第198話 サハスラーラチャクラがねじ伏せる

ブラフマン


 俺の唱えに従って、第二の脳、サハスラーラチャクラが起動する。ピリピリと痺れる感覚と共に、『自賛詩人』の言葉の意味情報の解読が始まる。


 テュポーンの攻撃を、アルカイックスマイルを保ちながら『自賛詩人』は躱す。そして大声で啖呵を切った俺に、言葉を投げ返してきた。


「ほう! ならば来るがいいでしょう邪悪な少年よ! 神々の寵愛を振るい、君の膝を我がもとに屈させてみせましょう!」


 邪悪。寵愛。俺は何となく二項対立を見出し、言い返す。


「邪悪なのはお前だ、『自賛詩人』! 傲慢王の下で侵略戦争に加担する悪逆非道の侵略者が! 神がお前を愛すものかよ! その化けの皮、俺が剥がしてやる」


 俺は言って、三つ結晶剣を飛ばした。『自賛詩人』は避けもせず、じっと俺を見上げて言う。


「ダメですよ、『ノロマ』君。事実は、厳然たる事実として存在する。存在してしまった以上、否定はできないのですから」


 結晶剣が、『自賛詩人』を前に砕ける。これではダメか。


「しかし、あなたは聞きしに勝る魔法使いですね、『ノロマ』君」


 テュポーンから降り注ぐ溶岩をものともせずに『自賛詩人』は進み、俺を見る。


「この場で奥の手も晒さずに、私の手の内を明かそうとしている。恐ろしい限りですよ。これでその若さとは。我が総大将があなたと同い年の時ならば、勝負にもなったでしょう」


「奥の手も晒してない相手に、『お前は勝てないよ』って? 随分楽観主義だな」


「ええ。楽観しますとも。私が絶望するとしたら、我が総大将が私の敵に回った時だけです」


「殴竜が倒れたら、ではないのか?」


「総大将が? ふふ」


 『自賛詩人』は、笑う。


「『ノロマ』君。君は殴竜という大英雄のことを、何も分かっていない」


『オレを無視するなァアアアー!』


 土を体に取り込み、全長70メートルくらいに達したテュポーンが、地面に指を突き入れた。そしてそのまま、力を込めて岩盤ごと地面をひっくり返してしまう。


 空を浮かんでいた俺はともかく、地面に立っていた『自賛詩人』はひっくり返され崩れた瓦礫の中に埋もれた。その上から、テュポーンがこれでもかと地面を踏み固める。


「ウェイド君。テュポーンが済まないね。こう見えてわがままなもので」


「見るからに我がままだろ」


 俺とクレイが軽口をたたき合っている間に、地面が再構築された。何という強引なやり方だろうか。


『オレの勝ちだなァ!』


「そうかぁ……?」


 あの流れで死ぬとはとても思えないが。と思っていたら、案の定土を払いながら、地面から普通に『自賛詩人』はあがってきた。


『何だとォ……!』


「このままでは埒があきませんね。対巨人君の『詩』は構築してしまったので、もう私の負けはありませんが……この巨体では勝ちもなさそうなのが難しいところです」


 ―――幸い名前を聞いたことがあるくらいの有名な怪物ですし、調べればいいことですが。


 『自賛詩人』の物言いに、俺ははっきりと、マズイと理解する。それはつまり、原典を探り、情報を明らかにすれば、『自賛詩人』はいとも容易くテュポーンを倒してしまえるという事だ。


