第172話 インフェルノ
ウェイドの立てた計画は、非常に簡単だ。
包囲網を突破し、その後は全力で逃げながら引き撃ちを続ける。その着弾数が166発になったら、勝利。
「まぁーじ人の命のこと何だと思ってんだっつーの」
突破の切り込み隊長を任されたカドラスが、頭をボリボリ掻きながら言った。シルヴィアが「同感」と言う。シルヴィアは殿だ。後ろから迫る敵を追い払う、突破後に最も危険な立ち位置を担う。
「仕方ねぇだろ。オレが死んだら全滅だ。お前ら一人が死ぬ分には、お前ら一人の命で済む」
「言い方だよな」
「本当にひどい扱いよね。この件終わったアタシ、ウェイドパーティに移籍するから」
『……シルヴィアだと、ちょっと厳しいかな』
「泣いていいかしら」
無駄話をいくらか叩き合ったところで、三人は覚悟を決めた。カドラスが双剣の鞘を払う。姿勢を前屈みにし、タメを作り、深く息を吸った。
「俺のタイミングで行く。……3、2、1」
ドン、と屋根瓦を踏み砕くほどの踏み込みで、カドラスは屋根上から飛び出した。
着地。からの急襲。路地にて包囲網の一端を担っていた傀儡子は、不意を突かれ、何もできずにカドラスに切り伏せられた。そこに、フレイン、シルヴィアの順に続く。
「行くぞッ!」
「「応ッ!」」
カドラスは後ろがつまらないように、続く前からの攻撃を一撃で斬り伏せていく。ウェイドがリングから『うお、すっげ。前よりもパワーアップしてるなこれ』と言う。
カドラスの強みは、怒涛の剣閃だ。剣を一新してから、磨きがかかった。手数が多いのに、よほどの敵の攻撃でない限り一撃で無力化し、もう一撃で絶命させる。
本当に、燕くらいのものだったのだろう。剣士として、カドラスの上を行く敵は。逆に言えば、傀儡子一体程度の敵ならば、一度の剣閃で問題なく進んでいける。
「クリエイトシールドッ!」
一方で防衛戦に強いのがシルヴィアだ。パーティ内でもトップレベルに魔力量のあるシルヴィアは、盾を、それこそ壁のようなサイズで創造できる。
「っていうかもう壁だろそれ」
「盾よっ!」
シルヴィア曰く盾が、地面を砕いて路地を塞ぐ。寸前まで迫っていた一体の傀儡子をすり潰して、追っ手全員に対して大きな時間を稼ぐ。
フレインはシルヴィアが問題なく殿を務めているのを確認してから、カドラスの援護に並んだ。
「ラピッドファイア」
フレインの変形杖から、猛烈な速度で弾が吐き出される。カドラスが対応するよりも、少し先の傀儡子がそれで崩れていく。
「クソガキッ! もっと削れ!」
「言われるまでもねぇ。ラピッドファイア」
さらに何度か連続で連射する。散弾でも弾数を稼げるが、こうも向かいから来ているなら連射の方がいいだろう。
「フレインッ! 後ろからも来てる」
「応ッ。ファイアーボール―――エクスプロードッ!」
盾という名の壁を登ってきていた傀儡子たちに向けてファイアーボールを発射、炸裂させる。弾数はあまり稼げないが、追っ手を一網打尽にできる。
『あと少しだ。追っ手は壁の前で崩れた。カドラスの援護に回って突破してやれ』
「ラピッドファイア!」
もう憎まれ口を叩く余裕もなく、フレインは連射を前方に放つ。フレインの連射で傀儡子の層が薄くなり、死なずとも怯んだ奴からカドラスが切り伏せていく。
そうして、とうとう前方に広がる傀儡子が居なくなった。
『突っ込め!』
「クリエイトチェーン!」
シルヴィアが魔法で鎖を生み出し、それを屋根に絡めて跳び上がった。それから屋根より先んじて「クリエイトシールド!」と壁を他の路地に生み出していく。
「マジでお嬢、市街戦向きの魔法してるよな」
「無駄口叩くな。進め先鋒」
「了解クソリーダーっ」
他の道から傀儡子が同流してきそうな道はシルヴィアが防ぎ、進行方向から襲ってくる傀儡子はカドラスが切り伏せる。そうして安全を担保した上で、フレインは淡々と弾数を稼いでいく。
だが、傀儡子もやられてばかりではないらしい。
盾とシルヴィアが言い張る壁。それそのものは、ルーンにも補助されて破られることはない。だが壁はあくまで壁。壊さずとも、乗り越えれば障害ではなくなる。
そして壁足りうるはその大きさゆえに。傀儡子が人並みの大きさであるが故に。
だから。
巨大な敵には、文字通りただの盾になってしまう。
「中々やりますねぇえええええええ!」
背後。壁の向こうから、巨大な傀儡子の顔がのぞいてきた。それに、フレインたち三人は、ぎょっとした顔になる。ウェイドが『合体ロボ?』とよく分からないことを言う。
「ですがぁあ、乗り越えてしまえばこの程度ぉお、障害ではないのですよぉおおおお!」
いくらか野太くなった声で言いながら、傀儡子は壁を乗り越えて襲い掛かってきた。フレインは無我夢中で魔法を唱える。
