第170話 アジナー・チャクラ

 第二の瞳、アジナー・チャクラは様々なものを見通すことが出来る。


 千里眼では距離を無視してみたいものを見ることが出来るし、物事を正確に見ることが出来る。正確に、と言うのはつまり、人力顕微鏡だ。さっき限界を試したら原子っぽい球体が見えた。意味分からん。


 で、他はどうなのか、という、実は心も読めるようになったらしい。他人を深くまで覗き込もうとすると、その内側にある感情らしきモヤが見えるようになったのだ。


 俺が試みているのは、まさにそれだった。お題は『苦悩、正義、運命』とのことだったので、傀儡子の中を覗き込む形で眺めている。


 が。


「んー……」


 ちょっと抽象的な部分が大きくて、俺は傀儡子の中を測りかねていた。


「正義は、多分分かった。快楽、だな。自分が楽しければそれでいい。そういうあけすけな感じがある」


『ウリエル、正義は快楽だ』


『然り。ならば苦悩、運命は何か』


『ウェイド、何か分かるか?』


 問われるも、難しい。苦しむようにどよどよと蠢く部分があったから、さらに覗き込んでみるが、これは、ううむ。


「焦り、みたいなのがあるにはあるんだが、ちょっと弱いか……? 何つーか、惜しむというか、そんな感じ。けど、核心じゃない気がする」


『焦りと、惜しむ……。ナイトファーザーの終焉についてか? ウリエル、どうだ』


『それは偽りなり。真の苦悩にあらず』


『だとよ。……チッ、傀儡子がこの辺りを怪しみ始めた。屋根上伝いに移動する』


「了解」


 俺は一瞬千里眼に切り替えて、フレインたちの進路に問題がないかを確かめる。それから、再び傀儡子の中に目を剥けた。


 恐らく、このどよどよと蠢く苦しみは、見るものとしては間違ってはいない。だが、ウリエルとかいう翼の塊に言われたように、俺が見たのはあくまで表層に違いない。


 ならば、さらに深く。俺は思い切って、その苦しみの感情の中に第二の瞳を突っ込んだ。


『何を見ているのですか?』


「ッ!」


 俺は目に痛みを感じて、のけぞりながら目を押さえた。右目が見えない。


「ウェイド!? 目から血が……!」


「うおお……。アジナー・チャクラってこんなことあるのかよ」


 俺は切られていない左目で、右目から垂れた血を手に拭い見た。アジナー・チャクラで無理をした場合、目に直接ダメージが行くらしい。アナハタ・チャクラを先に覚えておいてよかった。


 そこで、フレインが問いかけてくる。


『何だ、何が起こった。傀儡子どもの動きが今止まったが』


「覗き込み過ぎて斬られた」


『あ? お前家でぬくぬくしてるんじゃなかったのか』


「そのはずだったんだけどな。まぁこの程度問題ない」


 第二の心臓、アナハタ・チャクラで目を回復する。


 なるほど、これはこれで刺激的じゃないか。今までにない新感覚だ。俺は本腰を入れて、第二の瞳、アジナー・チャクラで観察を続ける。


「ウェイド、家にいるからって、無理して良いとは言ってないよ」


「ごめんなトキシィ、少しだけだから」


 表層ではなく深層。そこには、傀儡子と同じ姿をした番人が存在しているようだった。奴に斬られたのか。


「倒すには武装が要るな。多分他のチャクラを構築すれば行ける気がするけど、その時間は流石にない」


 となれば、すべきことは一つだ。俺は現実で目を瞑り、集中する。


 そして、番人を躱すように移動して、核心部分を盗み見にかかった。


『見るのは許しません』


「ってぇ! けど、この程度!」


 アナハタ・チャクラで回復しながら、番人を突破する。苦悩の核心。


『あ……ああ、私は、神の怒りに触れてしまった。お許しを、お許しを……! もう、こんな真似はしません。こんな、神を冒涜するような真似は致しません。だから、どうかお許しを……!』


 跪きながら、必死に祈る傀儡子の姿がそこにあった。その目の前には、ヒョロヒョロの身体をした真っ白な男。変幻自在が立っている。


『見るなぁ!』


「がっ、くぅう!」


 第二の瞳、アジナー・チャクラが立ち割られる。目がぐちゃぐちゃにされて、俺は瞼から血涙を流しながら断念する。


「ウェイドくん……っ! もう、もうダメ……! 家にいても、無理しちゃってる……!」


「ああ、ごめんなアイス。だが、分かったぞ」


 第二の心臓、アナハタ・チャクラが瞳を修復する。そして、俺はフレインに告げた。


「フレイン、分かったぞ。傀儡子の本当の苦悩は、後悔だ。奴は、変幻自在を生み出したことを後悔している」


『ウリエル、どうだ』


『然り。ならば運命は何か』


 俺は答えに窮する。再び見に戻ろうかと思ったが、周りがじっと俺を見つめている。もう無理は許さない、という目だ。


 だが、フレインはウリエルの問いを鼻で笑った。


『んなもん、決まってる。奴はオレの手で死ぬ。それが運命だ』


 その断言に、俺は瞠目した。ウリエルは答える。


『然り。ならば666発の楔を打て。さすればそなたの敵は、運命の通りとなろう』


 千里眼に切り替える。見れば宣言をして、ウリエルは羽をまき散らして姿を消していた。


 フレインは、『つーわけだ』と指輪に呼びかけてくる。


『ウェイド、お前の働き、悪くなかった。引き続き援護しろ。カドラス、シルヴィア。これから俺は弾数を細かく決めた上で、奴らの迎撃に出る。オレを守れ』


『ったく、仕方ねぇ。クソガキのお守りをしてやるよ。いつも通りな』


『バカリーダーを持つとメンバーは苦労する』


『何か言ったか?』


『『何も』』


 いつものやり取りを交わして、フレインは立ち上がる。


『大詰めだ。気ぃ抜くんじゃねぇぞ』


『『応っ!』』


 レベリオンフレイムが、動き出した。

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