第173話 成果共有2

 二つもの激闘があった夜を超え、俺たちは再び領主の前に揃っていた。


「なるほど、これでナイトファーザーの全ての部門を制圧し、二人の幹部、『燕』『傀儡子』を排除したのだね」


 領主の確認に、実に疲れた、という顔でトキシィとフレインは頷いた。俺は二人を労うように言う。


「いやぁ昨日は二人とも大活躍だったな!」


「ウェイドのためだもん! でも本当に大変だった……」


「しばらく休む。……といいたいところだが、ボスにも引導を渡さなきゃならん。がっつり休むのは本丸を叩いてからか」


「そうだね。君たちには大詰めまでちゃんとやってもらおう。それに、ナイトファーザー最強の男、『変幻自在』が、まだ倒れていない」


 領主が言うと、フレインはため息交じりに「その通りだな」と答える。


 思い返せば、燕に隙を突かれたのも、変幻自在の唐突な出現によるものだ。直接やり合ったわけではないが、底知れない力を感じさせる敵。


 ―――それでなくとも、傀儡子が生み出した、おぞましい最高傑作ということを俺は知っている。


 そのことは、ここまでの話ですでに伝えてあった。『あの病的な外見には、そんな理由があったのだね』と領主は頷いていた。


「とはいえ、疲れの溜まった状態で挑むのもマズイ。まずは今日一日休んでからにすることだ。ナイトファーザー側も、もはや金等級一人では君たちの襲撃もままならない。急いて攻めるよりも、一度回復した方が安全だろう」


 領主は、俺たちにそう言った。確かに、俺の家はもはや金等級が複数人詰めている不可侵領域だ。俺の素性がバレているのでは、という疑問もあるにはあるが、正直襲うには分が悪かろう。


 フレインパーティも、現状住処を隠して安全を確保している。だから、この土壇場においても、安全面には問題はないという判断は適切だった。


「だがよ、ナイトファーザー側が尻尾撒いて逃げ出すんじゃねぇのか?」


 フレインが言うと、領主は「そちらは何ら問題ない」と答える。


「ナイトファーザーのボスの居場所は、そもそも我々で把握している。その勢力の巨大さゆえに攻めきれなかっただけだ。つまり何が言いたいのかと言えば、すでに監視がついていて、彼らの動向は逐一掴んでいる」


「攻められもしなけりゃ、逃げられもしない訳だ。なら、奴らが苦しんでるうちに、一日骨休めとさせてもらおうか」


 フレインはそう言って、ククッと笑った。俺も、領主の提案に改めて頷く。


「そうですね。じゃあ明日にでも段取りを決めるか、フレイン。それから決行と行こう」


「そうだな……。本当なら逃亡防止で早めに動く必要があるんだろうが、奴のことだ。逃げやしないだろう」


 何か訳知り顔でいうフレインに俺は首を傾げる。


 ともかく、明日から再開という事だけ決めて、その場は解散となった。











 解散してからトキシィと街を歩いていた。


「いや~、とうとう大詰めだね。今回も大変だったなぁ、っていうのは早いかな」


 えへ、とトキシィは冗談めかして笑う。俺はそれに笑い返した。


「そうだな、大変……だったか? 何かあんまり大変じゃなかったような」


「ウェイド死にかけたの忘れた?」


「……あっ」


「あっ、じゃないよ、あっ、じゃ! 何で忘れてるの!」


 トキシィが目を剥いて抗議してくるので、「いや、その、ごめん」と俺は全面的に降伏する。


「その、ガチった戦闘の記憶がないから、イマイチ大変だったっていう感触がなくてさ。燕も気を抜いて倒れたみたいな感じだから、大変って言うよりはやらかしと言うか」


「イノシシ……」


「イノシシ扱いされるのも久しぶりだな」


 トキシィは不満そうな目で俺を見てから、俺の腕に抱き着いてくる。


「……あんな心配、もうしたくないから、気を付けて。自分が痛い思いするより、辛いんだからね」


「……ごめんな。気をつける」


 俺は抱き着いてくるトキシィの腕に反対の手を重ねる。それから、少しの間無言で歩いた。


 自分が痛いよりも、仲間が傷ついている方が痛い。それはよくよく知っている。ウィンディ襲撃の際、倒れているメンバー全員を見て、俺は胸が張り裂けそうなほど痛かった。


 そんな思いをさせるつもりはなかった。なかったが、多分、俺は自分の痛みに無頓着なのだろうと思う。元々の性質もそうだし、不死の性質、アナハタ・チャクラがそれに拍車をかけているのだ。


