第171話 レベリオンフレイム

 傀儡子は焦っていた。


「ぐ、う、何です……? 頭が痛い。しかも、く、何故変幻自在に施術を行った時のことを思い出すのですか……!」


 傀儡子が頭を振りながら、意識を今の戦闘に集中させる。頭の中を無理やりに覗き込まれたような不快感は、無理やりにでも無視しなければならない。


 そう。実際問題として、マズい状況だったのだ。勢力図としては明らかに優勢。だが、被害は傀儡子の方が明白に甚大だった。


「まさか、100体近い分身を倒されて、敵の被害がゼロなんて……!」


 レベリオンフレイムはたった六人。確かに手練れの集まりだったが、人数の有利は覆せない。たかが銀等級のパーティ1つなど、うまくやれば十分に倒せるはずだったのだ。


 なのに、何故ここまでうまくやられている。


 意識を、現在進行形でフレインたちとやり合っている固体に移動する。


「シルヴィアッ! 盾だ!」


「分かってる!」


 傀儡子は、体の内側からいくつもの触肢をむき出しにする。それは先端の尖った無数の腕であり槍。傀儡子の黒装束を突き破って、襲い掛かる。


 だが、シルヴィアが、傀儡子の研究室から逃げ出した違法奴隷が生み出した巨大な盾が、傀儡子の攻撃を防ぎきる。傀儡子の一撃は、盾程度簡単に貫くはずなのに。


「やっぱりルーンすごい! これ終わったら絶対本格的に学ぶ!」


「好きにしろッ!」


 その向こうから、フレインが盾を足場に跳躍した。そして上空から、傀儡子に変形杖を向けて言う。


「スキャッターファイア」


 散弾が降り注ぐ。至近距離からの面制圧に、傀儡子は他の個体ごと破壊されて後ろに吹っ飛んだ。


「ぐぅう……! 何故、何故こうも上手くいかないのです! 銀等級ごときが! 何故、金等級の私にこうも抗える!」


「んなもん、決まってる」


 変形杖を長く伸ばして、フレインは壊れかけの傀儡子に杖の先を押し付けた。


「オレが、銀ごときの器じゃねぇってことだ」


 スナイプファイア。傀儡子の頭を、強烈な一撃が粉々に砕く。


 そして、その個体に傀儡子はアクセスできなくなった。司令塔役として、そして万一の保険として安全な場所に避難している個体に、意識が戻ってくる。


「クソォッ! あのクソガキめが……! 許しません。許しませんよ。泣いて許しを乞うても、もう許しませんッ……!」


 歯を食いしばって、傀儡子は拳を机に叩き付ける。けれど、冷静さを失うのはここまでだ。傀儡子は机の地図を見ながら、己の戦況を確認する。


「フレインたち三人はここでしたね。、他の三人は、いまだ場所が掴めず、ですか。散発的に個体が殺されるので、参戦しているはずなのですが、どこにいるのやら」


 まぁいい。フレインという支柱さえ破壊してしまえば、元々全員ナイトファーザーに屈服していたような弱者たちだ。どうにでもできる。だからまず、フレインを殺さなくてはならない。


 ならば、と傀儡子は考える。


「残る252体を、この安全対策個体以外、向かわせてしまいましょうか。フレインは範囲攻撃的な魔法を有してはいますが、数百という人数を消し飛ばすようなものはないはず」


 というか、それができるならとっくに金等級だ。唯一、先日に遭った毒海の金の冒険者という懸念はあったが、暴れさせるのならとっくに姿を現しているはず。今回は無視でいいだろう。


「ふ、ふふ、ふふふふふ……」


 傀儡子は、嫌らしく笑う。そしてひとり、宣言した。


「フレイン、あなたの地獄はここからですよ。あなたの表情が醜く歪むのが、今から楽しみでなりません」


 傀儡子は、ニタニタと、地図を指で叩いた。











 フレインから見た傀儡子は、ナイトファーザーの負の側面を濃縮したような存在だった。


 ナイトファーザーのボスでもある不肖の父に連れられ、一度だけ顔を合わせたことがあったが、本当に吐き気のするような悪人だった。だから、ずっと奴を殺すことが、フレインにとって一つの目標だったのだ。


