と見守る。


 もうこれ俺要らないんじゃないか? 初手50メートルの怪物巨人で、戦えば戦うほどデカくなってく巨人でしょ? ほらもう多分5メートル身長伸びてるし。


 とか思っていたら、遠くから巨大な砲弾がテュポーンの顔に突き刺さってので、俺は驚いてしまう。


『何だァ……?』


 テュポーンは大して効いた風もない様子ながら、苛立った様子で周囲を見回す。すると遥か遠くで、腕を組んでこちらを見つめる影があった。


 崖の上に一人立つ者。奴は帽子をかぶり、マントをはためかせ、アルカイックスマイルを浮かべていた。傍にはいつの間にか地竜が倒れている。


 『自賛詩人』。俺は左手を叩いて結晶剣を数十呼び出し、周囲に展開する。


 そして『自賛詩人』は、この戦場の中でも通るほどの大声で叫んだ。


「君たちですねッ! 神々しい私に挑もうなどという愚か者たちはぁッ!」


 ものすごい自信だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る