戦争編
第179話 日常:早朝
ナイトファーザー陥落の日から、数日が経った。
「パパ! パパパパパパ、パパ! 朝! あさあさあさあさ、朝!」
俺は愛娘型目覚ましの頭に手を置いてアラーム機能を止める。それから上体を起こして尋ねた。
「ふぁあ……おはようモルル。今何時だ? 俺いつも五時起きだし、こんな眠いことあんまりないんだが」
「三時!」
「おやすみ」
「おーきーて! パパパパパパパ!」
「もうそれパパ呼びじゃなくて効果音か何かなんだよ」
あと午前三時は朝じゃなくて深夜。言い聞かせつつもモルルのモフモフした頭を撫でるも、モルルは「むー!」とお冠だ。
「っていうか、いつもはこんな早くから起こしてこなかったろ。何で今日急に」
「急にじゃないもん」
ぷい、とモルルは横を向いてしまう。俺は息を吐いてから、モルルを膝の上に抱き上げた。
「どうした? ちゃんと日頃から構ってたろ? それでも寂しかったか?」
「寂しくないもん。でも、もっと遊んで欲しい……」
「それを寂しいって言うんだよ」
俺が言うと、「何と」と俯いていたモルルは目を丸くして俺を見上げた。反応が面白い。
ともあれ、構って欲しいのだろう。こういうときにちゃんと親ができるかどうか、と言うのが親子関係になるのだ。クソ親父は反面教師として実に理想的だと思う。
クソ親父には是非とも牢屋でくっさい飯を食っていてほしい。俺はあんなふうにはならんぞ。
「分かった」
俺が言うと、モルルはパッと顔色を晴れさせる。俺は微笑みかけて言った。
「ちょっと早すぎる時間だけど、起きるか。数日は何もないらしいし、いっぱい遊ぼう」
「やった! パパ大好き!」
「パパもモルル大好きだぞ~!」
ぎゅっと抱き着いてくるモルルが可愛すぎて、俺は親バカ全開で抱きしめる。本当に可愛いウチの娘。
ということで、俺たちは準備を整えて、ほぼ深夜みたいな時間帯に家を出た。
「おぉ~、真っ暗!」
「真っ暗だなぁ」
モルルはテンション高めだ。俺はあくび交じりに先を行くモルルの後をついていく。
「それで、どこ行くんだ? この時間の森は流石に暗すぎて危ないからダメだぞ」
「ん~、じゃあ街! 街行きたい!」
俺は考える。モルルもだいぶしっかりしてきたし、遊びの強度的に銀に近いレベルには達しているような雰囲気もある。
つまり、その辺のチンピラとケンカになっても正面から勝てる、ということだ。
「いいぞ。じゃあ一緒に街に行こうか」
「やった~!」
ルンルン気分で飛び跳ねるモルルを見ていると、子供の成長は早いなぁと思う。
背丈も少し伸びたし言葉遣いもはっきりしてきた。まだまだトンチンカンの行動をとることもあるが、子供の愛嬌というものだろう。
そして俺は思うのだ。
「……生まれて何か月だっけ……?」
一年は間違いなく経っていない。モルルの成長が早すぎるだけかもしれない。
そんな事を考えながら、マイペースに道を進む。迷宮という豊富な資源持つ迷宮都市カルディツァは眠らない街としても有名だ。
とはいえ午前三時は深夜に間違いなく、メイン通りでも灯りがついてる店はポツポツとある程度。
「うぃ~、やってられっかちくしょー……」
そして目の前には飲んだくれの千鳥足が三人。
「パパ。怪我人いる」
「モルル、アレは怪我人じゃなくて酔ってるだけだ」
「酔う……? あ! みんなおバカになる奴だ!」
「ごめんなモルル、酒の席で醜態晒して」
親として恥ずかしい限りだよチクショウ。でも楽しくなっちゃうんだよなお酒。
そんなことを話していると、「あぁん!?」と酔っ払いが俺たちに絡んでくる。
「おいおいガキんちょがよぉ~、ヒック! こんな夜中にで歩いちゃダメだろぉお~?」
「つーかお前、俺たちのことをバカとか言わなかったかぁ~? うっぷ」
吐きそうな奴には要注意しておこう。胃の中身を掛けられたら、ケンカに勝てても負けた気分になる。
「いやいや……何にも言ってないって。ホントホント」
ひとまず俺は酔っ払い相手にケンカするほど節操無しではないので、一旦言葉で諫めに掛かる。チンピラの酔っ払いはそれに、胡乱な反応を示した。
「あぁん……? 言ってなかったか……?」
「分かんねぇ……。眠い……」
「チクショー……食い扶持どうすりゃいいんだよぉ~……金尽きるまでは遊べるけど、なくなったらよぉ~……」
俺たちのことを一瞬で忘れてしまったのか、何やらウダウダ言い始める酔っ払いたちだ。やけ酒という事らしい。
「それもこれもよぉ~、ウェイドとフレインの所為だってのクソぉ~。あのガキどもの所為で、ナイトファーザーが……」
「まぁ今まで通り盗みで食ってきゃ~良いんじゃねーの~? あのガキどもはいつかぶっ殺すとしてよぉ~」
おや。ナイトファーザーの残党だったか。
「パパ、何かしたの?」
モルルが俺を見上げて言ってくる。それに酔っ払いたちが「んん……?」と訝しむような目で俺を見てくる。これは気づかれたかな。まぁモルルが優先だろう。
「この酔っ払いたちが言ってるナイトファーザーってのは悪い組織だったんだよ。だからパパが潰したんだ」
「おぉ~! パパ、正義の味方!」
「正義面とかじゃないんだけどな。目の前の敵倒してるだけだし」
地味に人を殺したこともないのだが、別にそう言う主義という訳でもない。殺さなければ強くなって楽しく再戦できるかな、という事をちょっと考えるだけだ。
事実、それで得をしてきていると思う。フレインとかサンドラとか、敵だから、と無理に殺さないお蔭で、いいことがいくらか起こっていると思う。フレインはいいライバルだし、サンドラは恋人だ。
……恋人か。もう増やすつもりもないし、そろそろ次の段階に移ってもいい気はする。
そんな事を考えていると、気付けば酔っ払いたちが真っ青な顔で俺を見ていた。それから、俺を指さして言う。
「うぇ、うぇうぇうぇうぇ、ウェイ、ド……?」
「ん? おう。恨み言あるなら聞くぞ?」
俺がにこやかに返すと、酔っ払いたちは揃って頭を下げた。
「いっ、いや! すいません! 何でもないです! 何でもないんで殺さないでください!」
「ほ、ホント! この通りなんで! 有り金全部出すんで、どうか!」
いや要らん。
「殺さないからその財布はしまって、気を付けて家に帰れ」
「いや、ホント。悪いこととかしないんで、見逃し、て……?」
「だから見逃すよ。悪いことしても気にしない。けど、敵になったら潰すから、それだけだな」
「は、ハイッ! おら、お前らシャキッとしろ! じゃ、じゃあホント、突っかかったりしないんで、それじゃ」
「おう、じゃーなー」
素面に戻ったチンピラたちは、俺にペコペコ頭を下げながら、そそくさと立ち去って行った。その背中を見送る俺に、モルルが一言。
「パパ……、正義の親玉……?」
「正義に親玉は居ないんじゃねーかな」
正義の味方であろうという気もしないが。俺は身内の味方で、敵の敵でしかない。それくらいが、シンプルでちょうどいいと思っている。
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