 その意味で、フレインは傀儡子という宿敵の研究は、すでに済ませていたと言っていい。


「奴の武装は単純だ。体の内側に収納した、いくつもの触肢。これに攻撃されれば、奴の呪いにかかる。人形化の呪いだ。だから絶対に食らうな」


 襲撃を退けて、一度休憩がてら再確認していた。カドラス、シルヴィアはすでに知っているから簡単に頷くばかりだが、ウェイドは『へー』と指輪越しに感心している。


「ってことは、一撃死の攻撃をする敵が無数に襲い掛かってくるって状況か。改めて言葉にすると、えぐいねぇ」


 カドラスは皮肉っぽい顔をして首を横に振った。フレインは「一撃ってことはないがな。少なくとも食らった場所は人形になる。体に不自由を抱えたくないなら避けろ」と簡単に訂正を入れる。


「他にも、根本的には人造物だからな。都合のいい機能は持ち合わせてる。いきなり体の一部が開いて、そこから矢が飛んでくるくらいのことは覚悟しとけ」


『魔法は何かないのか?』


「アイツは魔法伝道師側の人間だ。魔法伝道師ってのは、その性質上魔法印を自分に刻まない。元々身分の高い人間がなるもんだからな。戦闘能力があるからって駆り出されたくねぇのさ」


 魔法伝道師。魔法印を、他者に施す側の人間だ。一時は『私から刻んで差し上げましょうか?』と傀儡子に言われたこともあったが、フレインは断固として断った。


「だから、自分には魔法印を刻んでない。側に入ってたとしても切除するって話を聞いたこともある。代わりに秘策があるらしいがな。そこまでは知らん」


 で、とフレインはおさらいを終え、核心を話し始めた。


「で、その傀儡子に、オレはここまでで500発ちょうど入れた。あと166発だ。あと166発で、オレは奴に大魔法を放つことが出来る」


「まぁまぁ逃げ惑ったもの。やっとって感じね」


 すでに夜のとばりは落ちて、周囲は暗い。その中で黒装束の傀儡子が襲い掛かってくるものだから、やりにくくて仕方がない。


 許されるなら、ダンジョンのように松明で照らしたいと思うほどだ。この辺りの家屋は木造が多く、そんなことできたものではないが。


「よくそんなに数えたわね」


「舐めんな、このくらいできる」


「舐めてねぇよ。お前以外できるかクソガキ」


「……お前ら、この程度も出来ないのか……?」


「できるわけねぇだろタコ! これだから天才はよ」


「バカフレイン……」


 仲間からのバッシングは慣れたもの。フレインはスルーしつつ、「ひとまず、これで方針は分かったな?」と確認する。


『フレインが166発叩き込んで大魔法、だな。俺含め他メンバーはその補助』


「その通りだ。余裕確保のために他三人とも連携したかったが、どこに行ったのかもう分からん。合流するのも面倒だ。オレたちだけでやるぞ」


『他三人のところまでなら案内できるが……あー、ちょっと遠いな。傀儡の部隊の方が近い』


「はぁー……クソガキのお守りはこんなんばっかだ。もう慣れた」


「不利になってからが本番みたいなところあるもの、レベリオンフレイムは」


 言いながら、二人は立ち上がった。フレインも立ち上がり、「ま、そういうこった」と答える。


「ウェイド、案内しろ。オレたちはお前らほど強くない。無茶な動きをさせれば死ぬぜ。上手く指揮しろ。今回、情報面においてお前を全面的に信頼する」


『偉そうに言うじゃんか。けど、んー……うわ、これヤバくね?』


「……何がだ」


『フレインの周り、数百体規模の傀儡子が殺到してる。ちょうど、お前らを囲うように』


「あ?」


 リング越しに、『アイス、これどう思う?』『あ、うん……っ。こういうときは、ね?』と会話している。現地に居ないからと他人事に、と一瞬思ったが、恐らくこの程度ならどこにいても変わらないのだろう、と思い直した。


『フレイン、層の薄いところを教える。まずはそこを突破だ。そこから、奴らを振り回してやろう』


 威勢のいい言葉が、ウェイドから放たれる。まるで奴の好戦的な笑みが、脳裏に浮かぶようだった。


 気付けば、戦闘前に笑うことなどほとんど無いフレインは、口元に笑みが浮かんでいた。悪い影響だ、と思いながら、それを抑えることはしなかった。


「ああ、やってやる」


 フレインは、変形杖を抱え直す。

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