第178話 親子

 後日、トキシィを連れて、俺は親父に面会に来ていた。


「よう、ウェイド、トキシィちゃんも。こんなすぐに会いに来てくれるとはな」


 親父は、無数の拘束具で全身を固められながら、カラカラと軽い調子で笑っていた。……まぁ、確かにそうなるわな。金等級の冒険者がこうして素直に捕まってるのが、むしろ信じられない。


「逆だ。今来なきゃ、多分1か月は絶対来られなかっただろうからな」


「マジかよ。何かあるのか?」


「戦争だよ。聞いてないのか? 殴竜~、とか何とか」


「あ~……? そういやボスが、フレインの小僧に色々やられる前は『戦争でごたつくだろうし、そのどさくさでいっそカルディツァを乗っ取っちまうか?』なんて笑ってたが」


 そんなこと言ってたのか、あのボス。一代でナイトファーザーを築き上げた人らしいし、すごい人ではあるのだろうが。方向性が戦闘方面じゃないので、正直すごさがよく分からない。


 もちろんすごいは褒め言葉ではない。すごい悪い、の略だ


「俺の時代にゃ、殴竜なんて聞いたこともなかったからな。どっちと言うとお前ら世代の人間だろ。しかしすげぇ二つ名だよな。竜を殴る、で殴竜か」


 若けりゃやり合ってみたかったな、と親父は笑う。それにトキシィは、横から俺を肘で突いてきた。


「そう言うとこそっくりだよね」


「トキシィ~、そのイジリやめてくれよ~……」


「ん? そうだぞ、ウェイドは赤ん坊の時俺にそっくりだって言われててな。気付いたら母さんに似て中々美形に育ったが、けっこう血の気が多いのとかな」


「分かります! 血の気多いですよねウェイド!」


 俺の話で盛り上がるトキシィと親父だ。俺は何だかおもちゃにされてる気分になってくる。


「つーかよ、ウェイド。俺に似て血の気が多い、にしても一年前までろくに戦えなかった人間の実力じゃねぇだろ、お前」


「こう見えて修羅場くぐってるからな」


「どんな。お前の武勇伝、聞かせろよ」


 ニヤリと尋ねてくる親父に、俺は息を吐いて話す。


「最近ダンジョン100階層を突破した」


「カルディツァ大迷宮のか!? はー……金の松明なんてよく持ってるな、と思ったが、そうか最近か。……100階層のボス、どんなだったよ」


「結晶を操る魔人だった。魔王軍中将とか言ってたぞ」


「魔王軍、か。俺のガキの頃以来だな、聞くのは」


 親父は考え込むように視線を斜め上に持っていく。俺は気になって、尋ねていた。


「魔王軍って、何なんだ? 今はまだ力を蓄えてるとか言ってたが」


「人類の敵だ。各地にある大迷宮を通じて乗り込んでくる、魔王の尖兵たち。っつっても、人間からも『無手』みたいな金の松明以上が乗り込んで荒らしまわってるらしいがな。常にお互い攻め合い殺し合う。そう言う存在だ」


「……親父がガキの頃ってのは」


「先代の魔王は、化け物だった」


 親父は言う。


「人類は敗北しかけた。召喚勇者がいなけりゃ完敗だった。だが、召喚勇者は魔王以上の化け物だった。魔王軍を魔王ごとを蹂躙した後、ある国を乗っ取り、世界中を荒らしまわった」


「ある国……?」


 親父は苦笑する。


「ローマン帝国。この国だよ。この国の現皇帝ユウヤ・ヒビキ・ローマンこそが、かつての召喚勇者であり、そして世界に覇を唱える我らが皇帝様って訳だ」


「……なるほど」


「つーかこんなことも教えてこなかったのか俺。本当に親失格だな」


 親父は首を振って自戒する。確かに親父は親失格だ。親に違いはないが。


 そこで、看守が「時間です」と言った。俺たちは「じゃ、この辺にしとくか」と言って立ち上がる。


「おう。また1か月後に頼むわ。差し入れも期待してるぜ。臭い飯には飽き飽きしてるだろうからな!」


「言ってろ。気が向いたら持ってきてやるよ」


「ああ。トキシィちゃんのことも、大事にしろよ。トキシィちゃんも、ウェイドのこと支えてやってくれ」


「言われなくともそうする」


「任せてください!」


 俺たちは面会室を出て、いくらかの手続きを済ませて刑務所を後にした。それから、街を歩きながら話す。


「ウェイドがたまに常識ない理由、ちょっと分かっちゃった」


「恥ずかしながら、って感じだ」


「安心して。私が支えてあげるからっ!」


 言いながら、トキシィは笑いかけてくる。それから、「でも、良かった」と言った。


「親子関係は、一生続くものだから。難しいことはあるけど、仲良くなれて、本当に良かったね」


「……昔に比べりゃ、悪くはない、かな」


「素直じゃないんだから~。……お義父さんも、嬉しいと思うよ。親には、生きてるうちに親孝行しなきゃ」


 言われて、思い出す。トキシィの父親は、確か首をくくったのだったか。


「……そうだな。生きてる内に、どうにかできてよかった。どうにもならずに死なれたら、きっと割り切れないままだっただろうから」


「そうだよ。私はもうどうしようもないけど、せめてウェイドが割り切れて、良かった」


 トキシィが気遣ってくれていたのは、もしかしたら、トキシィなりの代替行為だったのかもしれないと思う。死んでしまった自分の父の代わりに、俺と親父を取り持ってくれたのだ。


 そう思うと、何だかトキシィが愛しくて、放っておけない気持ちになってくる。だからか、俺は気づくと、トキシィの手をつないでいた。


「あ……ふふ、ウェイドから繋いでくるの、珍しいね」


「そうしたい気分だったんだ」


「ふふふ、そっか。……嬉しい」


 トキシィは普通の手つなぎを恋人つなぎに変えて、そのまま俺の腕を抱きしめる。それからふと、俺を見上げて聞いてきた。


「そういえば、子供30人って、あれ本気?」


「え? ……本気だけど」


「っ。そ、そっかぁ……。じゃあその、戦争中は困るから、その後に、でも」


 トキシィは顔を真っ赤にしてとつとつと言う。俺はトキシィが愛しくて仕方なくなって、強く抱き寄せて、その耳にささやいた。


「大切にするよ、トキシィ。ずっと、ずっと」


「……あぅ」


 トキシィは照れて何も言えなくなる。そのまま彼女は、俺の腕に顔をうずめた。







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