 とするなら、是が非でもこの場で倒す必要がある。


 俺は気を引き締める。考えをまとめる。サハスラーラチャクラをさらに加速させる。


 そして、言った。


「クレイ、テュポーン! 競争は終わりだ! 協力して『自賛詩人』を倒すぞ! こいつは、思った以上の強敵だ!」


「やっとか。強敵相手に、こんな事をするものではないからね」『オォ……! いいぜェ! このオレが協力とはァ、面白い時代になったもんだァ!』


 二人それぞれの反応をしてから、テュポーンは前のめりに屈み、拳を何百本にも分けて、怒涛の殴打攻撃を行い始めた。何だあの巨人何でもアリか。


 とはいえ、一方攻勢で『自賛詩人』を追い詰めてくれるならば好都合というもの。俺は『自賛詩人』の言葉をかみ砕き、どういう事かを分析し始める。


 ―――奴が言葉による魔法であの不思議な無敵っぷりを構築しているのは確かだ。テュポーンに最初動揺し、だが今は気にする様子もないのは、何か魔法を成し終えたからだろう。


 『詩』と奴は言っていた。


 事実は厳然たる事実として存在する。つまり、現実に既に存在すること、あるいは存在したことは、証明が終わっているから動かしようがないという事か。


 ならば、初撃で使った結晶剣はもう使えないことになる。幸いなのは、他の攻撃手段を俺は行使していないことだ。


「……」


 俺は、もはや意味はない、と結晶剣をすべて砕く。


 過去に、行使していない方法でアプローチする必要がある。ひとまず重力魔法でのぶん殴りでいいだろう。魔法抜きの人間なら、簡単に倒せるはずだ。


 問題は、奴の『詩』とやらの成立をどう阻害すべきか、ということだ。神の寵愛。邪悪。勧善懲悪的な話か。つまりは、神に愛された正義の俺が、邪悪なお前に負けるわけがない、という話。


 そして、神に愛されているのは、恐らく事実ということになるのだろう。愛。変身魔法にはない概念だ。変身魔法は、という概念はあっても、愛の言葉はない。


 そこまで考え、サハスラーラチャクラが一気に答えまでたどり着いた。


「ようし、やるか」


 俺はニンマリ笑い、地面に降り立った。テュポーンに手を挙げて連打を止めさせ、『自賛詩人』に声をかける。


「勝負だ、『自賛詩人』。俺がお前より強い理由を教えてやるよ」


「―――ほう。それは楽しみですね。是非聞かせてください」


 もうもうと立ち上る煙の中から、『自賛詩人』は現れる。無傷。どころか服に汚れすらついていない。そんな状況で足止めだけでもできる、テュポーンがすごいのだろう。


 俺は言う。


「『自賛詩人』。お前が神々に愛されてるのは分かった。その神の寵愛を一身に受けて、神から守られてるんだろう。違うか?」


「ええそうです。だから何者の手も私には届かない。それこそこの巨人のものすらね」


「テュポーンが勝てないのには、理由がある。だろ? それをお前は構築した。だからテュポーンの攻撃はお前に届かない」


「……」


 『自賛詩人』のアルカイックスマイルが強張る。『何者の手も届かない』を『理由があるから巨人の手は届かない』にすり替えたから。そしてそれが妥当なラインだったからだろう。


