第187話 師を求めよ

 ゴルドに鉄塊剣を預けてから、俺はそのままギルドに向かった。


 俺の姿に、冒険者たちがおののくが、俺はそのすべてを無視してカウンターに向かった。そこで、ナイが出迎えてくれる。


「やぁ、ウェイドさん。今日は何用かな?」


「ムティーに会いたい。どうすればいい?」


「……これはまた、難しい相談を持ってきたね」


 ナイは目をパチパチと瞬かせつつ、「ん~」と指を唇に沿えて考える。


「一応、定期的にカルディツァ大迷宮100層に戻ってきてはいるから、会えなくはない、かな。ちなみにあそこへのワープはお金貰うけど」


「領主様につけておいてくれ。『殴竜撃退のための投資として』とか言っておけば払ってくれると思う」


「あは! 領主様につけるとか、豪胆だねぇ~。でも、金の暗器ともなれば、ほとんど身内か。いいよ、そうしておいてあげよう」


 こっちへ、と案内され、俺はナイについていく。ギルドのカウンター内に入ると「ウェイドさんだ」「わー、ナイ先輩に案内されてる」と受付嬢たちが俺を見つめてくる。


 そしてギルドのカウンター内の、さらに奥まった個室に、それはあった。以前イオスナイトを倒した時、ワープに使った魔法陣。無数のルーン文字の集合体。


「転送の大ルーン」


 ナイは言う。


「便利なことだよ。文字を理解し、正しく機能するように記せば、あとはなぞるだけで神の奇跡を思うがままに扱える。その、正しく機能するように記す、というのが難しいそうだけど」


