第189話 雄たけびを上げよ

 俺がいきなり机に上り始めたのを見て、ウチのパーティメンバーやフレインパーティは一瞬驚いたような顔をした。しかしすぐに意図を察したようで、静観を続ける。


 俺は一つ深呼吸をして緊張を抑えつつ、口を開いた。


「いい機会だから、この場でいくつか言わせて欲しい」


 俺が全員に語り掛けると、ひそひそ話をしていたような冒険者たちも、少しずつ口を閉ざし始める。


「今回、カルディツァは窮地に陥る。敵は殴竜。知らない冒険者がいないような大英雄が、俺たちの領地を踏みにじりに来る」


 俺が普通の声色で言うから、軽い雰囲気が全体に伝播する。最初はこれで良い。まずは軽いところから始めて、空気を上滑りさせないことが重要だ。


「困っちゃうよな。冒険者なんてのはその日暮らしが基本でさ、勝てる相手に程々に勝って生きてくのが定石だ。だろ? それが戦争なんて吹っかけられて、しかも敵は白金等級並みだってよ。参ったもんだよな」


 周囲から感じる感情は、うっすらとした不安、恐怖だ。そしてそういった感情は、ある別の感情で塗りつぶせる。


「ホント―――ムカつく話だ」


 怒り。


 俺は、言葉で冒険者たちにそれを芽吹かせる。


「何でカルディツァなんだ。そう思わないか。何で俺たちの住む街が狙われる。理不尽だろ。でも、それでも殴竜軍はやってくるんだ。奴らに文句言ったって仕方ない。『誓約』とかいう白金の冒険者も間に合わなかった。俺たちにはもう、誰も守ってくれる人は居ないんだ」


 一呼吸。


「俺はカルディツァで生まれた。ここが生まれ故郷だ。俺がスラム生まれだって知ってる奴はどれくらいいる? 親から殴られて育ったことは? 授かった魔法がノロマ魔法なのは、流石にみんな知ってるよな」


 俺が冗談めかして言うと、沈黙が返ってくる。そうだろう。これはある種、冒険者全体からの俺への負い目となる。俺をノロマ魔法と嘲らなかった冒険者は少ない。


「自分で言うのも何だけど、最初に与えられたものは、あんまり恵まれないものだったと思う。けど、俺はカルディツァに感謝してるんだ。だって俺は、冒険者訓練所がなければ、きっと今もスラムの片隅でゴミ箱を漁ってた。親に殴られ、まともな飯も食えないで、スラムの痩せ犬のままだった」


 俺の出自を聞いて、俺を見る目を変えた冒険者が少なからずいた。俺を、手の届かない化け物だと思っていた連中だろう。あるいは、俺に嫌われたり恨まれていると思っている連中。


 だが、それは違う。スタートはみんなと同じだった。むしろ、俺の方が下に居た。それに、俺はカルディツァに感謝している。それを知って、聴衆が全体的に、俺の話を聞く体勢になってくる。


 俺は拳を握って続けた。


「カルディツァはチャンスをくれた。どんな屑でも、冒険者になる自由を、チャンスを、カルディツァは与えてくれる。ここで聞いてる冒険者には、そういう奴も多いんじゃないか? 脛に傷もある奴もいるだろ。奴隷上がりの奴もいるかもしれない。けど、冒険者として生きられるなら、この街では生きていける」


 周囲を見る。聴衆の冒険者たちは、少なからず思うところがあるらしく、神妙な顔で俺を見つめている。


「訓練所に助けられた冒険者は多いはずだ。あそこに駆けこめば、どんな境遇でも飯は食える。死ぬ気で訓練すれば冒険者として生きていけるようになる。冒険者として死ぬ奴もいるだろうけど、冒険者にならなきゃそのまま死んでた奴だっている」


 俺がその一例だろう。あのまま家に居て、イカレたままのクソ親父に殺されなかったとは思えない。


「じゃあ、訓練所を用意してくれたのは誰だ? ギルドじゃない。訓練所はどの領地にもあるわけじゃない。カルディツァが金を出して冒険者支援をしたから、ギルドに連携した訓練所が出来たんだ」


 そして。俺は一拍挟んで、全員に告げる。


「そして今、カルディツァは殴竜に踏みにじられようとしている」


 聴衆が、ハッとする。


「許せるか? 俺たちの故郷に矢を向ける連中を。許せるか? どんな事情があろうと受け入れて、冒険者として一端に働けるだけ育ててくれた、このカルディツァが陥落するのを」