 俺は続ける。


「テュポーンは怪物だ。怪物が勝って終わる神話はない。だから神と怪物なら神が勝つ。勝った方が正義で、神だから」


「ええ。そうです。そして私は、全ての神々に愛されている。この世において、もっとも強い神々に愛され守られている。だから私は総大将以外の何者にも負けないのですよ!」


 俺はニッと笑う。綻びが見えた。想定通りの点で、論理は破綻している。


 だから俺は、そこにぶっ刺さるように言った。


「守られているから強い。それは分かった。つまりお前が負けないのは、最強の神々が総出でお前を守ってるから、だろ」


「ええ! そうです。ですから―――」


「でもそれは、『自賛詩人』、お前自身の強さじゃない。神の強さだ。神の強さがあるから、お前が結果的に強いだけだ」


 『自賛詩人』が、言葉を詰まらせる。


「……『ノロマ』君。それは、聞き逃せませんよ」


「ああ、聞き逃すな。せっかくお前の土俵で戦ってやってるんだ。知恵比べ、しようぜ」


 息を吐く。吸う。ここからは、俺の語りだ。


「お前は守られてる。守られて強くなった気でいるだけの、脆弱な存在だ。お前が強いんじゃない。お前を守っている神が強いんだ」


「ぅ、く……それは、否定できません。否定すれば、神々が機嫌を損ねる」


 神のご機嫌伺いなんてあるのか、面白い魔法だ。


「じゃあ代わりに、俺が修めた変身魔法の話をしようか」


「はい……?」


 俺は、身振り手振りを加えながら話し始める。


「変身魔法は、肌に神と同じ魔法印を彫る。入れ墨だ。そして研鑽を積み、『神に似ていく』。神はこれ以上ないほど偉大な存在だ。そこを目指して成長する。それが変身魔法だ」


「それは、それは。随分と大変な魔法があったものですね」


「だろ? 大変な分、


 俺の言葉に聞いて、『自賛詩人』は血相を変える。


「そうとは限りませんよ! 大変というのは人に適していないという事でもあります! つまり無理をしているという事! 土台神を目指すというのは不敬なことです」


「不敬? そんな訳ないだろ。誰だって『尊敬してます。あなたを目指して頑張ります』って言われれば気分がいいに決まってる」


 『自賛詩人』は返す言葉を持たない。俺は淡々と、自明の事実を元に話をつなげていく。


「変身魔法の本質はそれだ。自己研鑽によって神へと成長、変身していく。それが変身魔法だ。つまりゴールは、『神成り』。文字通り、神へと化すこと。神になる道を進むのが変身魔法なんだよ」


「それこそ不敬ではありませんか! 神に成り代わろうなどと言うのは―――」


「成り代わる? 誰がそんなこと言ったよ。詭弁を弄するのは止めろ、『自賛詩人』。俺が言ってないことを、言ったことにするな」


「うぐ、なんて、ことだ。これでは……」


『オォ……。これはァ……』


 『自賛詩人』が独り言のように呻く。テュポーンが感心した風な声を上げる。俺は鋭く息を吐き、トドメを刺しにかかる。


「『自賛詩人』。お前は様々な神に愛されてるんだろう。けど、俺はたった一人の神とはいえ、。偉大な神に守られて満足しているお前と、神になろうと精進している俺。どちらが強いと思う」


「それこそ詭弁です! あなたがなろうとしている神がどんな神かは知りませんが、それはたった一柱のことでしょう! 私を愛しているのは全ての神です! それを―――」


「嘘だな」


「……は?」


 俺は、勝ち誇る。


「俺は一つ新しい魔法を覚えるのに五年もかかる変身魔法を、一年弱で八つ習得してる。四十年の研鑽が必要なところを、たった一年だ」


「……『ノロマ』とは、良く言ったものですね。化け物めいている……」


 『自賛詩人』の負け惜しみを完全に聞き流して、俺は結論を出した。


「そんな才能豊かな奴が、一心不乱に自分を追いかけてると知って、誰よりも愛さない奴がいるかよ。まず間違いなく、俺は重力魔法の神に、誰よりも愛されてる」


 だから。


「お前は嘘つきだ。お前を愛する神はいる。だが全てじゃない。重力魔法の神はお前じゃなく俺を愛してる」


 だからッ!