 言いながら、ナイはさっと転送陣をなぞった。ヴン、と転送陣に光が灯る。


「さぁ、行っておいで。なぞれば起動するから、ちゃんと戻ってくるように。君がいなければ、カルディツァはおしまいだ」


「買い被り……じゃないんだよな、多分」


「そうだよ。君がいなければ、本当にだ。君は今、そういう立場なんだ」


「はぁー……荷が重過ぎる。ま、行ってくるな」


「行ってらっしゃい」


 ニッコリ笑うナイに軽く手を振って、俺は転送陣を踏む。視界が切り替わる。


 そして俺は、強風の中に立っていた。紺色に深い空。冥府。


「久しぶりに来たな」


 俺は周囲を見回す。一階分登れば新しい魔人がボスとして派遣されているのだろうか。逆に、下に進めば魔人の世界が広がっているか。


 そう思ったとき、気配がして振り返る。そこには、懐かしき我がクソ師匠。ムティーとピリアの姿があった。


「あん? ……ウェイド。お前何してんだ」


「ムティぃぃいいいいいいいいいい!」


 俺は叫びながら奴に駆け寄っていく。そして拳を思いっきり振りかぶり、跳躍した。


ブラフマン!」


「あ? だからお前、オレにダメージ与えたいなら他のチャクラも身につけろって―――」


 そこまで言って、ムティーは瞠目した。そしてニヤリと笑って、俺の拳に答えるように拳を振るってくる。


 クロスカウンター。


 俺の拳も、ムティーの拳も、どちらもお互いの顔面にめり込む。


「がぁっ」


「ぐっ、くっ、クハハハハハハ!」


 俺は呻き、ムティーは笑った。それから、興味津々といった顔で、「おいウェイド! お前マジ意味分かんねぇな! ちゃんと見せろおい!」と俺を覗き込んでくる。


「わー……こんな上機嫌のムティー見るの久しぶりだよ。あ、おひさーウェイドちゃん」


「久しぶり、ピリア」


 軽く手をひらひらさせつつムティーにされるがままにしていると、「はー」とムティーは納得したように首を振った。


「三つか。アナハタチャクラ、アジナーチャクラ、サハスラーラチャクラ。お前、よっぽど敵を良く観察して戦ってるんだな。そういう発達の仕方だ」


 ムティーが言うのに、ピリアは「ん?」と首を傾げる。


「……ムティー。もしかしてだけど、ウェイドちゃん、チャクラもう三つ構築してる……?」


「あ? そうだぜ。だからこいつのパンチがオレに効いたんだろうが」


「効いたの!? ウェイドちゃんマジで意味わかんないね! どういう成長速度!?」


 ピリアの驚きようが気持ちいい。「頑張った!」とサムズアップして見せると「頑張ってできることじゃ……いや、そういう子だったね。思い出した」と項垂れた。


 ムティーがニッと笑って、「それで?」と俺を見てくる。


「ウェイド。お前がわざわざオレを探しに来るってことは、何かあるんだろ。一つ言っとくが、領主の言ってた戦争なんて面倒なのには参加しねぇぞ」


「ハハ……。ダメ元でお願いするつもりだったけど、無理ならいいや。それより、いくつか聞きたいことがあってさ」


「熱心なこった。それで、何だよ」


「殴竜ってのを、倒したい。今のチャクラで足りるか? 足りないなら、次に何のチャクラを構築すればいい」


 俺が問うと、ムティーは俺の頭を叩いた。


「バカみてぇな質問してんじゃねぇぞ粒野郎。足りないから、でチャクラ増やしてんじゃねぇ。……で? 何だその、殴竜ってのは」


 俺は説明する。尋常ならざる実力者であること。空気を殴るだけで衝撃波が発生し、それに対抗するだけで全力を尽くす必要があったこと。


 ムティーは一通り聞いてから、「はぁん……」と考え始めた。そして言う。


「チャクラは増やさなくていい。が、もう少し深い領域で使う必要がありそうだな」


「深い領域?」


「アナハタチャクラは不死身。アジナーチャクラは超視力。サハスラーラチャクラは森羅万象の支配。こう言った悉地の活用方法は、表面的なものだ」


 俺は少し考えて言う。


「アナハタチャクラは、根源的には『肉体の支配』が悉地だ。だから、肉体強化にも使える。……みたいな話か?」


「そうだな。その理解も浅いが。例えば―――」


 ふっ、とムティーが俺の目の前から掻き消える。俺は「マジか」と呟いた。


「それ、アナハタチャクラでやってるのか?」


「そうだ。アナハタチャクラで肉体を支配し、『見られる能力』を喪失した。だから見えなくなった」


 ムティーが再び俺の目の前に現れる。


「ウェイド、常識を捨てろ。根源を理解し、もっと、もっと自由に悉地を行使しろ。お前は今、肉体を動かすという能力を、認識するという能力を、考えるという能力を、根源的なレベルで持っているだけだ」


 いいか、とムティーは言う。


「ヨーガは、魔だ。魔法じゃない。ヨーガに、法はねぇんだよ。そこんとこ、もっとちゃんと考えろ」


「……分かった。ありがとう、考えてみる」


 俺が頷くと、ムティーは口をへの字に曲げ、言った。


「何かすんなり運んだようで癪に障るな」


「えぇ。何でだよ」


「うるせぇ! お前が素直すぎんのが悪いんだよ、ウェイド」


「どういうことだよ」


「だから、お前を一回ぶちのめす」


「はぁ?」


 俺は冗談だと思って、あきれ顔でムティーを睨んだ。だがムティーは、意地の悪いニヤニヤ顔で俺を見ている。


「……え、本気で言ってんのか?」


「餞別だと思っとけ。解除するだけでも、悉地の何たるかが分かることだろうぜ」


「いやいや待」


「待たねぇ。じゃあなウェイド。その殴竜とか言うのに負けたら殺すから、精々勝てや」


 気付けば、俺の胴体にムティーの拳が突き刺さっていた。そこから、妙な力が俺の中に入り込んでくる。


「え、なんだこりぇ」


 滑舌が回らなくなる。俺はそのまま殴り飛ばされ、ちょうど転送陣の中に落下し、転送された。


 景色が変わる。だが、視界がおかしい。ものすごい低い。しかも動けない。


「あれ、お早いお帰りだねウェイドさ……人形?」


 ナイが現れる。だが、小柄なはずの彼女が、遥か上に見えた。彼女はしゃがんで、俺を突く。


「……ウェイドさん人形……? どういうこと?」


 俺がどういうことか聞きたかった。え、俺今人形になってんの? 何で?

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