第177話 夜のギャングは崩れ去る

 伸びた親父を抱えて元の場所に戻ると、フレインが拘束したナイトファーザーのボスの手綱を握っていた。奴は俺を見つけて言う。


「ん、戻ったか」


「おう、クソ親父に勝ってきた。そっちも首尾よく終わったのか」


「こいつ自身には戦闘能力はないからな。ま、血のつながった家族でもある。そう乱暴にも出来ねぇしよ」


 フレインにどつかれたボスは、「親孝行な息子だ」と皮肉を言う。それから、俺とクソ親父を見て言った。


「変幻自在が負けるのを見ることになろうとはな。時代も変わるもんだ」


「言ってねぇで行くぞ。市中引き回しだ」


「おいフレイン~、雑に扱うなよ我が息子~」


「ウゼェ」


 ウチのクソ親父とはまた違ったベクトルのうざさが、ボスにはあるようだった。


 そんな事を考えながら見ていると、トキシィが近づいてくる。


「ウェイド、お疲れ様っ」


「ああ、トキシィ。クソ親父の癖に中々手ごわかったぜ。苦労かけやがって」


「あははっ。でも、私としてはちょっと納得かも。お義父さんが強かったから、ウェイドにも素養があったんだろうなって思うし」


「そうかぁ? ……ま、血は水よりも濃いからな」


 俺は肩に担いだ親父をチラと見る。魔法印だらけのクソ親父は、重い一撃を食らわせたというのに、すでに平気な顔でいびきをかいている。


「ふふっ、いつも会ってるぽっちゃりの時はそんなだったけど、こうしてムキムキだとやっぱり面影あるね」


「やめてくれ。こんなのに似てるとか言われたくない」


「あははっ。お義父さんは喜ぶと思うけど」


「……降参」


 俺は両手を挙げる。「仕方ないから許してあげる」とトキシィは悪戯顔だ。


「……でも、良かった。お義父さんは、塀の中に入っちゃうけど、それでも、親子仲直り出来て」


「……ああ」


 トキシィが俺の頭を引き寄せたから、俺はされるがままに差し出した。トキシィは自分の胸に抱きしめて、「よしよし、お疲れ様」と労ってくれる。


「こんなときにもイチャつきやがって」


 そしてフレインは舌を打った。俺は面白くなって、ニヤリと笑いかける。


「フレインにはいい人いないのか? お前将来有望だし、引く手数多だろ」


「嫌味か? そりゃ肩書目当てで寄ってくる女くらいいるが、オレの本性を知れば逃げてくだけだ」


「お前昔に比べて随分卑屈になったな」


「身の程をわきまえたってんだよ、これは。第一こいつの血を引いてんだぜ。性格最悪に決まってんだろ」


 言いながら、フレインはナイトファーザーのボスの尻を蹴り上げた。「あいたたた! 乱暴者め」とボスは冗談めかしている。


 俺は言った。


「まぁ性格は確かに最悪だが」


 トキシィも続いた。


「二言目には罵倒だから、近くにはいて欲しくないよね」


 フレインは俺たちを睨んだ。


「ケンカ売ってるなら買うぞ?」


 俺たちが軽くやり合っていると、「くくくっ」とボスが笑う。


 フレインが、睨んで問い詰める。


「……んだよ。何が可笑しい」


「別に? お山の大将気取ってたフレインが、対等に言い合える仲間を持つとは、と思ってな。―――ナイトファーザーの終わりが、異常に強いガキんちょどもに乗り込まれて、とは。時代の移り変わりは、いきなり来るもんだな。呆気なく、俺の世界は壊れてしまった」


 感傷的に言うボスに、フレインは言い放つ。


「何が『俺の世界』だ。お前が築いた夜の帝国は、ろくなこともせず、組織だってカルディツァに脅威をもたらしてただけだ」


「ふ、お前の目からすればそうかもしれんな。言い訳をするつもりはない。カルディツァ前々当主の時代を知らないお前からすれば、俺は悪の帝王だろう」


 だからな、とボスはフレインに言う。


「お前が、お前らが、次の時代を担え。老兵はただ去り行くのみ。カルディツァの悪党どもは、ナイトファーザーの崩落で散らばった。戦争でも駆り出され、数を減らすだろう。だが、確実に残る。善人も、悪人も、な」


