第188話 敵を知れ
俺は翌日、パーティ全員でギルドに訪れていた。
「昨日は、心配したんだから、ね……っ!」
「本当だよ。何で信じて送り出した、だ、旦那様が、人形になって帰ってくると思うの」
「流石に焦った」
「大変申し訳ない」
嫁さん三人からのバッシングに、俺はただただ頭を下げる。「あのウェイドも惚れた女には弱いってか」「惚れた女? どれよ」「全員だよ」「すげー……」と周りの声が聞こえる。
俺は頭を上げる。
「まぁ、でも、欲しいものはあらかた手に入ったし、ムティーの言いたいことも分かったし、という事で、何とか……」
「反省、は……っ?」
「しました!」
「じゃあ、許してあげる……」
アイスからの許しを得て、俺はほっと胸をなでおろす。他二人にもチラと視線をやるが、「まぁアイスちゃんが許したなら、ね」「第一夫人に異論なし」と問題ない様子。
ちょっと気になって聞いていた。
「……三人って序列あんの?」
「序列ってほどじゃないけど、順番はあるかな。最初にウェイド落として、でも独占はしないってことを飲み込んだっていう意味では、やっぱりアイスちゃんに対する配慮はあるよ」
「アイスの心が広くなければ、今頃ドロドロの修羅場」
「え……っ? だ、だって、ウェイドくんは、わたし一人なんかに納まる器じゃない、し……! それに、わたしが叱るのだって、ウェイドくんが自分を大切にしない時だけ、だから……!」
「いや、本当に妥当なお怒り理由だと思います。ごめんなさい」
「もう許したんだから、必要以上に謝るのも、ダメ……!」
プリプリ叱られるが、内容が内容だけに癒されてしまう。可愛いなぁアイス。
「……で、このハーレム夫婦喧嘩はいつ終わるんだ、クレイ」
「今終わったってとこじゃないかな、フレイン君」
そして全く関係ないじゃれ合いを見せられて不満げなのがフレイン。見慣れた様子で何かを飲んでいるのがクレイだ。
「ああ、悪いな。じゃあ情報共有会、始めるか」
俺が言うと、全員雰囲気を切り替えてくれる。
メンバーは俺パーティとフレインパーティだ。計十一人。フレインも最近金の剣の冒険者証を貰ったので、過半数が表立っても金の冒険者となる。
この様子は流石に壮観に見えるらしく、周囲からは「うわ、若手二大巨頭が雁首揃えてるよ」「戦争の話か? 漏れ聞こえる分は聞いておいた方がよさそうだな」と言っている。
フレインはその辺りにも耳を澄ませていたのか、俺たちにこう前置きする。
「あらかじめ言っておくが、今回は周りの連中に広まる想定で話す。周りの連中にとってどこまで役立つかは分からないが、知らないよりはいいだろうっつー情報だ―――お前ら! 隠してねぇから堂々と聞け! どんだけ言いふらしてもお咎めなしだ!」
フレインが大声で言うと、周囲の冒険者たちが周囲を見回してから、そろりそろりと俺たちの周辺に集い始める。
俺はフレインに確認した。
「戦争の前情報、だったよな」
「そうだ。敵の目ぼしい将軍どもの名前と、その特徴。領主から聞かされて、ギルドで広めて来いってよ。お前らが『休ませて欲しい』っつって拒否りやがったあの日だ」
「ああ……。あの日か」
数日前の招集がウィンディより伝えられていたが、断っていたのだ。単純に疲労困憊で休みたかっただけだが。
「ったく。領主の命令を突っぱねる奴なんか見たことねぇっての」
「ま、今じゃ半分身内みたいなもんだからな。我がまま聞いてもらってんだよ。領主様の慈悲に感謝ってとこだ」
「チッ。どうコネを作ったのか聞きたいもんだな」
俺はクレイに視線をやる。クレイは肩を竦めて「貴族は血と家の文化だからね。意志を通したいなら懐に入り込む以外に手はないのさ」と語った。
「そうかよ。じゃあ本題に入るが―――今カルディツァに接近してるのは、殴竜軍だ。傲慢王の主戦力になる。そこまでは把握してるか?」
「ああ。そのくらいは常識の範囲だと思う」
「常識に欠けるウェイドが言うなら、説明は不要だな。「おい」じゃあ早速その詳細な構成の話をするが」
フレインは俺の抗議を受け流して続ける。
「殴竜軍は、総大将の『殴竜』と、その下に力を振るう指揮官四人、通称『殴竜四天王』と、その指揮下にある無数の兵士によって構成される」
トップが一人。サブのメンバーが四人。そして無数の軍隊というところか。
「殴竜四天王の実力は、総じて金等級以上とされる。ギルドに属してないから実際に等級は付いてないが、相当する戦果を挙げているって話だ」
「何となくわかった。要するに、そいつらは俺たちが倒すってことだな?」
