第185話 準備を開始せよ

 家に帰ってから、俺はこの限られた時間で何をすべきかを考えていた。


 戦争は始まる。間違いなく、この数日中に。恐らく領主からも呼び出されることになるだろう。ギルドからも戦争開始にまつわる指名依頼を受けている。


 それまでに、俺は可能な限り強くなる必要がある。猶予は極めて短い。困難を極めるだろう。そしてその成果が、直接戦争で明らかになる。


 だが、出来る。やって見せる。


 俺は息を吐きだして、立ち上がった。


「ちょっと出てくる。もしかしたら今日は帰らないかも」


「え、こんな土壇場でかい?」


 クレイに目を丸くされ、俺は肩を竦めた。


「できることをやろうと思ってな。今回の戦争は、不謹慎かもだけど、楽しむことにしたんだ」


 俺が言うと、クレイは「楽しむ、か。でも、ウェイド君には楽しんでもらった方がこちらとしても安心感がある。それで良いと思うよ」と苦笑した。


「ああ、そうさせてもらうさ。じゃ、他のみんなにもそう伝えておいてくれ」


「分かったよ。……にしても、昨日何があったんだい? 僕ら以外誰も起きてこないじゃないか」


「あー忙しいなぁ行ってきます!」


「逃げたね」






 俺は家から飛び出して、そのままの足で昨日も訪れたドロップの店を訪れた。


「ドロップ、腕のいい鍛冶師って知らないか?」


「……え? ウェイド、アンタ金の冒険者の癖に、贔屓にしてる鍛冶師も居ないの?」


 聞き返してくるドロップの表情は、まさにドン引きといった風だった。俺は前世のゲームを思い出し、そうか終盤なのに武器強化したこともないようなもんか、と思い至る。


「その、今までずっと、訓練生の武器でやってこれたもんでさ」


「は~……これだから天才は。それで? 武器はその、後ろに背負ってるデカい奴?」


「ん、ああ」


「ちょっと見せてもらっていい? あ、間違っても手渡さないでね。そこにおいて」


 俺が差し出したのを見て、牽制するようにドロップは言う。「圧し潰されちゃうわよ」と嫌な目を向けられ、そりそゃそうだ、と台の上に置いた。


 台が壊れて潰れた。


「……」


「……弁償します」


「銀貨一枚」


 俺はそっと銀貨一枚を手渡す。「確かに」とだけ言って、ドロップはまじまじと剣を観察し始めた。


「ふーん……? 前から気になってはいたけど、妙な剣よね。人間が使うことを想定してないみたい。質は良いけど使い勝手を考えてないって言うか」


「武器に詳しいのか?」


「魔法具店を切り盛りできる程度にはね。でも、鍛冶師ほどじゃないから、武器を見てふさわしい鍛冶師を紹介って感じになると思う。あ、紹介料は要らないわ。代わりに今後ともごひいきに」