 俺は、感情を込めて話す。怒りが、周囲に伝播していく。


「―――俺は許せない。だから戦う。カルディツァのために。故郷を守るために」


 拳を強く固める。ああ、そうだ。恵まれないと思ったことは何度もある。だが、今となっては違う。俺は恵まれた。仲間に。運命に。


「お前らはどうだ? カルディツァを捨てて逃げるか? 勝てない相手に戦うのは無意味だって白旗を振るか?」


「戦うっ! 戦うよ! ウェイド!」


 以前俺に絡んできた同期の冒険者が、熱に当てられて声を上げる。いいぞ。お前みたいなのが、熱狂を生むんだ。


「け、けどよ、ウェイド……! 敵は、敵は殴竜だぜ? 俺たちみたいなその辺の冒険者が束になって挑んでも、意味なんかねぇよ……!」


 震える声で言う、中堅冒険者らしき人物が言う。俺はそれに、断言する。


「将軍連中は、全員俺たちが倒す」


 ギルド内が、瞬時に沈黙に沈む。俺は、言葉を重ねる。


「無茶を押し付ける気はさらさらない。殴竜どもは、一人残らず俺たちの獲物だ。俺たちの戦いだ。お前らの戦いは。出来ることでいい。みんなにできる方法で、カルディツァを、故郷を守って欲しいんだ」


 俺に泣きごとを言った冒険者が、「俺に、出来ること……」と考え込む。


 そろそろ〆に入ろう。俺は息を吸い、大声を張り上げた。


「―――聞けッ! この戦争は、故郷を守るための戦争だ! 殴竜軍に敗北すれば、俺たちの故郷は失われる! お前らの親も、想い人も、友人も、子供でさえ、全員が惨めな思いをする!」


 俺の声量に当てられ、瞠目した目がいくつも向けられる。


「敵兵に殺されるかもしれない! 犯されるかもしれない! 奴隷として売り払われるかもしれない! それ以上のひどい目に遭うかもしれない! それを守れるのは、俺たちだけだ! お前らだけだ!」


 冒険者たちが震えだす。恐怖に、そしてそれ以上の怒りに。


「許せるか!? そんな非道が! 許せるか!? 大切な人の苦しみを! 許せないなら立ち上がれ! 冒険者として生きてきたのなら、その自由の下に敵を討て!」


 案ずるな! 俺は獰猛に笑う。


「英雄どもは、全員俺たちの獲物だ! 俺たちが狩る! 俺たちが踏み潰す! お前らは目の前の敵を討てばいい! 俺が殴竜を倒す! だから、それに続け!」


 熱狂が、場に満ち始める。戦争を前に、狂った熱気が冒険者に宿り始める。


「声を上げろ! 俺の問いに答えろ!」


 俺は、その場で足を机に叩き付ける。


「カルディツァを守るのは誰だッ!」


『……俺たちだ』


 まばらな声。重ねて問う。


「家族を守るのは誰だッ!!」


『俺たちだ……!』


 声が揃い始める。周囲から上がる声に合わせて、多くが声を上げ始める。


「殴竜軍を倒すのは誰だッ!!!」


『俺たちだ!!』


 声が揃う。ダメ押しに俺は叫ぶ。


「勝つのは誰だッ!!!!」


『俺たちだッ!!!』


 満ちた。俺は歯をむき出しにして笑う。


「―――お前らッ! やるぞッ、戦争だッ!」


『おおぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!』


 誰も彼もが雄たけびを上げ、武器を掲げた。熱狂がギルドを埋め尽くす。野太い男どもの声が混じり合い、耳をビリビリと刺激する。


 俺は高く拳を掲げ、全員に周知した。


「近日中に戦争は始まるッ! そのとき、戦争参加者には招集があるはずだ! その時を座して待て!」


『おぉおおおおおおお!』


「以上! 解散!」


 冒険者たちが、勇ましい笑みを浮かべて散っていく。うん。これで十分仕事をしたと言えるはずだ。あとでナイから報酬を受け取らねば。


 俺は満足して、机を下りた。そこになって、やっとその場のメンバー全員が目を丸くして俺を見つめていることに気付く。


「ん? え? どうしたよみんな」


「ん……えと……ね……?」


 アイスが、熱に浮かされたように顔を真っ赤にしてもじもじしている。トキシィはパチパチとまばたきしながら俺を見て、サンドラは「やば、やばば、やばばばばば」と赤面気味に壊れている。


 そんな中クレイが聞いてきた。


「えっと、ウェイド君。もしかして演説経験者?」


「全然そんなことないが」


「……は、はは……だとしたら、天才的だね。君が天才なのは知っていたけれど、演説も出来るとは思わなかった」


 苦笑するクレイに、「ハッ」とフレインが鼻で笑う。


「オレは驚いてねぇからな。お前が何しても、不思議なことは一つもねぇ」


 その物言いが完全に驚いた人間のそれで、俺たちは吹き出した。

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