第176話 親父
魔法は、魔における法だ。
だから、法を守る必要がある。
例えばルーン文字なら、原則3文字までという制約がある。変身魔法にも、神と全く同じ魔法印を全身に刻めば、それは法を犯したことになり、顕現した神に直接裁かれる。
なら。
異なる魔法印を、全身にみっちり刻んだ場合は、どうなるというのか。
「ライトアップ、ミスト、エンティティ」
いくつかの未知の呪文に反応して、親父の周囲に真っ白でヒョロヒョロの男が現れる。今まで『変幻自在』だと思っていたそれ。
俺は睨みつけて言う。
「幻影だ」
「ああ、幻影だ。だが実体を持つ。だから、幻影でありながら幻影じゃねぇ」
幻影が、親父に先んじて襲い掛かってくる。それを俺は、結晶剣で牽制した。重力魔法で貫き、結晶を内側から爆裂させる。人間ならば即死攻撃だ。
だが、散らばった幻影の破片は、それぞれ結合し膨れ上がり、三人に分裂して再び俺に襲い来た。
「チッ! 便利な魔法だ!」
俺は鉄塊剣で、一気に奴らを貫いた。そのまま遠くに縫い付けてやる。
だが、俺はやはり、親父を相対してる分だけ気が抜けていたらしい。
「ウェイド、もう少し慎重に動くことだな」
親父は、気付けば俺に肉薄していた。その手は俺の腹に当てられ、強面の顔が至近距離で笑う。
「ファイアーボール、サモントルネード―――この程度で死なねぇだろ。いっぺん痛い目見とけ」
親父の手の平から、火が上がる。炎の竜巻が、俺を吹き飛ばした。
「がぁっ、はっ!」
俺は吹き飛び、全身を散り散りに焼け焦がされる。だが、アナハタ・チャクラは起動済みだ。全身を復元しながら、俺は地面を足でこすり、数秒遅れて停止する。
そして顔を上げると、親父は高く剣を掲げていた。真っ赤で、いくつもの棘が刀身に生えた、おどろおどろしいその剣。それは肩に担がれていた時とは比べものにならないくらい、上に上に伸びている。
「生き剣、ブラッディメアリ」
親父は俺を見て、ギラギラと笑う。
「うねる刀身は敵を逃さず、捕らえた敵から血を貪る。お前の母さんの形見だ。受け取れェッ!」
剣が振るわれる。それは鞭のようにしなり、俺をめがけて向かってくる。
「んなもん息子に振るうんじゃねぇ! クソ親父ッ!」
「はっはっは! 悪いなウェイド! 金になるほどのお前の実力を見るには、本気で行かなきゃ無理だと思ってよ!」
俺は左手の甲を叩いて、結晶剣を大量に生み出した。そしてそのすべてを親父の剣に絡ませ、俺に届かなくさせる。
「お、やるな」
「余裕ぶってんじゃねぇぞッ!」
俺は鉄塊剣を引き寄せながら、親父に急接近する。そして空中で鉄塊剣を掴み、そのまま【加重】をかけて斬りかかった。
「おお怖いねぇ」
親父は紙一重で躱し、俺に手を振りかぶる。だが、もう俺だって油断しない。そこに思い切り魔法で威力を高めた拳を叩き込む。
「ウェイトアップ・フルの加重ストレートだッ!」
「ロックアーム、アイスアーム、ストームアーム。三連の腕強化だ」
拳と拳がぶつかり合う。衝撃が、大きくお互いの腕を吹き飛ばした。
「チッ! 何種類の魔法使えんだよッ!」
「あん? 全種類だっつーの。つーかウェイド、お前ノロマ魔法かよ。よくそれでそこまで強くなったなおい」
のけぞりながら、俺たちは会話を交わす。俺は足を踏ん張り、さらに距離をつける。
「おおっと、流石に至近距離は慣れてそうだな。俺はもっと遠距離仕様でね。具体的には幻影に全部やらせてるんだが」
「知るかよクソ親父ぃ! ―――ッ!?」
俺の拳が親父にあたる、という瞬間に、親父は霧となって散った。俺は目をしばたかせ困惑し、そして己の新しい術を思い出す。
「
第二の瞳、アジナー・チャクラが目を覚ます。霧となった親父の行方を探す。
「そこだッ」
俺は親父の姿を見つけ、そこに結晶剣を殺到させる。居場所がバレたことを瞬時に悟った親父は、「おーこわ」とカラカラ笑って言った。
「オブジェクト・ポイントチェンジ」
「ッ!?」
親父は重力魔法を使って、俺の結晶剣を片手ですべて受け止めた。俺は口をあんぐり開けて、呆然としてしまう。
「……全種類って、重力魔法も、かよ」
「そりゃ全種類って言ったら全種類だろ。だが安心しろ、ウェイド。魔法属性は全て完備してるが、その全部を使えるわけじゃあねぇ」
親父は指を二本立てる。右は二、左は三。
「一属性につき、二、三種類。だが、それでも習得魔法量は優に二十を超える。中々だろ?」
「……人のこと言えねぇけどさ、バケモンだろ、親父」
「お前だってさっき塵から復活したじゃねぇかよ。やっべ殺したか? って一瞬血の気が引いた俺の気持ちにもなりやがれ」
「知るか!」
「がっはっは!」
まるで楽しくて仕方がないという風に、親父は笑う。俺は頭を掻いて、「チクショウがよ」とまた構えを取った。