「商売上手だな」


 ドロップは悪戯っぽく笑って、「んー、とりあえず作り手が変人なのは確定ね」と言ってから、俺に振り向いてくる。


「ねぇ、さっきも言ってたけどこの剣って訓練生時代から持ってたわよね。訓練所の武器屋で買ったの?」


「ん、ああ。何か昔の訓練生が作ったとかで、誰も使えないから放置って」


「昔の訓練生、ね……。で、変人の鍛冶師。となると、多分あの人よね。というかあの人しかいない」


「知ってるのか」


「きっとね。メイン通りの焼き鳥屋の近くに鍛冶屋があるから、そこを訪ねてみて」


 俺は場所がイメージできたので、「助かる。また何か買いに来るな」と告げてその場を離れた。「またのご来店を~」とドロップの声が背中に飛んでくる。


 メイン通りに出て、匂いを探して焼き鳥屋へ。そこからすぐの場所に、ドロップの示した鍛冶屋があった。


 中に入ると、金属を打つカーンカーン、という音と共に「いらしゃーい」とやる気のない店員の声が聞こえてきた。


 シルヴィアだった。


「お、シルヴィアじゃん。よっ」


「! ウェイドじゃない。ナイトファーザー攻め以来ね」


 シルヴィアは意外に俺に懐いてくれてたのか、ちょっとテンション高く椅子から立ち上がって近寄ってくる。


 俺は軽く店内を見回した。武骨な鉄の多く使われた、まさに鍛冶屋といった雰囲気の店だった。そしてシルヴィアが今まで座っていたのも、カウンターの向こう。


 シルヴィアに向けて、俺は首を傾げる。


「ここで働いてるのか?」


「働いてはないわ。身内の手伝い。今日はレベリオンフレイムも休みだから、二人で本業をね」


「二人で」


 俺がさらに反対側に首を傾げると「ん。あっ、そうだわ。そういえばバカフレインが、紹介を省いたんだった」と納得したご様子。


 それからシルヴィアは俺の手を取って、「こっち来て。せっかくだから紹介してあげる」と引っ張っていく。


 連れられて行く先は、店のカウンターのさらに奥。俺はこの冬い時期にもかかわらず、熱さを感じる。


 火の炉。それを前に、熱心に剣を金槌で打つ影があった。半裸に分厚い前掛けのみという格好の、筋張った体つきの大柄な男。


 特に目立つのは、その禿頭だ。一点の曇りもないツルピカ頭は、汗を滴っててらてらと輝いている。


 その人物に見覚えがあって、俺はシルヴィアに尋ねる。


「その人、フレインパーティに居たよな」


「うん。ウチのお兄ちゃん。お兄ちゃん! ウェイドが来たわよ」


 大声で呼びかけると、男は「んおっ、何だって?」と言いながら振り返った。ああ、この人アレだわ。親父戦の時にフレイン呼んだら、フレインをお姫様抱っこから地面に投げた人だわ。


「んん、おぉ! これはこれは。ウェイドだな。協力戦以来だな。っと。おれのこと分かるか?」


「ごめん、フレインが自己紹介阻止したから分からなくてさ」


「はは……。あのアホリーダーが悪いのはいつものことだ」


 マジでパーティ全員からこう言う扱いなんだなフレイン。一周回って信頼なのかもしれない。


 俺は「困った奴だな」と同調してから、咳払いして手を差し出した。


「改めて、ウェイドだ。最近二つ名が『ノロマ』だって知って結構遺憾に思ってる」


「ははっ! 相変わらず面白い男だな。っと。おれも名乗らねば」


 シルヴィアの兄は、自らの禿頭を撫でつけて、自己紹介した。


「おれはゴルド。レベリオンフレイムのメンバーにして、シルヴィアの兄だ。シルヴィア同様、鉄魔法使いになる。お前とは以前から話したいと思っていた」


「それは光栄だ」


 俺たちは改めて握手を交わす。「それで」とゴルドは俺に尋ねてきた。


「今日は何の用で来たんだ? 随分デカい武器を背負っているし、たまたま鍛冶師として訪ねてくれたのか?」


「ああ、ドロップからの紹介でな」


「ドロップ! カルディツァ一の魔法具店のご令嬢じゃないか。紹介してもらえるなんて光栄だな」


 少し笑い合ってから「なら早速見せてくれ」と言われ、俺は鉄塊剣を外した。すると、ゴルドが「んん?」と眉根を寄せる。


 俺は説明しつつ、ゴルドの前に鉄塊剣を差し出した。


「ドロップが、『訓練生上がり』で、『変人』の『鍛冶師』はお前しかいない、って言っててな。この剣の制作者なんじゃないか、と睨んで、ここに来た」


「これは……! 懐かしい。ハハ、ちょっと笑ってしまうくらい、懐かしいものが出てきたな。ウェイドがドデカイ剣を使うのは聞いていたが、まさかおれが作ったものだとは……!」


 世間は狭い。言いながら目をキラキラさせて、ゴルドは鉄塊剣に触れる。それから少し触れて、「んん!?」と激しく眉を顰めた。


「おい、ウェイド。……これ、何をした」


 その様子に、シルヴィアが「え、どうしたのよ、お兄ちゃん」と聞く。だが俺は心当たりがあったので、「ゴルド、お前すごいな」と前置きしてから、話した。


「お察しの通り、一回この剣は折られたんだ。それを俺が無理やりつなぎ直してる。今回したいのは、その相談だ。―――この剣を、殴竜でも折れないように出来るか?」

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