 ボスは、まるで見てきたように語る。


「そうなったとき、きっと次の時代が来る。どうなるかは、お前たち次第だ」


 その言葉に、何だか俺はハッとさせられるような気持ちになった。次の時代。今まで作られていた時代は終わり、これから俺たちが作り出す時代が始まる。


「……勝手に言ってろ。オレはオレの思う通り生きる」


 フレインの反応に、ボスはただ小さく笑った。


 その辺りで、俺はトキシィに尋ねる。


「んで、これ誰に届け出ればいいんだ?」


 親父の尻のあたりをペシンと叩く。それにトキシィは少し笑って、こう答えた。


「大丈夫! 私が警吏さん呼んでおいたから、そろそろ来ると思うよ」


 トキシィが言うなり、鎧を着た警吏たちがぞろぞろとこちらにやってくる。それを見て、何だか、ああ終わったのだ、と、そう思った。











 それから数日後、俺たちは再び領主の下に集められていた。


「ご苦労だったね、諸君。とはいえ、君たちにとっては、ねぎらいの言葉などはした金にも劣るだろう。まずは、報酬からだね」


 領主は言って、金等級のメイド、シャドミラに視線をやった。シャドミラは頷き、俺たちの間のテーブルに、高級そうな皮袋をそっと置く。


 そして開くと、初めて見る硬貨が現れた。


「白金貨1枚に、大金貨5枚だ。受け取って欲しい」


「……うお、すげぇ。初めて見たぞ、白金貨」


「今回ばかりは、同感だ。人生で、一度でも見られると思ってなかった」


 俺とフレインはぼそぼそと言葉を交わす。するとシャドミラがその袋をそっと閉じて回収し、代わりに俺たちとフレインたちにそれぞれ一つずつ違う革袋を渡した。


「が、白金貨だと正しく分配できないからね。それぞれに大金貨7枚と、大半金貨1枚ずつを進呈しよう。これで平等だ」


「「ああ……」」


 俺とフレインの声が重なる。せめて白金貨に触れるだけでもしてみたかった。


「……ウェイドとフレインって、実はちょっと似てるよね」


「似てないって、トキシィ」


「フレイン、意外に可愛いところあるのね」


「黙れ、シルヴィア」


 俺たちは揃って苦い顔で手を振ってしまい、嫌な顔で睨み合った。


「ともかく、君たちには実に助けられた。心ばかりだが、こちらも貰って欲しい」


 シャドミラから俺とフレインに、それぞれ一つずつ、金の暗器の冒険者証が渡される。うおお、ドンドン手に入るじゃん金等級シリーズ。


「金の暗器の冒険者証ともなれば、国が絡むならどこでも通じる身分証になる。強さと公権力をひとまとめにしたもの。それが金の暗器の冒険者証だ。思慮深く使ってくれることを願おう」


 領主の説明に、何だか分からないが頷く。すると、シャドミラがさらに念押ししてきた。


「わたくしからも、一つ。本来、金の暗器の冒険者証というものは、ギルドより辺境伯家以上の貴族にしか渡されないものです。王族、公爵家、侯爵家、辺境伯家。その内、辺境伯家が渡されるのは3つのみ」


 言いながら、シャドミラは自らの金の暗器の冒険者証を取り出す。


「そのすべてが、ここに揃っていることになります。その意味を、重々ご理解ください」


 その説明に、俺はじわじわと意図を理解し始める。要するにこの冒険者証を公権力に見せれば、


 それだけの信用を、領主から得たのだ。フレインも、初めての金等級が暗器ということに、強張った顔をしている。


「では、ナイトファーザーに関してはこんなところにしておこう」


 もう終わりか、と思う。色々話すことがあるだろうと思っていたから、肩透かしに思う。


 しかし、違った。本当に話さなければならないことを、領主は前倒しにしただけだ。


 領主は深呼吸の後、俺たちに語り掛けてくる。


「―――近日中に、また君たちを呼ぶことになる。戦争の噂は、聞いているね」


「……殴竜」


 俺に呟きに、領主は頷いた。


「そうだ。『殴竜』シグ。白金の剣の冒険者をも退ける、恐るべき大英雄。彼の率いる軍隊が、カルディツァへと向かってくる」


 領主の言葉に、全員が口をつぐんだ。領主は続ける。


「生憎と、白金の剣の冒険者は間に合わないのだそうだ。例のごとく、彼は殴竜に躱されてしまった。だから『殴竜』に対する手札は、君たちのみになる。君たちの強さは知った上で言うが、……厳しい戦いになるだろう」


 沈黙が、応接室に満ちる。


「……今日は、ここでお開きにしよう。また後日」


 俺たちは報酬の入った革袋と、金の暗器の冒険者証を握りしめ、シャドミラに玄関まで案内されていく。

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