「んん? 何だよ、もう少し喋ってから再開でもいいだろうに」
言いながら、親父は不満そうに、剣をぶらぶらさせる。膠着。睨み合いながら、お互いにお互い動きを探り合う。
その中で、俺は聞いていた。
「……変身魔法は、魔法印一つだけ刻むのが常で、そこから『神に似れば似るほど伸びていく』って聞いてる」
「そうだな。それが普通の魔法印だ」
「なら、親父はどうなったんだ。それ、傀儡子お手製の魔法印だろ。属性もメチャクチャだ。……親父は、どの神に似たんだ」
親父は、肩を竦めながら、苦笑していった。
「あらゆる神に。……苦労かけたな。その時々で変わる俺の性格が、ウェイドを随分苦しませちまった」
「―――――ッ」
俺は理解する。支離滅裂に感じた、親父の言葉。それらは、親父すら制御できないものだった。
「我ながら、あの当時は人間として破綻してた。本当に、本当に苦労を掛けた。ウェイドが居なくなって、カッとなって追いかけて、それでも訓練所をぶち壊さずに済んでよかった。あそこで引き下がれたから、俺はきっと、こうやってお前と本音で話せるんだ、ウェイド」
神妙な顔つきで、親父は言う。俺は息を吐きだして、答えた。
「許されると思うか?」
「バカ言え。言いたかったから言っただけだ。許すな。クソだったお前の親父も、犯罪を犯して生きてきたクソ野郎も、全部裁いてやってくれ」
「……言われるまでもねぇ」
頭が冷えていく。その時、不意に腕に疼きを覚えた。魔法印が育ったと、直観した。思えば、新しい魔法を覚えるのは久しぶりだ。
俺は新しい魔法を確認する。【反発】。重力が引き寄せるものなら、今までのそれとは真反対となる魔法。重力魔法、反重力も含んでるのか。本当に、この魔法がノロマ扱いされてるのが分からない。
とはいえ、方針は固まった。俺は言う。
「クソ親父。俺はお前の下なんかに生まれたくなかった。お前に育てられてきた日々は、本当に最悪だった。こき使われ、毎回変わる指示に振り回され、殺されかけた時には死んじまえと思った」
「……」
親父は目を伏せる。俺は続けた。
「だが、それでも、お前は俺の親父だ。どんなにクソでも、お前は俺の親父なんだ。だからぶちのめして、豚箱に叩き込むので許してやる」
「――――っ。ハハ、お優しい息子だよ、お前はよ」
俺は結晶剣を無数に召喚する。親父は再び生き剣を肩に乗せ、左手を前に構えた。
今度の均衡は、すぐに崩れた。
親父は高らかに生き剣を掲げ、伸ばし、そして俺に差し向けてきた。俺はそれを、再び結晶剣で阻止する。
「二度同じ手が通じると思うなよ、甘ちゃんがぁッ!」
「同じ手? どこに目ぇつけてんだクソ親父ィ!」
生き剣が親父の血を吸って、棘を鋭く伸ばす。その威力は触れるばかりで結晶剣を砕いて進む。
しかし結晶剣は、元はイオスナイトの結晶。剣である以上に結晶である意味の方が大きい。
つまりは、砕かれたとて、何の意味もない。
「炸裂しろッ! 結晶剣!」
砕かれた結晶剣の破片は、一つ一つが魔力を動力源に大きく炸裂した。余計に深く絡まった親父の剣は、それでろくに動かなくなる。
さぁ、次は俺の手番だ。
俺は鋭く親父の懐にもぐりこむ。親父は僅かに眉を跳ねさせるが、すぐに笑って拳を振りかぶった。
「ロックアーム、アイスアーム、ストームアーム!」
「【加重】ストレートォッ!」
俺の拳を【加重】が強める。俺の拳と親父の拳がぶつかり合う。拮抗。三属性の腕の強化は、俺のフル【加重】パンチと同威力を持つ。そのまま行けば相殺し合うばかり。
だが今の俺には、新しい魔法があった。
【反発】。重力が引き寄せ合うものなら、反発は真逆。あらゆるものを離れ離れにする力。常時適用すれば、物にぶつかる衝撃を殺し、足元が地面から離れるだけの、使いづらい魔法。
だが、こういう使いづらい魔法には慣れている。要は、タイミングだ。踏み込む足の一瞬なら推進力になる。激突の瞬間に使えばお互いに強く弾き合う。
唱えるのも、発動するのも、一瞬でいい。初めて使った【加重】を思い出せ。
さぁ、唱えろ。
「リポーション」
威力に上乗せされた【反発】の力が、親父の拳を弾き飛ばす。
「なぁっ!?」
「クソ親父、よく覚えとけ」
俺は弾かれた親父の顔面に手を伸ばし、ギラリと笑う。
「子供は、こんな土壇場だって成長するんだぜ」
「……上等だ。俺のことなんて、さっさと乗り越えてけ」
「言われなくてもッ!」
親父の顔面を鷲掴みにする。そして【加重】をかけ、思い切り地面に叩きつけた。
「ガァッ! クァッ!」
親父は頭を地面に強打し、目を白黒させた。俺はさらに拳を振りかぶる。
親父は言った。
「面会、週一で頼むぜ」
「バカ言え、月一が関の山だ」
親父の筋肉の鎧を、俺の拳が打ち破る。
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