 アレクは、言っていた。これからは、そういうことが増えると。今までは本当に強い敵は現れなかった。これからは、そういう敵ばかりになるのだろう。


 だから、俺は言った。


「トキシィ、俺は死なないよ。みんながいる。死なないし、死ねない」


「……うん。私も、死なない。みんなのために。何より、ウェイドのために」


「そうしてくれると助かる。俺は、みんなに弱いんだ」


「本当は私にだけ弱くなってくれてもいいのにって思うけど」


 拗ねているような、甘えてくるような目で、トキシィは俺を見上げた。可愛くって、ちょっと笑ってしまう。


「何で笑うの」


「可愛かったから」


「う……、ウェイド、恥ずかしがりの癖にそういうこと言う」


「トキシィの前では強気なんだよ」


「ばか」


 トキシィの頬が、赤く染まっていく。可愛い。思わず路地裏に引きずり込みたくなるが、流石に自重した。


 代わりに、いくつか尋ねる。


「そう言えば、今日ってみんな、またドラゴン狩りか?」


「あ、うん。そうだと思う」


「モルルたちも、多分今日も領主邸で遊んでるんだよな」


「そう聞いてるよ」


「アレクも最近早朝に出たら夜まで戻ってこないし」


「……う、うん」


 俺はトキシィの耳元に口を寄せて囁いた。


「じゃあ、二人っきりだな」


「……うん」


 トキシィは顔を真っ赤に、完全に俯いてしまう。借金取りを叩きのめした後の祝杯で、初手告白をしてきた度胸は一体何だったのだろうと思う。酒か。酒の勢いか。


 俺は思わず呟く。


「恋愛よわよわ娘……」


「!?」


 とじゃれ合いながら、俺たちは家に戻った。


 家に帰ると、想定した通り無人だった。それが分かるなり、トキシィの動きはぎこちなくなる。可愛い。


「あ、あはは、ほ、本当にひ、人がいないね!」


「……何で緊張してるんだ?」


「っ!? なっ、何でって!」


 俺が軽くからかうだけで、大はしごを外されたようにトキシィは慌てる。実にからかい甲斐がある。アイスなら直球で突破してくるし、サンドラなら俺のからかいにも気づかないだろう。


「トキシィは可愛いな」


「う、うぅ……! 何か複雑……」


「いいや、褒めてるよ。こんなに気持ちよく手の平で転がってくれるのは、トキシィだけだ」


「褒めてな~い!」


 抗議がてら近寄ってくるトキシィを、逆に腕を取って近寄せ、抱きしめる。それだけで、トキシィは「っ……」と無力になる。


「トキシィ」


「な、なに……」


「どうして欲しい? 言ってみてくれ」


「う、ぁ、……」


 トキシィは簡単に狼狽する。何も言えなくなる。全身から力が抜け、されるがままだ。俺はそんなトキシィが可愛くて、そのあごを軽く持ち上げ、触れるようにキスをした。


「あ、い、今……!」


「今? 今、何?」


「あ、う、だ、だから」


「だから?」


「う、うぅぅぅううう……」


 トキシィは涙目になって抱き着いてくる。いじめられて、いじめてくる相手に抱き着いてしまうのだから、いじらしくって仕方ない。


 俺はトキシィの髪を撫でつけ、その額、頬、首に細かくキスをしていく。そして服の裾に手を触れようとして―――


 家の呼び鈴が鳴る。


「「……」」


 沈黙。俺の手をそっと解いて、トキシィはにっこりと笑った。


「ちょっと客と呼び鈴溶かしてくるね」


「溶かすのはやめてあげてくれるか……?」


 ブチギレていらっしゃった。

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