「シルヴィア伏せろッ! ファイアーボール―――エクスプロードッ!」
爆発が巨大な傀儡子を怯ませる。だがサイズ比もあり、それはあくまでも怯むばかり。どころか、衝撃で盾が倒れてしまう始末。
そして、その先に遭った光景は、悪夢そのものだった。
「「「「「お待ちなさぁぁあああい! フレインんんんんんんん!」」」」」
巨大な傀儡子が、何人も迫りくる。
「「「うわぁぁああああああ!」」」
その気色悪さに流石に叫んでしまうフレインたち。しかし前方からは、変わらず通常サイズの傀儡子たちが襲い掛かってくる。
「フレインッ! まだか! まだなのかおい!」
「あと50発だ! 堪えろォッ!」
「無理! もう無理ぃっ!」
「心折れるんじゃねぇシルヴィア! あと少しだって言ってんのが聞こえねぇか!」
半ばパニックになりながら、それでも三人は進む。そこで、リングから声が響いた。
『フレイン、冷静になれ。リーダーはお前だろ』
すっ、と背筋に冷たいものが通った。瞬間息が止まる。そうして、フレインは冷静さを取り戻した。
「礼は言わねぇぞ、ウェイド」
『好きにしてくれ』
フレインは後ろから迫ってくる巨大傀儡子に、無造作に「ラピッドファイア」と連射を叩き込む。フレインの連射は一度に15発。だから、3回繰り返せば45発。あと5発で済む。
フルヒット。15発すべて命中する。今の傀儡子にとって、この攻撃は痛くもないのだろう。だから食らう。そうだそれでいい。油断して、食らってくれ。
「ラピッドファイア」
フルヒット。傀儡子は「豆鉄砲ですねぇえええええ!」と嘲笑う。「クリエイトシールドッ!」とシルヴィアが懸命に道を塞ぐ。その度に、僅かに距離を取り直せる。
「ラピッドファイア」
フルヒット。あと5発。そこでカドラスが「助けろクソガキッ!」と叫んだ。見れば、前方からも巨大な傀儡子が迫って来ている。
だが、もう終わりだ。
「これで終わりですよぉおおおお! フレインんんんんん!」
黒装束の内側から、先端の尖った無数の爪が伸びる。虫の足めいたそれらを前に、「ああ、終わりだ」とフレインは変形杖を長く持ち直した。
「スナイプファイア」
腕の一つを打ち砕く。貫通力に優れた狙撃は、奴の触肢一本程度なら容易に破壊する。
「スナイプファイア」
さらに一撃。無数にある触肢の内のいくつかを破壊されたとて、傀儡子は何も痛くない。油断。ざまぁねぇ、とフレインは続ける。
「スナイプファイア、スナイプファイア」
カドラスに迫っていた触肢二つを砕く。それから背後に向かって、ノールックで「ファイアーボール、エクスプロード」と爆撃を食らわせた。
「ふふふふふふふふふ! 痛くも痒くもありませんねぇええええ! これで終わりですかぁあああああ! 銀等級ごときでは、これが限界ですかぁあああああ!」
前後左右から、巨大な傀儡子が覗き込んでくる。その仮面は奇妙に歪んで、醜い笑みを浮かべていた。
だから、フレインは告げる。
「これで、666発」
「何を言っているのですかぁあああ? 恐怖で、おかしくなってしまいましたかぁあああ!」
「ちげぇよバカが。お前の負けが確定したんだ」
フレインは、傀儡子を指さした。
「インフェルノ」
シン、と周囲からのすべての音が消えうせた。闇夜の中に、パチパチと火の粉の飛ぶ音が聞こえ始める。
「……? 何ですかぁああ? 何か、異様なぁあ……」
「ああ、整えるのも面倒だが、これも嫌なんだよな。怖えんだよ、クソガキのこの大魔法……」
「ふ、フレイン。どこかから、すごい、気持ち悪い声が聞こえる。こわい、どうにかしてよ、ねぇ」
周囲の壁に、貼り付けたような炎の絵が燃え上がる。炎の絵と共に亡者の絵が壁の中に蠢き、怨嗟の声を上げる。そこには熱がなく、むしろ底冷えのするような冷たさがあった。
「な、何ですかぁ、熱いぃ、熱い熱い熱いぃいいい! 何ですかぁあああこれはぁあああ! 熱い熱い熱いぃいいいいい!」
すべての傀儡子が、同様にもだえ苦しみ始める。気づけば一体一体に、無数の赤熱した鎖が繋がれている。
「地獄の業火だ」
フレインは傀儡子を睨みつける。
「無数の命を踏みつけにしてきたクソ野郎。お前にふさわしい死に方だ。地獄の業火に落とされ、自分が殺してきた亡者たちに叩きのめされながら、未来永劫、悔い続けろ」
「たすけ、助けてくださいぃいいいいい! 神よぉっ、神よォオオオオオオオ!」
傀儡子の内側から、おどろおどろしい炎が上がる。それは傀儡子をぐちゃぐちゃに溶け崩れさせながら、飲み込むように小さくしていく。
「お前に神は応えねぇ」
フレインは、うんざりだという態度で踵を返す。傀儡子は炎に呑まれ、跡形もなく消え去った。
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