「そうだ。一人くらいならオレのとこで受け持てるかもしれんが、基本はその考えでいろ。特にトップの殴竜は、ウェイド、お前以外に目があるとは思えん」
フレインは俺を見る。俺は、無言で頷いた。
「殴竜四天王、一人一人の説明をする」
フレインは比較的大きな声で宣言する。周囲の冒険者たちが集中したのが分かる。
「殴竜四天王とされる連中にも、それぞれ二つ名がある。本名が分からない奴もいるから、二つ名とその能力という形で紹介する」
「分かった」
「まず一人目。『憤怒』」
フレインの言葉と共に、カドラスがそっと似顔絵をテーブルの上に置いた。やる気のなさそうな、無気力な顔をした髭面の男が描かれている。
「呪われた勝利の十三振りの一つ、魔剣グラムを使う。凄腕の剣士で、ひとたび剣を抜けば敵味方問わずに周囲の人間全員を殺し尽くす。説明としてはそれだけだ。個人戦力として圧倒的。金以上の腕を持たない奴はまず逃げろ」
「グラム……」
サンドラが呟く。呪われた勝利の十三振り。俺が瀕死に追いやられた剣。いざ実際に相対した覚えがあると、この剣の名前が出るだけで『ああ、マズい相手なのだ』と分かる。
「二人目、『使い捨て』」
カドラスが似顔絵を置く。凛とした雰囲気の、金髪の女性が描かれていた。鎧を身に纏っていて、いかにも女騎士という風貌をしている。
「こいつも剣士だ。剣の実力だけ言えば異常の領域に居るって話だった。どんな剣もこいつの剣の実力には釣り合わず、結果として名剣を使い捨てるような妙な戦闘スタイルになったらしい」
「フンッ。相棒同然の武器を使い捨てるなど、その時点で剣士としては二流もいいところだ」
「同感だな。武器は丁寧に整備して、長く使ってこそ愛着が湧くってもんだろ」
ゴルド、カドラスが吐き捨てる。片や鍛冶師、片や剣士ということで、思うところがあるらしい。
「三人目、『幻獣軍』」
カドラスが似顔絵を取り出す。目を瞑ったお淑やかそうな女性が描かれている。服装もドレス然としていて、戦争における敵にはとても見えない。
「どっかのご令嬢にしか見えんだろうが、二つ名の通りの能力を持つ。オレたちとは異なる魔法体系を学んだらしく、神話から膨大な数の幻獣を呼び出し、それで軍を成すって話だ」
「召喚魔法、だろうね。私たちみたいな変わり種の使い方じゃなくて、正統な方」
「軍を成せるほど、となると正面から実力者なんだろう。ピリアさんも、そっちの道は諦めたと言っていた。多分、膨大な量の魔力と知識を備えているはずだ」
トキシィ、クレイが難しい顔で分析する。周囲の冒険者たちが「こんな細い嬢ちゃんがなぁ」「俺でも勝てそうに見えるが」と不思議そうな顔で言う。
「四天王はこれで最後だ。『自賛詩人』」
カドラスが似顔絵を取り出す。帽子をかぶった。アルカイックスマイルを浮かべる爽やかな青年の姿が描かれていた。何ともうさん臭さがある。
「一番妙な奴だな。何でも、自分をずっと褒め称えながら戦うらしい。だが強いって話だ。それ以上はよく分かってないんだと」
「変なことだけ分かった」
「ああ。オレもこいつはよく分からん。違う魔法体系なんだろうなとは思うが」
俺とフレインで眉を顰めて似顔絵を見る。こいつだけ情報量がゼロに近い。謎の男といったところか。
「そして総大将。『殴竜』」
カドラスが似顔絵を取り出す。平凡だが、精悍な顔立ち。先日見た通りの顔。殴竜。竜すら殴り殺せてしまいそうな剛腕の大英雄。
「拳を使う。それ以外に分かってることは少ない。あらゆる勝負を拳一つで片づけてきたって話だ。魔物だろうが、盗賊だろうが、ドラゴンだろうが、殴り殺してきた男。人間とはとても思えねぇ。強さは白金等級並み。ウェイド以外は出会ったら終わりだと思っとけ」
そして、とフレインは俺を見る。
「ウェイド、お前が勝たなきゃならん相手だ。勝てるかどうかなんて、聞いても仕方ねぇから聞かねぇ。―――勝てよ。じゃなきゃ、全部終わりだ」
シン……と場が静まり返る。全員の注目が俺に集まっている。
そこで、俺は指名依頼のことを思い出した。内容は、ギルドから派兵する戦争参加者への鼓舞。
周囲を見る。俺たちの話に興味をもって聞いていただけあって、この戦争に参加する冒険者ばかりなのだろう。全員が、何処かすがるような目で俺を見ている。
ならば、期待に応えようか。
俺は席を立ちあがり、そのまま机に上る。こういったことには慣れちゃいないが、一つ演説といってみよう。
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