「だから神の権能をそのまま振るう俺の攻撃は、重力魔法の神に守られていないお前に通るッ!」


 俺は言い放つ。『自賛詩人』は顔を引きつらせる。その顔は、言い返す言葉を咄嗟に見付けられなかった証拠だ。俺は盛大に笑う。


 さぁ、ここからは。


 ただの、戦闘だ。


 『自賛詩人』が否定の言葉を吐く前に、俺は即座に肉薄して、重力魔法を纏った拳を胴体に叩き込んだ。


 『自賛詩人』はそれに、思い切り体をひしゃげさせ、吹っ飛んで行った。加護を失ったのだ。神の機嫌を損ねた。だから、重力魔法だけは通じる。


 そして一度攻撃が通った以上、これは


 それでもかなりのタフさを持ち合わせているらしく、この程度では『自賛詩人』は倒れなかった。立ち上がり、歯を食いしばりながら拳を握っている。


「グッ! ならば正面からねじ伏せるのみ!」


「クレイ、テュポーン! 地面をひっくり返せ! 見せ場をやるよ!」


「まったく、仲間思いだね」『見せ場は暴れるに限るなァ!』


 再び地盤をめくって崩し、『自賛詩人』に何もさせないテュポーンだ。俺はその中でもアジナーチャクラで瓦礫を正しく認識し、躱しながら肉薄する。


「あああ! 邪魔臭い! 神よ! 愛すべき私を守る盾を!」


「しゃらくせぇ!」


 地面から生えてきた鋼鉄の盾を、重力魔法でどかして懐に飛び込む。「はっや……ッ?」と戸惑う『自賛詩人』に、フル【加重】アッパーを叩きつける。


「ガッハァ!」


「おいおい! まだまだだぜ! オブジェクトポイントチェンジ!」


 重力魔法で『自賛詩人』の重力発生点を変更し、周囲で落下し続ける瓦礫に滅茶苦茶にぶつけまくる。


 重力魔法の影響下にあるだけで物理的な攻撃が通じるようになったらしく、『自賛詩人』は服もメチャクチャに破れ、生傷だらけになる。


「ぐぅう! この程度で、私が負けるわけには行かないのですよ! 総大将を敗軍の将にするわけには、行かないのです!」


 ぐちゃぐちゃにかき乱されながらも、『自賛詩人』は心折れずに俺を睨みつける。


「神よッ!」


 奴は、叫んだ。


「助けてください! 我が敵に神罰を! 我が総大将に勝利を捧げるためのッ! ご加護を!」


 風が吹きすさぶ。空に急速に暗雲が垂れ込める。土砂降りの雨が降る。それが瓦礫と相まって、俺を一気に押し流そうとぶつかってくる。


「おぉ! 感謝します神よ! このまま奴を滅ぼすに足る天変地異をお起こしください! ―――『ノロマ』君! これが君の最期だ!」


「なぁにバカなこと言ってやがる! いいか、教えてやるけどよぉ!」


 雷がゴロゴロと暗雲の中に音を立てている。俺は嵐の中でも聞こえるように、大声で叫んだ。


「他の神々なんてものの数じゃねーんだよ! 重力魔法が最強の魔法で、最強の神に決まってんだろうがぁッ!」


 その言葉を口にした瞬間、重力魔法の出力そのものが大幅に拡張されたのが分かった。俺はその全能感に「ふは」と笑ってしまう。


「なるほど。これが神に愛されるって奴か」


 じゃあ、ここいらでもう終いとしよう。


 俺はぶつけまくっていた『自賛詩人』を俺へと引き寄せる。瓦礫にぶつかりながらこっちに向かってくる奴に向けて、俺は拳を振りかぶる。


 掛ける魔法は【加重】【軽減】【反発】。【軽減】で可能な限り拳を加速させ、直撃前に【加重】し威力を高め、さらに触れたちょうどその時に【反発】で衝撃を高める。


「私はッ! 私は負けない! 総大将に貢献するのです! あなたを倒して、総大将に勝利を―――ッ!」


 そして俺は、拳を放った。


「言ってろ」


 顔面に直撃した拳は、弾けるような音と共に『自賛詩人』意識を刈り飛ばした。『自賛詩人』は俺の拳で一気に体の上下を反転させ、地面に頭から倒れ込む。


 そして顔に盛大に拳の痕をつけて、奴は意識を失った。俺はそれを見下ろして、告げる。


「『自賛詩人』。お前と戦えてよかった。神と仲良くして、魔法の出力そのものを上げられるなんてな。お前との戦いで、俺はまた強くなった」


 このままなら、きっと到達できる。殴竜の高みへ。最強へと。

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