第186話 剣を鍛えよ
俺は、今朝起こったことを包み隠さず話すことにした。
殴竜が俺に挑みに現れたこと。手合わせしたこと。その過程で鉄塊剣を折られたこと。
その内容に、ゴルド・シルヴィア兄妹は、揃って表情をしかめる。
「それ、本当なの? 殴竜が侵入して、撃退して、って……」
「こんな嘘を吐いても仕方ないだろ? どうせいずれ戦うことになるんだし」
「でも……」
「いや、シルヴィア。この折られ方は、ちょっと異常だ。おれはその話を信じるぞ」
俺が殴竜におられた瞬間の状態に鉄塊剣を戻して見せると、ゴルドはそう頷いた。
その過程で『森羅万象の支配って何?』『ウェイド、お前、何だ? どういうことだ?』と困惑を招いたが、そのことについては割愛する。
ゴルドは、鉄塊剣のへし折られた起点。殴竜の指が当てられた場所をなぞる。
「実際、ここが凹んで、そこから一気にへし折られてる。そういう折られ方をしたんだろう。……魔法と鍛冶の実験でとにかく分厚く頑丈に作ったが、殴竜に掛かればこんなものか」
「殴竜を相手取るまでは十分だったってことは、伝えておきたい。迷宮100層のボスにも十分通用したし、変幻自在相手でも使えた。名剣だった。ただ、殴竜には不足だった」
「ふ……、そうか。ここまでウェイドを支えてこられたなら、良かった。だが、殴竜か。ふぅむ……」
ゴルドは難しい顔でへし折られた鉄塊剣を見下ろしながら、じっと考え込んでいる。シルヴィアが「ちょっとお茶でも入れてくる」と鍛冶場から離れていく。
「確認だ、ウェイド」
「何だ?」
「お前は、殴竜に挑むのか。戦争で、あの大英雄と、正面から」
俺は、深く頷いた。
「そうなる。じゃないと、多分カルディツァは攻め落とされる。領主様も言ってたろ。多分、俺たち以外に殴竜を止められる人間は居ないんだ」
実力で俺よりも強い奴は居る。居るが、カルディツァに居なければ意味はない。
「……そうか。そうだな。恐らく、本当に居ないんだろうな」
俺の言葉を受けて、ゴルドは難しい顔になった。禿頭を撫でつけ、それから天井を見つめて考え込む。
「頑丈であればいいのか?」
「ん……難しい質問だな。頑丈であるのに越したことはないけど、一番の問題は今のままじゃ殴竜に通じないってところだし」
最大火力でぶつかって、あっさり止められてしまったのだ。頑丈にして折れなくなっても、そこが解決していなければ意味がない。
ゴルドは俺の意見を聞いて少し口を閉ざす。それから、重ねて質問してきた。
「ウェイド。お前の魔法は重力魔法だな。つまり、重いものをさらに重くして威力を出す」
「ああ、そうだ」
「なら、重い方がいいか? 重くし過ぎて持てない、ってことは起こりうるか?」
「考えなくていい。そうだな。そういう意味では、重ければ重いほどいいかもしれない。けど、大きすぎるのはちょっとな。これ以上のサイズにされると困る」
既に大きすぎるのだ。斜めにしないとそもそも歩けないほど大きい。俺も最近は長身な方だが、まっすぐに立てた鉄塊剣は少し見上げなければならないほどだ。
俺の返答に、ゴルドは頷いた。それからしばらく考え込む。シルヴィアが「お茶入れてきたわよー」と言いながら戻ってくる。
そして、それぞれにお茶を手渡している、というタイミングでゴルドが叫んだ。
「よぅし! 構想が出来た!」
「ひぅっ! ……お、お兄ちゃん! 急に大声出さないの!」
「むっ、わ、悪い……」
ちょっとお茶をこぼしたシルヴィアに叱られ、ゴルドはタジタジだ。しかし俺に向き直った時、ゴルドの瞳にはどこか見慣れた輝きがあった。
ゴルドは言う。
「ウェイド。お前が求めているのは、重量と、頑丈さだ。取り回しの良さは最低限。使いやすさも最低限で問題ない。何故ならお前は魔法で剣を使うからだ―――違うか!?」
「い、いや、違わない」
ずいっ、と近づいて確認してくるゴルドに、俺は押され気味だ。シルヴィアが「悪い癖が出たわ……」と渋い顔をする。
「そして、重い方がいい、というのは魔法との相性からの言葉だ! だから、威力が出れば最悪どれほど軽くてもいい!」
「まぁ、それも、そうだな」
「というか剣の形をしてる必要がない!」
「ん?」
何か話が妙な方向に運んでないか?
「さらに言えば、頑丈である、というのも剣という形を保っているという意味でもないな!? 武器として使えればいい! 敵に叩きつけて破壊できればいい!」
「お、おう……それは、そうだが」
「ならば、剣である必要もない!」
俺はシルヴィアを見る。シルヴィアは目を瞑って神妙な顔で首を横に振った。え、諦めろと?
「ウェイド、答えてくれ。おれは、これだけおれの剣を大切に使ってくれた、お前に問いたい」
ギラギラと危うい輝きを宿した瞳で、ゴルドは俺に尋ねてくる。
「お前は、このドデカイだけの剣で、ここまで立ち塞がってきた強敵たちを倒してきたと語ったな?」
「あ、ああ。そうだ」
「なら、この十倍強い剣を作れば、お前は殴竜を倒してくれるか? お前に、カルディツァを救えるか?」
真正面から、じっとゴルドは俺を見つめていた。俺はその雰囲気にのまれ掛け、しかし強い意志で見つめ返した。
「倒す。鉄塊剣ですら強い剣だった。この十倍強い剣があるなら、余裕だ」
「……信じるぞ。おれを、大英雄を倒した剣の鍛冶師にしてくれ」
「ああ」
俺は確かに頷いた。ゴルドは満面の笑みを浮かべて、拳で胸を叩く。
「ならばよし! ウェイド、おれのことも信じてくれ。多大な犠牲を払ってでも、最高の剣を作って見せる!」
「任せた。……多大な犠牲って?」
「気にしなくていい」
「いや気にするだろ」
「気にしなくていい」
「怖いって。何する気なんだよ。怖いって。言ってくれよ、なぁ」
淡々と言うゴルドに、不安になって尋ねる俺。そんな俺の肩を、シルヴィアはそっと叩いた。
「ウェイド……諦めて。お兄ちゃん、日ごろは普通だけど、鍛冶とロマンが絡むと、おかしくなるの」
「……そうか」
俺はそこで、ドロップの言った『変人』という評価を思い出す。
軽く話した分には変だとは思わなかったが、なるほど、こういう……。
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